全国の医師が自らの経験や知識を「集合知」として共有し合う医師専用の医療情報サイトを運営するメドピア。創業者は現役の医師である石見陽氏だ。「創業した2004年前後は医療不信が深刻だった。現場で働く医療従事者は一生懸命。このギャップを何とかしたかった」と語る。同事業を中核に据え、今後はヘルケア領域でも自社の強みを発揮していく考えだ。
【直撃インタビュー】塩野義製薬会長兼社長CEOの手代木功氏「フェーズ3が失敗していたら職を辞する覚悟でいた」
医師でありながら起業した理由
─ 医師で起業家でもある石見さんが2004年に起業して20年近くが経ちましたね。
石見 創業から18年が経過し、14年に東証マザーズ(当時)に上場するまで10年かかりました。この期間は相当大変でしたね。当時は医師として医学の勉強しかしてこなかったので、会社経営のノウハウは一切ありませんでした。名刺交換の仕方も知りませんでした(笑)。
─ メドピアの主力事業は医師専用コミュニティサイトですね。どのようなきっかけでこれを作ったのですか。
石見 創業した頃、医療を取り巻く空気感は医療不信によって最悪の状態でした。医療ミスなどがきっかけとなり、医療不信が深刻になっていったからです。それに伴い、医療訴訟も多かった。医師に対するバッシングが日本中に広がっていたのです。これを何とかしたいと思ったことが、そもそもの始まりです。
医療現場で働く医師や看護師などの医療従事者は日夜、患者さんの命を救うために一生懸命頑張っていました。それなのに世間から糾弾されてしまっている。このギャップを何とか埋めたいと思ったのです。ギャップの埋め方はいろいろありましたけれども、まずは医師同士が情報を共有する場所があったら良いのではないかと。
それで作ったのが医師専用コミュニティサイト「Next Doctors(現「MedPeer」)」です。1人の医師の疑問は多くの医師の疑問でもあります。実際、医師の中では治療に対する考え方や薬の有効な使用法など、多様な情報がやりとりされていました。もし1人の医師の知見やアイデアを共有できれば、〝集合知〟ができる。そういった発想から出発しました。
当時、コミュニティサイトの参考になるメーリングリストのようなものもあったので、それをビジネスの形に成り立たせて医師にとっても必要であり、収益も上げられる形にしていきました。仮に自分に何か起こってもサービスを続けていけるものにしたいと思って、株式会社として当社を立ち上げました。
─ 一気にビジネスへ持っていく発想が果敢ですね。
石見 ジム・コリンズの著書『ビジョナリー・カンパニー』や渋沢栄一の著書『論語と算盤』に出会って、理念と利益の最大化について腹落ちするようになったことが自分にとって大きかったですね。
事業をする上できちんとした理念を持つことも大事ですが、理念があればお金がいらないというのも違う。そんな疑問を2つの著書を読んで納得することができたのです。
コアは集合知プラットフォーム
─ 覚悟を決めたと。
石見 ええ。当初は医師をしながらサイドビジネスといった位置付けだったのですが、やはり中途半端ではいけない。そう思うと、どこかで覚悟を決めなければいけないだろうと思い、3年目に現在の当社の理念である「Supporting Doctors, Helping Patients.(医師を支援すること。そして患者を救うこと)」を定めたのです。
─ 周囲の反応はどのようなものでしたか。
石見 医師にはあまり理解されませんでしたね。「金儲けに走った」と言われたりしました。親からも「せっかく苦労して医者にしたと思ったら起業するとは。とにかく逮捕はされるなよ。それだけは勘弁してくれ」と言われたりもしましたね(笑)。
─ 今や医師の多くが「MedPeer」を利用しています。
石見 ええ。日本には医師が33万人いると言われていますが、「MedPeer」の会員数は15万人。つまりは医師の約4割が「MedPeer」を利用してくれているという計算になります。ただ、まだまだ必須のものにはなれていないと思っていますので道半ばにも至っていないという感じはしています。
─ 上場して8年が経ったわけですが、手応えを感じたことはありますか。
石見 もともと医師の支援からスタートしていますので、「MedPeer」の事業そのものに対する遣り甲斐は大きいです。実際、「MedPeer」を含む医師・薬剤師向けコミュニティサービスを中心とした「集合知プラットフォーム事業」が当社のコア事業であり、売り上げの8割を占めていますからね。
一方で、この8年の間に、より患者さんを含めた一般生活者向けのサービスも提供できるようになりました。より人々の生活に直接関わっているという感覚があるのは嬉しいですね。
─ 具体的には?
石見 例えば処方箋画像の事前送信サービスがあります。かかりつけ薬局化支援サービス「kakari」というアプリなのですが、病院で処方箋を受け取った患者さんはそれを薬局に持って行って薬を処方してもらうわけですが、薬局での待ち時間の解消が課題になっていました。
そこで「kakari」を使って病院でもらった処方箋をスマートフォンのカメラで撮影し、あらかじめアプリで薬局に送っておくと、薬局に着いたときには薬を受け取れるようになります。累計処方箋送信数は200万回を超えています。
─ 薬局も含めて産業界全体で人手不足ですから、その課題解決につながりますね。
石見 そうですね。やはり対面だといろいろ手間暇がかかり、時間を使ってしまうところがあります。そういった作業を省力化することで時間短縮につながっていると思います。今後は電子処方箋なども導入される予定ですので、次の時代にも即していると思っています。
電子処方箋の書式といったものは国によって、ほぼ統一されてくると思うのですが、民間企業の余地が全くないこともありません。使い勝手の面などで民間企業が頑張ることで、医療機関のデジタルトランスフォーメーション(DX)は一気に進んでいくのではないでしょうか。
特定保健指導なども展開
─ 日本の医療界にとってメドピアが行ってきた事業の意義はどんなところにありますか。
石見 まさにその意義が目に見える成果として出てくるような仕込みをしているタイミングです。DXでITが重要だと言われていますが、病院経営はITだけが全てではありません。人繰りや資金繰り、システム繰りといった要素もあり、仮に資金面で何とかなるとしても、人繰りのところが大事になります。
この人繰りの領域は単にテクノロジーがあれば解決するという領域ではありません。チームワークといった人の要素が大きくなります。医師や看護師といった専門家集団とどうやってチームワークを組んでいけるか。彼らが気持ち良く働けて、その医療機関で働くことを誇りに思えるような職場にしないといけませんからね。そういった部分で何かお手伝いができないかと。
─ その手伝いとしてDXが医療改革の面では大きな要素になるということですね。
石見 そうですね。医療においては質を担保する意味でのデジタル化は重要ですし、効率性を高めるためのデジタル化も重要です。医療の場合、質が担保されなければ致命傷になります。しかしながら、カーボン紙でやりとりをしている状況はデジタル化されなければなりません。
これは当社のチャレンジでもあるし、医療界に限らないことだと思うのですが、非効率がある産業が効率化されていくと、全体のパイは小さくなります。これは他の産業でも同じでしょう。しかし、その産業の中のITの比率が高くなってくるということは、当社のようなヘルステックのマーケットは必ず伸びていくことになります。要は産業全体を引っ張る存在を目指していきたいということです。
─ ヘルスケアには異業種企業が続々と参入しています。
石見 おっしゃるとおりです。そういう意味では、先ほど申し上げた当社の理念のうちの「Helping Patients」というミッションに即して言えば、当社は処方箋画像の事前送信や病気になる前の予防医療領域でのサービスも展開しています。
特に後者は2つのグループ会社で展開しており、1つがいわゆるメタボ健診で注意喚起を受けた人に食事などの生活習慣改善の指導をするといった特定保健指導です。当社には管理栄養士のネットワークがあるので、それが可能になります。
そしてもう1つが産業保健支援です。企業の健康経営を支援するために始めた事業で、当社には全国の約4割の医師の基盤を持っていますから産業医の紹介や紹介した産業医と従業員との面談の管理システム、さらには健康診断のデータ管理システムなどを行っています。
法人向けに「オンライン医療相談」「産業医訪問・オンライン面談」「ストレスチェック」といった3つの産業保健支援サービスを一気通貫で提供しているのが「first call」というサービスになります。これは非常に伸びています。
3つのステージごとに新事業を
─ 今後見据えている新事業の方向性は何ですか。
石見 基本的には、人の一生は病気になる前のウェルネスや予防という領域と治療の領域、そして人が亡くなる介護終末期という3つのライフステージに分けられると思いますが、それに沿って事業を展開しています。これらをどんどん深掘りしていくことがまず1つです。人の一生にヘルスケアという文脈で寄り添っていくことが当社のサービスのスタンスだからです。
一方で、まだそこまで大きくはなっていませんが、介護の領域にもチャレンジを始めています。ですから、この3つのステージごとにサービスを提供し、ヘルスケアのプロと一緒に生活者に向けて様々なサービスを提供していくことがイメージする当社の将来の姿になります。
─ そもそも、なぜ石見さんは医師を志したのですか。
石見 母方の祖父が医師や叔父など身近に医者がいたからです。特に叔父は家の側で開業していたので、ちょっと風邪でも引いたらすぐに叔父に診察してもらっていました。それだけ医師が身近な存在だったのです。
─ どんな会社づくりを目指していきますか。
石見 当社にとってコロナ禍は追い風になりました。ただ、そこに安住してはいけないと。コロナでこの市場のポテンシャルを感じてもらっていると思っていますので、その市場を引っ張っていくような骨太かつ筋肉質な会社になっていくタイミングだと思っています。
【直撃インタビュー】塩野義製薬会長兼社長CEOの手代木功氏「フェーズ3が失敗していたら職を辞する覚悟でいた」
医師でありながら起業した理由
─ 医師で起業家でもある石見さんが2004年に起業して20年近くが経ちましたね。
石見 創業から18年が経過し、14年に東証マザーズ(当時)に上場するまで10年かかりました。この期間は相当大変でしたね。当時は医師として医学の勉強しかしてこなかったので、会社経営のノウハウは一切ありませんでした。名刺交換の仕方も知りませんでした(笑)。
─ メドピアの主力事業は医師専用コミュニティサイトですね。どのようなきっかけでこれを作ったのですか。
石見 創業した頃、医療を取り巻く空気感は医療不信によって最悪の状態でした。医療ミスなどがきっかけとなり、医療不信が深刻になっていったからです。それに伴い、医療訴訟も多かった。医師に対するバッシングが日本中に広がっていたのです。これを何とかしたいと思ったことが、そもそもの始まりです。
医療現場で働く医師や看護師などの医療従事者は日夜、患者さんの命を救うために一生懸命頑張っていました。それなのに世間から糾弾されてしまっている。このギャップを何とか埋めたいと思ったのです。ギャップの埋め方はいろいろありましたけれども、まずは医師同士が情報を共有する場所があったら良いのではないかと。
それで作ったのが医師専用コミュニティサイト「Next Doctors(現「MedPeer」)」です。1人の医師の疑問は多くの医師の疑問でもあります。実際、医師の中では治療に対する考え方や薬の有効な使用法など、多様な情報がやりとりされていました。もし1人の医師の知見やアイデアを共有できれば、〝集合知〟ができる。そういった発想から出発しました。
当時、コミュニティサイトの参考になるメーリングリストのようなものもあったので、それをビジネスの形に成り立たせて医師にとっても必要であり、収益も上げられる形にしていきました。仮に自分に何か起こってもサービスを続けていけるものにしたいと思って、株式会社として当社を立ち上げました。
─ 一気にビジネスへ持っていく発想が果敢ですね。
石見 ジム・コリンズの著書『ビジョナリー・カンパニー』や渋沢栄一の著書『論語と算盤』に出会って、理念と利益の最大化について腹落ちするようになったことが自分にとって大きかったですね。
事業をする上できちんとした理念を持つことも大事ですが、理念があればお金がいらないというのも違う。そんな疑問を2つの著書を読んで納得することができたのです。
コアは集合知プラットフォーム
─ 覚悟を決めたと。
石見 ええ。当初は医師をしながらサイドビジネスといった位置付けだったのですが、やはり中途半端ではいけない。そう思うと、どこかで覚悟を決めなければいけないだろうと思い、3年目に現在の当社の理念である「Supporting Doctors, Helping Patients.(医師を支援すること。そして患者を救うこと)」を定めたのです。
─ 周囲の反応はどのようなものでしたか。
石見 医師にはあまり理解されませんでしたね。「金儲けに走った」と言われたりしました。親からも「せっかく苦労して医者にしたと思ったら起業するとは。とにかく逮捕はされるなよ。それだけは勘弁してくれ」と言われたりもしましたね(笑)。
─ 今や医師の多くが「MedPeer」を利用しています。
石見 ええ。日本には医師が33万人いると言われていますが、「MedPeer」の会員数は15万人。つまりは医師の約4割が「MedPeer」を利用してくれているという計算になります。ただ、まだまだ必須のものにはなれていないと思っていますので道半ばにも至っていないという感じはしています。
─ 上場して8年が経ったわけですが、手応えを感じたことはありますか。
石見 もともと医師の支援からスタートしていますので、「MedPeer」の事業そのものに対する遣り甲斐は大きいです。実際、「MedPeer」を含む医師・薬剤師向けコミュニティサービスを中心とした「集合知プラットフォーム事業」が当社のコア事業であり、売り上げの8割を占めていますからね。
一方で、この8年の間に、より患者さんを含めた一般生活者向けのサービスも提供できるようになりました。より人々の生活に直接関わっているという感覚があるのは嬉しいですね。
─ 具体的には?
石見 例えば処方箋画像の事前送信サービスがあります。かかりつけ薬局化支援サービス「kakari」というアプリなのですが、病院で処方箋を受け取った患者さんはそれを薬局に持って行って薬を処方してもらうわけですが、薬局での待ち時間の解消が課題になっていました。
そこで「kakari」を使って病院でもらった処方箋をスマートフォンのカメラで撮影し、あらかじめアプリで薬局に送っておくと、薬局に着いたときには薬を受け取れるようになります。累計処方箋送信数は200万回を超えています。
─ 薬局も含めて産業界全体で人手不足ですから、その課題解決につながりますね。
石見 そうですね。やはり対面だといろいろ手間暇がかかり、時間を使ってしまうところがあります。そういった作業を省力化することで時間短縮につながっていると思います。今後は電子処方箋なども導入される予定ですので、次の時代にも即していると思っています。
電子処方箋の書式といったものは国によって、ほぼ統一されてくると思うのですが、民間企業の余地が全くないこともありません。使い勝手の面などで民間企業が頑張ることで、医療機関のデジタルトランスフォーメーション(DX)は一気に進んでいくのではないでしょうか。
特定保健指導なども展開
─ 日本の医療界にとってメドピアが行ってきた事業の意義はどんなところにありますか。
石見 まさにその意義が目に見える成果として出てくるような仕込みをしているタイミングです。DXでITが重要だと言われていますが、病院経営はITだけが全てではありません。人繰りや資金繰り、システム繰りといった要素もあり、仮に資金面で何とかなるとしても、人繰りのところが大事になります。
この人繰りの領域は単にテクノロジーがあれば解決するという領域ではありません。チームワークといった人の要素が大きくなります。医師や看護師といった専門家集団とどうやってチームワークを組んでいけるか。彼らが気持ち良く働けて、その医療機関で働くことを誇りに思えるような職場にしないといけませんからね。そういった部分で何かお手伝いができないかと。
─ その手伝いとしてDXが医療改革の面では大きな要素になるということですね。
石見 そうですね。医療においては質を担保する意味でのデジタル化は重要ですし、効率性を高めるためのデジタル化も重要です。医療の場合、質が担保されなければ致命傷になります。しかしながら、カーボン紙でやりとりをしている状況はデジタル化されなければなりません。
これは当社のチャレンジでもあるし、医療界に限らないことだと思うのですが、非効率がある産業が効率化されていくと、全体のパイは小さくなります。これは他の産業でも同じでしょう。しかし、その産業の中のITの比率が高くなってくるということは、当社のようなヘルステックのマーケットは必ず伸びていくことになります。要は産業全体を引っ張る存在を目指していきたいということです。
─ ヘルスケアには異業種企業が続々と参入しています。
石見 おっしゃるとおりです。そういう意味では、先ほど申し上げた当社の理念のうちの「Helping Patients」というミッションに即して言えば、当社は処方箋画像の事前送信や病気になる前の予防医療領域でのサービスも展開しています。
特に後者は2つのグループ会社で展開しており、1つがいわゆるメタボ健診で注意喚起を受けた人に食事などの生活習慣改善の指導をするといった特定保健指導です。当社には管理栄養士のネットワークがあるので、それが可能になります。
そしてもう1つが産業保健支援です。企業の健康経営を支援するために始めた事業で、当社には全国の約4割の医師の基盤を持っていますから産業医の紹介や紹介した産業医と従業員との面談の管理システム、さらには健康診断のデータ管理システムなどを行っています。
法人向けに「オンライン医療相談」「産業医訪問・オンライン面談」「ストレスチェック」といった3つの産業保健支援サービスを一気通貫で提供しているのが「first call」というサービスになります。これは非常に伸びています。
3つのステージごとに新事業を
─ 今後見据えている新事業の方向性は何ですか。
石見 基本的には、人の一生は病気になる前のウェルネスや予防という領域と治療の領域、そして人が亡くなる介護終末期という3つのライフステージに分けられると思いますが、それに沿って事業を展開しています。これらをどんどん深掘りしていくことがまず1つです。人の一生にヘルスケアという文脈で寄り添っていくことが当社のサービスのスタンスだからです。
一方で、まだそこまで大きくはなっていませんが、介護の領域にもチャレンジを始めています。ですから、この3つのステージごとにサービスを提供し、ヘルスケアのプロと一緒に生活者に向けて様々なサービスを提供していくことがイメージする当社の将来の姿になります。
─ そもそも、なぜ石見さんは医師を志したのですか。
石見 母方の祖父が医師や叔父など身近に医者がいたからです。特に叔父は家の側で開業していたので、ちょっと風邪でも引いたらすぐに叔父に診察してもらっていました。それだけ医師が身近な存在だったのです。
─ どんな会社づくりを目指していきますか。
石見 当社にとってコロナ禍は追い風になりました。ただ、そこに安住してはいけないと。コロナでこの市場のポテンシャルを感じてもらっていると思っていますので、その市場を引っ張っていくような骨太かつ筋肉質な会社になっていくタイミングだと思っています。