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【創業100年】旭化成・工藤幸四郎社長は「3領域経営」のシナジーをどう出していくのか?

財界オンライン 2022年8月2日 7時0分

「『スピリット』を最も意識している」と旭化成新社長の工藤幸四郎氏。旭化成は2022年5月、創業100周年を迎えた。変革の歴史を積み重ねてきた同社だが、この4月からスタートした中期経営計画では「開拓」、「挑戦」をキーワードに掲げる。経営を支えるのは「人」。外部からのスカウトもあり、また、いったん辞めた人が入社し直すというケースもある。「出入り自由」という工藤氏の人材戦略は。

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新中計は3年間で1兆円の投資
 ─ 旭化成は2022年5月25日に創業100周年を迎えましたね。併せて、この4月からは新たな中期経営計画もスタートしました。100周年、中計にどのような思いを込めましたか。

 工藤 旭化成はお陰さまで日本国内では名前をご存じの方が多い企業になりましたから、非常に優秀な人材が入社して来てくれています。

 ただ、マテリアル・住宅・ヘルスケアの「3領域経営」を展開していて経営が安定していることもあり、社内は少し安定志向に偏っているように感じます。

 その点に、私は極めて強い危機感を持ちながら取り組んでいます。今年度から始まった新しい中計では100周年ということを踏まえて変革の意識、挑戦し続けてきた歴史をもう一度呼び起こそうと。

 中計の中では「旭化成(Asahi Kasei)魂」の〝A〟と、「アニマル(Animal)スピリット」の〝A〟をかけて、「A-Spirit」という言葉を掲げています。「もっと挑戦していこう」というように社員を鼓舞する、覚醒させる、そういうスピリットを最も意識した中計となっています。

 ─ 今回の中計では3カ年で1兆円超の投資をするそうですが、狙いを聞かせて下さい。


 工藤 前中計の投資金額は8700億円でした。今回は1兆円超ということになるわけですが、逆に言うと当社は、「1兆円の投資をするぞ」と私が申し上げることができるような財務基盤を保持しているということでもあるわけです。

 旭化成はこれまで、ありがたいことに非常に堅牢な財務基盤を維持してきました。それゆえに、有利子負債も極めて正常なレベルにあります。

 先程申し上げたように、これから何か新しいことに挑戦するためには、やはりリスクをどれだけ取っていくかということだと思います。ですから、成長投資の部分を強く意識してやっていこうと考えています。

 一方で、投資を8700億円から1兆円に増やしても、我々の財務基盤はまだ十分に健全だという冷静な判断もあります。

 加えて、我々は将来に向けて、新しい領域に出ていきたい。例えば、リチウムイオン電池に使われるセパレーター(絶縁体)の生産もまだまだ拡大したいですし、水素事業も将来に向けて、研究開発をしっかり進めていきたいという思いがあります。

 ─ 今の「3領域経営」の変革はあり得るのでしょうか。

 工藤 将来、我々の後輩達が、時代の流れの中で新しいものを生み出した時に、領域を増やしたり、あるいは絞ったりすることがあるかもしれませんが、現在の私の段階では、3領域経営を2領域にしたり、あるいは4領域にしたりといったことをする前提には立っていません。

 それぞれの領域で、成長の仕方や方向性はそれぞれ異なるとは思いますが、まだまだ成長できると確信していますから、この3領域の経営を堅牢な形で進め、健全な成長ができるようにしっかりやっていきたいと思います。

3領域間のシナジーをいかに発揮するか
 ─ 事業を担う「人」の育成、活用をどう進めていこうと。

 工藤 当社では人材を「人財」と呼びますが、この中計を進めていく上で、やはり人財を強くしていかなくてはいけません。事業が3領域ありますから、現段階でも多様な人財が活躍していますが、今後さらに多様な人財の登用を推進していきます。社内の人財をどう育成していくかということは、企業の生命線に近いくらい重要なことであり、企業は多様な人財で構成されているがゆえに強くなっていくと考えています。

 また、経営基盤の代表例として、DX(デジタルトランスフォーメーション)と知財があります。これも、人財育成とともに、当社が広い領域で事業展開していることが活きる分野です。

 幅広いデータが集まってきますし、様々なビジネスモデルの提案をすることもできます。ですから我々の経営基盤は、さらに強固になるポテンシャリティを持っていると言えます。

 ─ この3領域間の連携についてはどう考えていますか。

 工藤 ビジネスシナジーは確かに重要ですが、一方で極めて難しい課題です。

 これまで我々は、それぞれの領域を成長させることを重視してきました。そして、そのために他の領域から必要なことを学ぶ、という考え方で取り組んできました。

 ただ、ソニーグループさんがホンダさんと電気自動車(EV)で提携したように、産業間の垣根が低くなってきています。従って、事業間を越えたシナジーは、まさに時代の変革の中で非常に重要性を帯びてきています。

 例えば、我々の中には住宅という「居住空間」を扱う事業があります。一方で強化している自動車関連ビジネスにおいて、自動車の中は「車室空間」があります。

 この「空間」の快適性をいかに維持していくか、あるいは健康につながるようにしていくかを考えていくと、我々の事業間のシナジーが出てきますし、新たなビジネスチャンスも大きく出てくるだろうと。

 そしてこれは、短期というよりも、中長期テーマとして取り組んでいます。ですから投資家の皆さんには、短期で利益をどう上げていくかということと、中長期でどう成長していくかということの両側面を訴えていきたいと考えています。

専門性の高い人財を積極的に登用
 ─ 近年は、日本が進めてきた「メンバーシップ型経営」だけでなく、「ジョブ型経営」を採用する企業が出始めており、人材の流動化も進んでいます。旭化成としては、どう対応していますか。

 工藤 最近はキャリアにもいろいろあり、旭化成を辞めて他社で働いて、また入社してくる人財もいます。

 昔気質の人に話をすると「いかがなものか」という人もいますが(笑)、ただ、今は他社で働くというのは、非常に貴重な経験と言えます。

 しかも、また旭化成で働きたいと思うということは、旭化成に愛着を持っているがゆえに帰ってくるのです。そのことを前向きに捉えて、そういう社員、人財を否定せずに採用し登用していけたらと思っています。

 ─ 出入り自由だということですね。ただ、その場合には人の能力をどう評価し、報酬などでどう処遇するかという課題も出てくると思います。

 工藤 優秀な人財に対して、ある合理性を持ってしっかりした報酬を渡せているのかという課題です。

 優秀な人財をどう処遇するかという問題については、以前の旭化成であれば、なかなか処遇しづらい状況がありました。この場合の優秀な人財というのは、マネージメント人財と、専門性を持った人財とに分けられます。

 非常にマネージメント力が高い、あるいは組織を引っ張ることができる人財は、昔から自動的に出世していくわけです。そうして、徐々も大きな組織を持たせていき、そこに処遇が付いてくるのです。ですから、この分野はこれまでのやり方を、いかに進化させるかということです。

 変革すべき点として最も重要なのは、専門性の高い人財がどう処遇されているかということです。これについては「高度専門職制度」を設けて、高度専門職人財を、かなり多く登用しようとしています。

 ─ 会社の中で、これまでとは違うキャリアを歩む人達が出てきますね。

 工藤 そうです。今の若い社員は会社に入ってからの自分のキャリアプランを真剣に考えています。ですから複数の職種、職場を経験させて、上司も協力しながら、自分が進むべき道を見つけ出してもらう。

 その中で専門性を身に付けてもらって、自分はこういう分野に行く、あるいは別の分野に行くといったことを30代半ばくらいに決めていく。

 基本は、専門性の高い人財を創出していって、その中で「エキスパート」、「リードエキスパート」、「プリンシパルエキスパート」というランク付けをしています。これは今後、もう少し細分化する必要があるかもしれません。

 また、そうした人財については、素晴らしい実績を残したということで任命するにとどまらず、ミッションを与え、その成果に対して処遇するといった期待要件の部分をより重視していくことも考えています。

 いずれにせよ、トライアンドエラーを繰り返しながら、どういう人事制度、システムがいいのかを考えていきたいと思います。同時に、専門性を追求する中で、マネージメント能力が優れた人財も見出だせます。そういった人財には、本人とも相談しながら、組織の長として育てていこうと考えています。

「アセットライト」と「スピード」の関係
 ─ メーカーとしては、新製品や新たな事業を開発し、世に送り出すことが重要だと思いますが、どのような考え方で進めようと?

 工藤 事業開発、事業を世の中に出していくことについては、ニッチ分野の開発も含めて「スピード」がないといけません。特に今の時代はスピードが非常に重要です。

 そして、私はこの中計の中で「アセットライト」(資産の保有を抑えて、財務を軽くする)を掲げていますが、横に「スピード」とも書いています。アセットライトとスピードは表裏一体の関係にあります。

 自分たち個社だけではなく、アライアンスを組む、合弁を組む、あるいはライセンスを供与するといったことを、その都度戦略的に考えて、我々がやってきた事業を早く世の中に出していくと。

 アセットを重くしたり、アセットをしっかり作ると、成功すれば大きな利益が出てくるかもしれませんが、今はスピードの時代です。アセットを重くしては、とてもそのスピードについていくことはできません。

 従って、どんな選択肢にも「聖域」を設けず、考えながら、早く事業化していこうと。ですから、アセットも軽くしますし、スピードも上げていこうということです。未来形の意味でアセットライトという言葉を捉えています。

 ─ 100周年を節目とした本中計には会社を変革するという意味が込められているわけですね。

 工藤 ええ。私の座右の銘は「伝統は守るべからず、つくるべし」なのですが、その意味は非常にプロダクティブ(生産的)と言いますか、自分が主役であるということが含まれているわけです。

 自分がやらなかったら、誰がやるのかと。自分が歴史を創り、伝統を創るのではないのかと。「守る」と言ってしまったら、今までの伝統を引き継ぐだけの話になってしまう。自分で何かを創り出すというような意味合いを、そこに強く込めています。ですから自分への戒めも当然あります。

 旭化成が100周年を迎えて、まさにここで考えるべき意味合いが、その言葉の中に含まれていると思っています。

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