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【荒れる市場】ソニーフィナンシャルチーフエコノミストが直言、円安・物価高に日本の打つ手は?

財界オンライン 2022年7月13日 18時0分

株価が下落、超円安もあって資源、食料価格が高騰し、国民生活を直撃。一種、パニック的な動きになっている。だがソニーフィナンシャルグループチーフエコノミストの菅野雅明氏は「実質金利」という指標に着目し「米国景気後退があるとすれば1年半後以降」と指摘する。ただ、その状況下で日銀の政策は世界の逆を行き、円安の進行も続く。簡単に利上げができない中で打つ手はあるのか(本インタビューは参院選前に実施された)。

マーケットで高まる不安心理
 ─ FRB(米連邦準備制度理事会)が金融引き締め、利上げに動いたことで世界の経済の流れが混沌としてきました。現在のFRB、米国の動きをどう見ていますか。

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 菅野 足元でインフレ率が急上昇しています。FRBは当初「一過性だ」としていましたが、その後見方を完全に変えました。後手後手には回りましたが、真剣に取り組み始めたというのが現在の状況だと思います。

 ただ、40年ぶりのことですから、FRB自身も対応に苦慮していますし、マーケットは、この事態を完全に消化し切れていません。ややパニック的な動きも見られます。

 ─ 今回の動きが、世界的な景気後退につながる可能性をどう見ますか。

 菅野 その確率はジワジワと上がってきています。今後の状況については「実質金利」(表面金利から期待インフレ率を引いたもの)に注目しています。

 足下の10年国債の利回りは3.2%ほどで、期待インフレ率が2.5%ですから、実質金利は0.7%ということになります。この実質金利の水準が、米国の潜在成長率を超えると、かなりの確率で景気後退に陥ります。今、米国の潜在成長率は2%弱ですから、まだ差があります。

 今後、米国の景気は減速するとは思いますが、年内に米国の景気が後退する確率はまだかなり低いと見ています。

 また、米国の政策金利であるFF金利で見ても、年内に中立金利と言われる2.4%超え3%台に乗るとみています。その時の実質FF金利は1%以下でしょう。だとすると、これは潜在成長率をかなり下回っています。

 いずれにせよ、長短金利とも景気後退に直ちに入るという状況ではありません。

 ─ それでも株価を含めマーケットは混乱していますね。

 菅野 マーケットではかなり不安心理が高まってきています。米国株の下落の状況を見るとややパニック的な動きになっていますが、マーケットも徐々に米国の景気後退を織り込みつつあると思います。

 米国の株価はピークから一時2割弱下げました。過去の景気後退局面での米国株価は平均3割ほど下げています。景気後退が起きるとするとまだ下げ余地があります。

 ─ いつ頃から、株価がさらに下げると見ますか。

 菅野 私は2023年の終わりから24年前半頃に、先程申し上げた景気後退の条件が揃う可能性があると見ています。インフレ率や、ウクライナ戦争による食料価格の上昇がどうなるかなど、不透明な部分もありますが、仮に景気後退になるとしたらFFレートが4%を超えてく
る時だと思います。

 この水準はFOMC(米連邦公開市場委員会)のメンバーのうち、最も「タカ派」の人たちの2023年末の見通し並みの水準です。この見通しが実現すると景気後退になる可能性が高いと思いますが、まだ1年半以上先の話です。仮にそうだとしても、株価は早く織り込み過ぎている面があります。

 足元で、多くの人が景気後退を心配しているのは事実ですが、今後出てくる経済指標は、マイナス成長を示唆するほど悪くはないでしょう。織り込み過ぎたものが、そこまでは悪くないということで、年の後半は株価が持ち直す可能性もあります。

 ただ、エネルギー価格、食料価格の先行きは予想がつきませんし、ウクライナ戦争の行方も予断を許しません。

 ─ 中国の景気後退の可能性も世界経済全体から見て、悪影響を与えそうです。

 菅野 中国経済は、「ゼロコロナ政策」によって、本年第2四半期は低迷しましたが、中国政府は少しずつ景気に軸足を移す政策対応を取り始めました。これによって、中国経済は今後立ち直ってくると思います。だとすると、本年後半の世界景気は、減速はすれど景気後退ではないという可能性が高いです。

為替の円安は消費者にとって厳しく
 ─ 日本経済の状況をどう見ますか。

 菅野 エネルギーや食品などの輸入物価がドルベースで上がる下で、為替は円安ですから消費者にとっては厳しい環境が続かざるを得ないと思います。

 ただ、日本の政策の枠組みは諸外国と全く逆です。他の先進国は金融引き締めのなかで、財政は動きが取れない状況です。財政支出を増やすと、さらにインフレが進むからです。

 一方日本は、インフレといっても2%強で、日本銀行は基本的に金融緩和のスタンスを変えることはなさそうです。円安は続きますが、他の先進国と違って日本は財政支出を増やせます。

 7月に参議院議員選挙を控えており、岸田政権は「大盤振る舞い」をしているように見えます。例えばガソリンに加え配合飼料などに補助金を出すことも検討されています。もちろん、それでコストアップが全て帳消しになるわけではありませんが、諸外国から見ると、かなり恵まれた状況にあると思います。

 ─ 円安については「行き過ぎた円安」ということで懸念する声が高まっていますが。

 菅野 確かに円安は、賃金が上がらない状況の中では消費者にとっては苦しいですが、円安で得をしている人もいますが、あまりメディアでは取り上げていないようにみえます。

 例えば、小麦粉の価格が上がると、米粉の需要が出てきます。日本の農業にとっては追い風となってきます。

 もちろん、日本の農業は肥料や飼料を輸入するなど、輸入依存度が高い面もあります。ただ、農業は日本国内で付加価値を付けている部分がありますから、競争力が高まり、国産品のシフトが起きてきます。必ずしも、全てマイナスというわけではないということです。

 今後は、海外からの訪日観光客が増えていく可能性が高いわけですが、そうなると多くの人が円安メリットを実感することになります。「安いニッポン」ですから、かなり訪日需要も出てくると思います。

 ─ 今後、観光需要がプラスをもたらすということですね。

 菅野 海外の友人などから聞くと、日本の入国規制がこれだけ厳しいのはかなり異常です。訪日観光客を解禁したといっても、まだ団体客だけです。欧米では、個人をいつから受け入れてくれるのかに注目しています。

 日本政府は海外からの個人客を受け入れて、同時に万が一を考えて国内の医療体制を整備しておけば対応ができるのではないでしょうか。

 私自身、専門家ではありませんが、新型コロナウイルスのうち「オミクロン株」はかなり毒性が弱いようで、重症化率は高まっていません。ワクチンはありますし、今後治療薬も出てくるということになれば、経済交流はもっと活発にできるようになります。その時に円安は非常に大きなメリットになります。

 ─ 今後、円安はどの程度の水準まで進むと見ていますか。

 菅野 私は1ドル=140円程度までは円安が進むのではないかと見ています。ただ、米国のFFレートが4%を超えてくる場合には145~150円もあり得ます。

 足元でFFレートは1.5%ですが、私は7月あるいは9月以降には、利上げペースが緩やかになると見ています。ただ、来年に向けてインフレが収まらないということになると、今の市場の見通しよりも利上げペースが早まる可能性が出てきます。カギは米国の賃金です。

 ─ 米国では賃金は上昇傾向にありますね。

 菅野 ええ。今、米国では労働需給が非常にタイトになっています。一方、モノの価格は国際商品市況に連動します。足元では原油価格など水準は高いですが、上昇ペースは鈍化してきます。ですからこちらはあまり心配していません。

 重要な点は、コアCPI(消費者物価指数)でみると7割がサービスだということです。ですから、サービスのインフレ率が下がらないといけないわけですが、これは賃金と家賃で決まります。

 家賃を見ると、米国の住宅価格は前年比で2割ほど上がっています。足元では住宅ローンの金利が上がって需要は落ちていますが、それ以上に中古住宅の在庫が不足しているため、住宅需要が落ちても、住宅価格はなかなか下がりません。

 また、住宅価格から家賃までのタイムラグが1年半ありますから、当面、家賃の上昇率が高まる可能性が高いです。そうすると、残るは賃金しかありません。賃金を抑え込まないと米国のサービスインフレは落ちませんし、全体のインフレ率も下がりません。

 ─ 失業率も低いですね。

 菅野 失業率は3.6%です。中立と言われる金利水準が4.0%ですから、まだまだ低い。ですから、これでは賃金インフレは収まらず、かなり強い引き締めが必要になってきます。

 しかし、今年11月には中間選挙を控えていますから、インフレ率を抑えなければならない一方で、雇用が急激に悪化するとバイデン政権に打撃になります。パウエルFRB議長は難しいカジ取りを迫られています。

日銀が食べた「禁断の木の実」
 ─ 日本では、日銀が金利を上げられない状況ですが、現状況をどう認識しますか。

 菅野 YCC(イールドカーブコントロール=長短金利操作)は長期間継続すべき政策ではなかったと思います。

 豪州中央銀行は昨年11月に豪州版のYCCを停止し、先日その総括を初めて発表しました。その内容をみると、出口の部分でマーケットに混乱をもたらしたことなどを反省すると共に、「もっと早く止めるべきだった」「中銀の信用と評判を損ねた」としています。日本以外の先進国中銀でYCCを導入したのは豪州だけです。

 YCCで長期金利を固定してしまうと出口が難しくなります。出口の前にはとてつもなく大きなスペキュレーション(投機)との戦いが生じます。ただ、短期的には日本が2%を安定的に超えるインフレになる可能性が低いので、日銀はいくらでも国債を買い支えることは可能です。

 ─ 日銀は金利上昇で保有する国債価格が下落し、債務超過に陥るのではという懸念もあります。

 菅野 日銀は国債を買い支えるにつれて低金利の国債を大量に保有することになります。そうなると問題は出口です。出口ではインフレになっていて金利が上がる時ですから、その時には債務超過のリスクが高まります。

 日銀はやるべきではないことを2つやりました。1つはYCC、もう1つはETF(上場投資信託)の買い入れです。中央銀行が食べてはいけない「禁断の木の実」を2つ食べたわけです。欧米先進国中銀では、マイナス金利政策と量的緩和は行ってもこの2つは採用しませんでした。基本的に出口が難しいことを理解していたからだと思います。

 また日銀の超金融緩和の長期化は低生産性の企業を温存することで、日本経済の体力を落としてしまうことになりかねません。禁断の政策に手を出す場合には、最初から出口、あるいはプランBを考えておく必要があったということではないでしょうか。

 今問われているのは、2%インフレ目標のコストです。米国が仮に4%のFFレートを付けてしまうと、為替は145円もあり得る状況です。そうなると消費者の不満はますます高まりますし、将来の大幅な円高の可能性まで考えると為替の変動幅が拡大し企業収益にも逆風とな
りかねません。

 ─ 日本経済の地力を上げるには賃上げと設備投資が大事だと言われていますが。

 菅野 本来であれば、日本でも消費者の不満は大幅賃上げに向かうべきなのでしょうが、賃上げを要求すると人減らしに遭うかもしれないということで日本の労働組合も強く出られないのかもしれません。そうだとすると、インフレになりづらい環境が続きます。

 そもそも、2%インフレ目標を、ここまで引っ張ってよかったのだろうかということになります。日銀は最近の円安を踏まえ、YCCの総括とともに、率直に国民と対話する必要があります。

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