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【経団連会長・十倉雅和】の「新・企業社会論」GAFAの物真似ではなく、日本は日本の生き方を

財界オンライン 2022年3月23日 7時0分

コロナ危機対応と経済の両立をどう図るかという当面の課題。加えて、人口減、少子化・高齢化が進行し、GDP(国内総生産)も世界で占める比率がピーク時の3分の1にまで縮小し、〝縮む日本〟をどう反転させるかという中長期課題。ガラパゴス化の状況の中、コロナ危機と生態系の危機・気候変動の襲来で損失を受ける半面、「1つ良い面があるとしたら、将来起こるべき変化を短期間に見ることができたし、理解できたこと」と経団連会長・十倉雅和氏は語る。やるべき事とはDX(デジタルトランスフォーメーション)と2050年時点でCO₂排出を実質ゼロにするという目標。「やるべき事に気付くと日本は早い」と十倉氏。そして、海外への投資で利益をあげるのはいいとして、日本国として成長するには、「国内投資にもっと力を向けないと」とスタートアップ企業の支援・育成が大事と強調。なぜ、日本にGAFAが生まれないのかという問いには、「日本には日本のやり方、生き方があります」と答える。十倉氏の日本発・企業社会論とはー。
本誌主幹
文=村田 博文

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日本の存在感が縮む今、打つ手は?

〝縮む日本〟をどう反転させ、活力を取り戻していくか─。
 かつて、日本のGDP(国内総生産)が世界の中で約17%を占めていたのが、今は5%台と、ピーク時の3分の1に低落。
 米国に次ぐ世界2位の経済大国として、意気揚々としていたのはバブル経済崩壊前で、今から30年以上前。1980年代のことである。

 また、日本は〝ガラパゴス化〟したと言われて久しい。市場が外界から隔離された環境に置かれ、その結果、世界標準の流れから、かけ離れてしまった状態をガラパゴス化と言う。
 ガラパゴスは東太平洋上の赤道直下に位置する群島。外界とは隔離されて、島に棲息する爬虫類や鳥類は独自の進化を遂げた。この島を訪れたC・ダーウィンが『種の起源』を書くきっかけになった場所とも言われる。

 かつて高度な技術を誇り、高機能・多機能を売りにした日本の携帯電話・通信産業も米アップル、韓国サムスンに引き離されて埋没。産業界でも実に生存競争は激しい。
 次世代通信技術で5G、6Gの時代を迎えて、日本が世界の中でどう存在感を発揮するのか、まさに真価が問われている。

 こうした状況をどう克服していくか?
「今日の経団連評議員会の議長・副議長会議でも意見が出ましたが、日本は中途半端にGDPで世界第2位になり、それなりの市場規模で、優れた技術力を持ち、それから安全志向があって、ガラパゴスになりやすい環境だったと。もっと日本が韓国のように輸出に力を入れなければならず、自国の市場だけでは生きていけないということであったなら、また違った様相になっていたかもしれません」

 日本経済団体連合会会長の十倉雅和氏は日本の辿ってきた道をこう述懐しながら、今後、グローバル経済の中でどう生きるかについて、次のように語る。
「GDPの内容を見ても、また日本企業の利益の源泉を見ても、やはりグローバル経済の中
でわれわれは生きていますので、そこにもう1回思いを致して考えていく。そういう時に、コロナと気候変動問題が襲ってきた。コロナというのは悪い事が多かったんですが、1つ良い事があるとしたら、将来起こるべき変化を短期的に見せてくれたこと。僕らはそのことを理解できたわけです。例えばデジタルトランスフォーメーションが圧倒的に遅れていると」

 新型コロナのワクチン接種で遅れを取ったのも、このデジタルトランスフォーメーション(DX)が他国と比べて遅れているという事情が重なった。
 もっとも、日本は「気付くと早い」と十倉氏が言うように、第1回のワクチン接種が遅いことに気付いた後は、挽回策を取っていった。

 ワクチン開発国である米国は、いち早く第1回接種を始めたものの、国民の中に〝ワクチ
ン反対派〟が少なからずいて、第2回まで終えた米国の接種率は60%台、日本の約77%と比べても低い。

 第3回目・接種も日本は出遅れ感があるが、「気付けば早い」という国民性だということ。
「(江戸末期に)黒船が来航した時じゃないですけれども、自分たちの置かれた状況をいったん確認すると、打つ手も早い」
 江戸期は鎖国を続けたが、末期のペリー来航で、これ以上の鎖国は無理と江戸幕府も認識し、尊王攘夷から開国へと向かう。
 この国民性は変わっていないという十倉氏の認識。
 気候変動への対応、つまり脱炭素化の問題にしても同じだ。

 2050年にCO2(二酸化炭素)排出を実質ゼロにするという目標を日本は菅義偉前政権時に決めた(2020年10月)。「これは国としての約束事であり、一定のスピードでやらないと、この国際公約は守れません。そういう意味では菅前首相は日本を追い込んだわけです」

 NDC(Nationally Determined Contribution、国が決定する貢献)─。国が国際社会に向けて情報発信し、コミット(約束)したことであり、この責任は重い。
「まさしくNDCであり、日本の国としてどれだけ減らすか、カーボンニュートラルにするかという話なので、これを減らそうと思ったら、研究投資とか設備投資は国内でやらなければいけない、それも一定のスピードでやらないと」

 コロナ危機への対応と経済の両立を図らなければいけないというのが当面の重要課題。そしてバブル経済崩壊以来、〝失われた30年〟の失地回復をどう図っていくのかという課題をわれわれは抱えているということ。
 その意味で、国と企業、そして国民の三者の関係が改めて問われているということである。

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国内への投資を!

 改めて、国という存在をどう捉えるべきなのか?
「国という存在は大事だと。日本は、われわれ日本国民のアイデンティティ(主体性、同一性)の元ですから」と十倉氏。
 では、その日本の活力をどう掘り起こしていくか?

「日本国をGDPで測るのを止めようという議論もあります。GDPばかりで測る必要はないということで、GNP(国民総生産)とか、パー・キャピタル(1人あたりGDP)で測ろうとか意見がある。それはそうですが、やはり日本の力とは何ぞやと言ったら、Gross Domestic Production、GDPですよ」

 つまり、国内の成長を図ることが大事という認識。
「日本国として成長しなければいけない。その日本が成長するには国内投資が足りないんです。日本の企業はみんな海外に行ったんです」
 この30年間で企業の投資行動はガラリと変わった。
 無資源国・日本国の運営、あるいは産業の運営としては、資源や材料を海外から日本に輸入し、それを加工、製品化し、海外へ輸出するというパターンが戦後長く続いた。また為替面では円安でドルを稼ぐ輸出戦略が功を奏した。



 2022年の今はどうか?
 円安では資源エネルギー、原材料価格の高騰に耐えられないという声が強い。円高になれば、原材料の輸入面でもメリットが出てくる。
 円高は悪くて、円安はいいという考え方も今は修正され始めた。その背景には、日本の産業界の投資行動の変化がある。

 日本は1990年代後半、人口減社会に突入、少子化・高齢化が進み、国内市場の伸びが期待できなくなると見込んだ企業は、成長の機会を海外に求め始めた。
 このコロナ危機で東証1部上場企業の中で約7割が増益、うち3割が史上最高益を達成しているのも、海外市場で成長し、配当や利子所得を受け取っているからである。
 確かに、今は海外から輸入する石油、天然ガスをはじめ原材料や食料の価格は軒並み高騰。訪日旅行客数も激減し、貿易収支が大幅に悪化している。

 しかし、海外への直接投資や証券投資は盛んで、第1次所得収支(利子や配当など)は大幅な黒字。この結果、2021年の経常収支は15兆4359億円の黒字になった。
 ただ、その経常収支黒字も前年比8%減と縮み始めている。
「利益の大半は海外から来ているんです。海外から受け取る配当や利子で経常収支はプラスとなり、黒字に貢献しているんですが、これをもう少し国内投資に向けないといけないです」

十倉氏が続ける。
「このサプライサイドを刺激する政策は、やはり菅前首相がカーボンニュートラルで期限を切ったのと、デジタル庁をつくって、デジタルトランスフォーメーションをやっていくことを決断されたことです。岸田首相はそれをさらに進めようとされている。経済政策の流れは連綿と続いているし、繋がっています」
 問題は、国民の所得をどう増やすかである。

原料高・製品安をどう是正していくか

 日本国内の成長を図っていく上で、〝個人消費〟をどう位置付けるかも大事な視点。
 欧米では、インフレで原材料の仕入価格が上がると、自らの製品価格引き上げにすぐ動く。
 これに対して、日本は同業者間の競争が激しく、製品値上げをすると、市場での販売競争に負けるとして、製品価格据え置きで踏ん張ろうとする。
〝原材料高・製品安〟ということに企業が泣かされてきたという歴史的経緯。つまり、新価格体系への移行が海外ほどスムーズにいかないという日本の国内事情である。

 しかし、これも徐々に改善されつつある。いいモノをそれなりの価格で売る。つまり付加価値の高い経営を実現しないと、ことに海外での競争に負けてしまいかねない。
「その点では、海外企業が付加価値の高いラグジュアリーを扱っていることは参考になりますね。人口が減り、モノの販売数自体は減っていく中で、日本企業も工夫の余地があります」

 そして、国民の所得が上がり、引いては消費行動も結果的に活性化することにつながるという意味で、賃上げも重要課題。
「われわれも賃上げをやろうと(会員企業に)呼びかけていますが、賃上げをしても貯蓄に向かい、消費に回らないという状況もあります。やはり、国民は先行きに不安を感じているんです」

 この〝不安〟はどこから来るのだろうか─。

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国民も企業も『不安』その不安をどう払拭?

「日本が人口減で推移していく中で、社会保障はどうなるのか?という不安ですね。社会保障にしても、現役世代が高齢者を肩車で支える図を見せられたりして、現役世代は不安を感じている。企業だって不安なんです。だから、そういう不安を払拭しなければいけない。いい方に回転すればうまく行くと思うんですけど。だから、そういう社会保障上の課題解消へ向けて、デジタリセーションも大いに寄与すると思います」

 年金、医療、介護、子ども教育・子育てなどへの給付、つまり社会保障給付費は計129.6兆円(2021年)にのぼる。 財源は、本人が負担する保険料が72兆円余。これだけでは給付は賄えないから、税金投入と政府の借金、そして資産収入で補うことになる。税金と借金は合わせて51兆円余という財源の内訳。

 国の一般会計で見ると、社会保障費用は歳出の3割を占め、他の政策経費を圧迫する要因となっている。
 現役世代(20歳―64歳)が支払う保険料で高齢者の受診費も賄うという趣旨の現行保険制度だが、このままでは行き詰る。
 現在、現役世代1.8人で65歳以上の高齢者1人を支える図式。これが、2060年になると、現役世代1人が高齢者1人を支える〝肩車〟方式になる。

 現役世代の負担はますます重くなる。高齢者の医療費負担引き上げや、現役世代の負担圧縮をどこまで進められるか。
 国と企業、そして国民との連携を進め、課題解決を図るための制度設計が求められている。



日本にスタートアップを増やすための仕組み作り

 付加価値を生み出す企業の責務も大きい。経済人はこのような時代の転換期に、どう行動していくべきなのか。
「だから、よく言われるスタートアップ(新興企業)とか、イノベーション(革新)とかが起こらないといけない」と十倉氏は語り、次のように続ける。

「平たい言葉で言えば、ファーストペンギンじゃないけど、何か新しい事をやろうとする、ファーストペンギン的な人をたくさん産むようにしなければ」
 日本の企業社会では、往々にして、ファーストペンギンを否定しがちではなかったか?
「ええ、それをやっていたらいけない。その失敗も経験として評価されるようなグッドルーザー(good loser)というか、良き失敗者、この2つが当たり前だと。それが日常茶飯事的に起こるというような所にまで持っていかないといけない」

 そういう方向へ、どうやって持っていくか?
「どれか1つやれば課題が解決するというわけではないので、トータルに日本社会全体で取り組んでいくことが大事」
 会社の中の人事制度や評価、そして雇用の仕組みと幅広い制度変更も伴うし、国や自治体のとの連携も必要になってくる。その意味でのトータル的な対応であり、変革である。
 例えば、産業の生産性向上に〝雇用の流動性〟も必要だといわれる。

 成長性のある事業分野には雇用の吸収力があり、意欲のある人はそうした成長分野への転職を考える。その移動の過程で賃金も引き上げられる。
 これまでの日本の雇用慣行では、「賃金を上げるより、まず雇用の安定が大事という考えが強かった」と十倉氏も振り返る。
 終身雇用、年功序列と戦後ずっと続いてきた雇用制度も変わりつつある。現に、本人の能力に応じて賃金も決まるジョブ型雇用も登場してきた。

 一方で、雇用の流動性が高まるということは、今の会社を辞めるということ。
「その雇用が移動する時のセキュリティをしっかりさせておく必要があります」と十倉氏。
 本人がスキルアップするための研修・訓練施設を公的にも充実させることの必要性。一定期間、職を離れざるを得ないが、そうした時の生活費の支給など社会インフラ整備も必要だ。

「本人がいい所に行くという流動性をいかに実現していくか。デンマークなど北欧の国々ではそれを実行していますね。そうした事を日本でも起こさないといけない」
 十倉氏はこう展望を語りつつ、「そういうことを起こそうと思ったら、高福祉・高負担み
たいな話になってくる。だから、どれか1つだけやれば済むという話ではなくて、トータルでやらないと」と訴える。
 ここは全体感、バランス感が大事だ。

 人事制度にしても、「一遍にジョブ型採用とか、一括採用廃止とか、そんな乱暴な事をやるのではなくて、やはり日本は日本に合ったやり方でやっていったらいいと思うんです」という考えである


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GAFAの生き方に疑義や批判も出る中で…

 それにしても、なぜ日本にGAFAが生まれないのか?
 ITプラットフォーマーと呼ばれる『グーグル(親会社はアルファベット)』、『アップル』、
『フェイスブック(META に社名変更)』、『アマゾン』にマイクロソフトに加えて、GAFA
Mとも呼ばれる。
 アップルの株式時価総額が3兆ドル(3百数十兆円)を超え、GAFAだけで、日本の東証1部上場(2200社弱)の時価総額合計(700兆円)を優に上回る。
 市場支配力で圧倒的な力、ケタ違いの力を見せるGAFAだが、課題もある。

「彼らはデジタル技術を利用して、彼らが作ったルールの下で個人のデータを扱い、利用し
て、あっという間に今の地位を築いた。それは、アメリカの政治学者、イアン・ブレマーさんが指摘しているように、GAFAがガバナンスのあり方、社会性とか、事業運営のあり方や手段の是非が問われているということだと思います」
 イアン・ブレマー氏は、「彼らはデジタルの世界で、誰からも脅かされることのない完全な〝権力〟を手に入れている」という認識を示す。そして、最も危惧すべきは、「国家安全保障上の問題」とし、「彼らが手にしているデータは常にサイバー攻撃の脅威にさらされている」と課題を指摘する。



 公平・公正、社会性をどう担保していくかということ。
「日本がこれからGAFAを目指すというのは、僕は日本のやり方ではないような気がします」と十倉氏は語る。
「データを活用してやるのであれば、日本はいいリアルデータをいっぱい持っているんです。病気でも、災害でも、モノづくりだってそうです。そうしたリアルデータをフルに活用していけばいいと」

 そのようなリアルデータ活用を担うスタートアップが生まれやすい環境やインフラをどう作るかという課題である。

新しい資本主義を日本から発信

 今は、グレート・リセット(刷新)の時代だといわれる。ESG(環境、社会、統治)やSDGs(持続性のある開発目標)の考え方もそうだし、日本の『新しい資本主義』づくりもその一環だ。
『成長と分配の好循環』を目指す岸田文雄首相は、『新しい資本主義実現会議』を設置。
15人の委員の1人として、十倉氏も三村明夫氏(日本商工会議所会頭)や櫻田謙悟氏(経済同友会代表幹事)らと共に参加し、討議に加わっている。

「アメリカ流資本主義の導入に一生懸命だった勢力もあって、ちょっとそれに引きずられ過ぎたと思うんですけど、やはり企業は社会的な存在であって、従って社会のお役に立つ、社会に認められないと存在できないというのは当たり前の話。シェアホルダーキャピタリズム(株主資本主義)からマルチホルダーキャピタリズムへというのは自然な流れ。何も欧米に言われて、それを導入するのではなくて、日本には昔からあった話だと僕は思っています」

 近江商人の『三方よし(売りよし、買いよし、世間よし)』の思想。江戸期に〝町人(商人)の哲学〟を打ち立てた石田梅岩のいわゆる『石門心学』の『実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり』の思想。さらには十倉氏の所属する住友グループには『自利利他公私一如』の思想が受け継がれている。

 マルチホルダーキャピタリズム─。株主だけではなく、顧客、取引先、従業員、地域社会、すべての関係者との対話、共生を目指す思想は、もともと日本で育まれたもの。
「日本からもっと発信しなければと考えています」と十倉氏。
 日本の企業はもっと頑張れるはずである。

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