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【ビールの「敵」を次の成長戦略に】キリンHDが乳酸菌で一大攻勢

財界オンライン 2022年3月25日 18時0分

「健康に関する事業を次の成長の柱に据える」─。キリンホールディングス(HD)社長の磯崎功典氏は強調する。ビール類市場は人口減などの波にさらされ、今後も成長の急拡大は見込めない。また、堅調だったミャンマー事業も撤退を余儀なくされた。その中で同社は「健康関連事業」を次の柱に据える。免疫力を高める独自素材が中心。この新たな〝武器〟はビールの「敵」を研究する中で発見した。40年前から続けてきた同社のバイオテクノロジーとは。

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設備投資額でビール事業を超える

「人口減少、少子高齢化で国内のビール類市場は確実に縮小していく。ビールの売り上げを伸ばし続けることができるのであれば、是非ともそうしたいが限界を感じる。その中で社内を見渡すと、これまで自社で培ってきたバイオテクノロジーという経営資源があった。この技術を駆使して健康関連市場で新たな事業の柱を育てたい」─。こう語るのはキリンHD社長の磯崎功典氏だ。

 かねて懸案事項となっていたミャンマー事業の撤退を決断し、2021年12月期の連結決算においてビール大手の中で唯一の減益に陥った同社。それを受けた24年までの3カ年の中期経営計画において、キリンHDは「健康関連事業」を次の成長の柱に育てる意思を表明した。

 キリンHDの健康関連事業の売上高は20年度で908億円。全体(約1兆8000億円)から見れば僅かだが、磯崎氏はこれを27年度に2000億円にまで引き上げ、事業利益率も15%(20年度の事業損益は10億円の赤字)を目指すと語る。「キリンは本気だ」─。ある食品会社幹部はキリンHDの健康関連事業に関する動きについて、こんな感想を漏らす。

 磯崎氏は同事業について「重要なキリンの成長領域で重点的な配分をしたい」と語り、600億円を健康関連事業の設備投資に振り向けると宣言。傘下のキリンビバレッジでは湘南工場の小型ペットボトル製造設備の増強などに動き出す。近年のキリンHDの年間の設備投資額は1000億円前後のため、過半を本業のビール事業ではなく健康関連事業に充てる形だ。

 更に海外ではM&Aを念頭に置く。「海外でもBtoCの販売チャネルを持てるように候補先のリストも作っている」(同)。ビール事業で構築したBtoBの販売チャネルは持っていても海外での消費者向けの販売ルートを開拓するためにはM&Aが欠かせないという認識だ。

 そんなキリンHDの健康関連事業の肝となるのが独自開発した「プラズマ乳酸菌」。この乳酸菌を食品素材として国内外に売り込んでいくというのが同社の描く成長ストーリーだ。

 既に「iMUSE(イ ミューズ)」というブランドでサプリメントのほか、「生茶」などの飲料やヨーグルトの機能性表示食品として販売。プラズマ乳酸菌は無味無臭のため、身の回りにある食品に配合しやすく他社とも協業しやすい。森永製菓とはチョコレートやココア、カンロとは飴といった形で連携済みだ。

 このプラズマ乳酸菌の特徴はpDC(プラズマサイトイド樹状細胞)という〝免疫の司令塔〟を活性化させる点にある。従来
の乳酸菌は一部の免疫細胞だけを活性化させるが、プラズマ乳酸菌は免疫の司令塔に直接働きかける。その結果、異常細胞を殺傷するNK細胞や外敵に侵された細胞を殺傷するキラーT細胞といった下部細胞も活性化するというわけだ。



長崎大学と臨床研究

 キリンHDヘルスサイエンス事業部部長兼キリン中央研究所・リサーチフェローの藤原大介氏(博士)は「プラズマ乳酸菌の作用についてのヒト試験では、プラズマ乳酸菌飲用でヒトにおいて風邪・インフルエンザのリスクが低下した」と話す。

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 その効能に目を付けたのが長崎大学だ。同大学病院ではコロナ感染症患者にプラズマ乳酸菌を投与し、症状緩和効果を検証する特定臨床研究を開始。呼吸器内科講師の山本和子氏は「新型コロナは大変異を繰り返し、ワクチンのみで対応するのは困難」と指摘した上で、「体内の免疫の調節アプローチによる治療戦略が必要」と期待する。


キリンHDは医療関係者と人に元々備わっている「自然免疫」に着目した感染症対策を研究中だ(左からキリンHDの藤原氏、日本医科大学特任教授の北村義浩氏、長崎大学病院の山本氏、国立感染症研究所・エイズ研究センター長の俣野哲朗氏)

 そもそもキリンHDが乳酸菌に着目したのはなぜなのか。「40 年前に医薬事業を始め、35年以上前から免疫の研究をしてきた」と磯崎氏。その中で10年に発見したのがプラズマ乳酸菌だ。藤原氏が語る。「当時の経営陣が将来のビール市場の飽和を見越して基礎研究を始め、歴代の経営陣も継続して投資してきた」。その際、ビールを改良する過程で乳酸菌がビール醸造に欠かせない酵母の美味しさを損なうことが分かった。それが乳酸菌を研究するきっかけとなった。つまり、ビールの「敵」を研究するのが発端だったのだ。

 ビール事業以外のホテルなどの経歴が長かった磯崎氏は「技術に対するリスペクトがあった」(幹部)。磯崎氏は医薬品原料やサプリメントを手掛ける孫会社の協和発酵バイオを直接の子会社化。同社による医薬品生産受託体制を構築した。また、医薬事業では傘下の協和キリンが骨の病気の治療薬などで堅調。同社の事業利益は612億円と680億円のキリンビールに次ぐまでに成長している。

 ただ、前述したように健康関連事業自体はまだ赤字。ビール事業で収益を上げながら健康関連事業に投資するという形になる。サプリメントなどの健康食品ではサントリーHDが先んじて市場を開拓中だ。協和キリンの研究開発費も大手製薬会社に比べても小さい。肝腎のビールも健康志向が強まれば飲用を控える動きが広がり、市場自体は小さくなっていく。

 持てる資産を活用して〝健康づくり〟という新たな成長の柱を作れるかどうかが、今後のキリンHDの行方を左右する。

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