ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー価格が急騰し、改めて日本には「エネルギー安全保障」の重要性が突きつけられている。その中で、改めて注目されるのが原子力。中でも次世代炉と呼ばれる「小型モジュール原子炉」は米・中・露で開発競争が進む。米国の会社に出資し、事業に参画したのが重工大手・IHI。日本政府は原子力に対する方針が固められずにいるが─。
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ウクライナ危機で問われる日本のエネルギー安全保障
「世界的な脱炭素の潮流、ロシアのウクライナ侵攻を受けたエネルギー安全保障などを考えた時に必要になってくるのが小型モジュール原子炉『SMR』だと考えた」─こう話すのはIHI理事・資源・エネルギー・環境領域原子力SBU長の緒方浩之氏。
緒方氏の言葉にあるように今、世界的な「脱炭素」の流れの中で原子力発電に対する見直しが進みつつある。2022年2月にEU(欧州連合)の環境目標に貢献する経済活動かどうかを分類する基準である「EUタクソノミー」に「原子力」を持続可能なエネルギーとして加えたのは、その象徴。
また、ロシアのウクライナ侵攻で原油、天然ガス価格が急騰する中、エネルギー安全保障、安定供給の重要性が改めて突きつけられている。
ただ、日本で2011年に発生した東日本大震災を受けて、東京電力福島第一原子力発電所で事故が起き、原子力の信頼は損なわれたまま。
そんな中、世界的に注目されるのが次世代炉と言われる小型モジュール炉(SMR=Small Modular Reactor)。工場で部材を組み立てるため工期は従来の軽水炉の半分程度。炉が小さいため、事故の際には大型炉よりも冷却が早く、理論上、安全性が高いとされている。
「炉が小型であることが安全性につながっていると同時に、構造がシンプルで故障、損傷確率が下がっている。また、人や動力を要しない冷却機能を持つなど、安全性は格段に向上する。大型炉は予算超過など建設リスクが高い。地域によっては今後も建てていくだろうが、世界的な流れとしては小型原子炉ではないか」(緒方氏)
IHIはその流れの中で、21年に米国の新興原子力発電メーカーであるニュースケール・パワーに出資、SMRへの参入を決めた。ニュースケール社には日揮ホールディングスも出資。
なぜ、ニュースケール社への出資を決めたのか。「明らかに欧米におけるトップランナーであり、最初にSMRの実証をするであろう会社。欧米が事業の中心になると思うが、ぜひ参加したいと考えた」と緒方氏。
ニュースケール社は2029年にも商用運転を始める計画を持つ。22年には、米国で特別買収目的会社(SPAC)を活用しての上場が見込まれている。米エネルギー省も資金支援するなど、国として支える。
20年8月にはSMRとして初めて、米原子力規制委員会(NRC)の型式認定に対する最終審査を完了している。日本の日立製作所と米GE連合、仏EDF、三菱重工業なども開発しているが、それに先行する形。中国、ロシアも開発を急いでおり、米・中・露がシノギを削る。中国は21年7月、実証炉の建設に着工している。
もちろん課題もある。一つはエネルギー効率。大型原子炉は1基あたり100キロワット規模の出力があるが、ニュースケール社が開発中のSMRでは1基7.7万キロワットの炉を複数基組み合わせて使用するだけに効率では劣る。
そのため、送電網が発達した日本のような国よりも、送電網の整備が進んでいなかったり、国土が広い国での普及が先になることが見込まれている。
また、大型炉に比べて量は少ないものの、当然廃棄物は出るため、その最終処分方法はこれまでと同様に検討を要する。
IHIがニュースケール社に出資するまでには、およそ3年の月日を要している。お互いの技術に関する対話を続けて理解を深めてきた。また緒方氏は「出資にあたっては社内に様々な意見もあったが、IHIの原子力事業へのスタンスを改めて議論し、共有できた」と振り返る。
IHIは、原子力発電所の中核機器である格納容器では世界屈指の企業。特に格納容器内部の「圧力容器」では世界トップシェア。理論を持つニュースケール社は実際の炉を建てる部分でIHIのモノづくり、エンジニアリングの力を必要としたということ。
「もう一つ、我々がSMRに参画することを決めたのは原子力の技術、技能を維持、向上させるという目的もある」と緒方氏。東日本大震災以降、多くの原子力発電所が停止している今、その稼働や修繕を担う人材をどう維持するかは大きな課題。
「震災を経験したベテランも減ってきているし、今の中堅層にしても将来展望がないとモチベーションが上がらない」(同)
SMRに対する厳しい見方もある。日本エネルギー経済研究所戦略研究ユニット原子力グループグループマネージャーの村上朋子氏は「安全性、経済性、建設リードタイムの短縮などのSMRの特性は、いずれも開発側の言い分であり、まだ実証されていない。誰が、どこで、どういう用途で使うかという視点がない限り、SMRが政府の補助なく自律的に普及していくことはない」と指摘する。
日本の原子力を巡る議論は進んでいない。官民とも、非公式には再稼働を急ぐべきという意見は出るが、それが大きな議論になっていない。IHIも「革新的技術に取り組んで成長を図りたい。国内での展開は視野に入れており、少しでも早くそういう状況になることを願っている」(緒方氏)とする。
国の方針を決めるのが先決─。ウクライナ危機は多くの国民にエネルギーの重要性を突きつけたが、そういう時に急遽原子力を動かそうと思っても、そう簡単なものではない。やはり平時から原子力を含めたエネルギーをどう確保していくかという根本論議を詰めていくことが必要だと言える。
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ウクライナ危機で問われる日本のエネルギー安全保障
「世界的な脱炭素の潮流、ロシアのウクライナ侵攻を受けたエネルギー安全保障などを考えた時に必要になってくるのが小型モジュール原子炉『SMR』だと考えた」─こう話すのはIHI理事・資源・エネルギー・環境領域原子力SBU長の緒方浩之氏。
緒方氏の言葉にあるように今、世界的な「脱炭素」の流れの中で原子力発電に対する見直しが進みつつある。2022年2月にEU(欧州連合)の環境目標に貢献する経済活動かどうかを分類する基準である「EUタクソノミー」に「原子力」を持続可能なエネルギーとして加えたのは、その象徴。
また、ロシアのウクライナ侵攻で原油、天然ガス価格が急騰する中、エネルギー安全保障、安定供給の重要性が改めて突きつけられている。
ただ、日本で2011年に発生した東日本大震災を受けて、東京電力福島第一原子力発電所で事故が起き、原子力の信頼は損なわれたまま。
そんな中、世界的に注目されるのが次世代炉と言われる小型モジュール炉(SMR=Small Modular Reactor)。工場で部材を組み立てるため工期は従来の軽水炉の半分程度。炉が小さいため、事故の際には大型炉よりも冷却が早く、理論上、安全性が高いとされている。
「炉が小型であることが安全性につながっていると同時に、構造がシンプルで故障、損傷確率が下がっている。また、人や動力を要しない冷却機能を持つなど、安全性は格段に向上する。大型炉は予算超過など建設リスクが高い。地域によっては今後も建てていくだろうが、世界的な流れとしては小型原子炉ではないか」(緒方氏)
IHIはその流れの中で、21年に米国の新興原子力発電メーカーであるニュースケール・パワーに出資、SMRへの参入を決めた。ニュースケール社には日揮ホールディングスも出資。
なぜ、ニュースケール社への出資を決めたのか。「明らかに欧米におけるトップランナーであり、最初にSMRの実証をするであろう会社。欧米が事業の中心になると思うが、ぜひ参加したいと考えた」と緒方氏。
ニュースケール社は2029年にも商用運転を始める計画を持つ。22年には、米国で特別買収目的会社(SPAC)を活用しての上場が見込まれている。米エネルギー省も資金支援するなど、国として支える。
20年8月にはSMRとして初めて、米原子力規制委員会(NRC)の型式認定に対する最終審査を完了している。日本の日立製作所と米GE連合、仏EDF、三菱重工業なども開発しているが、それに先行する形。中国、ロシアも開発を急いでおり、米・中・露がシノギを削る。中国は21年7月、実証炉の建設に着工している。
もちろん課題もある。一つはエネルギー効率。大型原子炉は1基あたり100キロワット規模の出力があるが、ニュースケール社が開発中のSMRでは1基7.7万キロワットの炉を複数基組み合わせて使用するだけに効率では劣る。
そのため、送電網が発達した日本のような国よりも、送電網の整備が進んでいなかったり、国土が広い国での普及が先になることが見込まれている。
また、大型炉に比べて量は少ないものの、当然廃棄物は出るため、その最終処分方法はこれまでと同様に検討を要する。
IHIがニュースケール社に出資するまでには、およそ3年の月日を要している。お互いの技術に関する対話を続けて理解を深めてきた。また緒方氏は「出資にあたっては社内に様々な意見もあったが、IHIの原子力事業へのスタンスを改めて議論し、共有できた」と振り返る。
IHIは、原子力発電所の中核機器である格納容器では世界屈指の企業。特に格納容器内部の「圧力容器」では世界トップシェア。理論を持つニュースケール社は実際の炉を建てる部分でIHIのモノづくり、エンジニアリングの力を必要としたということ。
「もう一つ、我々がSMRに参画することを決めたのは原子力の技術、技能を維持、向上させるという目的もある」と緒方氏。東日本大震災以降、多くの原子力発電所が停止している今、その稼働や修繕を担う人材をどう維持するかは大きな課題。
「震災を経験したベテランも減ってきているし、今の中堅層にしても将来展望がないとモチベーションが上がらない」(同)
SMRに対する厳しい見方もある。日本エネルギー経済研究所戦略研究ユニット原子力グループグループマネージャーの村上朋子氏は「安全性、経済性、建設リードタイムの短縮などのSMRの特性は、いずれも開発側の言い分であり、まだ実証されていない。誰が、どこで、どういう用途で使うかという視点がない限り、SMRが政府の補助なく自律的に普及していくことはない」と指摘する。
日本の原子力を巡る議論は進んでいない。官民とも、非公式には再稼働を急ぐべきという意見は出るが、それが大きな議論になっていない。IHIも「革新的技術に取り組んで成長を図りたい。国内での展開は視野に入れており、少しでも早くそういう状況になることを願っている」(緒方氏)とする。
国の方針を決めるのが先決─。ウクライナ危機は多くの国民にエネルギーの重要性を突きつけたが、そういう時に急遽原子力を動かそうと思っても、そう簡単なものではない。やはり平時から原子力を含めたエネルギーをどう確保していくかという根本論議を詰めていくことが必要だと言える。