「ソニーに飲み込まれる」とのOBの声もあるが、「この川を渡らねば…」という現経営陣の危機感─。米テスラなどが続々と電気自動車(EV)を展開する中、ホンダがソニーグループと折半出資するEV新会社の「ソニー・ホンダモビリティ」を発足させた。同社は既存の自動車メーカーとは全く異なる考え方で全く違うEVを開発する。ホンダの狙いとは?
【トヨタ】がEVを生産再開へ 日産やベンツが攻勢をかける
先端技術を取り入れた 高価格帯EV
「(EV発売後の)10年といった期間で見ればリカーリング(継続課金)が貢献する仕掛けになる」─。このように見通しを語るのはソニー・ホンダモビリティ会長兼CEOの水野泰秀氏(ホンダ専務執行役員)だ。
9月末に設立された同社が果たす役割は大きい。ホンダにとっては自動車業界の産業秩序を大きく変える電動化に対応すると共に、その電動化が自動車業界のビジネスモデルを根本から覆す可能性が高いからだ。
新会社は2025年前半に第1弾のEVの先行受注を開始すると表明した。先端技術を取り入れた高価格帯EVとし、クラウドシステムとつながって様々なサービスを提供。納入は26年春から北米で始め、日本は同年後半からを計画する。また、欧州での販売も検討する。
新型EVは一定の条件下で運転操作が不要となる「レベル3」相当の自動運転機能を搭載する。この結果、運転者による運転への集中が軽減されることになり、利用者個人に合わせた車室環境を実現できる。例えばクラウド経由で映像や音楽、ゲームなどのコンテンツを提供する形だ。「モビリティ向けのエンタテインメントの新ジャンルを開拓したい」と社長兼COOの川西泉氏(ソニーグループ常務)は強調する。
両社の組み合わせについて「会社の成り立ちや経営思想、新しいものづくりの展開など共通する点が多い」(アナリスト)と評価する声が上がる。実際、自動運転ではソニーが得意な「イメージセンサー」を用い、車内コンテンツもソニーのノウハウを活用できる。一方でホンダはクルマの生産という点で生産拠点やクルマに求められる安全性を提供することができる。
ただ、ホンダ社長の三部敏宏氏の危機感は大きいようだ。ものづくりの競争力が問われてきたこれまでは、自動車メーカーが部品や素材などを手掛ける部品メーカーを従えるピラミッド型の産業構造で世界の競合他社と勝負ができた。しかしこれからは、これが通用しなくなる。
「〝井の中の蛙〟では生きていけない」─。昨今、三部氏は社内でこう発破をかけているという。自動車の電動化に伴ってクルマの付加価値はソフトに重きが置かれるようになる。水野氏も「高付加価値型の商品やサービスの提供、顧客との新しい関係構築にチャレンジし、ソフトウエア技術を中心としたモビリティテックカンパニーを目指す」と方針を示すのはそのため。それだけ危機感は大きい。
自動車業界では「鉄の塊からソフトウエアの塊になる」という声がよく聞かれる。実際、独フォルクスワーゲンは自動車の市場規模は現在の約260兆円から30年には約650兆円へと拡大するが、そのうちソフトウエアとサービスが約156兆円を占めると予測している。
これはホンダのみならず、他の自動車メーカーにとっても収益構造がガラリと変貌することを意味する。そこでソニーと手を組むことのメリットが出てくる。車両生産や部品調達はホンダの既存の供給網で対応することはできるが、「ソフトウエアでは、ほとんどノウハウはない」(関係者)からだ。
量産EVとは一線を画す
別の関係者によると、新会社にはホンダのみならず、日産自動車やSUBARUといった他メーカーの技術者が転籍しているという。そういった他社の知見に加えて、ソニーが持つパートナーやクリエイターとの関係やノウハウを取り入れることによって「垂直(統合)と水平(分業)のビジネスモデルが混ざる形」(水野氏)を見込む。
販売形態も変える。現行の自動車ディーラーによるリアルな店舗での販売ではなく、米EV大手のテスラのように店舗網を持たないオンラインが中心となる。そのため、車両メンテナンスを担うサービスショップなどの展開も検討する。
この新会社はホンダの40年に世界販売の100%をEVとFCV(燃料電池車)にする電動化目標とは「全く別物」(関係者)となる。新会社のEVは量産することで利益を出す自動車メーカーのEV戦略とは一線を画す形。エンタメの強みを打ち出しながらスマートフォンのようにソフト更新で稼ぐクルマが新会社のEVとなるわけだ。
ただ、新会社のEVが登場するのは3年後。テスラは直近の3年間でEVの世界販売台数を36・7万台(19年)から93・6万台(21年)にまで伸ばした。足元ではBYDなどの中国のEVもシェアを伸ばし、台湾の鴻海精密工業がEVの受託生産に乗り出し、中国ネット大手のアリババ集団も高級EV開発会社を立ち上げ。さらには米アップルによるEV参入も依然として取り沙汰されている。
そんな中、ホンダは前社長の八郷隆弘氏が〝聖域〟と呼ばれていた研究開発子会社を中心に開発体制を再編。工場の閉鎖や派生車種の削減をし、F1からも撤退するなど構造改革に取り組んだ。一時は1%台に沈んでいた営業利益率を2%台へと向上させるための地ならしをして三部氏にバトンを渡した。
そして三部体制になって「独立路線」を歩んできたホンダは米GMや米グーグルなど提携戦略を次々と打ち出している。ソニーとの新会社設立でも一部のOBからは確かに「ソニーの下請けになってしまった」という声も聞かれたが、「多様性を推進しないという選択肢はない」と覚悟を示す三部氏。
ホンダは身を削ってでも進路を切り拓かないと生き残れないという緊張感の真っ只中にいる。それだけに、電動化という荒波を漕ぎ抜けることができるかどうか。新会社がその命運を握っている。
【トヨタ】がEVを生産再開へ 日産やベンツが攻勢をかける
先端技術を取り入れた 高価格帯EV
「(EV発売後の)10年といった期間で見ればリカーリング(継続課金)が貢献する仕掛けになる」─。このように見通しを語るのはソニー・ホンダモビリティ会長兼CEOの水野泰秀氏(ホンダ専務執行役員)だ。
9月末に設立された同社が果たす役割は大きい。ホンダにとっては自動車業界の産業秩序を大きく変える電動化に対応すると共に、その電動化が自動車業界のビジネスモデルを根本から覆す可能性が高いからだ。
新会社は2025年前半に第1弾のEVの先行受注を開始すると表明した。先端技術を取り入れた高価格帯EVとし、クラウドシステムとつながって様々なサービスを提供。納入は26年春から北米で始め、日本は同年後半からを計画する。また、欧州での販売も検討する。
新型EVは一定の条件下で運転操作が不要となる「レベル3」相当の自動運転機能を搭載する。この結果、運転者による運転への集中が軽減されることになり、利用者個人に合わせた車室環境を実現できる。例えばクラウド経由で映像や音楽、ゲームなどのコンテンツを提供する形だ。「モビリティ向けのエンタテインメントの新ジャンルを開拓したい」と社長兼COOの川西泉氏(ソニーグループ常務)は強調する。
両社の組み合わせについて「会社の成り立ちや経営思想、新しいものづくりの展開など共通する点が多い」(アナリスト)と評価する声が上がる。実際、自動運転ではソニーが得意な「イメージセンサー」を用い、車内コンテンツもソニーのノウハウを活用できる。一方でホンダはクルマの生産という点で生産拠点やクルマに求められる安全性を提供することができる。
ただ、ホンダ社長の三部敏宏氏の危機感は大きいようだ。ものづくりの競争力が問われてきたこれまでは、自動車メーカーが部品や素材などを手掛ける部品メーカーを従えるピラミッド型の産業構造で世界の競合他社と勝負ができた。しかしこれからは、これが通用しなくなる。
「〝井の中の蛙〟では生きていけない」─。昨今、三部氏は社内でこう発破をかけているという。自動車の電動化に伴ってクルマの付加価値はソフトに重きが置かれるようになる。水野氏も「高付加価値型の商品やサービスの提供、顧客との新しい関係構築にチャレンジし、ソフトウエア技術を中心としたモビリティテックカンパニーを目指す」と方針を示すのはそのため。それだけ危機感は大きい。
自動車業界では「鉄の塊からソフトウエアの塊になる」という声がよく聞かれる。実際、独フォルクスワーゲンは自動車の市場規模は現在の約260兆円から30年には約650兆円へと拡大するが、そのうちソフトウエアとサービスが約156兆円を占めると予測している。
これはホンダのみならず、他の自動車メーカーにとっても収益構造がガラリと変貌することを意味する。そこでソニーと手を組むことのメリットが出てくる。車両生産や部品調達はホンダの既存の供給網で対応することはできるが、「ソフトウエアでは、ほとんどノウハウはない」(関係者)からだ。
量産EVとは一線を画す
別の関係者によると、新会社にはホンダのみならず、日産自動車やSUBARUといった他メーカーの技術者が転籍しているという。そういった他社の知見に加えて、ソニーが持つパートナーやクリエイターとの関係やノウハウを取り入れることによって「垂直(統合)と水平(分業)のビジネスモデルが混ざる形」(水野氏)を見込む。
販売形態も変える。現行の自動車ディーラーによるリアルな店舗での販売ではなく、米EV大手のテスラのように店舗網を持たないオンラインが中心となる。そのため、車両メンテナンスを担うサービスショップなどの展開も検討する。
この新会社はホンダの40年に世界販売の100%をEVとFCV(燃料電池車)にする電動化目標とは「全く別物」(関係者)となる。新会社のEVは量産することで利益を出す自動車メーカーのEV戦略とは一線を画す形。エンタメの強みを打ち出しながらスマートフォンのようにソフト更新で稼ぐクルマが新会社のEVとなるわけだ。
ただ、新会社のEVが登場するのは3年後。テスラは直近の3年間でEVの世界販売台数を36・7万台(19年)から93・6万台(21年)にまで伸ばした。足元ではBYDなどの中国のEVもシェアを伸ばし、台湾の鴻海精密工業がEVの受託生産に乗り出し、中国ネット大手のアリババ集団も高級EV開発会社を立ち上げ。さらには米アップルによるEV参入も依然として取り沙汰されている。
そんな中、ホンダは前社長の八郷隆弘氏が〝聖域〟と呼ばれていた研究開発子会社を中心に開発体制を再編。工場の閉鎖や派生車種の削減をし、F1からも撤退するなど構造改革に取り組んだ。一時は1%台に沈んでいた営業利益率を2%台へと向上させるための地ならしをして三部氏にバトンを渡した。
そして三部体制になって「独立路線」を歩んできたホンダは米GMや米グーグルなど提携戦略を次々と打ち出している。ソニーとの新会社設立でも一部のOBからは確かに「ソニーの下請けになってしまった」という声も聞かれたが、「多様性を推進しないという選択肢はない」と覚悟を示す三部氏。
ホンダは身を削ってでも進路を切り拓かないと生き残れないという緊張感の真っ只中にいる。それだけに、電動化という荒波を漕ぎ抜けることができるかどうか。新会社がその命運を握っている。