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【「東急ハンズ」売却】なぜ、東急不動産ホールディングス・西川弘典社長は決断したのか?

財界オンライン 2022年2月18日 7時0分

「あらゆる可能性を探った売却しかないという結論に至った」─こう話すのは東急不動産ホールディングス社長の西川弘典氏。2021年12月に、都市型雑貨店として人気を博してきた東急ハンズをカインズに売却することを決めた。これは企業の形を変えていく決意の表れとも言える。不動産企業グループとして、あるべき姿をどう描くのか。「環境先進企業を目指す」と話す西川氏が考えるこれからの企業の姿とは─。

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長期ビジョンづくりが売却のきっかけに
「2021年に長期ビジョンを発表したが、その策定の過程で抜本的対策を取らなければいけない事業があると考えていた。その1つが東急ハンズだった」と話すのは東急不動産ホールディングス社長の西川弘典氏。

 2021年12月、東急不動産HDは子会社である東急ハンズを、ホームセンター最大手・カインズに売却することを決めた。

 売却を決めるまでの1年余り、東急不動産HDでは、今回のような完全売却から自主再建まで、あらゆる可能性を探っていた。

 そのきっかけは長期ビジョンづくり。同社は2030年度を目標年度とする「GROUP VISION2030」を21年5月に公表したが、その作業の中では持ち株会社だけでなく当然、グループ企業も2030年に向けた自らの姿を考えてきた。

 その際、東急ハンズから出てきた案を見て西川氏は「これは自前ではできないな」と感じた。それは東急ハンズの案が、同社が掲げてきた「ヒント・マーケット」(様々なライフスタイル、感性を持つ顧客1人ひとりに対して、生活を豊かにするためのヒントを商品とともに提案する)というスローガンをデジタル世界で実現するというものだったからだ。

「私の考える東急ハンズのイメージと近かったが、2030年までに単体での実現は難しい。では、グループが支援してできるかというとそれも厳しい」

 東急ハンズはEC化の出遅れという課題を抱えていたが、それを取り戻すだけの経営資源は今、グループ内にはないという判断。そしてEC化すると、その販路としてどこかのプラットフォームに乗る必要も出てくるが、武器となる利益率の高いプライベート・ブランド(PB)の開発も進んでいなかった。

 しかも、社会ではコロナ禍でEC化、デジタル化は加速度的に進んだ。その流れに追いつくために、他社との提携も模索したが「小売の競争力につながるEC、PBの部分を活用させてもらう方法を考えると、100%売却しかない」(西川氏)という結論に至った。対面営業の東急ハンズはコロナ禍で大きな打撃を被ったことも大きかった。

 その時、西川氏が最も考えたのは東急ハンズの顧客と従業員のこと。東急ハンズには根強いファンがいたが「近年はそうした方々のご期待に応えられていない」という思いがあった。

 そして仮に、自前でECやPBの充実を図ろうとすると、その間に不採算店舗の閉鎖など厳しい施策が続くことになる。「自分が働くお店がいつ閉まるかわからないという不安な気持ちになると、それだけで小売業のサービスレベルは落ちてしまう」

 東急ハンズ初代社長の松尾英男氏は「お客様にとって最も購入金額が少なくなる方法を考えなさい」という哲学を説いてきた。その教えが東急ハンズの武器である商品知識の豊富な店員によるコンサルティング営業につながったわけだが、雇用不安を抱えては、その質は落ちる。

 もう一つ、東急ハンズにはそれまでに積み重ねた「成功体験」が強かった面がある。その反省を踏まえて、新しい時代の中でデジタル化、PB開発を手掛ける力を付けなければいけない、「変わらなければいけない」という社員へのメッセージともなると考えた。

「カインズさんなら東急ハンズを生かしてくれる」
 売却先候補は数十社に上ったが、その中の1社がカインズだった。東急不動産HD本社でのプレゼンには、創業家出身で会長の土屋裕雅氏、社長の高家正行氏が来社。高家氏は「日本のDIY(自分で身の回りのものを作り、修繕すること)で共創していきましょう」と熱く語ったという。西川氏は「こういう人達なら、東急ハンズを生かしてくれるかもしれないと思った」と振り返る。

 カインズはデジタル化、PB開発に注力してきた企業で、これは東急ハンズが目指してきたもの。カインズにとって今回が初めての買収となるが、「DIY文化の共創」を訴える同社の姿は、創業以来「手の復権」を掲げる東急ハンズの理念と重なる。

 多くの候補企業から絞り込む作業と同時に、社内の〝納得感〟を得る作業も簡単ではなかった。なぜなら、東急ハンズは東急不動産グループにとって「象徴的」事業だったからだ。

 不動産会社が小売業を始めたという異業種からの進出だったことに加え、「都市型雑貨店」という今までにないジャンルを切り開いた業態だった。「小売業の方が手掛けたら、決してできなかった業態ではないか。例えば社員の目利き力を生かした『個別仕入れ』などは小売業から見ればあり得ない形」(西川氏)

 東急グループの2代目としてグループを牽引した五島昇氏は東急ハンズの会長も務めていたが、その独自性を貫くために「小売の人に相談をするな」と社内に説いていたという。

 まさに既存の常識を破る存在だったわけだが、「『これが東急不動産の組織風土、企業文化です』とご説明するよりも、『東急ハンズを立ち上げたんです』と話した方が、企業文化について語りやすかった」と西川氏。

 渋谷や池袋、新宿といった一等地で都市型雑貨店を成立させたという意味でも、業界から一目置かれる存在だった。

 だが現状は21年3月期で44億円の営業赤字、前述のようにEC化、PB開発が急務で、抜本策が必要。しかし皆、頭では理解しても思い入れが深いために、社内説明は容易ではなかった。これに対しては「まさに懇切丁寧に説明し続けたということに尽きる」(西川氏)

 東急ハンズは手放すが、ある一定期間はブランドを生かす意味で屋号は残る。事業上も関係が続く可能性は高く、「私としては、これを機会にカインズさんとは〝親戚付き合い〟が始まればいいなと考えている」と関係を継続していく考え。

 東急ハンズは東急不動産グループに精神として何を残すのか?「DIY文化がカインズさんによって受け継がれていけば『創業したのは我々』という意識を持ち続けることができるのは大きな財産」と西川氏。

 一方で課題もある。それが「自前主義からの脱却」。前述のように成功体験が強かったがゆえに、ECやPBといった時代の変化への対応が遅れた面がある。今回の売却は、その教訓を社内に伝える意味合いもある。

再生可能エネルギーで業界ナンバーワン
 今回の東急ハンズ売却が、長期ビジョン策定がきっかけになったことからわかるように、東急不動産HDは事業の姿を変えつつある。その軸となるのが「環境」と「デジタル」。

 中でも環境は、長期ビジョンの中で「環境先進企業を目指す」と宣言。それだけでなく、太陽光発電、風力発電、バイオマス発電など、自らが発電所を持ち、発電容量を増やしている。合計投資額は2800億円程度に上る。
 
 21年12月末時点の発電所の定格容量(発電能力)は1314メガワットで、天候や安定性の問題は考慮する必要はあるが、原子力発電所1基分(1000メガワット=100万キロワット)、一般家庭約53万世帯分の電力量に相当する。

 すでに再生可能エネルギーの発電においては日本全体でもトップグループに位置し、不動産業界ではナンバーワンだ。また、東急不動産HDは企業活動に必要な電力を100%再生可能エネルギーとする国際的枠組みである「RE100」に不動産業界で初めて加盟しているが、当初目標の2050年の達成を前倒しし、2025年とすることを表明している。

 東急不動産の強みは、田園都市線沿線開発などの都市開発の他、リゾート事業を通じた開発など、地元の意見を取りまとめと許認可を取り、行政の協力を得てインフラを整備するといったノウハウの蓄積。

 西川氏は「あらゆる再生可能エネルギーに取り組んでいきたい」と話す。デベロッパーでありながら、本格的に発電事業に取り組むという独自の立ち位置を今後さらに強めていく。

「長期ビジョンの発表がファーストステージだとすれば、今はまだセカンドステージ。これで変化は終わりではなく、まだまだ変化し続けていかなければいけない」(西川氏)
 
 22年5月にも発表が予定されている中期経営計画は長期ビジョンの中で「再構築フェーズ」と位置付けられており、今後さらなる変化をもたらす施策が打ち出される可能性が高い。

 例えば、西川氏は最近他に再構築が必要な事業としてスキー場、ゴルフ場を挙げているが「事業として切り離すものではなく、プロジェクトごとに見て、状況が悪化しているものは業態転換や他社への譲渡など幅広い選択肢の中から選んでいく」

2022年の不動産市況をどう見る?
 本業である不動産が置かれている事業環境は不透明だ。コロナ禍で働き方などが変わり、オフィスの空室率が上昇する局面もあった。一方で住宅では都心マンションの値上がりが続く。

 西川氏は22年の不動産マーケットをどう見ているのか? まずオフィスについては「空室率という指標だけ見ると、だいぶ落ち着いてきたというのが正直なところ」だという。

 エリアによって状況が違うことに加え、そのエリアの中でも立地条件、ビルの性能によっても変わってくる。

 東急不動産がSクラス・Aクラスのビルに入居するテナント企業にアンケート調査をしたところ、7割の企業が「現状維持、もしくは増床したい」、3割の企業が「減床したい」と回答。「この回答は私の肌感覚とも合っている」と西川氏。

 東急不動産が現在公表している自社のオフィスビルの空室率は1.1%で、ほぼ満床というレベルだが「この要因は渋谷」(西川氏)。渋谷にはデジタル系企業が集積しているが、これらの企業はコロナ禍にあっても好業績のところが多く、事業を拡大している。そのため、オフィスの増床ニーズも強い。

 地政学リスクや米国の金融政策の変更もあって、経済の先行きは予断を許さない。ただ、日本では量的緩和、低金利の中で「安定資産」としての不動産に資金が回っている面は強い。

 また、先進国の中でも東京の不動産は質の高さに比べて価格が極端に安いという評価を受けており、外国人投資家が買いに来ていることも背景にある。

 そのため「不安要素は多いが、すぐに下落していくかというとそういうことはないのではないか」というのがオフィス市況に関する西川氏の見方。

 また住宅、マンションについては不動産経済研究所が発表した21年の首都圏の新築マンションの平均価格は6260万円となり、バブル期の6123万円を上回り過去最高となった。

 例えば、東急不動産が東京の江東区豊洲で販売した「ブランズタワー豊洲」は坪単価300万円台中盤から400万円前後という価格で、当初は社内外から「本当に完売できるのか? 」という声もあったが、結果人気物件となり完売。「住宅も引き続き堅調」と西川氏。

 一方、コロナの影響でホテルや都心の商業施設など人が集まる場所については厳しい状況が続く。ただ、ホテルの売買価格が極端に落ちているかというと、そういう状況にもないという。

「不動産市況が大きく悪化する要因は見当たらない。コロナがどういう形で収束するかは別として、日常の経済活動が戻ると個人消費が回復し、それが押し上げ効果につながる」
 
 22年を迎え、西川氏は社内にまず、22年3月期の営業利益を「コロナ前水準にV時回復させよう」と訴える。業績見通しでは800億円となっているが、「確実にやり遂げて上積みを狙おう」と鼓舞している。

 そして「これまでの延長線上で物事を考えるのはやめよう」とも訴える。コロナ禍で社会には様々な変化があったが、医療・衛生面以外は「コロナ禍以前からあった変化が前倒しされただけに過ぎない」という認識。

 そのため「ゼロから仕事の枠組みを考えていこう」というのが西川氏の考え。そして自らの事業だけを見るのではなく、全事業の川上から川下まで見ることを意識。「その中に変革、ビジネスチャンスが出てくるのではないか」と話す。

 例えばデジタル化が進めば進むほど、むしろ顧客との接点はより高品質、高いホスピタリティが求められるようになるのではないかと指摘。「お客様と接点を持っている人間が、事業に強い影響を及ぼしていくというのが全ての事業においてあるべき姿ではないか。我々の仕事を見つめ直す絶好のチャンスをもらったと思う」

 自社の象徴だった事業を売却し、まさに「聖域」をつくらずに会社を変える姿勢を示した今、それを眼に見える業績という形で見せていくことが今後、さらに求められている。

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