「危機の時代」の経営のあり方とは─。2011年に東日本大震災という大きな危機を経験した日本。また世界、日本は今、ウクライナ危機で大混乱に陥っている。そのような危機の中で経営をどうカジ取りしていくか。西浦氏はかねてから、危機に対応すべく、様々な手を打ってきた。実行にはコストがかかるが「コストはかかるが、手を打った方が結果的に安くつく」として、社内を鼓舞している。
【写真で見る】ヒューリックは脱炭素に向けて、水から差水
大地震が来ても影響を受けにくい体質に
─ 西浦さんは経営において「危機管理」の重要性を訴えてきましたね。今まさに「危機の時代」を迎えているわけですが、こうした状況下、危機管理の経営をどう進めていけばいいのか。
西浦 危機管理というのはコストがかかるものです。危機には様々な性格のものがあります。その中で例えばSDGs(持続可能な開発目標)、環境問題については、当社は比較的早い段階から対応を進めてきました。
結果、幸いにも日本経済新聞社が進めている「環境経営度調査」で、9年連続不動産業界首位を獲得できましたし、その調査に代わって2019年から開始された日経「SDGs経営調査」においても20年に総合ランキングで星4(偏差値60以上65未満)と評価されました。
また、当社は19年11月に、事業用電力を100%再生可能エネルギー由来にすることを目指す国際イニシアチブ「RE100」に加盟していますが、24年にはこの目標を達成することを宣言しています。
それを、他から電力を買ってくるのではなく太陽光発電、小水力発電などを自社で開発、保有する方針です。ただ、こうした開発には数百億円規模の投資が必要になります。
─ 大きなコスト負担が生じると。
西浦 ええ。もちろん、そうした再生可能エネルギーへの投資からも利益は出るわけですが、本来であれば、その資金を不動産取得に使った方が利益は出るわけです。
また、それ以外にも、今後30年の間に訪れるであろう首都直下地震や南海トラフ地震などに備えて、約100棟の物件を、2030年までに震度7規模の地震があったとしても大きな痛手を受けない形に開発、建て替えを進めています。
これもコストがかかる話です。建て替えるとなれば、まずテナントさんに一時的に移転をお願いしますが、代わりのオフィスを用意する必要がありますし、解体と再開発にも資金が必要です。
危機対応、内部統制が大きな課題に
─ 天災は忘れた頃にやってくると言われます。危機への備えは必要だということですね。
西浦 そうです。SDGs、環境については世界的課題となっていますし、日本の場合には地震の発生は非常に可能性が高いわけです。
21年に静岡県熱海市で発生した土砂崩れのように、台風の際の風水害も大きな課題ではありますが、日本では震度2、3という規模の地震が頻発していますから、いつ大規模な地震が起きてもおかしくありません。それを考えると、ビルの耐震性を強化することはやらなければならないことだと思います。
我々は物件の建て替えをする際には、大手地質調査会社にお願いをして、地盤の強度など1つひとつ調査をしています。それによって、建築基準法の何倍の強度の建物にしようという形で取り組んでいます。
こうした様々な危機に対して、我々経営者は意識を持たなくてはならないと思います。当社も、お客様に対して「安心・安全」を謳っているわけですから、その対策について、コストがかかるからやらないという選択肢はありません。
─ まさに災害はいつ起こるかわからないという危機意識ですね。
西浦 また、従来は地下に置いていた電気系統設備についても、屋上に移すといった対策も打っています。こうした対策を打つことで、テナントさんは物件の安全性に安心感を持たれるでしょうし、元から当社の特徴である駅から近いことに加え、建物に様々な新技術が付加されることに満足感を持っていただける可能性が高い。
ですから、私が社内でこれらの事業を担当している「プロ集団」に伝えているのは、地震が来た時、風水害が起きた時など、様々なリスクへの備えに加えて、例えば富士山が噴火した場合にどうした事態が起きるかについて考えて欲しいということです。
私がこの会社の社長に就任して以降も、08年の上場の年にシーマンショックが起きましたし、11年には東日本大震災がありました。そして今回のコロナ禍、さらにはウクライナ侵攻のような地政学リスクもあります。さらには先程申し上げたような環境問題、地震の問題など、常に企業経営は危機と隣り合わせだということです。
また、社内の内部統制も重要です。社員が不正を働く、あるいは自社が扱っている商品の品質に問題があったという場合には、会社全体の危機につながることもあり得ます。
─ 日本を代表する大企業が不正問題などで危機に陥った事例はいくつもありますね。
西浦 ええ。ですから経営、社員、商品の品質を担保できているのかどうかということも考えていかなくてはなりません。当社は本体で約200人、グループ全体で千数百人という会社ですが、そうした中で問題が起きないように、いかに内部統制をきちんとしていくかは、永遠の課題です。
その意味で、様々な危機対応について、少しコストがかかるといっても、それをきちんとした方が、結果的に安いのかもしれないと思っています。
米MITと連携し自然換気システム導入
─ 西浦さんが経営者として、常に意識していることは?
西浦 企業経営においては「成長性」、「収益性」、「生産性」、「安全性」の4つを高いレベルでバランスさせることを常に意識しています。
そしてもう1つ、今も大事ですが将来においても、先程お話したリスク管理、危機対応と同時に、新規事業をいかに立ち上げていくかが問われます。
新規事業が全くない中で、急に頑張ろうと思ってもできません。特に我々不動産業の場合に、先程申し上げた建て替えをするにあたっても、計画をし、図面を引き、テナントに出ていただき、建物を壊して、新たにつくるという形で最低5年ほどはかかるわけです。
その意味では、足元の決算も大事ですが、10年後など長期を見て経営をし、手を打っていくことが非常に大事だと考えています。
─ 近年、株主を始めとしるステークホルダーとの向き合い方が企業の課題となっていますが、西浦さんの考えは?
西浦 当社は一度も業績の下方修正を行ったことがありませんから、それは株主の方々の安心感につながっていると思います。また、配当性向は今期40%を超える見通しです。これはデベロッパーの中でも最も高い配当性向です。
同時に、社員にはできる限り高い給与、高いフリンジベネフィット(給与以外の経済的利益)、そして良好な労働環境の提供を意識しています。
例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)と共同開発した「自然換気システム」や「自然採光システム」を導入しています。この自然換気システムは、外気温湿度条件が良い時は、10~15分毎に外部の空気と入れ替えを行っています。
ただ、私も海外を視察しましたが、ドイツなどのように建物の周囲に余裕がある国では、こうした自然換気システムは有効だとされていますが、日本のように建物が密集している国で有効なのかどうか。特許は取得していますが、今後さらに効果を検証していく必要があります。
─ 常に新しいことに取り組んでいくことが大事だと。
西浦 人間は従来と同じことをやっていくのが楽ですが、やはり経営者、上司の仕事は新しい事業を考えることです。そしてCSR(企業の社会的責任)やSDGs、ガバナンス、女性問題をいったことを考えることも同時に重要です。こうしたことを高いレベルでバランスさせ
るのが、やはり経営だと思っています。
地頭の良さと創造性は関係ない
─ 事業を担い、企業を支えるのは「人」だと思いますが、入社するは新入社員、中途採用のバランスはどうなっていますか。
西浦 今は採用のうち、新入社員が半分、中途採用が半分という割合になっています。今後は当然のことながら、どんどん新入社員のウエイトが高まっていくと思いますが、最近の人材を見ていると皆、能力が高いと思いますね。地頭がいいと言ってもいいかもしれません。
ただ、地頭がよくても、クリエイティブな仕事ができるかどうかということが、本当に優秀かどうかを分けるのだと思っています。
─ 地頭のよさとクリエイティビティは関係がない?
西浦 私はあまり関係ないのではないかと思います。大事なのは新しいことを常に考えていくことです。
そして、先程申し上げたような危機の時、問題が起きた時にどうするかを考えられることが大事です。それは法律を知っていたり、経済を知っているから対応できるかというとそうではありません。
そうしたことに加えて、経営として現実の収益の問題などを見ながら判断し、バランス感覚を持って様々な企画ができるのが、本当に優秀な人間なのだと思います。
今、当社には大手のデベロッパーやスーパーゼネコンなどから、多くの人材が入ってきてくれています。彼らの多くは開発に強い、あるいはリーシングに強いといった、その分野では「プロ」です。
その意味で、今の若い人達はこれから、そうした「プロ」になっていく。その中では理系で、建築関連の学部を出ている人が、専門分野に携わっていくのか、様々な分野の仕事をやっていくのか。
多くの仕事を経験する中で例えば管理部門の仕事をしたいという希望も出てくるかもしれません。将来、社長や役員を目指すのであれば、そうした部門を経験していくことも、決して悪くはないはずです。
人材育成という観点では、私が経験してきた銀行とは違うものだという感じを持っています。
─ その意味で、近年議論になっている「ジョブ型雇用」についてどう考えますか。
西浦 導入する企業があってもいいとは思います。ただ、人間はヤル気の問題が一番大きいですから、本人がやりたい仕事であるかどうかということは考えていく必要があります。 理系で建築関連の学部を卒業し、デベロッパーを経て当社に来た場合に、やはり開発のよう
な仕事をしたいという希望を持っているのか、それとも我々の判断で管理部門をやらせた方がいいのか。
私は、高いレベルであればあるほど、できるだけ本人の希望を生かしてあげることが、非常に大事なのではないかと思っています。このことは先程申し上げた給与やフリンジベネフィット、労働環境と同じように重要な要素だと思っています。
【写真で見る】ヒューリックは脱炭素に向けて、水から差水
大地震が来ても影響を受けにくい体質に
─ 西浦さんは経営において「危機管理」の重要性を訴えてきましたね。今まさに「危機の時代」を迎えているわけですが、こうした状況下、危機管理の経営をどう進めていけばいいのか。
西浦 危機管理というのはコストがかかるものです。危機には様々な性格のものがあります。その中で例えばSDGs(持続可能な開発目標)、環境問題については、当社は比較的早い段階から対応を進めてきました。
結果、幸いにも日本経済新聞社が進めている「環境経営度調査」で、9年連続不動産業界首位を獲得できましたし、その調査に代わって2019年から開始された日経「SDGs経営調査」においても20年に総合ランキングで星4(偏差値60以上65未満)と評価されました。
また、当社は19年11月に、事業用電力を100%再生可能エネルギー由来にすることを目指す国際イニシアチブ「RE100」に加盟していますが、24年にはこの目標を達成することを宣言しています。
それを、他から電力を買ってくるのではなく太陽光発電、小水力発電などを自社で開発、保有する方針です。ただ、こうした開発には数百億円規模の投資が必要になります。
─ 大きなコスト負担が生じると。
西浦 ええ。もちろん、そうした再生可能エネルギーへの投資からも利益は出るわけですが、本来であれば、その資金を不動産取得に使った方が利益は出るわけです。
また、それ以外にも、今後30年の間に訪れるであろう首都直下地震や南海トラフ地震などに備えて、約100棟の物件を、2030年までに震度7規模の地震があったとしても大きな痛手を受けない形に開発、建て替えを進めています。
これもコストがかかる話です。建て替えるとなれば、まずテナントさんに一時的に移転をお願いしますが、代わりのオフィスを用意する必要がありますし、解体と再開発にも資金が必要です。
危機対応、内部統制が大きな課題に
─ 天災は忘れた頃にやってくると言われます。危機への備えは必要だということですね。
西浦 そうです。SDGs、環境については世界的課題となっていますし、日本の場合には地震の発生は非常に可能性が高いわけです。
21年に静岡県熱海市で発生した土砂崩れのように、台風の際の風水害も大きな課題ではありますが、日本では震度2、3という規模の地震が頻発していますから、いつ大規模な地震が起きてもおかしくありません。それを考えると、ビルの耐震性を強化することはやらなければならないことだと思います。
我々は物件の建て替えをする際には、大手地質調査会社にお願いをして、地盤の強度など1つひとつ調査をしています。それによって、建築基準法の何倍の強度の建物にしようという形で取り組んでいます。
こうした様々な危機に対して、我々経営者は意識を持たなくてはならないと思います。当社も、お客様に対して「安心・安全」を謳っているわけですから、その対策について、コストがかかるからやらないという選択肢はありません。
─ まさに災害はいつ起こるかわからないという危機意識ですね。
西浦 また、従来は地下に置いていた電気系統設備についても、屋上に移すといった対策も打っています。こうした対策を打つことで、テナントさんは物件の安全性に安心感を持たれるでしょうし、元から当社の特徴である駅から近いことに加え、建物に様々な新技術が付加されることに満足感を持っていただける可能性が高い。
ですから、私が社内でこれらの事業を担当している「プロ集団」に伝えているのは、地震が来た時、風水害が起きた時など、様々なリスクへの備えに加えて、例えば富士山が噴火した場合にどうした事態が起きるかについて考えて欲しいということです。
私がこの会社の社長に就任して以降も、08年の上場の年にシーマンショックが起きましたし、11年には東日本大震災がありました。そして今回のコロナ禍、さらにはウクライナ侵攻のような地政学リスクもあります。さらには先程申し上げたような環境問題、地震の問題など、常に企業経営は危機と隣り合わせだということです。
また、社内の内部統制も重要です。社員が不正を働く、あるいは自社が扱っている商品の品質に問題があったという場合には、会社全体の危機につながることもあり得ます。
─ 日本を代表する大企業が不正問題などで危機に陥った事例はいくつもありますね。
西浦 ええ。ですから経営、社員、商品の品質を担保できているのかどうかということも考えていかなくてはなりません。当社は本体で約200人、グループ全体で千数百人という会社ですが、そうした中で問題が起きないように、いかに内部統制をきちんとしていくかは、永遠の課題です。
その意味で、様々な危機対応について、少しコストがかかるといっても、それをきちんとした方が、結果的に安いのかもしれないと思っています。
米MITと連携し自然換気システム導入
─ 西浦さんが経営者として、常に意識していることは?
西浦 企業経営においては「成長性」、「収益性」、「生産性」、「安全性」の4つを高いレベルでバランスさせることを常に意識しています。
そしてもう1つ、今も大事ですが将来においても、先程お話したリスク管理、危機対応と同時に、新規事業をいかに立ち上げていくかが問われます。
新規事業が全くない中で、急に頑張ろうと思ってもできません。特に我々不動産業の場合に、先程申し上げた建て替えをするにあたっても、計画をし、図面を引き、テナントに出ていただき、建物を壊して、新たにつくるという形で最低5年ほどはかかるわけです。
その意味では、足元の決算も大事ですが、10年後など長期を見て経営をし、手を打っていくことが非常に大事だと考えています。
─ 近年、株主を始めとしるステークホルダーとの向き合い方が企業の課題となっていますが、西浦さんの考えは?
西浦 当社は一度も業績の下方修正を行ったことがありませんから、それは株主の方々の安心感につながっていると思います。また、配当性向は今期40%を超える見通しです。これはデベロッパーの中でも最も高い配当性向です。
同時に、社員にはできる限り高い給与、高いフリンジベネフィット(給与以外の経済的利益)、そして良好な労働環境の提供を意識しています。
例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)と共同開発した「自然換気システム」や「自然採光システム」を導入しています。この自然換気システムは、外気温湿度条件が良い時は、10~15分毎に外部の空気と入れ替えを行っています。
ただ、私も海外を視察しましたが、ドイツなどのように建物の周囲に余裕がある国では、こうした自然換気システムは有効だとされていますが、日本のように建物が密集している国で有効なのかどうか。特許は取得していますが、今後さらに効果を検証していく必要があります。
─ 常に新しいことに取り組んでいくことが大事だと。
西浦 人間は従来と同じことをやっていくのが楽ですが、やはり経営者、上司の仕事は新しい事業を考えることです。そしてCSR(企業の社会的責任)やSDGs、ガバナンス、女性問題をいったことを考えることも同時に重要です。こうしたことを高いレベルでバランスさせ
るのが、やはり経営だと思っています。
地頭の良さと創造性は関係ない
─ 事業を担い、企業を支えるのは「人」だと思いますが、入社するは新入社員、中途採用のバランスはどうなっていますか。
西浦 今は採用のうち、新入社員が半分、中途採用が半分という割合になっています。今後は当然のことながら、どんどん新入社員のウエイトが高まっていくと思いますが、最近の人材を見ていると皆、能力が高いと思いますね。地頭がいいと言ってもいいかもしれません。
ただ、地頭がよくても、クリエイティブな仕事ができるかどうかということが、本当に優秀かどうかを分けるのだと思っています。
─ 地頭のよさとクリエイティビティは関係がない?
西浦 私はあまり関係ないのではないかと思います。大事なのは新しいことを常に考えていくことです。
そして、先程申し上げたような危機の時、問題が起きた時にどうするかを考えられることが大事です。それは法律を知っていたり、経済を知っているから対応できるかというとそうではありません。
そうしたことに加えて、経営として現実の収益の問題などを見ながら判断し、バランス感覚を持って様々な企画ができるのが、本当に優秀な人間なのだと思います。
今、当社には大手のデベロッパーやスーパーゼネコンなどから、多くの人材が入ってきてくれています。彼らの多くは開発に強い、あるいはリーシングに強いといった、その分野では「プロ」です。
その意味で、今の若い人達はこれから、そうした「プロ」になっていく。その中では理系で、建築関連の学部を出ている人が、専門分野に携わっていくのか、様々な分野の仕事をやっていくのか。
多くの仕事を経験する中で例えば管理部門の仕事をしたいという希望も出てくるかもしれません。将来、社長や役員を目指すのであれば、そうした部門を経験していくことも、決して悪くはないはずです。
人材育成という観点では、私が経験してきた銀行とは違うものだという感じを持っています。
─ その意味で、近年議論になっている「ジョブ型雇用」についてどう考えますか。
西浦 導入する企業があってもいいとは思います。ただ、人間はヤル気の問題が一番大きいですから、本人がやりたい仕事であるかどうかということは考えていく必要があります。 理系で建築関連の学部を卒業し、デベロッパーを経て当社に来た場合に、やはり開発のよう
な仕事をしたいという希望を持っているのか、それとも我々の判断で管理部門をやらせた方がいいのか。
私は、高いレベルであればあるほど、できるだけ本人の希望を生かしてあげることが、非常に大事なのではないかと思っています。このことは先程申し上げた給与やフリンジベネフィット、労働環境と同じように重要な要素だと思っています。