「円安だけに頼って2%物価目標を実現しようとする姿勢を見直す必要がある」とソニーフィナンシャルグループチーフエコノミストの菅野雅明氏は指摘する。足元で為替の円安が進む。米国が利上げする一方で日本は金融緩和、指値オペで金利の維持を進めるなど、日米で政策が逆方向を向く。この結果、ドル高円安が続く。中長期的に見て、結局は日本企業の生産性向上という手立てが不可欠となる。
【あわせて読みたい】BNPパリバ証券チーフエコノミストが直言する「円安政策の落とし穴」とは?
金融政策を変えないと円安は止まらない
─ 足元で急速な円安が進んでいます。この要因をどう分析していますか。
菅野 今回の円安の原因は日本と他の先進諸国との金融政策の違いがあります。米FRB(連邦準備制度理事会)を始め、欧州のECB(欧州中央銀行)、英国、カナダ、などが利上げを実施する中、日本銀行だけがこれまでの超金融緩和を継続しています。
しかも、3月末、4月後半に連続して「指値オペ」(日銀が指定した利回りで無制限に国債を買い取る制度)を実施し、4―6月の長期及び超長期国債の買い入れ増額も併せて発表しています。これによって10年もの国債の金利0.25%を死守しようとしているわけです。
─ 今、政府・日銀が打つべき手をどう考えますか。
菅野 内外金利差の拡大で円安の方向に行っていますが、この状況下で日銀の黒田東彦総裁、鈴木俊一財務大臣が「急激な為替変動は好ましくない」と言ったところで効果はありません。
為替介入をしても、円安の進行ペースは遅くなるとは思いますが、円安トレンドを反転させるような力はありません。
協調介入をやれば、もう少し効果はありますが、米国は今、インフレで困っていますからドル高はむしろ歓迎です。そういう時に米国が協調介入に応じる可能性は極めて低い。
残るは日銀が金融政策を変えるか、米国が利上げを止めるかで、多くの関係者がそこに注目しています。ただ、米国の利上げはようやく始まったばかりで、少なくとも2023年の前半までは続きます。
そうなると注目は日銀です。日銀が今の金融政策の枠組みを変えないと円安は止まらないと思います。
なお、為替政策は政府、金融政策は日銀という役割分担となっていますが、実際には金融政策が為替動向に大きな影響を与えるような事態になっていますから、その点でも日銀の政策変更の有無が注目されるわけです。
─ 日本が金融政策を変えるか、米国は利上げを止めるかという選択肢になりますね。
菅野 黒田総裁は「急激な円安は好ましくない」と発言しましたが、「急激」が好ましくないのであって、円安自体を好ましくないとは言っていません。ですから黒田総裁はおそらく「悪い円安」という議論には与していないのだと思います。
理屈の上では一理あります。今、円安の悪い面が言われていますが、日本全体としてみれば、輸入品が高くなるということは、例えば農業にはプラスです。海外産のチーズは急激に値上がりしていますが、国内産はほとんど値段が変わっていないわけです。品質も上がっており、競争力が高まっているのです。
企業にもプラス面があります。安い場所でつくって高い場所で売るのがグローバリゼーションでしたが、今は流れが逆行しています。日本からの輸出は増えにくいですが、円建てで輸出している場合は、海外子会社でドル建ての利益が貯まっていますから、連結ベースで見ると円安は輸出企業にプラスです。
─ 会計上、日本の決算時に換算すると利益が増えているということですね。
菅野 配当も増えているでしょうから、国内に利益が還流しています。また、連結ベースでの業績がいい時には国内の雇用も守られているはずです。賃金は上がらずとも、少なくとも雇用の量は確保される。この面でも円安はプラスですし、黒田総裁の認識は正しいと言えます。
ただ、賃金が上がっていませんから消費者にとっては悪い円安に見えてしまう。しかも、国内で物価が上がっている要因はエネルギーと食料の価格上昇です。そこに円安が加わっている形ですから、それがなくても物価が上がっているわけです。
エネルギーと食料の価格は政府にはコントロールできません。一方で円安はコントロールできるように見えますから、皆が「何とかして欲しい」と思っている。しかし、冷静に考えると円安だけ止めても、今の物価上昇は変わりません。
政治的には、どの国も消費者物価が上がると政権の支持率は下がります。岸田政権としても物価を抑えたいとなると円安も何とかしないといけない。日銀と政府で目線が乖離しています。
─ 黒田総裁の任期は来年4月までですね。
菅野 日銀総裁は法律で身分保障されているので、任期は変えられません。インフレ率は目標の2%には到達していませんし、購買力平価で見ても足元の円安は行き過ぎています。
米国は足元で利上げをしていますが、いずれピークアウトして、どこかで利下げに入るとすると急激な円高になる可能性があります。急激な為替変動は好ましくありませんが、その要因をつくっているのは日銀です。為替の乱高下を防ぐためにも、これ以上の円安に対処する必要があります。
─ 生産性向上という視点がやはり大事で、当面の混乱を耐え抜き、企業の体質強化を行っていくしかありませんね。
菅野 ええ。日本では企業の新陳代謝が遅れているという認識は岸田政権も共有しており、この加速は現政権の一つの柱です。円安で低生産性の企業が延命していることは、日本経済の足腰が弱ることになりかねません。円安に過度に依存して2%物価目標を実現しようとする姿勢を見直す必要があります。
【あわせて読みたい】BNPパリバ証券チーフエコノミストが直言する「円安政策の落とし穴」とは?
金融政策を変えないと円安は止まらない
─ 足元で急速な円安が進んでいます。この要因をどう分析していますか。
菅野 今回の円安の原因は日本と他の先進諸国との金融政策の違いがあります。米FRB(連邦準備制度理事会)を始め、欧州のECB(欧州中央銀行)、英国、カナダ、などが利上げを実施する中、日本銀行だけがこれまでの超金融緩和を継続しています。
しかも、3月末、4月後半に連続して「指値オペ」(日銀が指定した利回りで無制限に国債を買い取る制度)を実施し、4―6月の長期及び超長期国債の買い入れ増額も併せて発表しています。これによって10年もの国債の金利0.25%を死守しようとしているわけです。
─ 今、政府・日銀が打つべき手をどう考えますか。
菅野 内外金利差の拡大で円安の方向に行っていますが、この状況下で日銀の黒田東彦総裁、鈴木俊一財務大臣が「急激な為替変動は好ましくない」と言ったところで効果はありません。
為替介入をしても、円安の進行ペースは遅くなるとは思いますが、円安トレンドを反転させるような力はありません。
協調介入をやれば、もう少し効果はありますが、米国は今、インフレで困っていますからドル高はむしろ歓迎です。そういう時に米国が協調介入に応じる可能性は極めて低い。
残るは日銀が金融政策を変えるか、米国が利上げを止めるかで、多くの関係者がそこに注目しています。ただ、米国の利上げはようやく始まったばかりで、少なくとも2023年の前半までは続きます。
そうなると注目は日銀です。日銀が今の金融政策の枠組みを変えないと円安は止まらないと思います。
なお、為替政策は政府、金融政策は日銀という役割分担となっていますが、実際には金融政策が為替動向に大きな影響を与えるような事態になっていますから、その点でも日銀の政策変更の有無が注目されるわけです。
─ 日本が金融政策を変えるか、米国は利上げを止めるかという選択肢になりますね。
菅野 黒田総裁は「急激な円安は好ましくない」と発言しましたが、「急激」が好ましくないのであって、円安自体を好ましくないとは言っていません。ですから黒田総裁はおそらく「悪い円安」という議論には与していないのだと思います。
理屈の上では一理あります。今、円安の悪い面が言われていますが、日本全体としてみれば、輸入品が高くなるということは、例えば農業にはプラスです。海外産のチーズは急激に値上がりしていますが、国内産はほとんど値段が変わっていないわけです。品質も上がっており、競争力が高まっているのです。
企業にもプラス面があります。安い場所でつくって高い場所で売るのがグローバリゼーションでしたが、今は流れが逆行しています。日本からの輸出は増えにくいですが、円建てで輸出している場合は、海外子会社でドル建ての利益が貯まっていますから、連結ベースで見ると円安は輸出企業にプラスです。
─ 会計上、日本の決算時に換算すると利益が増えているということですね。
菅野 配当も増えているでしょうから、国内に利益が還流しています。また、連結ベースでの業績がいい時には国内の雇用も守られているはずです。賃金は上がらずとも、少なくとも雇用の量は確保される。この面でも円安はプラスですし、黒田総裁の認識は正しいと言えます。
ただ、賃金が上がっていませんから消費者にとっては悪い円安に見えてしまう。しかも、国内で物価が上がっている要因はエネルギーと食料の価格上昇です。そこに円安が加わっている形ですから、それがなくても物価が上がっているわけです。
エネルギーと食料の価格は政府にはコントロールできません。一方で円安はコントロールできるように見えますから、皆が「何とかして欲しい」と思っている。しかし、冷静に考えると円安だけ止めても、今の物価上昇は変わりません。
政治的には、どの国も消費者物価が上がると政権の支持率は下がります。岸田政権としても物価を抑えたいとなると円安も何とかしないといけない。日銀と政府で目線が乖離しています。
─ 黒田総裁の任期は来年4月までですね。
菅野 日銀総裁は法律で身分保障されているので、任期は変えられません。インフレ率は目標の2%には到達していませんし、購買力平価で見ても足元の円安は行き過ぎています。
米国は足元で利上げをしていますが、いずれピークアウトして、どこかで利下げに入るとすると急激な円高になる可能性があります。急激な為替変動は好ましくありませんが、その要因をつくっているのは日銀です。為替の乱高下を防ぐためにも、これ以上の円安に対処する必要があります。
─ 生産性向上という視点がやはり大事で、当面の混乱を耐え抜き、企業の体質強化を行っていくしかありませんね。
菅野 ええ。日本では企業の新陳代謝が遅れているという認識は岸田政権も共有しており、この加速は現政権の一つの柱です。円安で低生産性の企業が延命していることは、日本経済の足腰が弱ることになりかねません。円安に過度に依存して2%物価目標を実現しようとする姿勢を見直す必要があります。