Infoseek 楽天

三井住友トラストHD・高倉透の「三位一体戦略」 投資家、起業家、金融機関をつなぐ資産運用

財界オンライン 2022年10月4日 7時0分

経済が混沌とする中、「どんな場面が来たとしても収益が上げられるようにリスクをコントロールしていく」と話すのは、三井住友トラスト・ホールディングス社長の高倉透氏。株式、為替の下落などもあるが、潜在的に企業、個人の投資ニーズは強い。それをいかに掘り起こしていくかが、信託銀行に求められる役割でもある。メガバンクグループの信託銀行と一味ちがう戦略と、その運用哲学とは。

米大手ファンドと提携し資産運用を強化
「今の状況は先行き不透明、不確実そのもの。先のことを申し上げるのが難しい状態」と厳しい表情を見せるのは、三井住友トラスト・ホールディングス社長の高倉透氏。

【あわせて読みたい】三井住友トラストが日本の投資家に「未公開株投資」提供、米ファンドと提携

 ロシアによるウクライナ侵攻、さらには米国の金融引き締めを受けて、株価は下落傾向、為替はドル高円安という状況になるなど、世界の経済環境は混沌とした状況が続く。

「様々な情報を収集し、社内外の人達と話す中でヒントを得て、どんな場面が来たとしても収益が上げられるようにリスクをコントロールしながら取り組んでいる」と高倉氏。

 メガバンクグループを始めとした商業銀行であれば、貸倒引当金など与信関係費用の増加などがリスクになるが、信託銀行グループである三井住友トラストHDは構造が異なる。

 同社の貸出金残高は足元で約30兆円。大まかに言って、そのうち約10兆円が住宅ローン、約20兆円が法人向け与信。法人向け与信のうち約6兆円が「プロダクト関連」といって投資性のもの、約14兆円が大企業中心の貸出という内訳。

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、業績が悪化した中小企業の資金繰り確保に向けて政府が導入した「実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)」は2022年9月末で終了する他、ウクライナ危機に関連してサプライチェーンに悪影響を受け、その見直しを必要とする企業も出ている。その意味で、メガバンク、地方銀行には今後、この影響が強く出る可能性が高い。

 三井住友トラストHD傘下の三井住友信託銀行も、大企業の貸出部分で影響を受ける可能性はあるが「レジリエンス(回復力、しなやかさ)があるお取引先が多いので、影響が出るとしたら商業銀行さんの少し後ではないか」(高倉氏)と見ている。

 もう一つ、注目されるのが資産運用。グループの三井住友トラスト・アセットマネジメントと日興アセットマネジメント合算で、運用資産残高が約120兆円、資産管理残高は約240兆円と、グループでアジアトップクラスの規模。

 主な投資家としては公的共済や企業年金がいる。不確実性の高い時期だが「こうした投資家の方々は基本的に国内外の資産に分散投資をしているが、最近では『オルタナティブアセット』もかつて以上にウエイトが高まっている」。投資対象に従来型の資産と違う値動きをするオルタナティブアセットを組み入れることで、リスクを分散するという考え方。

 投資家のポートフォリオを確認し、そのリスク許容度に応じた商品、サービスの提供を行っているが、そこで培った知見を、個人の領域の「ファンドラップ」組成にも役立てている。

 機関投資家、個人どちらに提供する商品でも、どういった資産配分にするかが、運用の巧拙にかかわる部分。グループの2社はこの10年で運用資産残高が倍に増加しており、これは投資家からの評価の表れと言ってもいいかもしれない。

 2022年7月7日には、米国の大手投資ファンド・アポロ・グローバル・マネジメントとの資産運用での提携を発表した。三井住友信託銀行を通じて、アポロが運営するファンドに15億ドル(約2000億円)を投資する。

 投資家としての立場からは「アポロさんのファンドに入っている分野には投資してきており、これまでの知見で目利きができる。さらに、新しい分野も入ってくることで、知見が磨き上げられる」。

 さらに、資産運用・資産管理の面では、アポロとの提携・投資関係から、様々な知見を蓄積した上で、数年後には日本で個人や機関投資家向けの「未上場企業投資」の商品を提供することを目指す。

 さらに、こうした未上場企業投資では、流動性が低く、最低投資単位が大きいという課題もある。「こうした商品は小口化すればするほど流動性の付け方に工夫をする必要があるが、今も工夫をし続けて、お客様に未上場企業投資商品などを提供しており、さらに知恵を絞ればできる。個人の方に提供していくための流れはすでにできていると考えている」と高倉氏。

 この取り組みで従来の株式や投資信託に加えて、個人・企業に「未上場企業投資」という新たな投資の選択肢を提供することができるかが問われている。

 日本の個人金融資産は2000兆円を越えるが、未だに大半が預貯金として滞留している。政府や金融業界は「貯蓄から資産形成へ」と訴えてきたが道半ば。しかも、近年は日本でも「未上場企業投資」を手掛ける企業が増えてきたとはいえ、緒に就いたばかりと言っていい。

「投資をしなければ将来の果実はないということははっきりしている。例えば今、カーボンニュートラルに向けて、グリーンな社会をつくろうとしているが、日本に投資しなければ実現しない。投資するかしないかが、社会に大きな影響を与える局面になっている」(高倉氏)

 リスクを取って投資することが求められているということ。その観点で言えば、日本ではなかなかベンチャー企業が育たないという課題もある。今後、リスクを取って挑戦する起業家に資金が回る仕組みづくりをしていくことも必要。

「これは意識してつくっていく必要がある。我々は、技術を持つスタートアップの方々が社会実装していく過程で、その企業の成長を、どうサポートするかということにエネルギーを使っている」

 今、技術を持つ地方の国立大学、その地域の地方銀行などと連携して、ベンチャー企業の支援や、社会課題を解決する取り組みのためのリスクマネー供給、資金循環の仕組みづくり「地域エコシステム」の構築に取り組んでいる。

 ベンチャー企業に資金を供給する存在としてはベンチャーキャピタルなどがあるが、投資対象企業に上場してもらって、そのリターンを得なければ事業が回っていかないという現実もあり、企業規模が小さい状態で上場させてしまう事例も多い。

 三井住友トラストの取り組みでは、中長期の資金が企業に供給される流れをつくることができるかが問われている。

 
全社員を対象にした「株式報酬制度」を検討
 日本では、どうしても個人と投資の距離が遠いという課題がある。「貯蓄から資産形成へ」が進んでこなかったのも、リスクを避けて、元本が保証される銀行預金に資金を眠らせてきたことが大きい。それをどう身近なものにしていくか。

 そんな中、三井住友トラストでは今、全社員を対象とする「株式報酬制度」の導入を検討している。その狙いは何か。

「今、我々は資本市場の好循環の実現を目指して取り組んでいる。そのためには投資家の裾野を広げていくことも大事。我々の社員は投資へのご理解を深めてもらいながら、新たな投資家を生み出す活動をしているが、そのためにも社員にはトップレベルの投資教育を身につけてもらう必要がある」

 これまで以上に社員に投資の知見を深めてもらうと同時に、株主として、会社の向かっている方向を理解した上で仕事にあたってもらいたいという狙いを持っている。三井住友トラスト株の配当利回りは4%台後半のため、社員自身のポートフォリオ上もプラス効果が見込める。

 その意味で今後さらに、金融教育の重要性が増している。三井住友トラストは確定拠出年金の活動を通じて、「投資教育をやればやるほど、投資に踏み出す方が多いことを実感している」。

 さらに今、「人生100年時代」と言われる中で、相続などを含めて次世代にいかに資産を継承していくかが大きな課題。これはまさに信託銀行の仕事だが、ここにも投資の観点が必要になってきている。

「以前は70歳くらいで資産の多くを換金して、遺言を作成して誰にいくら遺すかを決めておられた。しかし今は、70歳から20年間生きられる可能性があるということで、ある程度運用しながら増やしていかないと、生活やレジャーを楽しむだけの資金が得られない」

 そのため、ある程度の年齢になっても運用の継続を希望する顧客が多くなっている。ただ、その過程で認知症などになるリスクもあるため、家族が代わりに運用したり、資金を引き出すことができるようにしたいといった相談が増えているのだ。信託銀行が役割を発揮すべき局面になっているということ。

 
信託100年改めて原点を見つめ直して
 22年は高倉氏にとって社長就任2年目であると同時に、三井住友トラストの中期経営計画の最終年度でもある。

 高倉氏の就任の前年、中計初年度はコロナ禍に見舞われ、当初見込んだ業績には及ばなかった。高倉氏が就任した年もコロナ影響による不透明感は残っていたため、慎重な滑り出しとなった。

 ただ、就任した年の上半期段階で「コロナの影響はあるが、ビジネス自体は中計で達成しようとしていることができるのではないか」という手応えを得ることができたと振り返る。実際、その下半期で、中計を達成できるくらいの実績を上げた。

 この要因は業績数字では見えないところにあったというのが高倉氏の実感。中計策定と同時に、同社は「信託の力で新たな価値を創造し、お客様や社会の豊かな未来を開かせる」という「パーパス」(存在意義)を定めたことが大きかったという。

 高倉氏と、三井住友信託銀行社長の大山一也氏とで、このパーパスの浸透活動に注力した。同時に組織も見直した。これまで事業ごとに資産運用・資産管理を行っていたものを、全社横断で行う形に変えた。

 昨年の上半期の終わりくらいから、次期中計も睨みながら、経営陣で2030年、それ以降に会社をどんな姿にしていきたいか?という議論をしてきた。

 次期中計はどういったものになっていくのか。「大きな姿は、今の中計で進んでいる方向。例えば資産運用・資産管理はこの10年で倍くらいの規模になっており、次の10年でも倍以上の規模にしていきたい。そのために有効なバランスシートの使い方をしていく」

 2022年は、1922年(大正11年)の信託法・信託業法制定から100年という節目の年でもある。

「信託は歴史的に、社会課題を解決し、同時に経済価値を生み出してきた。次の世紀に入っても時代時代に合った商品、サービスを考えて提供し続ける」

 その歴史の中では、戦後の高度経済成長が終わった後、日本国内で大きな投資が行われない時代もあったが、その中でも「人の知恵」で新たなサービスを生み出し、生き残ってきた。

 今は前述のようにカーボンニュートラルという、日本国内で投資しなければ達成できない目標がある。「さらに新しいアイデアを出していくタイミングだと考えている」

 

専業信託銀行グループであり続けることの意味
 三井住友トラストは、今や国内で唯一の専業信託銀行グループ。3メガバンク、りそなホールディングスとともに「5大銀行グループ」とも呼ばれる。

 同じく大手の三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行は、メガバンクグループの中で融資機能を商業銀行に寄せ、信託の機能発揮に特化した存在となっている。こうした状況の中で、独立系であることの意味をどう考えているのか。

「我々にとって、投資家、事業者ともにお客様。その間には資本市場があり、その中で資産運用・資産管理を旗印にして、様々な局面で商品、サービスを提供するという生き方をしてきた。投資家、受益者のお役に立って、初めて我々は利益を上げることができ、株主への配当もできる。この順番で物事を考えることができるのは専業だからだと思う」

 メガバンクグループの中では、どうしてもグループ全体の方針があり、それに信託銀行の事業が合致するかが問われる面が大きい。独立系だからこそ、信託銀行としての本来の役割が果たせるというのが高倉氏の考え。

「フィデューシャリー(受託者)としてのデューティー(本分)を果たすことで社会のお役に立つのが我々の使命」

 その意味で今後、ますます経済が混沌とする中で日本が成長していくためにも、投資家、起業家、金融機関を「三位一体」でつなげる存在である信託銀行の機能がより一層求められることになる。節目を迎えた三井住友トラストが果たすべき役割は重い。

この記事の関連ニュース