Infoseek 楽天

【ゲノムテクノロジー】世界初の「子宮内フローラ検査」で不妊治療に貢献ーー医療ベンチャーVarinos

財界オンライン 2022年6月21日 15時0分

今年4月から保険適用が始まった不妊治療。この生殖医療領域で、2017年からゲノム解析技術を用いた世界初の「子宮内フローラ検査」を提供し、不妊治療に貢献してきたのが医療ベンチャーのVarinos。創業のきっかけは研究者出身の桜庭喜行氏が世界のベンチャーがしのぎを削るゲノムテクノロジーの領域で日本の後れを目の当たりにしたこと。個別化医療につながるゲノムテクノロジーは医療をどう変えていくのか─。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako


誰もやらないなら
自分がやるしかない

「誰もやらなかったので自分でやるしかないと5年前に起業しました。誰かがゲノム技術を使った医療を手掛けていたら起業していなかったかもしれません」

 こう語るのはゲノムテクノロジーベンチャーVarinos(バリノス)代表取締役CEOの桜庭喜行氏。

 桜庭氏は埼玉大学卒業後、理化学研究所でゲノムプロジェクトに参画。その後、3年間、アメリカで基礎研究に携わる。

「(基礎研究の成果を患者に応用する)海外の研究環境に触れ、研究者のままでいいのかと迷いが生まれ」、出生前診断を研究していた日本のベンチャーGene Techを経て、ノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術「クリスパーキャス9」にも貢献する次世代シーケンサー(DNA解析装置)を製造販売する米イルミナに入社。生殖医療関連事業の市場開発に携わる。

 だが、市場開拓が進む海外に対し、日本では一向に普及しない現実を目の当たりにし、2017年バリノスを起業した。

 次世代シーケンサーの登場はゲノム解析のコストを大幅に削減させ、海外では、ソフトバンクグループが出資する血液によるがん診断を目指すガーダントなど、ゲノムテクノロジーベンチャーが続々登場している。

「手術サンプルを検査して、どの遺伝子に異常があってがんになったのか解明して治療法を変えるなど、(欧米では)遺伝子を見て治療法を決める医療にシフトしている。それに伴い検査会社も育っている」(桜庭氏)。

 だが、「日本はいろんな面で後れ、スピードも遅い」。

 日本の皆保険制度は、誰もが公平に質の高い医療を受けられる制度として高く評価されている。だが、保険適用されないと新たな治療法が普及しないという課題もある。

 日進月歩のゲノムテクノロジーの世界では、保険適用される頃には、ひと昔前の技術になってしまうこともある。

 例えば、シスメックスは2018年、国立がん研究センターと共同開発を進めてきた、がんゲノムプロファイリング検査用システムの薬事承認を取得したが、21年3月、同領域で中外製薬が米ファウンデーションメディシン社のシステムの承認を取得すると「最新の技術を用いているのでファウンデーションメディシン社のシステムが圧勝している」(関係者)という。

 桜庭氏はこうした問題を考慮。

「がん領域は保険適用にならないと使ってもらえないという現実がある。だが(かつて)全額自費の生殖医療の分野は保険は関係なく、良ければ使ってもらえるし、悪ければ使われないため、最新の技術をタイムリーに患者さんに届けられる」

 そこで自由診療の生殖医療にゲノム技術を活用して生まれたのが「子宮内フローラ検査」だ。

【キャリアは自ら築く時代】ビズリーチが目指す「キャリアインフラ」

子宮内の菌の割合が
妊娠・出産に影響

「対外受精でも10~30%しか成功しない。成功率向上に貢献したい」─。

 もともと子宮内に菌は存在しないと言われてきたが、実は微量の菌が存在することが論文で
判明。そこで、桜庭氏は子宮から取った検体を解析。子宮内に存在する菌のDNAから子宮内の菌の割合を調べる「子宮内フローラ検査」を開発、17年12月実用化させた。

 ラクトバチルスという菌が少ないと子宮内フローラ(細菌叢)が悪い状況にあるため、ラクトフェリンを飲んでラクトバチルスを増やし、子宮内の環境を改善、妊娠しやすくする治療に貢献。バリノスは、この子宮内フローラ検査と治療に使うラクトフェリンを販売している。

「世界初の検査だったので、当初はいろいろな治療を試しても、妊娠・出産に至らなかった患者さんに使っていただく」ことから普及を進めた。

 それから約4年、今年2月末時点で累計1万8000件の検査を実施。論文などでも成果が発表され、今では約250の施設と契約。「初診で来た方全員
に受けていただくクリニックも増える」など、普及が拡大。

 先進医療に入るための手続きも進む。先進医療に採択されると保険適用の道が開かれるため「より多くの方に使っていただける環境作り」にも力を入れる。

 子宮内フローラ検査は国内ではバリノスのみ、海外でも数社しか提供していない。バリノスが世界初の検査を提供できた理由は、どこにあるのか─。

 まず1つはスピード。論文で子宮内に菌が存在することが発表されると、すぐに開発に着手。

 また、微量しか存在しない子宮内の菌を解析するには、高度な技術力と高性能なシーケンサーが必要。桜庭氏ともう1人の共同創業者は、次世代シーケンサーメーカーの米イルミナ出身。

「ゲノムの仕組みを知り尽くし、真剣に考えてきたメンバーで作った会社。そこに、日本でも数少ない次世代シーケンサーを使って解析できるメンバーが集まり、0から1を作り出すことができた」(桜庭氏)

 正確な検査結果を出すため機械が読み取りやすいよう検体を前処理したり、DNA配列を読み込む専門のプログラムを組むなど、様々な技術とノウハウで世界初の検査を作っていった。

 先端技術を受け入れる土壌があった生殖医療から事業を始めたが、子宮内フローラが子宮内膜症や子宮頸がんなど婦人科系疾患と関係があることもわかってきたため「大学との共同研究も進めていきたい」と語る。

 また、ゲノム解析の応用範囲は広い。「遺伝病、がんでも新しい検査を作っていく計画」だ。

 日本は世界2位の医療機器市場だが、診断機器分野の競争力はあるものの、治療機器分野では1兆円近い貿易赤字(18年度)。バイオ・ゲノム領域でも後れを取るわけにはいかない。

【日本のDXは何故遅れたか】PKSHA Technologiesが「システム業界の商習慣を変える」

この記事の関連ニュース