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 【病院も連携する時代へ】日本海総合病院・島貫隆夫病院長「当院の医療DXはあるものを使っただけ。他の地域でも医療改革はできる」

財界オンライン 2023年1月1日 15時0分

自治体病院同士の合併の成功事例として稀有な存在の山形県酒田市にある日本海総合病院。ここでは既に医師の医師記録や患者の情報を地域で共有できる仕組みが整備されている。院長の島貫隆夫氏は「オンライン資格確認はこれから始まる医療DXのインフラであり、基盤になる」と強調。病院の連携のみならず、システムなどの基盤も整備することが今後の医療財政の健全化には欠かせない。

【自治体病院同士の合併】日本海総合病院・島貫隆夫病院長「病院経営が黒字になって新しい医療機器も買える。スタッフのやる気が一気に高まりました」

医師診療録を全部開示
 ─ 日本海総合病院が参加する山形県・酒田市病院機構は医師記録を共有できる連携システム「ちょうかいネット」を構築し、その後の医療現場の効率化につなげましたね。

 島貫 そうですね。これを主導したのが山形県・酒田市病院機構理事長の栗谷義樹でした。当院は2011年から「ちょうかいネット」をスタートしたのですが、そのときは公開する情報を小出しにしませんでした。最初からドクターの医師記録や診療録を全部開示したのです。

 これが当院の最大の特長だと思います。これが他の地域でもできるかどうかが成功のカギを握ります。医師記録を見せることなどドクターからすれば手の内を全て見せることになりますからね。ただ、ドクター同士が連携することによって患者様が喜ぶことは間違いありません。

 ─ 患者は自分の病歴や処方された薬なども全て医師が把握してくれるから安心ですね。

 島貫 その通りです。当院は酒田や鶴岡などの庄内二次医療圏に属しているのですが、さらに患者様の医療圏を越えた受療というものがあるのです。そういった圏境を越えた受療に対応するため、山形県では全域でシステムをつなぎましょうということで19年に県全体の広域連携を実現しました。そのときの段階で診療録を開示している病院がだいたい7割ぐらいでした。

 通常、診療録を開示すれば訴訟を起こされるリスクがあると考えるドクターもいるのでしょう。ただ、仮に訴訟が起きれば裁判所が診療録のカルテの開示請求を出します。結局は全部出さなくてはいけない。そうであるならば最初からオープンにした方が良いのではないかなと率直に思います。実際、オープンにして訴訟が起きたり、不利益を被ったことはありません。

 ─ 三人寄れば文殊の知恵と言いますから、医師の連携で新たな知恵も生まれますね。

 島貫 私もそう思います。例えば私は心臓血管外科医ですが、他の病院から感染性心内膜炎(心臓の中にばい菌がつく病気)の患者様がいらした場合、これはいつから発症したのかと調べる際、診療録や超音波の画像などから推測したりすることができます。そして、どうも3カ月前あたりから兆候が出ていると分かったりします。

 その兆候を見落としたドクターを批判するわけではなく、それなりの戦略を考えながら治療してきたわけですから、そういったドクターの過去の戦略を踏まえて自分の戦略を立てるといったこともできるのです。こればかりは、検査値と画像だけを開示しても分かりません。

二次医療圏同士の連携も
 ─ 医療の質を高めることにもつながりますね。

 島貫 ええ。カルテはドクターのものではなく患者様のものです。栗谷は「医師記録を開示しなかったら、この取り組みを行う意味がない。何かあったら自分が責任をとる」とまで言ってくれるので心強いですね(笑)。

 そして、この取り組みの中で重要なことはドクターの意識改革が進むと、患者様の意識改革も進んでくることです。患者様自身も医療に対して自ら参加することになると思います。今後、電子処方箋などが始まれば、ますます患者様が自分のデータや薬の内容、検査結果を知ることによって医療に参画してくる可能性があると思います。

 ─ 患者自らが自分の医療を考える時代にもなるわけですね。病院連携が進めば二次医療圏同士の連携もあり得ますね。

 島貫 そうですね。今後、医療・介護・福祉連携は非常に大事になります。そのことを見据えて栗谷が中心になって18年に設立したのが「地域医療連携推進法人 日本海ヘルスケアネット」です。これは山形県庄内地域の13法人・団体が参加する、株式会社で言うところのホールディングスに当たります。地区の医師会、歯科医師会、薬剤師会が参画しているのが大きな特徴です。

 地域医療連携推進法人は医療機関の機能の分担と業務の連携を推進するための方針を定め、その方針に沿って参加する法人の医療機関の機能の分担や業務の連携を推進することを目的とする一般社団法人です。

 07年に法律ができて、その翌年の設立でしたから全国的にも早かったと思います。地域医療連携推進法人を立ち上げた背景には、地域医療を守るためには医師会や歯科医師会、薬剤師会などの力が欠かせなかったからです。ですから、同法人には社会福祉法人や医療法人に加え、酒田市も参加してきました。

 ─ 自治体も参加したのですね。医療機関ごとの役割分担以外に成果を発揮したことは。

 島貫 医薬品のコスト抑制があります。「日本海ヘルスケアネット」ができたことによって、薬剤師会の会長から提案がありました。薬物治療の標準化を図り、臨床的有用性の高い医薬品を使って医療費を抑制し、それを地域の病院や診療所、薬局と共有することによって医療の質の向上を目指す「地域フォーミュラリ」というものです。

薬剤師会からの提案
 ─ どのような取り組みとなるのですか。

 島貫 これは日本初の取り組みとなったのですが、英国などではドクターが処方する薬剤を勝手に決められるわけではなく、フォーミュラリで方向性が決まっています。その結果、医療の標準化と医療費の抑制などの成果を挙げているようです。

 何でもかんでもドクターの好き勝手に薬を使う時代ではなく、ある程度の有効性や安全性のほかに、経済性も踏まえて最も適している薬を使いましょうというのが一番の目的になります。ですから、ここでは原則、後発薬の使用を推奨しています。

 さらに偶然にも同じようなタイミングで北庄内が「お薬情報共有システム」を導入しました。これは患者様の常用薬や服用薬を把握し、それを共有できるシステムで、北庄内では8割の調剤薬局が参加しています。

 急性期病院では外来や入院患者様の常用薬を把握することが大変で手間暇がかかっていたのですが、北庄内の仕組みはそれを正確に把握するシステムを導入していました。

 ─ これも導入したと。

 島貫 はい。このシステムを導入すれば常用薬の把握に加え、併用禁忌や重複などの防止にも役立ちますから患者様の安全につながります。実は併用禁忌の薬剤が0・4%あることが判りましたので今後は電子処方箋に期待しているところです。

 ─ 日本海ヘルスケアネットで使用しているものは最新のシステムなのですか。

 島貫 いいえ。私たちが開発しているものは1つもありません。他で使っているシステムを使っているだけになります。それらをつなげてプラットフォーム構築を目指しているわけです。あとは地域の医療を守るという意欲だけです。先ほど患者様のIDを紐づけた話をしましたが、今では山形県の4つの二次医療圏で連携して使うことができます。

 さらに、当院には秋田県の県南からも500人程度の患者様が通院しているんです。そうなると、県境医療も考えていかなくてはなりません。山形県ができるのであれば秋田県ともつないでしまえば良いと。同県と同県医師会も協力してくれて20年から「秋田・山形つばさネット」として連携しています。

 ─ この取り組みが全国に広がれば生産性も上がり、患者も安全かつ便利な医療が受けられるようになりますね。

 島貫 そう思います。ただ、都市部ではなかなか難しい。医療機関の数が地方よりも多く、全てをつなぐまでに膨大な時間がかかってしまうからです。一方、ID-Link(エスイーシー)を使って日本全国の医療情報をつなぐことも可能なのではないかと夢見ています。

 ─ マイナンバーカードとも絡ませられそうです。

 島貫 その通りです。既に総務省の実証実験で、マイナンバーカードにより調剤情報共有システムを連携させました。マイナンバーカードをかざすことによって、調剤情報共有システムのサーバーなどを経由し、同意と紐づけを行い、その患者様の調剤情報が見られるようにできるというものです。

 これを応用したり、または全国の運用方法の確立と同意の取り方さえ決めれば、つなげられると思います。何とか24年までには実現したいですね。

 ─ つながることが重要ですね。そうすれば、医療財政の改善にもつながりますね。

 島貫 そうですね。ちなみに地域フォーミュラリでは実際のアウトカム評価ができました。薬剤費がどれだけ削減できたかというものですが、9薬効群だけで、それらを導入した前後の1年間の削減額を全部で足してみると、北庄内で2億円ぐらいの削減ができたのです。その分、患者様の負担が減り、保険者も助かったはずです。

 これを全国の人口で単純計算し、全国でどのぐらい削減できるか試算すると、僅か9薬効群だけで約2500億円の削減ができます。ですから、もっと薬を広げれば、もっと医療費の削減につながるし、そこで浮いた分を抗がん剤といった高度な医療に充てることができます。患者様にとっても、国にとってもメリットがあると思います。

オンライン資格確認で事務作業が効率化
 ─ 医療の世界も確実に動いているということですね。

 島貫 やはり医療DXを進めていかなければなりません。いま、マイナンバーカードのオンライン資格確認が議論を呼んでいますが、これはオンラインで保険証の資格を確認するシステムなのですが、どうしても保険証をマイナンバーカードにするという話だけになっている。

 しかし、オンライン資格確認はこれから始まる医療DXのインフラであり、基盤になります。その上に電子処方箋が乗っかってくるわけです。そして、マイナンバーを端末にかざすと、患者様の氏名や性別、生年月日、住所を簡単に電子カルテに取り込むことができます。

 ─ 医療現場の負担も減るし、患者の手間も減ります。

 島貫 はい。しかも入力間違いがない。コロナの発熱外来ではカルテ記入だけでも相当な手間暇が双方にかかっていました。それがマイナンバーカードをかざすだけで済むようになれば、かなり効率化できます。

 また、オンライン資格確認で一括照会という機能があります。当院の外来では1日再診の患者様が1200人ほどいらっしゃいますが、朝5時にオンライン資格確認を使って一括照会を実施。保険証が問題ないかどうか一括照会しています。すると、98%は問題がないと出ますので、残りの2%の患者様の保険証だけを確認するだけで済む。ですから、事務の業務効率が大きく向上しました。

 今後、この1~2年で医療業界も大きく変わるような予感がしています。そのためには危機感が必要です。私たちは今あるものを使って統合しながら取り組んできました。これは他の地域でもできることだと思います。

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