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後継者不在、経営不振、成長の限界に悩む企業16社をグループ化ーー前田工繊に見る【地方活性化策】

財界オンライン 2022年6月17日 18時0分

人口減少・少子高齢化で縮小社会の日本。地方の中小企業の経営は厳しく、後継者不在で廃業予定の企業も多い。こうした中、地方企業の成長の1つのあり方を示しているのが、東証プライム市場に上場する前田工繊。創業1918年の同社は、いかに地方企業を蘇らせ、自らの成長につなげているのか─。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako





公共事業から多角化、海外で成長を模索

 後継者が決定している企業12.5%、後継者未定企業22%、(後継者を決めるのは)時期尚早と考える企業12.9%、廃業予定企業52.6%─。

 これは、日本政策金融公庫総合研究所が2019年に行った「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」の結果。

 日本企業の99%以上が中小企業の中、中小企業の活性化、事業承継問題は日本の産業界の大きな課題となっている。

 こうした中、地方企業の抱える課題を解決し、成長軌道に乗せながら、自らの事業拡大につなげているのが福井県に拠点を置く前田工繊。

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 同社の創業は1918年。米穀業を営んでいた初代が米騒動で事業継続が困難になり、繊維事業を始めたことに遡る。

 2代目は帝人との取り引きを開始。繊維業を土木の世界に取り入れ、福井の大地震、戦争を乗り越え、企業を存続させた。

 そして3代目で現会長の前田征利氏の時代、田中角栄首相の日本列島改造論で公共工事が増える中、事業を拡大。トンネルの水はけに使用する工業繊維ジオシンセティックスをヒットさせ、今に至る基盤を築いた。

 2000年代初頭まで、インフラ・公共事業を中心に成長してきた前田工繊だが、01年に小泉政権が誕生すると公共事業が急減。売上の約9割が公共事業、1割が繊維加工事業の中、新たな成長に向けた模索が始まる。
 
この激動期の2002年、前田工繊に入社したのが、18年から社長を務める4代目の尚宏氏。

「当時、現会長が上場を考え始めたのですが、売上げの9割を占める公共事業が35%減らされる中では成長のストーリーを描けない。そこで、わたしは〝多角化〟と〝海外〟の2つをやりたいと思い、そこから新しい事業が始まっていきました」(前田工繊社長・前田尚宏氏)

 02年約70億円だった売上高は、前期(21年9月期決算)432億円、営業利益65億円まで成長。この成長の原動力となっているのがM&Aだ。

「2010年頃までは土木建築分野の横展開を進めて〝土木のデパートメントストア〟といわれるようになり、12年以降、多角化のため、農業など新たな分野のM&Aを手掛けてきました」

 こうして北海道から沖縄まで、16のM&Aを実施。

 M&Aの対象は「モノづくりの会社」「前田工繊グループの販売・開発・製造ネットワークに乗せ、再成長できる会社」「地域経済に貢献してきた会社」だ。

 中には再生案件、事業承継問題を抱えたものもあるが、グループに入ることで「先方とわれわれの『人』『技術』『製造設備』『顧客』の4つのバリューを〝混ぜ〟る」ことで成長させてきた。


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F1、NASCARにホイールを独占供給

〝混ぜる〟とは、地方企業が抱える課題をグループ全体で解消する戦略。

「工場で困るのは繁閑差が大きいこと。固定費だけかかる閑散期にどう利益を出すか。そこで、例えば、海に油が流れたときにオイルの拡散を防ぐオイルフェンスという商品を閑散期の工場で作り、稼働率を上げています」 

 15年にM&Aした『オガワテクノ(現・未来テクノ)』が現在、オイルフェンスを製造しているが、同社は防衛省向け製品や防災用品などを手掛けていたものの、民事再生手続きで経営再建中に前田工繊が買収。グループ入り後は工場の稼働率を上げる他、港湾・河川汚濁防止用フェンスなど新たな分野に進出し、買収2年目には業績をV字回復させた。

 また、投資先の設備投資にも力を入れる。工場の「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」につながる設備投資だ。

 例えば、18年に買収した魚粉や魚油を製造する『釧路ハイミール』では社員の安全確保のため、川から水をくみ上げる設備の周辺に防護柵を設置。また社員が利用する浴場や休憩所を改装。これらの設備投資は社員との対話によって実現したものだ。

「社員との対話が大事だと思っています。『こうしたら、もっと生産性が上がる』『こういう商品を作ったら、こういうところに売れる』とか、社員はいろいろ考えています。それを吸い上げて、実行すべきことは実行する。釧路ハイミールでは社員の意見を聞いた後、福井(前田工繊)の製造トップが現場に入り、もう一度彼らの話を聞き、前田工繊と釧路ハイミールのアイディアを混ぜて新たな設備を作ったところ、生産性も上がり、社員も作業が楽になり、働きやすくなったと。結果、業績も上がり、求人の応募も増えるなど、地元のちょっとした人気企業になっています」



 異色のM&Aとしては11年に経営破綻し、13年に買収した自動車用軽合金鍛造ホイール事業がある。同事業は現在、BBSジャパンとして、前田工繊の海外事業拡大の一翼を担っている。

 BBSは90年代、F1用マグネシウム鍛造ホイールを開発。同社製品を採用したフェラーリチームの躍進を受け、他のチームも続々導入した実績を持つなど、高いブランド力をある。

 だが、親会社の小野グループが経営破綻。前田工繊が再建に携わることになった。グループ入りした当時、BBSの売上高は50数億円だったが「ブランドの可能性を感じ」、200億円近い投資を実施。リブランディングプロジェクトを立ち上げ、22年から『F1』と『NASCAR』にホイールを独占供給することが決定。売上高も約130億円まで拡大、成長を続けている。

「工場がきれいになると、人の心も変わる。前田工繊と一緒になって何か成功体験ができることが大事だと思っています。グループの持てる資産を〝混ぜる〟ことで生まれる〝新結合〟でイノベーションを興していきたい」

 地方企業1社では解決できない課題を前田工繊グループで解決する。中小企業の成長の限界を乗り越える取り組みが続く。

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