「国も企業も、そしてどんな団体や組織であるにせよ、危機感がなければ変われないし、生き残っていけない」とファーストリテイリング会長兼社長・柳井正氏。コロナ危機が続く中、米中対立という政治的要因、異常気象など不確定要因もあり、状況は流動的。こういう時こそ、「自分たちの立ち位置と存在意義が問われる」と柳井氏は自分たちの使命を実践していこうと社員に呼びかける。思えば、1984年(昭和59年)、35歳で家業の洋品店を受け継ぎ、衣料(clothing)の世界に経営者として飛び込んだ時、掲げたのが”UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE(ユニークな衣料)。そこからブランドも『UNIQLO』(ユニクロ)になる。世界に2つとないユニークなカジュアル衣料を創り、世界ナンバーワンを目指すという考え。出発地は郷里の山口県宇部市。「炭鉱でさびれた街からの出発で、成長するには外へ外へと、つまりグローバル世界を意識せざるを得なかった」と柳井氏。節目、節目で課題が現われたが、それを乗り越えるのは危機感であった。AI(人工知能)やIoTの時代を迎えての柳井氏の対応とは。
本誌主幹
文=村田 博文
≪柳井 正氏は昨年の財界賞≫【経営者のノーベル賞】令和3年度「財界賞」はYoutubeライブでオンライン配信
今、経済人や企業に求められる使命とは?
デジタル革命(DX)、グリーン革命(GX)の真っ只中にあり、諸領域でいろいろな革命が進む。それにコロナ危機が絡まり、米中対立という国際政治要因や異常気象など自然界の不安定要素も重なる。
こうした混沌とした状況下で経済人や企業に求められる使命と役割は何か?
「やはり会社とかブランドは多くの人に期待される存在だと思います。われわれは今、何を期待されているのかをよく考えて、その価値を創造していかないといけないのではないか」と、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は語る。
自分たちのパーパス(存在意義)は何かという問いかけが今、全産業に広がる。環境激変の今こそ、「自分たちの立ち位置を明確に」という柳井氏の考え。
ましてや、今はデジタル革命が進展し、GAFAなどのITプラットフォーマーがあらゆる産業とつながり始め、業種の垣根がなくなり始めた。
「境界がないし、どこの国から競合相手が来るか分からない時代」と柳井氏は語り、次のような認識を示す。
「やはり世界市場が同一としたら、これはいつも言っているんですけれど、種の法則みたいなものがあると。同一種は同じ圏内では1種類で十分だということ。ですから、自分の立ち位置をもっとはっきりさせ、どこで立っていくのかということを自分で定義した上で努力しないとやっていけないと思います」
コロナ危機に世界が遭遇して約2年が経つ。コロナ禍は感染症を広げたが、いろいろな気付きをわたしたちに与えてくれた。生き方・働き方の変革もその1つである。
変わらないのは、「われわれはこれまでにも増して積極的にグローバルに事業を展開し、グローバルNO・1のブランドを目指す」という柳井氏の考え。
事実、同社のグローバルな投資はコロナ危機下でも続く。
2021年9月16日には、パリのリヴォリ通りに、『服とアートの融合』をテーマにした『ユニクロリヴォリ通り店』を開店。付近にはルーブル美術館やパリ市庁舎があり、パリを代表するエリアでの試みである。
今後の成長が期待されるアジア地域への投資にも積極的だ。10月8日に台湾・台北のグローバル旗艦店をリニューアルオープン。11月には中国・北京に初のグローバル旗艦店を出店した(北京三里屯〈サンリートン〉店)。さらに22年春にはロンドンのリージェントストリートに、『ユニクロ』と『セオリー』ブランドが同居する大型店をオープンさせるなど、攻めの経営に打って出ている。
ロンドンは、日本育ちの『ユニクロ』が2001年、初めて海外進出した場所。柳井氏も、「新しい歴史を開きたい」と力を入れる。
コロナ危機では同社も影響を受けた。コロナ禍1年目の2020年(令和2年)は国内の全店舗(約810店)のうち、ピーク時の4月には全体の4割に当たる310店以上が休業に追い込まれた。
このことは20年8月期の業績に影響を与えた。
同期は減収減益となり、売上高は2兆88億円(前年同期比12・3%減)、営業利益1493億円(同42・0%減)、純利益903億円(同44・4%減)と打撃を受けた。
それが21年8月期は売上高が2兆1329億円(前年同期比6・2%増)、営業利益2490億円(同66・7%増)、純利益1698億円(同88・0%増)と大幅増となった。
同社の事業は、『ユニクロ』を中心に、よりリーズナブルな価格帯を追求する『ジーユー』、
さらには米国発祥のブランド『セオリー』などがある。
21年8月期にはユニクロ事業を中心に業績が回復。世界各地でワクチン接種が進み、新型コロナ感染症を抑制する効果が現われ、消費者の間にも買いたいものを買うという気運が現われ始めてきた。そうした消費者のニーズを同社はコロナ禍にあっても、すくい上げてきたと言えよう。
〈編集部のおすすめ記事〉>>売上高目標10兆円!【大和ハウス ・芳井敬一】がポートフォリオの基軸に据える『まちの再耕』
日本の座標軸をどう設定するか
「グローバルな人の結びつきとか、企業と企業の結びつきはますます強くなっていく」と柳井氏は強調する。
コロナ危機にあって、感染症対策のため、一時的に海外からの渡航者の入国禁止や隔離政策が取られてきた。
このため、分断が進んだかに見えるが、各国が手を携えてコロナ対策を取らなければならない現実が、『世界は1つ』という認識を深めることになった。
国を閉じて、1国単位で対応策を立てようとしても、結局は、それは国民に〝負〟の影響を与えると柳井氏は次のように語る。
「日本に資源が全部あって、輸入しなくて済むのだったら、それでいいけれども、そうはならない。これから、僕はインフレが来ると思います。インフレになって、円安になって、輸入して、給料も上がらないとなると、どうしますか。(何もかも)国産でやるとしたら、国というものが成り立たなくなってしまう。そうなると、国民の生活が今よりもっとダウンするというふうに僕は思います」
国と国の関係が分断、分裂の方向に向かうのでは、目ぼしい成果は得られず、プラスの影響は受けられないとして、柳井氏は続ける。
「それは、1国ではもうどの国でも成立しない。世界最強の米国ですら、米中対立の時でも中国からの輸入が143%(ジェトロ調べ、2021年上半期の中国の対米輸出額)になったということですよね。米国ですら1国では運営できないんですよ。日本は何の資源もない。人の努力と人間の能力だけで発展してきた国です。それを自国でやる、しかも遅れた技術でやる。そうした領域に人もいないのに、どうやってやるのかということです」
国の立ち位置をどう測り、自分たちの視座、座標軸をどこに定めるのかという命題。
あるべき国家像をきちんと見据え、そして、持続性(サステナビリティ)のある国の運営を図るということで、リーダーの責任は重い。
「そう、リーダーの人に未来志向がないんですよね。口では未来志向と言っているんだけど、個別具体策が全くないです。それを即実行しない」と柳井氏はリーダーの使命と責任を語る。
混迷期こそ、経営の原点を見つめ直す!
今はまさに変革期。デジタル革命(DX)、グリーン革命(GX)が世界規模で進行し、そこへコロナ危機が重なった。
企業はもちろんのこと、個人もどうこの変革期を生き抜くか─という命題を抱えている。
柳井氏が1984年(昭和59年)、父親が経営する用品店を受け継いだのは35歳の時。以来、掲げているのが、『LifeWear(究極の普段着)』という考え。
この『LifeWear』は国籍、人種、性別、年齢を超えた、あらゆる人のための服ということ。
普段着(カジュアルウェア)だから、「世界中の人が気軽に購入でき、自分らしいライフスタイルをつくることができる服」という思いを、柳井氏はこの『LifeWear』という言葉に込めている。
「お客様のために服をつくる」ということの実践がコロナ危機で消費者に受け入れられる、21年8月期の大幅増益決算につながったと評価できよう。
〈編集部のおすすめ記事〉>>コロナ禍でも新市場創出!【GMOインターネットグループ代表・熊谷正寿】の「より多くの人に、より良いインターネットを!」
海外、国内の消費動向は?
ファーストリテイリングはグローバル企業。国内810店(2021年8月末)、海外は1502店と、すでに海外店舗数が国内店舗を上回り、全体の6割を占めるほどになっている。
最近の業績拡大も、海外店の利益の伸びが堅調で、国内のそれを上回っている。
21年8月期で見ると、海外ユニクロ事業の営業利益は前期比2・2倍の1112億円になった。国内ユニクロ事業の営業利益は1232億円と額では国内がまだ優位だが、海外の伸びは国内を上回る勢いだ。
利益の伸びしろということでは、海外市場の方が大きい。
国内の消費動向はどうか?
既存店とEコマース(ネット通販)の21年11月度のデータでは、売上高が前年比で95・4%という数字。客数は100・9%で増えているが、客単価は94・5%とサイフのヒモが若干締められている様子が窺える。
このため、消費者心理をどう読み、どう商品・販売計画を打っていくのかが大事になってくる。
また、海外市場の中でも重要なポジションを占めるのが中国市場の動向だ。同社では海外店の半数を占めるのが中国だから、今後の同社の業績にも微妙に響いてくるという見方もある。
こうした状況だが、柳井氏が打ち出す基本方針は明快だ。コロナ禍への対応を踏まえて、柳井氏はコロナ危機の今こそ、世界中の個人、そして企業が「力を合わせて、危機をチャンスに変え、より良い社会を実現するという前向きな発想を持つことが必要です」と語り、「大事なのは、具体的に行動を取るということです」と強調する。
中国とどう向き合うか?
今、米中対立が深まり、22年2月の冬季北京五輪にまで陰に陽に影響が出始めている。
選手団だけは送り、閣僚や政府関係者を北京に送り込まない、いわゆる〝外交ボイコット〟を行うという米国や英国、豪州などの動き。これには、英国と同じ欧州でも、仏伊などはボイコット路線に今のところ同調せず、独自のスタンスを取っている。
対中国への政治的対応は多様だが、こうした動きが出てくる背景には中国の人権問題や〝民主主義対専制主義〟という価値観の違いがある。
これに、最近は、『経済安全保障』というテーマが絡んでくる。半導体やAI(人工知能)やIoTから宇宙開発など、最先端技術の漏洩を防ぐということで、新たな対立軸が生まれる。
一方で、経済取引では先述のように、貿易面などで米中両国ともに密接に絡み合う。
現実に米国にとって中国は最大の貿易相手国。中国にとっても米国は同じ位置付けである。
次世代のEV(電気自動車)づくりで先行する米テスラは中国で生産販売を行っており、主要な利益を挙げている。また、中国から米国に留学する学生数は今でも約37万人といわれ、世界各国の中でも最大だ。米中関係を見るには、多様な〝目〟や〝視座〟が必要である。
政治的には対立し、経済では密接につながるという現実。
こうした混迷状況の中で、経済人の役割とは何か?
「対立する理由はないでしょ。お互いにメリットがあるんですからね。やはり平和で安定した世界に持っていく。誰も対立したいとは思っていませんよ」
柳井氏は、経済人は交流することに役割があると語る。
そうした経済人の交流で、政治に影響は与えられるのか?
「まあ、政治に影響を与えるということは難しいかもしれないですけどね。国民の平和と安心・安全につなげられると」
中長期的な視座の中で、日本が生き抜いていけるような生き方や国の運営が大事だ─という柳井氏の考えである。経済リーダーの使命と責任も重い。
〈編集部のおすすめ記事〉>>【働き方をどう考える?】サントリーHD・新浪剛史社長の「45歳定年制」発言が波紋
宇部を出発点に…
「ピンチはチャンス」─。
企業経営には、それこそ試練や危機が付きまとう。柳井氏は35歳で父親の経営する衣料品会社「小郡商事(現ファーストリテイリング)」を受け継いだ。
その後、失敗や試練の中で苦闘しながら、壁を乗り越えて成長してきた。
発祥の地である山口県宇部市は明治以後の殖産興業で炭鉱都市として発展したが、1960年前後、昭和30年代からのエネルギー革命で石炭産業が没落。
石炭から化学へと転身した宇部興産などを中心に、周防灘の沿岸部に工業地帯を形成しているが、街の商店街もシャッター通りと化した所も少なくない。人口は約16万人規模にとどまる。
家業の衣料品店を受け継いだ時、柳井氏は、「日本で断トツのアパレル1位になる」と目標を立てた。そして、心密かに「世界1を目指す」と、グローバル市場で勝負できる会社に育て上げるという思いを持った。
目標に向かって邁進。店頭に立っての販売から経理、そして店内の清掃もこなし、閉店後は夜汽車に乗って、大阪まで商品の仕入れに行った。
目標を実現しようと、朝早くから夜遅くまで自らに厳しく日課を科し、働きに働いた。その分、社員にも厳しくなったのであろうか、7人いた社員のうち、1人を除いて皆辞めてしまった。
その1人は、柳井氏のモノの考え方、経営思想のよき理解者でもあり、同志でもあった。そして、同社がファーストリテイリングとして一大発展していく時の伴走者でもあった。
宇部という街の市場は小さいから、成長するには、「外へ外へ」と、より大きな市場へ向かった。
最後まで諦めずに試練の後に成果が
そして他店にはないようなユニークな製品を売ろうと、ブランド名は『ユニクロ』とし、広島に1号店を出店(1984)。
お客の反応は非常に良かったが、この時は「まだ商品的には満足できなかった」と言う。なぜ満足できなかったのか?
お客はユニクロの買い物袋を持って店を出るのだが、店外でユニクロと書かれた袋を捨てていたという。
「これはブランドとして評価されていないということ」と柳井氏はその光景を見て、逆に燃え上がった。
お客に信頼してもらうようにするには、商品の質をぐっと上げてくために、SPA(Specialitystore retailer of Private labelApparel、製造小売業)になろうと決意。
単に商品を仕入して販売するという、『右から左に商品を流す』商売ではお客に信用・信頼されないと悟ったのである。
コスト的に、国内での製造は難しく、柳井氏は香港へ向かう。こうして海外での生産ルートを構築し、商品の質向上を図り、ユニクロブランドの評価を高めていった。
しかし、物事はそう順風満帆とはいかない。1990年代には初の都心型店として、大阪・西心斎橋地区のアメリカ村にも出店したが、この時は「大失敗だった」と柳井氏は振り返る。
この間、商品の質を高めるには、「素材が大事」と素材開発にはこだわり続けた。
合繊メーカーである化学会社の東レと提携しての素材開発では、ダメ出しを繰り返したため、東レの開発陣の間では、「取引を止めよう」との声も強まった。
両者が決裂寸前まで素材の改良を繰り返しやれたのは、東レの総帥・前田勝之助氏(元社長・会長、故人)と柳井氏の双方のトップ同士の厚い絆(きずな)があったからだ。
「前田さんは最後まで諦めない人でした。本当にお世話になりました」と柳井氏は述懐。
こうして、厳寒期にも暖かい素材『ヒートテック』を開発。
1998年の東京・原宿店の出店時は、『フリース』ブームを巻き起こし、大成功を納めている。『フリース』はポリエステルの一種であるPETを材料に、柔らかい起毛仕上げにした繊維素材。保温性が良く、洗濯も簡単で速乾性があると評判を呼んだ。
原宿出店の98年は、ちょうど日本がデフレに入った年。90年代初めにバブル経済が崩壊し、経済全体が停滞期にあり、ユニクロの出現に消費者は関心を寄せ始めた。
あらゆるものが変わっていく中で…
郷里・宇部から出発し、広島、大阪、東京へと進出。そして中国をはじめアジア市場を開拓し、さらには英国にも進出(2001)、米国・ニューヨークや仏・パリとファッションの本場にも拠点を拡大。このように新しい市場を次から次へと開拓してきた歴史。もし、東京で誕生した会社だったら、「今のような姿ではなかったかもしれない」と柳井氏は語る。
同社はカジュアルウェアで世界3位の座。1位のZARA(スペインのインディテックス
社)、2位のH&M(スウェーデン)を追う立場だが、2021年には時価総額で一時期、ファーストリテイリングがZARAを抜くという局面があった。
競争相手はカジュアルメーカーだけではない。国境はなくなり、競争相手もあらゆる業種からやって来る可能性のある時代。
GAFA(グーグルやアップルなど)などITプラットフォーマーと呼ばれる企業が突然ライバルとなるかもしれない。
柳井氏は「Global is local,Local is global(グローバル即ローカル、ローカル即グローバル)」という考え方を示す。
グローバル(世界)とローカル(地域)は隔絶したものではなく、融け合っている。
また、AIやIoTの技術の進展で、バーチャル空間とリアルな空間も混ざり合い、「融合している」という認識を示す。
そして、自らの事業形態については、「情報製造小売業」(Digital Retail Company)と規定。国も企業も、変革の時を迎えて、どう生き抜くか─という意識を持ち続ける柔軟な対応。
『諸行無常』─。仏教の根本思想で、万物は常に変化して、少しの間もとどまらないという
ことを意味する言葉。
「英語では、Everything is changing だと。偉い坊さんに聞いたら、あらゆるものが変わっていって、人間は死ぬんだと。だから人間は、死ぬんだったら、死ぬ前に何かやりたいと思うのが普通だと思うんですね」。
ファーストリテイリングはいろいろな試練や危機を乗り越えて、成長してきた。
「僕らはそういう意味で幸運だったと思うんですけど、ひょっとしたら、こういう事ができるのではないかと思っても、やらない限りそれはできない。できない理由を言うのは簡単で、ひょっとしたら、こういう事ができるという事に向かって努力する。それが必要だと思います」
柳井氏の新しい挑戦はこれからも続く。
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本誌主幹
文=村田 博文
≪柳井 正氏は昨年の財界賞≫【経営者のノーベル賞】令和3年度「財界賞」はYoutubeライブでオンライン配信
今、経済人や企業に求められる使命とは?
デジタル革命(DX)、グリーン革命(GX)の真っ只中にあり、諸領域でいろいろな革命が進む。それにコロナ危機が絡まり、米中対立という国際政治要因や異常気象など自然界の不安定要素も重なる。
こうした混沌とした状況下で経済人や企業に求められる使命と役割は何か?
「やはり会社とかブランドは多くの人に期待される存在だと思います。われわれは今、何を期待されているのかをよく考えて、その価値を創造していかないといけないのではないか」と、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は語る。
自分たちのパーパス(存在意義)は何かという問いかけが今、全産業に広がる。環境激変の今こそ、「自分たちの立ち位置を明確に」という柳井氏の考え。
ましてや、今はデジタル革命が進展し、GAFAなどのITプラットフォーマーがあらゆる産業とつながり始め、業種の垣根がなくなり始めた。
「境界がないし、どこの国から競合相手が来るか分からない時代」と柳井氏は語り、次のような認識を示す。
「やはり世界市場が同一としたら、これはいつも言っているんですけれど、種の法則みたいなものがあると。同一種は同じ圏内では1種類で十分だということ。ですから、自分の立ち位置をもっとはっきりさせ、どこで立っていくのかということを自分で定義した上で努力しないとやっていけないと思います」
コロナ危機に世界が遭遇して約2年が経つ。コロナ禍は感染症を広げたが、いろいろな気付きをわたしたちに与えてくれた。生き方・働き方の変革もその1つである。
変わらないのは、「われわれはこれまでにも増して積極的にグローバルに事業を展開し、グローバルNO・1のブランドを目指す」という柳井氏の考え。
事実、同社のグローバルな投資はコロナ危機下でも続く。
2021年9月16日には、パリのリヴォリ通りに、『服とアートの融合』をテーマにした『ユニクロリヴォリ通り店』を開店。付近にはルーブル美術館やパリ市庁舎があり、パリを代表するエリアでの試みである。
今後の成長が期待されるアジア地域への投資にも積極的だ。10月8日に台湾・台北のグローバル旗艦店をリニューアルオープン。11月には中国・北京に初のグローバル旗艦店を出店した(北京三里屯〈サンリートン〉店)。さらに22年春にはロンドンのリージェントストリートに、『ユニクロ』と『セオリー』ブランドが同居する大型店をオープンさせるなど、攻めの経営に打って出ている。
ロンドンは、日本育ちの『ユニクロ』が2001年、初めて海外進出した場所。柳井氏も、「新しい歴史を開きたい」と力を入れる。
コロナ危機では同社も影響を受けた。コロナ禍1年目の2020年(令和2年)は国内の全店舗(約810店)のうち、ピーク時の4月には全体の4割に当たる310店以上が休業に追い込まれた。
このことは20年8月期の業績に影響を与えた。
同期は減収減益となり、売上高は2兆88億円(前年同期比12・3%減)、営業利益1493億円(同42・0%減)、純利益903億円(同44・4%減)と打撃を受けた。
それが21年8月期は売上高が2兆1329億円(前年同期比6・2%増)、営業利益2490億円(同66・7%増)、純利益1698億円(同88・0%増)と大幅増となった。
同社の事業は、『ユニクロ』を中心に、よりリーズナブルな価格帯を追求する『ジーユー』、
さらには米国発祥のブランド『セオリー』などがある。
21年8月期にはユニクロ事業を中心に業績が回復。世界各地でワクチン接種が進み、新型コロナ感染症を抑制する効果が現われ、消費者の間にも買いたいものを買うという気運が現われ始めてきた。そうした消費者のニーズを同社はコロナ禍にあっても、すくい上げてきたと言えよう。
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日本の座標軸をどう設定するか
「グローバルな人の結びつきとか、企業と企業の結びつきはますます強くなっていく」と柳井氏は強調する。
コロナ危機にあって、感染症対策のため、一時的に海外からの渡航者の入国禁止や隔離政策が取られてきた。
このため、分断が進んだかに見えるが、各国が手を携えてコロナ対策を取らなければならない現実が、『世界は1つ』という認識を深めることになった。
国を閉じて、1国単位で対応策を立てようとしても、結局は、それは国民に〝負〟の影響を与えると柳井氏は次のように語る。
「日本に資源が全部あって、輸入しなくて済むのだったら、それでいいけれども、そうはならない。これから、僕はインフレが来ると思います。インフレになって、円安になって、輸入して、給料も上がらないとなると、どうしますか。(何もかも)国産でやるとしたら、国というものが成り立たなくなってしまう。そうなると、国民の生活が今よりもっとダウンするというふうに僕は思います」
国と国の関係が分断、分裂の方向に向かうのでは、目ぼしい成果は得られず、プラスの影響は受けられないとして、柳井氏は続ける。
「それは、1国ではもうどの国でも成立しない。世界最強の米国ですら、米中対立の時でも中国からの輸入が143%(ジェトロ調べ、2021年上半期の中国の対米輸出額)になったということですよね。米国ですら1国では運営できないんですよ。日本は何の資源もない。人の努力と人間の能力だけで発展してきた国です。それを自国でやる、しかも遅れた技術でやる。そうした領域に人もいないのに、どうやってやるのかということです」
国の立ち位置をどう測り、自分たちの視座、座標軸をどこに定めるのかという命題。
あるべき国家像をきちんと見据え、そして、持続性(サステナビリティ)のある国の運営を図るということで、リーダーの責任は重い。
「そう、リーダーの人に未来志向がないんですよね。口では未来志向と言っているんだけど、個別具体策が全くないです。それを即実行しない」と柳井氏はリーダーの使命と責任を語る。
混迷期こそ、経営の原点を見つめ直す!
今はまさに変革期。デジタル革命(DX)、グリーン革命(GX)が世界規模で進行し、そこへコロナ危機が重なった。
企業はもちろんのこと、個人もどうこの変革期を生き抜くか─という命題を抱えている。
柳井氏が1984年(昭和59年)、父親が経営する用品店を受け継いだのは35歳の時。以来、掲げているのが、『LifeWear(究極の普段着)』という考え。
この『LifeWear』は国籍、人種、性別、年齢を超えた、あらゆる人のための服ということ。
普段着(カジュアルウェア)だから、「世界中の人が気軽に購入でき、自分らしいライフスタイルをつくることができる服」という思いを、柳井氏はこの『LifeWear』という言葉に込めている。
「お客様のために服をつくる」ということの実践がコロナ危機で消費者に受け入れられる、21年8月期の大幅増益決算につながったと評価できよう。
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海外、国内の消費動向は?
ファーストリテイリングはグローバル企業。国内810店(2021年8月末)、海外は1502店と、すでに海外店舗数が国内店舗を上回り、全体の6割を占めるほどになっている。
最近の業績拡大も、海外店の利益の伸びが堅調で、国内のそれを上回っている。
21年8月期で見ると、海外ユニクロ事業の営業利益は前期比2・2倍の1112億円になった。国内ユニクロ事業の営業利益は1232億円と額では国内がまだ優位だが、海外の伸びは国内を上回る勢いだ。
利益の伸びしろということでは、海外市場の方が大きい。
国内の消費動向はどうか?
既存店とEコマース(ネット通販)の21年11月度のデータでは、売上高が前年比で95・4%という数字。客数は100・9%で増えているが、客単価は94・5%とサイフのヒモが若干締められている様子が窺える。
このため、消費者心理をどう読み、どう商品・販売計画を打っていくのかが大事になってくる。
また、海外市場の中でも重要なポジションを占めるのが中国市場の動向だ。同社では海外店の半数を占めるのが中国だから、今後の同社の業績にも微妙に響いてくるという見方もある。
こうした状況だが、柳井氏が打ち出す基本方針は明快だ。コロナ禍への対応を踏まえて、柳井氏はコロナ危機の今こそ、世界中の個人、そして企業が「力を合わせて、危機をチャンスに変え、より良い社会を実現するという前向きな発想を持つことが必要です」と語り、「大事なのは、具体的に行動を取るということです」と強調する。
中国とどう向き合うか?
今、米中対立が深まり、22年2月の冬季北京五輪にまで陰に陽に影響が出始めている。
選手団だけは送り、閣僚や政府関係者を北京に送り込まない、いわゆる〝外交ボイコット〟を行うという米国や英国、豪州などの動き。これには、英国と同じ欧州でも、仏伊などはボイコット路線に今のところ同調せず、独自のスタンスを取っている。
対中国への政治的対応は多様だが、こうした動きが出てくる背景には中国の人権問題や〝民主主義対専制主義〟という価値観の違いがある。
これに、最近は、『経済安全保障』というテーマが絡んでくる。半導体やAI(人工知能)やIoTから宇宙開発など、最先端技術の漏洩を防ぐということで、新たな対立軸が生まれる。
一方で、経済取引では先述のように、貿易面などで米中両国ともに密接に絡み合う。
現実に米国にとって中国は最大の貿易相手国。中国にとっても米国は同じ位置付けである。
次世代のEV(電気自動車)づくりで先行する米テスラは中国で生産販売を行っており、主要な利益を挙げている。また、中国から米国に留学する学生数は今でも約37万人といわれ、世界各国の中でも最大だ。米中関係を見るには、多様な〝目〟や〝視座〟が必要である。
政治的には対立し、経済では密接につながるという現実。
こうした混迷状況の中で、経済人の役割とは何か?
「対立する理由はないでしょ。お互いにメリットがあるんですからね。やはり平和で安定した世界に持っていく。誰も対立したいとは思っていませんよ」
柳井氏は、経済人は交流することに役割があると語る。
そうした経済人の交流で、政治に影響は与えられるのか?
「まあ、政治に影響を与えるということは難しいかもしれないですけどね。国民の平和と安心・安全につなげられると」
中長期的な視座の中で、日本が生き抜いていけるような生き方や国の運営が大事だ─という柳井氏の考えである。経済リーダーの使命と責任も重い。
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宇部を出発点に…
「ピンチはチャンス」─。
企業経営には、それこそ試練や危機が付きまとう。柳井氏は35歳で父親の経営する衣料品会社「小郡商事(現ファーストリテイリング)」を受け継いだ。
その後、失敗や試練の中で苦闘しながら、壁を乗り越えて成長してきた。
発祥の地である山口県宇部市は明治以後の殖産興業で炭鉱都市として発展したが、1960年前後、昭和30年代からのエネルギー革命で石炭産業が没落。
石炭から化学へと転身した宇部興産などを中心に、周防灘の沿岸部に工業地帯を形成しているが、街の商店街もシャッター通りと化した所も少なくない。人口は約16万人規模にとどまる。
家業の衣料品店を受け継いだ時、柳井氏は、「日本で断トツのアパレル1位になる」と目標を立てた。そして、心密かに「世界1を目指す」と、グローバル市場で勝負できる会社に育て上げるという思いを持った。
目標に向かって邁進。店頭に立っての販売から経理、そして店内の清掃もこなし、閉店後は夜汽車に乗って、大阪まで商品の仕入れに行った。
目標を実現しようと、朝早くから夜遅くまで自らに厳しく日課を科し、働きに働いた。その分、社員にも厳しくなったのであろうか、7人いた社員のうち、1人を除いて皆辞めてしまった。
その1人は、柳井氏のモノの考え方、経営思想のよき理解者でもあり、同志でもあった。そして、同社がファーストリテイリングとして一大発展していく時の伴走者でもあった。
宇部という街の市場は小さいから、成長するには、「外へ外へ」と、より大きな市場へ向かった。
最後まで諦めずに試練の後に成果が
そして他店にはないようなユニークな製品を売ろうと、ブランド名は『ユニクロ』とし、広島に1号店を出店(1984)。
お客の反応は非常に良かったが、この時は「まだ商品的には満足できなかった」と言う。なぜ満足できなかったのか?
お客はユニクロの買い物袋を持って店を出るのだが、店外でユニクロと書かれた袋を捨てていたという。
「これはブランドとして評価されていないということ」と柳井氏はその光景を見て、逆に燃え上がった。
お客に信頼してもらうようにするには、商品の質をぐっと上げてくために、SPA(Specialitystore retailer of Private labelApparel、製造小売業)になろうと決意。
単に商品を仕入して販売するという、『右から左に商品を流す』商売ではお客に信用・信頼されないと悟ったのである。
コスト的に、国内での製造は難しく、柳井氏は香港へ向かう。こうして海外での生産ルートを構築し、商品の質向上を図り、ユニクロブランドの評価を高めていった。
しかし、物事はそう順風満帆とはいかない。1990年代には初の都心型店として、大阪・西心斎橋地区のアメリカ村にも出店したが、この時は「大失敗だった」と柳井氏は振り返る。
この間、商品の質を高めるには、「素材が大事」と素材開発にはこだわり続けた。
合繊メーカーである化学会社の東レと提携しての素材開発では、ダメ出しを繰り返したため、東レの開発陣の間では、「取引を止めよう」との声も強まった。
両者が決裂寸前まで素材の改良を繰り返しやれたのは、東レの総帥・前田勝之助氏(元社長・会長、故人)と柳井氏の双方のトップ同士の厚い絆(きずな)があったからだ。
「前田さんは最後まで諦めない人でした。本当にお世話になりました」と柳井氏は述懐。
こうして、厳寒期にも暖かい素材『ヒートテック』を開発。
1998年の東京・原宿店の出店時は、『フリース』ブームを巻き起こし、大成功を納めている。『フリース』はポリエステルの一種であるPETを材料に、柔らかい起毛仕上げにした繊維素材。保温性が良く、洗濯も簡単で速乾性があると評判を呼んだ。
原宿出店の98年は、ちょうど日本がデフレに入った年。90年代初めにバブル経済が崩壊し、経済全体が停滞期にあり、ユニクロの出現に消費者は関心を寄せ始めた。
あらゆるものが変わっていく中で…
郷里・宇部から出発し、広島、大阪、東京へと進出。そして中国をはじめアジア市場を開拓し、さらには英国にも進出(2001)、米国・ニューヨークや仏・パリとファッションの本場にも拠点を拡大。このように新しい市場を次から次へと開拓してきた歴史。もし、東京で誕生した会社だったら、「今のような姿ではなかったかもしれない」と柳井氏は語る。
同社はカジュアルウェアで世界3位の座。1位のZARA(スペインのインディテックス
社)、2位のH&M(スウェーデン)を追う立場だが、2021年には時価総額で一時期、ファーストリテイリングがZARAを抜くという局面があった。
競争相手はカジュアルメーカーだけではない。国境はなくなり、競争相手もあらゆる業種からやって来る可能性のある時代。
GAFA(グーグルやアップルなど)などITプラットフォーマーと呼ばれる企業が突然ライバルとなるかもしれない。
柳井氏は「Global is local,Local is global(グローバル即ローカル、ローカル即グローバル)」という考え方を示す。
グローバル(世界)とローカル(地域)は隔絶したものではなく、融け合っている。
また、AIやIoTの技術の進展で、バーチャル空間とリアルな空間も混ざり合い、「融合している」という認識を示す。
そして、自らの事業形態については、「情報製造小売業」(Digital Retail Company)と規定。国も企業も、変革の時を迎えて、どう生き抜くか─という意識を持ち続ける柔軟な対応。
『諸行無常』─。仏教の根本思想で、万物は常に変化して、少しの間もとどまらないという
ことを意味する言葉。
「英語では、Everything is changing だと。偉い坊さんに聞いたら、あらゆるものが変わっていって、人間は死ぬんだと。だから人間は、死ぬんだったら、死ぬ前に何かやりたいと思うのが普通だと思うんですね」。
ファーストリテイリングはいろいろな試練や危機を乗り越えて、成長してきた。
「僕らはそういう意味で幸運だったと思うんですけど、ひょっとしたら、こういう事ができるのではないかと思っても、やらない限りそれはできない。できない理由を言うのは簡単で、ひょっとしたら、こういう事ができるという事に向かって努力する。それが必要だと思います」
柳井氏の新しい挑戦はこれからも続く。
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