自動運転は何のためにあるのか─。ドライバーがハンドルを握らなくても、クルマが勝手に目的地まで運んでくれるものというイメージが強いだろう。ただ、何といっても自動運転の肝は「いざ」というときに完全にクルマを止めること。IT企業の参入が進む自動運転で、マツダはAIを活用した独自の高度安全支援技術で活路を見出そうとしている。
【写真】マツダが開発中の高度運転支援技術「マツダ・コ・パイロット・コンセプト」
副操縦士が緊急時の運転を代行
東京・お台場。黒い「マツダ3」が颯爽と公道を走行している。途中、ドライバーが体調に異変をきたし、意識を失ってハンドルから手を放して倒れ込む。すると、〝ピピピ〟という警告音が鳴り、「ドライバーの異常を検知しました」というメッセージが表示されて音声も流れた。
やがて、その音が〝パーパーパー〟とホーン音に変わり、ハザート・ランプとブレーキ・ランプが点滅。周囲にも異常が発生したと判る。そして、「ドライバー異常のため、安全な所まで自動で走行し停車します」という音声が流れると、走行中の車を避けながら左へ車線変更。側道に止まっているトラックを通過しながら、ゆっくりと安全に側道に停止した。ドライバーはハンドルから手を放しままだ。
この一連の動作はマツダが開発中の高度運転支援技術「マツダ・コ・パイロット・コンセプト」によるもの。コ・パイロットとは航空機の〝副操縦士〟を指す。今回の試作車となったマツダ3にはセンサーに加え、12台のカメラや高精度地図、制御装置としての試作パソコンなどを搭載。ドライバーに異変が起こってからの一連の動作は全てシステム側が行っている。
開発責任者である商品戦略本部技術企画部主査の栃岡孝宏氏は「人の状態検知が一丁目一番地」と語る。コ・パイロットは大きく言えば自動運転の範疇になるが、一般的に自動運転と聞くと、自ら運転することなくクルマが自動で運転してくれるといった「楽にしてくれるイメージが強い」(関係者)だろう。
しかし、マツダの場合は切り口が違う。同社はまず人の運転を前提とする。その上で人の運転による事故削減を実現するための自動運転技術を開発しているのだ。「まずはクルマが自ら安全に止まることに一番の価値がある」(栃岡氏)。つまり、人が運転に関与せず、クルマが自動的に運転する「レベル3」以上の自動運転とは距離をとる。
そんなコ・パイロットは3つのコア技術から構成されている。1つ目が「ドライバー状態検知技術」。これはマツダがこれまで培ってきた「人間研究そのもの」(同)だ。何年もかけて、てんかん、脳血管疾患、低血糖、心疾患の患者の症状のデータをとり、クルマが解釈できるアルゴリズムとして開発してきた。
2つ目が「HMI仮想運転技術」。ドライバーの運転操作の背後で車両AIがバックアップ的に運転をシミュレートすることで、異常な運転や危険な状態を予測・判断し、必要な場合にはシステムがドライバーに変わって車両の制御を行う技術だ。
そして3つ目が「ドライバー異常時退避技術」となる。前述したハザート・ランプとブレーキ・ランプが点滅し、ホーンによる車外報知ができる技術だ。
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IT企業の自動運転との違い
これらの中で肝となるのが1つ目のドライバー状態検知技術。カメラを使いながら人間の行動分析をするものだからだ。栃岡氏は「医学や脳科学の知見が必要となり、我々自動車メーカーにはその知見はない。そこで広島大学医学部や筑波大学医学部、滋賀医科大学などの医師と協力し、病気などの症状が出たときの振る舞いとはどんなものかといったデータをとらせてもらい、数値に置き換えていった」。
クルマを止めることに価値がある─。このマツダの考え方の背景には日本が直面する高齢化と同社の経営哲学が絡む。
同社は運転行為が健康寿命の延伸につながると捉え、「クルマを楽しく操れれば心は活性化する」(同)と捉える。例えば、筑波大学の調査によると、運転をやめた人は運転を続けている人と比較しても、要介護認定のリスクが2・16倍になるという。
また、運転している高齢者は認知症のリスクが37%減るという国立長寿医療研究センターの調査もある。要は、クルマを運転することで健康寿命の延伸につながるというわけだ。高齢者の健康寿命の延伸は国の医療費削減にもつながる。
ドライバーが運転不能と判断すると、自動かつ安全に停車する
「走る歓び」─。マツダは運転するという行為に価値があるとみており、運転そのものをなくす発想には立たない。運転者の不注意や異常を検知することで車両側を制御し、事故を防ぐことを目指す。その実現に向けた第一歩がコ・パイロットだ。
コ・パイロットは22年にも市場投入する同社のラージ商品群から導入する。「1・0」と称したレベルでは一般道で減速停止し、高速道では左車線を走行していれば路肩退避できる技術を搭載。25年以降にはドライバーの異常検知にとどまらず、運転者の脳機能低下を予測する技術を実用化することも目指す。
世界では自動運転技術で鎬を削っている。中でも米アルファベット傘下のウェイモなどのITジャイアントは運転手を介さない「レベル4」や「レベル5」の完全自動運転で交通事故を防ごうとしている。ミスを犯す人間が運転に関与すること自体に問題があると考えているのだ。
ただでさえ、電動化などに資金を投じなければならない中で、トヨタ自動車を凌ぐ資金力とIT技術を誇るITジャイアントと、世界でも中規模メーカーに位置するマツダが同じ土俵で勝負しようとしてもジリ貧になることは火を見るより明らかだ。また、日本勢でも世界初の「レベル3」搭載車を市販したホンダなど、自動運転に対するアプローチに違いが出てきている。
その中でマツダは「運転する」という行為に可能性を見出す。人間中心のマツダの思想が消費者に受け入れられるかどうか。それが試されることになる。
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【写真】マツダが開発中の高度運転支援技術「マツダ・コ・パイロット・コンセプト」
副操縦士が緊急時の運転を代行
東京・お台場。黒い「マツダ3」が颯爽と公道を走行している。途中、ドライバーが体調に異変をきたし、意識を失ってハンドルから手を放して倒れ込む。すると、〝ピピピ〟という警告音が鳴り、「ドライバーの異常を検知しました」というメッセージが表示されて音声も流れた。
やがて、その音が〝パーパーパー〟とホーン音に変わり、ハザート・ランプとブレーキ・ランプが点滅。周囲にも異常が発生したと判る。そして、「ドライバー異常のため、安全な所まで自動で走行し停車します」という音声が流れると、走行中の車を避けながら左へ車線変更。側道に止まっているトラックを通過しながら、ゆっくりと安全に側道に停止した。ドライバーはハンドルから手を放しままだ。
この一連の動作はマツダが開発中の高度運転支援技術「マツダ・コ・パイロット・コンセプト」によるもの。コ・パイロットとは航空機の〝副操縦士〟を指す。今回の試作車となったマツダ3にはセンサーに加え、12台のカメラや高精度地図、制御装置としての試作パソコンなどを搭載。ドライバーに異変が起こってからの一連の動作は全てシステム側が行っている。
開発責任者である商品戦略本部技術企画部主査の栃岡孝宏氏は「人の状態検知が一丁目一番地」と語る。コ・パイロットは大きく言えば自動運転の範疇になるが、一般的に自動運転と聞くと、自ら運転することなくクルマが自動で運転してくれるといった「楽にしてくれるイメージが強い」(関係者)だろう。
しかし、マツダの場合は切り口が違う。同社はまず人の運転を前提とする。その上で人の運転による事故削減を実現するための自動運転技術を開発しているのだ。「まずはクルマが自ら安全に止まることに一番の価値がある」(栃岡氏)。つまり、人が運転に関与せず、クルマが自動的に運転する「レベル3」以上の自動運転とは距離をとる。
そんなコ・パイロットは3つのコア技術から構成されている。1つ目が「ドライバー状態検知技術」。これはマツダがこれまで培ってきた「人間研究そのもの」(同)だ。何年もかけて、てんかん、脳血管疾患、低血糖、心疾患の患者の症状のデータをとり、クルマが解釈できるアルゴリズムとして開発してきた。
2つ目が「HMI仮想運転技術」。ドライバーの運転操作の背後で車両AIがバックアップ的に運転をシミュレートすることで、異常な運転や危険な状態を予測・判断し、必要な場合にはシステムがドライバーに変わって車両の制御を行う技術だ。
そして3つ目が「ドライバー異常時退避技術」となる。前述したハザート・ランプとブレーキ・ランプが点滅し、ホーンによる車外報知ができる技術だ。
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これらの中で肝となるのが1つ目のドライバー状態検知技術。カメラを使いながら人間の行動分析をするものだからだ。栃岡氏は「医学や脳科学の知見が必要となり、我々自動車メーカーにはその知見はない。そこで広島大学医学部や筑波大学医学部、滋賀医科大学などの医師と協力し、病気などの症状が出たときの振る舞いとはどんなものかといったデータをとらせてもらい、数値に置き換えていった」。
クルマを止めることに価値がある─。このマツダの考え方の背景には日本が直面する高齢化と同社の経営哲学が絡む。
同社は運転行為が健康寿命の延伸につながると捉え、「クルマを楽しく操れれば心は活性化する」(同)と捉える。例えば、筑波大学の調査によると、運転をやめた人は運転を続けている人と比較しても、要介護認定のリスクが2・16倍になるという。
また、運転している高齢者は認知症のリスクが37%減るという国立長寿医療研究センターの調査もある。要は、クルマを運転することで健康寿命の延伸につながるというわけだ。高齢者の健康寿命の延伸は国の医療費削減にもつながる。
ドライバーが運転不能と判断すると、自動かつ安全に停車する
「走る歓び」─。マツダは運転するという行為に価値があるとみており、運転そのものをなくす発想には立たない。運転者の不注意や異常を検知することで車両側を制御し、事故を防ぐことを目指す。その実現に向けた第一歩がコ・パイロットだ。
コ・パイロットは22年にも市場投入する同社のラージ商品群から導入する。「1・0」と称したレベルでは一般道で減速停止し、高速道では左車線を走行していれば路肩退避できる技術を搭載。25年以降にはドライバーの異常検知にとどまらず、運転者の脳機能低下を予測する技術を実用化することも目指す。
世界では自動運転技術で鎬を削っている。中でも米アルファベット傘下のウェイモなどのITジャイアントは運転手を介さない「レベル4」や「レベル5」の完全自動運転で交通事故を防ごうとしている。ミスを犯す人間が運転に関与すること自体に問題があると考えているのだ。
ただでさえ、電動化などに資金を投じなければならない中で、トヨタ自動車を凌ぐ資金力とIT技術を誇るITジャイアントと、世界でも中規模メーカーに位置するマツダが同じ土俵で勝負しようとしてもジリ貧になることは火を見るより明らかだ。また、日本勢でも世界初の「レベル3」搭載車を市販したホンダなど、自動運転に対するアプローチに違いが出てきている。
その中でマツダは「運転する」という行為に可能性を見出す。人間中心のマツダの思想が消費者に受け入れられるかどうか。それが試されることになる。
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