「予期し得ぬことが起きるのだということを実感している」と話すのは千代田化工建設会長兼社長の榊田雅和氏。足元で様々なリスクが頻発しているが、エネルギー開発に携わる千代田化工としては、こうしたリスクをいかに抑えるかが重要課題で「戦略・リスク統合本部」でリスク管理を徹底。また、新たな柱として「水素」、「ライフサイエンス」を掲げる。いずれも生活に欠かせない基礎事業。榊田氏のカジ取りは─。
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様々なリスクをいかに最小化するか?
「ロシアによるウクライナ侵攻は、我々にとっても重要な出来事」と話すのは、千代田化工建設会長兼社長の榊田雅和氏。
産ガス国・ロシアの行動は、世界のエネルギー情勢に深刻な影響をもたらしている。特に欧州はロシアからのガスパイプラインからのLNG(液化天然ガス)を削減していく方針だが、当然調達先の多様化が必要。そのため欧州各国はロシア以外の産ガス国に供給を要請中。
そうなると、産ガス国は需要があるということで増産のための設備拡張を検討することになり、「我々に対して既存設備の拡張や、設備の新設のご相談がかなり来ている」(榊田氏)。
ただ、拡張にしても新設にしても、すぐにできるものではなく5、6年の時間がかかる。その間に、地政学リスクが減退すると、一転して設備過剰になるだけに、産ガス国としても最終投資判断は難しい。
エンジニアリング会社の立場としても、足元の需要が旺盛だからと拙速に受注に走るわけにもいかない環境にある。
千代田化工が事業上、最も強い関係を結んでいる国が、世界第5位の産ガス国であるカタール。「カタールには、まだまだ埋蔵量があり、設備の拡張スペースがある。そして何と言ってもコストが安いだけに、今後も拡張余地のある国」
千代田化工は2021年2月、カタールの国営石油会社から、年産3200万トンという世界最大のLNGプラントの設計・建設業務を受注した。早くも、このプラントの拡張に向けた検討も始まっているという。
「ウクライナ危機が起きた後も、世界全体のLNG需要が急増したわけではない」と榊田氏。ロシアが生産したガスは中国などが購入し、中国向けに出荷していた産ガス国が欧州に振り向け先を変える、といった形で〝調整〟が入っているのだ。
地政学リスクがある中だが、「今回のコロナ禍、そしてウクライナ情勢を見ても、予期し得ぬことが起きるということを実感している。物価が上がって資機材価格が高騰し、エネルギー価格が上がって輸送費も高騰している。我々としては、どうやってこれらのリスクを最小化することが喫緊の課題」。
エンジニアリングの契約は、大きく「ランプサム」と「コストプラスフィー」がある。コストプラスフィーが文字通り、コストに利益を上乗せするのに対し、ランプサムは金額を固定して発注。発注側は金額を確定でき、エンジニアリング会社はコストを削減できれば利益を上積みできるが、管理がうまくいかなければ資材費、人件費などが変動するリスクもある。
業界ではランプサムが主流だが、千代田化工もこの契約形態で痛手を被ってきただけに、メインの契約はランプサムでも、不測の事態が起きた時のコスト負担など、契約書の中で細かく取り決めるといった契約上のリスク管理も重要になる。パンデミック、戦争まで念頭に置いた経営が必要になるということ。
再生計画以降の赤字案件はゼロに
この「リスク管理」は千代田化工にとって重要な課題。同社は米国で受注したLNGプラント建設の遅延によって、2019年3月期決算で2149億円の最終赤字に転落、債務超過に陥った。それに伴い、8月1日付で東証1部から2部に降格。
その千代田化工に対して、約33%を保有する筆頭株主である三菱商事が1600億円を投融資、三菱UFJ銀行が200億円の劣後ローンの融資で支援したことで債務超過を解消した。その後、社長、会長や役員など要職を三菱商事出身者が務めており、榊田氏もその1人。
再生にあたって、リスク管理を担う部署として、「戦略・リスク統合本部」を設置、本部長は三菱商事出身の長谷川文則氏が務めている。この部署を中心に、プロジェクト遂行の過程におけるリスクを見ている。
それ以前の千代田化工は、それぞれのプロジェクトのプロジェクトマネージャーの「職人芸」のような経験にリスク管理を委ねていた面がある。それを全社的に進める形に変えた。
「このやり方が全社員に徹底されてきた。リスク管理をしっかりしてこそ、いい案件となり安定収益が上がってくるという意識が浸透してきている」
これは実績が出ていることが大きい。千代田化工が再生計画をスタートして以降に受注、建設している案件で赤字は1件も出ていない。さらに今は、受注以降だけでなく、見積もりや事業可能性の検証(FS)段階からのリスク予兆から、引き渡した後の補修まで、プロジェクトのライフサイクル全体を見たリスク管理を進める。
ただ、22年3月期決算は経常利益、営業利益段階では黒字を確保していたが、過去に日揮ホールディングスとともに受注していた豪州の案件における米企業との和解に関連して特別損失を計上したことで最終赤字に。
これによって榊田氏ら経営陣は一律、報酬をカットした他、夏の賞与は経営陣、社員含めてゼロとなった。改めて全社的にリスク管理の重要性を痛感することとなった。
「脱炭素」の流れの中、LNGはどうなる?
地政学リスクはあるが、それでも世界の大きな流れは「脱炭素」に向けて動いている。LNGは石油や石炭に比べればCO2の排出量が少ないエネルギーだが、水素などが本格活用されるまでのトランジション(移行期)の資源だとする見方もある。榊田氏はLNGの今後をどう見ているのか。
「今、トランジションエネルギーの重要性が再認識されている。我々はLNGに関するビジネスをしっかり続けていく方針。ただ、そのやり方、リスクの取り方については考えていく必要がある」
LNG需要の今後については、アジア諸国での需要が伸びることを見込まれており、「一定期間は増えていくと見ている」と榊田氏。業界では2040年頃までは年平均3%程度の需要増が見込まれている。
ただ、同時に前述の脱炭素によって、水素やアンモニアといったCO2を排出しない燃料に置き換わることで、どこかで需要の伸びが頭打ちになるとも見られている。LNGを主力とする千代田化工としては、新たな事業の柱を立てる必要がある。
「22年4月には『カーボンニュートラル宣言』を出した。やはり新規事業をやっていくことが、会社の企業価値、株価を高め、投資家からの目線を変えることにつながる」
千代田化工が注力すべき分野として掲げているのが「水素」と「ライフサイエンス」。
水素は脱炭素時代の有力なエネルギー源として期待されている。ただ、これをどう輸送・貯蔵するかという大きな課題を抱えている。
この対策として、マイナス253度以下に冷却する「液化水素」を提唱する企業もあるが、専用の設備や冷却のためのエネルギーが必要。一方、千代田化工は独自技術「有機ケミカルハイドライド法」を開発。水素とトルエンを合成し、メチルシクロヘキサン(MCH)という液体にして輸送・貯蔵するという手法。MCHは常温・常圧で取り扱えるため、既存のインフラを活用できるという利点がある。
さらに、利用する際には触媒を利用して水素を取り出すが、千代田化工はこの一連の仕組みを「SPERA(スペラ)水素」と命名。21年にはブルネイで水素をMCHにして、日本に輸送する実証実験を終えた。「SPERA水素でサプライチェーンを構築できる可能性を持つことが当社の強み」と榊田氏。
今後は、これをいかに商用段階に持っていくかが問われるが、すでに商用化一歩手前まで持っていきたいという前向きな顧客も出てきている。ただ、千代田化工のみならず、水素関連事業はコストが課題。その意味で、政府による支援を得られるかもカギを握る。
もう一つの注力分野であるライフサイエンスでは、医薬分野に取り組んでいる。千代田化工は塩野義製薬からコロナワクチンの原薬工場を受注、建設している他、バイオ医薬品工場の建設なども手掛けている。
日本は、このコロナ禍にあって、自国でワクチンを製造できないという課題を抱えてきた。製薬会社の規模の違いや、産官学の技術の蓄積、治験体制などが指摘されてきたが、法整備などもあって、日本でもようやく「経済安全保障」という考え方が広がりつつある。
「パンデミック、戦争を受けて、やはり命に関わる分野は他国に頼るのではなく、自国で一定程度保有しておかなければいけないという考えが広まった。政府もそうした方針になっており、ライフサイエンスの分野でも補助金が付く案件が増えている。お客様も設備投資をしやすくなっているため、向こう数年、ライフサイエンス分野は期待できる」(榊田氏)
医薬品プラントの建設には、これまでLNGや化学プラントで培ったノウハウが生きている。「我々には化学プラントのプロセスの知識がある。それをより精密、小型化したのが医薬品プラント。技術を生かせる分野」
水素という次のエネルギー、そして医薬品などライフサイエンスという、いずれも「安全保障」に関わる分野が、千代田化工の次の成長のカギを握る。
千代田化工の経営理念は「エネルギーと環境の調和」。これをベースに「技術で世の中に貢献する会社を目指したい。そして働いている社員が、自分の技術で社会に貢献していると思える仕事ができる会社でありたい」と榊田氏は言う。
そのためには、今後ますます人材育成が重要になる。新卒採用のみならず、経験を持った人材の中途採用にも力を入れる。
「外部からの優秀な人材の獲得は重要になってくるし、当社だけでできない仕事においてはパートナーと組むことも大事」
トップを1人にして意思決定を速く
榊田氏は1958年11月秋田県生まれ。81年東京大学工学部卒業後、三菱商事入社。小学校、中学校と野球に打ち込んだが、高校では家庭の事情もあって現役で大学に合格せねばと勉強に専念。大学入学後に晴れて野球部に入部した。「4年間、合宿生活で野球に打ち込みました。『学部はどこですか? 』と聞かれたら『野球部です』と言っています(笑)」と笑顔を見せる。
三菱商事を志望したのは「体力には自信があったし、海外など、ポテンシャルの高い仕事ができそうだと感じた」から。入社後には機械部門に配属になり、特に製鉄プラントの経験が長い。
入社前に榊田氏が描いていたように、海外では様々な経験をした。20代後半で韓国の製鉄所の建設に携わり、管理業務全般を任せされた他、30代半ばには中国・宝山製鉄の案件をプロジェクトマネージャーとして手掛けた。日本との関係が微妙な両国で、様々な関係者がいる中でプロジェクトをまとめあげた。
13年から4年間はインド現地法人社長を務めた。プロジェクトの推進のみならず、インド日本商工会会長としてモディ首相を始め現地の政治家や、日本から来印する政治家との対話なども経験した。
三菱商事では13年執行役員、17年代表取締役常務執行役員まで務め、21年に千代田化工会長兼CEO(最高経営責任者)、22年4月に会長兼社長に就いたという経緯。
会長と社長を兼務していることについて榊田氏は「再生計画に目処が付き、ガバナンス体制も整ってきた。トップを1人にして意思決定を速くした方がいいと考えた」と話す。
「会社はいい方向に向かっているが、まだ財務体質が弱い。また19年3月期の赤字で東証1部から2部に降格し(現在はスタンダード市場に上場)、株主に配当もできていないのが現状。早く利益を積み上げて財務体質を強化し、早く配当できるようにしたい。そしてプライム
市場に上場しようということを社員にも訴えている」(榊田氏)
課題だったリスク管理能力の強化が進む今、あとは従来から定評のあった技術力を生かしてプロジェクトを成功させることができるかが問われる。そして「生活に欠かせない事業」を柱として確立できるかが、千代田化工の今後を大きく左右することになる。
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様々なリスクをいかに最小化するか?
「ロシアによるウクライナ侵攻は、我々にとっても重要な出来事」と話すのは、千代田化工建設会長兼社長の榊田雅和氏。
産ガス国・ロシアの行動は、世界のエネルギー情勢に深刻な影響をもたらしている。特に欧州はロシアからのガスパイプラインからのLNG(液化天然ガス)を削減していく方針だが、当然調達先の多様化が必要。そのため欧州各国はロシア以外の産ガス国に供給を要請中。
そうなると、産ガス国は需要があるということで増産のための設備拡張を検討することになり、「我々に対して既存設備の拡張や、設備の新設のご相談がかなり来ている」(榊田氏)。
ただ、拡張にしても新設にしても、すぐにできるものではなく5、6年の時間がかかる。その間に、地政学リスクが減退すると、一転して設備過剰になるだけに、産ガス国としても最終投資判断は難しい。
エンジニアリング会社の立場としても、足元の需要が旺盛だからと拙速に受注に走るわけにもいかない環境にある。
千代田化工が事業上、最も強い関係を結んでいる国が、世界第5位の産ガス国であるカタール。「カタールには、まだまだ埋蔵量があり、設備の拡張スペースがある。そして何と言ってもコストが安いだけに、今後も拡張余地のある国」
千代田化工は2021年2月、カタールの国営石油会社から、年産3200万トンという世界最大のLNGプラントの設計・建設業務を受注した。早くも、このプラントの拡張に向けた検討も始まっているという。
「ウクライナ危機が起きた後も、世界全体のLNG需要が急増したわけではない」と榊田氏。ロシアが生産したガスは中国などが購入し、中国向けに出荷していた産ガス国が欧州に振り向け先を変える、といった形で〝調整〟が入っているのだ。
地政学リスクがある中だが、「今回のコロナ禍、そしてウクライナ情勢を見ても、予期し得ぬことが起きるということを実感している。物価が上がって資機材価格が高騰し、エネルギー価格が上がって輸送費も高騰している。我々としては、どうやってこれらのリスクを最小化することが喫緊の課題」。
エンジニアリングの契約は、大きく「ランプサム」と「コストプラスフィー」がある。コストプラスフィーが文字通り、コストに利益を上乗せするのに対し、ランプサムは金額を固定して発注。発注側は金額を確定でき、エンジニアリング会社はコストを削減できれば利益を上積みできるが、管理がうまくいかなければ資材費、人件費などが変動するリスクもある。
業界ではランプサムが主流だが、千代田化工もこの契約形態で痛手を被ってきただけに、メインの契約はランプサムでも、不測の事態が起きた時のコスト負担など、契約書の中で細かく取り決めるといった契約上のリスク管理も重要になる。パンデミック、戦争まで念頭に置いた経営が必要になるということ。
再生計画以降の赤字案件はゼロに
この「リスク管理」は千代田化工にとって重要な課題。同社は米国で受注したLNGプラント建設の遅延によって、2019年3月期決算で2149億円の最終赤字に転落、債務超過に陥った。それに伴い、8月1日付で東証1部から2部に降格。
その千代田化工に対して、約33%を保有する筆頭株主である三菱商事が1600億円を投融資、三菱UFJ銀行が200億円の劣後ローンの融資で支援したことで債務超過を解消した。その後、社長、会長や役員など要職を三菱商事出身者が務めており、榊田氏もその1人。
再生にあたって、リスク管理を担う部署として、「戦略・リスク統合本部」を設置、本部長は三菱商事出身の長谷川文則氏が務めている。この部署を中心に、プロジェクト遂行の過程におけるリスクを見ている。
それ以前の千代田化工は、それぞれのプロジェクトのプロジェクトマネージャーの「職人芸」のような経験にリスク管理を委ねていた面がある。それを全社的に進める形に変えた。
「このやり方が全社員に徹底されてきた。リスク管理をしっかりしてこそ、いい案件となり安定収益が上がってくるという意識が浸透してきている」
これは実績が出ていることが大きい。千代田化工が再生計画をスタートして以降に受注、建設している案件で赤字は1件も出ていない。さらに今は、受注以降だけでなく、見積もりや事業可能性の検証(FS)段階からのリスク予兆から、引き渡した後の補修まで、プロジェクトのライフサイクル全体を見たリスク管理を進める。
ただ、22年3月期決算は経常利益、営業利益段階では黒字を確保していたが、過去に日揮ホールディングスとともに受注していた豪州の案件における米企業との和解に関連して特別損失を計上したことで最終赤字に。
これによって榊田氏ら経営陣は一律、報酬をカットした他、夏の賞与は経営陣、社員含めてゼロとなった。改めて全社的にリスク管理の重要性を痛感することとなった。
「脱炭素」の流れの中、LNGはどうなる?
地政学リスクはあるが、それでも世界の大きな流れは「脱炭素」に向けて動いている。LNGは石油や石炭に比べればCO2の排出量が少ないエネルギーだが、水素などが本格活用されるまでのトランジション(移行期)の資源だとする見方もある。榊田氏はLNGの今後をどう見ているのか。
「今、トランジションエネルギーの重要性が再認識されている。我々はLNGに関するビジネスをしっかり続けていく方針。ただ、そのやり方、リスクの取り方については考えていく必要がある」
LNG需要の今後については、アジア諸国での需要が伸びることを見込まれており、「一定期間は増えていくと見ている」と榊田氏。業界では2040年頃までは年平均3%程度の需要増が見込まれている。
ただ、同時に前述の脱炭素によって、水素やアンモニアといったCO2を排出しない燃料に置き換わることで、どこかで需要の伸びが頭打ちになるとも見られている。LNGを主力とする千代田化工としては、新たな事業の柱を立てる必要がある。
「22年4月には『カーボンニュートラル宣言』を出した。やはり新規事業をやっていくことが、会社の企業価値、株価を高め、投資家からの目線を変えることにつながる」
千代田化工が注力すべき分野として掲げているのが「水素」と「ライフサイエンス」。
水素は脱炭素時代の有力なエネルギー源として期待されている。ただ、これをどう輸送・貯蔵するかという大きな課題を抱えている。
この対策として、マイナス253度以下に冷却する「液化水素」を提唱する企業もあるが、専用の設備や冷却のためのエネルギーが必要。一方、千代田化工は独自技術「有機ケミカルハイドライド法」を開発。水素とトルエンを合成し、メチルシクロヘキサン(MCH)という液体にして輸送・貯蔵するという手法。MCHは常温・常圧で取り扱えるため、既存のインフラを活用できるという利点がある。
さらに、利用する際には触媒を利用して水素を取り出すが、千代田化工はこの一連の仕組みを「SPERA(スペラ)水素」と命名。21年にはブルネイで水素をMCHにして、日本に輸送する実証実験を終えた。「SPERA水素でサプライチェーンを構築できる可能性を持つことが当社の強み」と榊田氏。
今後は、これをいかに商用段階に持っていくかが問われるが、すでに商用化一歩手前まで持っていきたいという前向きな顧客も出てきている。ただ、千代田化工のみならず、水素関連事業はコストが課題。その意味で、政府による支援を得られるかもカギを握る。
もう一つの注力分野であるライフサイエンスでは、医薬分野に取り組んでいる。千代田化工は塩野義製薬からコロナワクチンの原薬工場を受注、建設している他、バイオ医薬品工場の建設なども手掛けている。
日本は、このコロナ禍にあって、自国でワクチンを製造できないという課題を抱えてきた。製薬会社の規模の違いや、産官学の技術の蓄積、治験体制などが指摘されてきたが、法整備などもあって、日本でもようやく「経済安全保障」という考え方が広がりつつある。
「パンデミック、戦争を受けて、やはり命に関わる分野は他国に頼るのではなく、自国で一定程度保有しておかなければいけないという考えが広まった。政府もそうした方針になっており、ライフサイエンスの分野でも補助金が付く案件が増えている。お客様も設備投資をしやすくなっているため、向こう数年、ライフサイエンス分野は期待できる」(榊田氏)
医薬品プラントの建設には、これまでLNGや化学プラントで培ったノウハウが生きている。「我々には化学プラントのプロセスの知識がある。それをより精密、小型化したのが医薬品プラント。技術を生かせる分野」
水素という次のエネルギー、そして医薬品などライフサイエンスという、いずれも「安全保障」に関わる分野が、千代田化工の次の成長のカギを握る。
千代田化工の経営理念は「エネルギーと環境の調和」。これをベースに「技術で世の中に貢献する会社を目指したい。そして働いている社員が、自分の技術で社会に貢献していると思える仕事ができる会社でありたい」と榊田氏は言う。
そのためには、今後ますます人材育成が重要になる。新卒採用のみならず、経験を持った人材の中途採用にも力を入れる。
「外部からの優秀な人材の獲得は重要になってくるし、当社だけでできない仕事においてはパートナーと組むことも大事」
トップを1人にして意思決定を速く
榊田氏は1958年11月秋田県生まれ。81年東京大学工学部卒業後、三菱商事入社。小学校、中学校と野球に打ち込んだが、高校では家庭の事情もあって現役で大学に合格せねばと勉強に専念。大学入学後に晴れて野球部に入部した。「4年間、合宿生活で野球に打ち込みました。『学部はどこですか? 』と聞かれたら『野球部です』と言っています(笑)」と笑顔を見せる。
三菱商事を志望したのは「体力には自信があったし、海外など、ポテンシャルの高い仕事ができそうだと感じた」から。入社後には機械部門に配属になり、特に製鉄プラントの経験が長い。
入社前に榊田氏が描いていたように、海外では様々な経験をした。20代後半で韓国の製鉄所の建設に携わり、管理業務全般を任せされた他、30代半ばには中国・宝山製鉄の案件をプロジェクトマネージャーとして手掛けた。日本との関係が微妙な両国で、様々な関係者がいる中でプロジェクトをまとめあげた。
13年から4年間はインド現地法人社長を務めた。プロジェクトの推進のみならず、インド日本商工会会長としてモディ首相を始め現地の政治家や、日本から来印する政治家との対話なども経験した。
三菱商事では13年執行役員、17年代表取締役常務執行役員まで務め、21年に千代田化工会長兼CEO(最高経営責任者)、22年4月に会長兼社長に就いたという経緯。
会長と社長を兼務していることについて榊田氏は「再生計画に目処が付き、ガバナンス体制も整ってきた。トップを1人にして意思決定を速くした方がいいと考えた」と話す。
「会社はいい方向に向かっているが、まだ財務体質が弱い。また19年3月期の赤字で東証1部から2部に降格し(現在はスタンダード市場に上場)、株主に配当もできていないのが現状。早く利益を積み上げて財務体質を強化し、早く配当できるようにしたい。そしてプライム
市場に上場しようということを社員にも訴えている」(榊田氏)
課題だったリスク管理能力の強化が進む今、あとは従来から定評のあった技術力を生かしてプロジェクトを成功させることができるかが問われる。そして「生活に欠かせない事業」を柱として確立できるかが、千代田化工の今後を大きく左右することになる。