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三井化学・淡輪敏会長に直撃!「当社の強みは技術。それを生かした機能製品にシフトして、収益の安定性を高めていく」

財界オンライン 2022年10月8日 11時30分

「経済安全保障を意識した上で経営を行っていく必要がある」と話すのは、三井化学会長の淡輪敏氏。新型コロナウイルス禍、ウクライナ危機で日本の産業界のサプライチェーンはマイナス影響を受けた。化学業界も生活必需品の供給が逼迫する場面もあった。ただ「地政学リスクは急に出てきたものではない」と淡輪氏。三井化学では徐々に、その備えを進めてきた。日本には、石化再編などの課題はあるものの「技術を生かした機能製品」で他社と差別化していく考えだ。
新型コロナウイルス禍、ウクライナ危機で受けたマイナス影響

 ─ この2年余りのコロナ禍は化学産業にも大きな影響を与えたと思いますが、どう総括されますか。

 淡輪 新型コロナウイルスによって一時、全需要が大きく落ちて、化学業界も強いダウンサイドの風を受けました。それがやっと戻りつつあるという段階で、今度はウクライナ危機が起きたということで、非常に大きな変化が連続して起きたということだろうと思います。

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 特にウクライナ危機の全体的な影響として、エネルギー価格の高騰、ひいては、それ以前から起こっていた物流価格の上昇に拍車がかかり、コスト上昇が一挙に来たというのが非常に大きなインパクトです。

 ─ 三井化学自身が受けた影響は?

 淡輪 例えば当社はウクライナやロシアに製造拠点は持っていませんが、歯科材料などはロシア向けに売り上げがあり、マイナスのインパクトがありました。また、ロシア産の石炭を使用している工場もありましたから、他国品に切り替えたことでコストが上昇しました。

 また、化学品の部分で言えば、象徴的なのはアンモニアです。アンモニアは工業材料、肥料、塗料など幅広い分野で使われますが、ウクライナ、ロシア、欧州諸国も生産国でした。

 アンモニアの原料である天然ガスが十分に流通しなくなったところに民生用が優先されて工業原料としての優先度が下がり、汎用品を作る余裕がなくなって一挙にタイト化しました。

 ─ アンモニアは環境問題からも重要な存在になっていますね。

 淡輪 そうですね。さらにアンモニアを原料にして生産する製品として尿素水がありますが、これを使用してディーゼルエンジンのNOx(窒素酸化物)除去に使用する製品に「アドブルー」があります。

 当社は、このアドブルーのトップサプライヤーですが、今、国内のディーゼルエンジンを搭載しているトラックは、アドブルーが入らないと走らないようなシステムになっており、なくてはならない製品です。この供給が逼迫して、それこそ大騒ぎになりました。

 我々だけでなく、複数供給者がいる製品ではありますが、中国産の尿素をベースに生産している企業もおられたので、中国から尿素が入ってこなくなった途端に一挙に逼迫したわけです。

 ─ 安全保障の問題が、素材の流通を直撃したと。

 淡輪 はい。新型コロナ禍でもマスクの供給が逼迫したことがありましたよね。当社も原料を生産しており影響を受けましたが、「経済安全保障」の観点から、自国である程度の生産量をキープしておかないと、サプライチェーンが寸断されると、非常に大きな影響が及びます。

 ─ 改めて、この経済安全保障は難しい問題ですが、どう捉えていますか。

 淡輪 今まではサプライチェーンがしっかり構築できていれば、経済合理性が追求できると思われていました。それが経済安全保障という観点が入ってくると、通らなくなりました。

 例えば、マスクの時には原材料の国産比率が20%しかありませんでしたから、中国がマスクの供給を止めた途端にパニックになりました。
 必須の製品に関しては、ある程度国内に生産体制を持っておかなければなりません。単なるコスト、経済合理性だけでサプライチェーンをつくっていると、危機時にこういう事態になるという一つの教訓だと思います。

 ─ 三井化学としては、対応する部署などはつくっているんですか。

 淡輪 専門部署は設けていませんが、逆に言うと、マスク問題含めて国の問題ですから、企業の論理だけでなく、その方針にしっかり沿っていくことが大事です。そしてこの問題が一過性で終わらないように、きちんと考えておくことが必要です。

 これまでは、どうしても一過性で終わってしまうことが多かったですね。マスク問題も「喉元過ぎれば」の話で、潤沢に行き渡ったことで切迫感がなくなっています。今こそ、国産比率を最低どの程度にするか、といった議論をしていく必要があると思います。

 ─ 国内で生産するとどうしてもコスト高の問題がつきまといます。どう考えますか。

 淡輪 先程のアンモニアにしても、少し前までは「オールドケミストリー」と言われたほどで、各社どんどん生産をやめていました。しかし、今回の様々な問題を引き金にして、やはり経済安全保障の観点で、国内にはある程度の生産拠点がないと困るという話になってきました。

 一方でコストの問題では、当社においてアンモニアは天然ガス価格をベースに製造しているため、これが上昇すると、転嫁できなければ成り立ちません。ですから、製品価格に転嫁する必要があります。

 また、欧米を中心に世界的にインフレ傾向にある中で、製品の価格転嫁ができるかどうかで、その事業の強弱がはっきりしてきます。


2050年の脱炭素に向けて

 ─ 会長の立場で、グループ内にはどういう言葉で意識の変革を促していますか。

 淡輪 地政学リスクはウクライナ危機で急に飛び出してきたわけではなく、米中貿易摩擦問題から起きたものです。特に、米中摩擦の最初は、例えば日本でつくった製品でも、米国に輸出する場合には原料の原産地証明が必要になるなど、サプライチェーンが非常に制約を受けました。

 我々は当時から少しずつ、そうした意識で動いてきましたから、今回の事態で、さらに分断が進むという前提で何を考えてくか。そうした意識が必要だということです。

 ─ 何が起きるかわからないという覚悟が求められると。

 淡輪 ええ。経済安全保障の問題、東西分断が今後さらに進むとなれば、それも含めて考えておく必要があります。

 ─ 三井化学も相当グローバルに事業が広がってきていると思いますが、現状は?

 淡輪 13年にドイツのHeraeus Holdingsから、同社の歯科材料事業(現在のKulzer社)を買収したことで一挙に拡大し、現在世界50数カ国にネットワークを持っています。三井化学グループ全体で海外売上高比率は22年3月末時点で47・8%です。

 ─ 2050年の脱炭素は産業界、世界全体の共通目標ですが、今後の道筋を聞かせて下さい。

 淡輪 起点が13年ですが、GHG排出量が615万トンでした。これを19年に様々な積み重ねで506万トンまで減らしてきました。2030年には40%減の375万トン、2050年には80%以上削減していきたいと考えています。

 自社でできる部分はしっかりやっていくということですが、ある線を超えると個社では対応し切れないことが必ず出てきます。ですから、そこでは例えば地域連携など、共通での取り組みが必要になると思います。

 ─ そうした取り組みの事例は出ていますか。

 淡輪 共通で取り組んでいると同時に、政府の支援もいただいている事業はアンモニアの燃料化です。技術的にクリアすべき課題は結構ありますが、我々は水素以上に実現性が高いと見ています。

 それは、水素がマイナス240度に冷凍したものを扱うのに対し、アンモニアはマイナス50数度と、ハンドリングに温度差があることが大きい。今後、燃焼効率や、エチレンクラッカーでどこまで使えるかといった実証を進めていきます。

 他にもバイオマスナフサがあります。21年12月から、大阪工場のナフサクラッカーに、日本で初めてバイオマスナフサの投入を開始しました。フェノールなどの化学品や、ポリプロピレンなどのプラスチックのバイオマス化を進めています。


石化再編をどう考える?

 ─ エチレンセンターの再編は古くて新しい課題ですが、日本の石化産業の今後も含めて、どう考えますか。

 淡輪 先程の経済安全保障とも絡んで、産業のベースとなるものは、ある程度競争力のある形で残していかなければいけないという問題は別にあります。
 ただ、個社によってエチレンクラッカーの位置づけが違いますから、これを十把一絡げにして「多過ぎるから減らそう」という単純な形では済みません。

 当社は付加価値の高い分野まで誘導品を展開していき、全体のバリューチェーンでしっかりとした利益が出るような形にしていくというのが基本的な考え方ですが、そうではない企業もいらっしゃいます。各社、生い立ちと発想が違うとあり方が違ってきます。

 ─ 一纏めにしての議論は難しいと。

 淡輪 そうです。これまでエチレン能力が過剰だという議論の中で、三菱ケミカルの鹿島で2基を1基に、三菱ケミカルと旭化成の水島で、やはり2基を1基にしています。

 また、千葉では丸善石油化学、住友化学、当社の合弁だった京葉エチレンは、当社が合弁から離脱し、住友化学が自社のクラッカーを止めて京葉エチレンからの調達に切り替えるという改革を行っています。
 ただ、今後は、どういう方法を取るか。千葉地区などは近接したクラッカーがありますので、地域連携としてカーボンニュートラルを含め議論が比較的しやすいという面はあります。

 また、エチレンクラッカーは稼働率が落ちると効率が大きく下がります。この効率を維持するという考え方も非常に大事です。他社も取り組んでいますが、当社も圧縮機の改善によって、70%まで稼働率が落ちても、生産効率が落ちないように設備投資を行っています。こうした個別の努力も、今後さらに必要になってくると思います。


自社の強みをどう生かしていくか?

 ─ これまで機能性材料の開発にも取り組んできましたが、どういう成果が出ていますか。

 淡輪 私が社長に就任した時は非常に厳しい状況で、事業ポートフォリオ転換に取り組み、ヘルスケア、モビリティ、フード&パッケージングの3領域に経営資源を投入し、利益ウエイトを上げていくというコンセプトで取り組みました。今、橋本社長も2030年までの長期経営計画の中に織り込んで、それを具体化していくための投資も積極的に行っています。

 その成果は着実に出ています。06年の営業利益917億円を起点にしていますが、そこに占める3領域の利益は、当時34%でした。20年の営業利益は851億円でしたが、3領域の占める割合が79%まで来ていて、25年には2000億円という営業利益目標の中で、そこに占める割合を86%にすることをターゲットに置いています。

 機能製品にしっかりシフトして、業績安定性を高めていくというのが基本方針です。

 ─ 三井化学が持つ強みは何だと考えますか。

 淡輪 強みという部分では、やはり技術にあると思います。有機合成、精密合成技術をベースにした農薬、アミノ酸系の製品、レンズモノマーなどがありますし、ポリマー技術をベースにした世界的にユニークな機能樹脂を多く持っています。その品揃えが他社との差をつくることができる要因になっていると思っています。

 ─ 化学産業には今後も可能性がありそうですね。

 淡輪 そう思っています。非常に裾野が広い産業です。よく、日本の化学は小粒で、世界有数の企業に規模で見劣りすると言われ、だからこそ再編が必要なのだという議論もあります。

 そのことは、私もこれまでかなり検討をしてきましたからわかっていますが、規模が必要な事業と、そうでない事業とがあるはずです。やはり基礎的な部分は、ある規模がないと効率を追いかけられず、ダイナミックに展開できないという面があります。

 そうではなく、当社が強みを持つ機能性の製品群など特殊な素材は規模とは関係ありません。世界唯一の製品になりますから、そうした自分達の強みと、研究開発を継続しながら、それをいかに拡大、発展させていくかという視点で見ていくことが非常に大事だと思っています。

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