※2022年4月6日時点
通常国会前半戦を無風で乗り切った首相の岸田文雄にいくつも難題が立ちはだかっている。内政ではガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」の発動と、年金受給者への臨時特別給付金。どちらも政府・与党内で賛否が割れており、一つ扱いを間違えばしこりが残る。新型コロナウイルスのまん延防止等重点措置の全面解除も、感染再拡大のリスクを考えると大きな賭けだ。ロシアのウクライナ侵攻は日本経済にじわりと影を落とす。就任から半年、岸田の手腕が試される局面に差しかかった。
【政界】真価問われる「岸田リアリズム外交」 日米同盟を基軸に日本ならではの生き方も
慎重姿勢から一転
政府が当初、慎重だったトリガー条項の凍結解除は、自民、公明、国民民主3党の幹事長会談で具体的な政治課題に格上げされた。国民民主党は、代表の玉木雄一郎が岸田から解除の確約を得たとして国会で2022年度当初予算に賛成。「約束はしていない」と否定した岸田も野党の切り崩しを重視し、検討自体は容認した。
ガソリン税の税率は1リットル当たり28・7円だが、1970年代から25・1円が上乗せされている。ガソリンの全国平均小売価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を超えた場合、上乗せ分の課税を停止し、価格を引き下げる仕組みがトリガー条項だ。ただ、東日本大震災の復興財源を確保するため、現在は凍結されている。
ウクライナ情勢の緊迫化に伴う原油価格高騰に、政府はまず石油元売り会社への補助金支給で対応した。しかし、元売りへの補助金は小売価格に反映される保証がないことから、玉木は「消費者のメリットがより明確に出る」とトリガー条項にこだわった。国民民主党を警戒していた公明党も、原油価格が高止まりする中、「トリガー条項の凍結解除などさらなる対応が必要だ」(代表の山口那津男)という姿勢に転じた。
課題は少なくない。現行制度上、灯油や重油は対象外で、解除すれば地方自治体の税収は年間約5000億円以上減るとされる。経済産業相の萩生田光一は3月15日の記者会見で「国民生活の影響を抑えるために大胆な政策を打つことは否定しないが、制度設計を含めて議論する必要がある」と指摘した。
自公国3党の幹事長は翌16日、実務者による検討チームを設けることで合意した。メンバーは自民党が加藤勝信、公明党が伊藤渉、国民民主党が大塚耕平。各党の税制調査会に属する専門家だ。ところが、これに自民党内で異論が出た。
不仲説打ち消すはずが
「3党幹事長で何かを決める前には情報を共有することになっていたが、現時点で私には連絡はない」。この日の記者会見で合意に関する所見を問われた自民党政調会長の高市早苗はそう明言した。蚊帳の外に置かれたことを自ら認めたのは、よほど腹に据えかねたからだろう。
岸田政権発足以来、幹事長の茂木敏充と高市は何かと折り合いが悪い。昨年、18歳以下を対象にした10万円相当の給付を決めた際は、岸田の指示で自民、公明両党の幹事長が内容を協議した。ところが、自治体や世論の評判が悪く、給付方法をなし崩し的に変更するはめに。政調会長なのに関与させてもらえなかった高市は不満を募らせていた。
茂木は閣僚経験が豊富で、政調会長を務めたこともある。政策立案能力の高さは党内の多くが認めるところだ。一方、岸田が高市を党三役に就けたのは、昨年の総裁選で高市を支援した元首相の安倍晋三への配慮だとされる。いきおい、岸田は政策論が異なる高市ではなく茂木を重用しがちになる。今や非主流派の二階派幹部は「高市は完全に外されている」と解説した。
幹事長と政調会長の不協和音が顕在化したら自民党にとってはマイナスだ。党内第2派閥の茂木派を率い、ゆくゆくは総理・総裁の座を狙う茂木は、トリガー条項とは別の政策で高市の懐柔に乗り出す。
3月15日、自民、公明両党の幹事長と政調会長が首相官邸に岸田を訪ねた。携えた文書には「年金生活者等に対する『臨時特別給付金』(仮称)について速やかに検討を行うことを求める」と書かれていた。
新型コロナの影響による現役世代の賃金低下に対し、岸田政権は「賃上げ促進税制」を活用するとともに、経済界や連合に春闘での賃上げを促してきた。それだけでは年金受給者には恩恵が及びにくいとして、与党が急きょ提案したのが臨時特別給付金だった。
厚生労働省は1月、2022年度の公的年金の支給額を前年度より0・4%引き下げると発表した。年金額は毎年度、物価と賃金の変動率に応じて見直すのがルール。現役世代の賃金が下がったため、年金額も2年連続で引き下げた。
国民年金の支給額は満額で前年度比259円減の月6万4816円、厚生年金はモデル世帯で同903円減の月21万9593円。4、5月分は6月に支給される。つまり、受給者は参院選の直前に減額を実感することになり、岸田政権にとっては都合が悪い。年金問題は選挙への影響が大きく、安倍政権も16年参院選の前に、低年金の高齢者に目玉政策として3万円の臨時福祉給付金を配った経緯がある。
茂木らが用意した文書には具体的な金額は明記されていなかったが、与党側は1回限りで5000円程度を支給すると岸田に説明した。岸田も「重要な申し入れなので政府としてしっかり対応したい」と前向きに応じた。会談後、茂木は「緊急ということもあり、幹事長、政調会長レベルでやらせてもらった」と記者団に連携をアピールした。
ところが、この件が報じられると、インターネットなどで「高齢者ばかり優遇して不公平だ」などと批判が噴出。「年金受給者」は一時、ツイッターのトレンド1位になるほどだった。公明党政調会長の竹内譲は記者会見で「コロナ禍の長期化やウクライナ情勢等を総合的に勘案して給付を検討した。決してバラマキとの批判は当たらない」と釈明に追われた。しかし、共同通信の3月19、20両日の全国電話世論調査によると、5000円支給を「適切だとは思わない」は66%に上った。
以下、本誌にて
通常国会前半戦を無風で乗り切った首相の岸田文雄にいくつも難題が立ちはだかっている。内政ではガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」の発動と、年金受給者への臨時特別給付金。どちらも政府・与党内で賛否が割れており、一つ扱いを間違えばしこりが残る。新型コロナウイルスのまん延防止等重点措置の全面解除も、感染再拡大のリスクを考えると大きな賭けだ。ロシアのウクライナ侵攻は日本経済にじわりと影を落とす。就任から半年、岸田の手腕が試される局面に差しかかった。
【政界】真価問われる「岸田リアリズム外交」 日米同盟を基軸に日本ならではの生き方も
慎重姿勢から一転
政府が当初、慎重だったトリガー条項の凍結解除は、自民、公明、国民民主3党の幹事長会談で具体的な政治課題に格上げされた。国民民主党は、代表の玉木雄一郎が岸田から解除の確約を得たとして国会で2022年度当初予算に賛成。「約束はしていない」と否定した岸田も野党の切り崩しを重視し、検討自体は容認した。
ガソリン税の税率は1リットル当たり28・7円だが、1970年代から25・1円が上乗せされている。ガソリンの全国平均小売価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を超えた場合、上乗せ分の課税を停止し、価格を引き下げる仕組みがトリガー条項だ。ただ、東日本大震災の復興財源を確保するため、現在は凍結されている。
ウクライナ情勢の緊迫化に伴う原油価格高騰に、政府はまず石油元売り会社への補助金支給で対応した。しかし、元売りへの補助金は小売価格に反映される保証がないことから、玉木は「消費者のメリットがより明確に出る」とトリガー条項にこだわった。国民民主党を警戒していた公明党も、原油価格が高止まりする中、「トリガー条項の凍結解除などさらなる対応が必要だ」(代表の山口那津男)という姿勢に転じた。
課題は少なくない。現行制度上、灯油や重油は対象外で、解除すれば地方自治体の税収は年間約5000億円以上減るとされる。経済産業相の萩生田光一は3月15日の記者会見で「国民生活の影響を抑えるために大胆な政策を打つことは否定しないが、制度設計を含めて議論する必要がある」と指摘した。
自公国3党の幹事長は翌16日、実務者による検討チームを設けることで合意した。メンバーは自民党が加藤勝信、公明党が伊藤渉、国民民主党が大塚耕平。各党の税制調査会に属する専門家だ。ところが、これに自民党内で異論が出た。
不仲説打ち消すはずが
「3党幹事長で何かを決める前には情報を共有することになっていたが、現時点で私には連絡はない」。この日の記者会見で合意に関する所見を問われた自民党政調会長の高市早苗はそう明言した。蚊帳の外に置かれたことを自ら認めたのは、よほど腹に据えかねたからだろう。
岸田政権発足以来、幹事長の茂木敏充と高市は何かと折り合いが悪い。昨年、18歳以下を対象にした10万円相当の給付を決めた際は、岸田の指示で自民、公明両党の幹事長が内容を協議した。ところが、自治体や世論の評判が悪く、給付方法をなし崩し的に変更するはめに。政調会長なのに関与させてもらえなかった高市は不満を募らせていた。
茂木は閣僚経験が豊富で、政調会長を務めたこともある。政策立案能力の高さは党内の多くが認めるところだ。一方、岸田が高市を党三役に就けたのは、昨年の総裁選で高市を支援した元首相の安倍晋三への配慮だとされる。いきおい、岸田は政策論が異なる高市ではなく茂木を重用しがちになる。今や非主流派の二階派幹部は「高市は完全に外されている」と解説した。
幹事長と政調会長の不協和音が顕在化したら自民党にとってはマイナスだ。党内第2派閥の茂木派を率い、ゆくゆくは総理・総裁の座を狙う茂木は、トリガー条項とは別の政策で高市の懐柔に乗り出す。
3月15日、自民、公明両党の幹事長と政調会長が首相官邸に岸田を訪ねた。携えた文書には「年金生活者等に対する『臨時特別給付金』(仮称)について速やかに検討を行うことを求める」と書かれていた。
新型コロナの影響による現役世代の賃金低下に対し、岸田政権は「賃上げ促進税制」を活用するとともに、経済界や連合に春闘での賃上げを促してきた。それだけでは年金受給者には恩恵が及びにくいとして、与党が急きょ提案したのが臨時特別給付金だった。
厚生労働省は1月、2022年度の公的年金の支給額を前年度より0・4%引き下げると発表した。年金額は毎年度、物価と賃金の変動率に応じて見直すのがルール。現役世代の賃金が下がったため、年金額も2年連続で引き下げた。
国民年金の支給額は満額で前年度比259円減の月6万4816円、厚生年金はモデル世帯で同903円減の月21万9593円。4、5月分は6月に支給される。つまり、受給者は参院選の直前に減額を実感することになり、岸田政権にとっては都合が悪い。年金問題は選挙への影響が大きく、安倍政権も16年参院選の前に、低年金の高齢者に目玉政策として3万円の臨時福祉給付金を配った経緯がある。
茂木らが用意した文書には具体的な金額は明記されていなかったが、与党側は1回限りで5000円程度を支給すると岸田に説明した。岸田も「重要な申し入れなので政府としてしっかり対応したい」と前向きに応じた。会談後、茂木は「緊急ということもあり、幹事長、政調会長レベルでやらせてもらった」と記者団に連携をアピールした。
ところが、この件が報じられると、インターネットなどで「高齢者ばかり優遇して不公平だ」などと批判が噴出。「年金受給者」は一時、ツイッターのトレンド1位になるほどだった。公明党政調会長の竹内譲は記者会見で「コロナ禍の長期化やウクライナ情勢等を総合的に勘案して給付を検討した。決してバラマキとの批判は当たらない」と釈明に追われた。しかし、共同通信の3月19、20両日の全国電話世論調査によると、5000円支給を「適切だとは思わない」は66%に上った。
以下、本誌にて