「日本の良さを生かす必要がある」─AGC会長の島村琢哉氏はこう話す。今、日本全体で「働き方」、「雇用のあり方」が問われる中、「ジョブ型」的あり方にも理解を示しながら、これまでの日本企業のあり方も生かした制度づくりが大事ではないかと訴える。既存事業の深化と、新規事業の探索を同時に実践する「両利きの経営」を進めてきた島村氏。企業と従業員との徹底的な対話が重要だと話す。
「賃上げ」機運が高まる中で…
─ 今、日本では賃上げを巡る機運が盛り上がっています。一方で、中小企業などからは難しいという声も出ていますし、生産性の向上がないままの賃上げは単にコストアップになってしまうという懸念もあります。この問題をどう捉えていますか。
【あわせて読みたい】あの『素材の会社!』AGC会長【島村琢哉】の『両利きの経営』!社会が求める素材を開発し、提供し続ける!
島村 これまでの当社を含め、多くの日本企業は、この30年間ほぼ賃上げができていませんでした。しかし、改めて考える必要があるのは、会社は「人」が成長させていくものだということです。そこに投じられる資金は「費用」というよりは「投資」だと思うんです。
ただ、ベースアップで基礎的な部分が上がると最初は嬉しいものですが、3カ月くらい経つと普通になってしまってありがたみを忘れてしまうものです。その意味では、成果が出た時に、そのパフォーマンスがあったからボーナスが上がるという方がやりがいにつながるのではないかと感じることもあります。
─ 賃上げの実感をいかに持ってもらうかも大事だということですね。
島村 ええ。ただ、私の東南アジアでの勤務経験からすると、基本的にはCPI(消費者物価指数)、物価上昇率分は最低限、給与を上げるということが前提になっています。それにプラスアルファして、生活改善給が支給されるというのが一般的です。
日本の場合は、この30年間ほぼ物価が上がっていなかったわけですが、上がってきたのであれば、その分最低限賃金が上がらないと同じ生活レベルを維持できません。ですから、企業としては、賃上げをしていかなくてはなりません。
そうすると費用も増えますから、生産性を向上する、あるいはビジネスのスタイルを変えるなどして、利益率を上げていく努力が求められます。日本企業の大きな課題は利益率が低いことにありますから、これをもう一度考えなければいけません。
─ なぜ、日本企業はなかなか変わることができないのだと考えますか。
島村 多くの企業が、昔の成功体験をまだ持ち続けているからではないかと思います。高度経済成長の時代には、大量生産、規模の経済で成長をしてきた日本の構造が染み付いてしまっている部分がある。
ところが、その大量生産の役割は中国、東南アジアなど海外に移っています。そうすると我々自身が仕事のやり方を考え、ポートフォリオの転換などをやっていかないといけないのです。
とはいうものの、ポートフォリオの転換は口で言うのは簡単ですが実際には難しい。どうしても過去のやり方に縛られてしまいますし、ではこれから何をやるのかということに、多くの経営者は悩んでいると思います。
特に日本の経済成長は中小企業が支えていますが、彼らは給与は上げられず、製品の値上げができず、後継者がおらず、人が集まらずという形で、いくつもの苦しみを抱えています。
─ この課題をどのように解決すべきだと。
島村 今の規模のままで課題を解決しようとするから無理があるのではないかと思います。小さな会社が一体となって、一つの大きな組織にしていく。その中で人の手配や資金の課題などを解決していくことも一つのアイデアではないでしょうか。
─ その一つの組織に魅力があれば、資金も集まるということになりますね。
島村 そうです。そうした再編によって根本的に仕組みを変えていかなければ大変なことになってしまいます。
製品価格値上げをどう考えるか?
─ 日本社会は「空気」が支配していると言われます。安く作って安く売ることにこだわって、他社が値上げしても我慢してシェアを取ろうという空気があります。これを変えていく必要がありますね。
島村 ええ。私のインドネシアでの経験からお話すると、当社は現地で建築用パイプの原料となる塩ビを取り扱っています。塩ビ製造にはエチレンを使いますが、エチレンは市況品ですからアップダウンがあります。そこで毎月のようにパイプメーカーと価格の交渉をするんです。
ある時、メーカーの担当者に「これだけエチレン価格が下がったら、あなた達のパイプの価格も下げなければいけなくなるから大変だね」と言ったことがあります。そうしたら彼は「パイプの価格を一度下げたら、上げるのは難しい。だから、原料価格が下がった時には、自分達は必死に価格維持に取り組むんだ」というんです。
そうすると、原料が下がった時に、ある程度利益をプールできますから、原料が上がった時には、その分を吸収できるわけです。このように日々、交渉が行われ、価格に弾力性があるんです。
─ 日本のパイプメーカーだったら製品価格を下げてしまうところですね。
島村 確かに、一度価格を下げると中々上がりません。このことは日本の全ての領域で共通することです。
例えば、米国では為替の影響もありますが、物価上昇により、ラーメン1杯が2000円を超えたり、日本ではリーズナブルな外食チェーン店が高級レストランのような値段になっていたりする。日本も、物価上昇に合わせて給与を上げていくということを、社会の基本にしていかなければ駄目ではないかと思います。
─ やはり、日本はこの30年間で3%程度しか従業員の給与を上げられなかったということが大きいんでしょうか。
島村 そうだと思います。可処分所得は増えませんが、製品の価格が安いことで、何とか生活ができてきたのです。ただ、安い製品を提供している企業の利益は少ない。
これは卵が先か鶏が先かという話ではありますが、経営者は将来に対して不安を持っているのだと思います。だからこそ、利益が少なくても、確実に売っていく道を選んでいる。
─ 日本は雇用に手をつけなかった一方で、非正規雇用が増えています。非正規で働く人達の中には、先々に不安を抱いている人も多い。
島村 昔であれば、会社に入社すれば終身雇用を提供することで、それを担保にして仕事への熱意や帰属意識を確保するというギブ・アンド・テイクが成立していましたが、今はそうではなくなってしまいました。雇用される方は不安なわけです。
─ 今、職務や役割で従業員を評価する「ジョブ型雇用」が議論になっていますが、これまでの日本的な「メンバーシップ型」とは変わってきます。この問題をどう考えますか。
島村 難しいですね。ただ、若い世代はジョブ型に対して抵抗感がなくなってきています。企業としての魅力がないと、人が集まってこなくなる時代です。
─ まだ日本人は能力で賃金を査定されるということに慣れていない感じもあります。
島村 日本人の難しいところですね。「平等」と「公平」は違いますが、日本人は比較的同じものと捉えてしまう人が多い。
例えば「平等」はどんな人にも対応を一緒にするのではなく、条件や機会を平等にするものです。例えば昇格にしても、同期を同じように昇格させていくような昔の日本のやり方は間違った平等主義です。今の若者からは、それに対する不満も出てきています。
解決策としてジョブ型の導入は当然考えられることですし、そこに向かわざるを得ないとは思います。ただ、日本はメンバーシップ型で何十年も勤めている人が、まだまだ多くいますから、そこにジョブ型はなかなか馴染まない。
米国などは「ジョブディスクリプション」で、その人の権限と責任の領域が明確になっており、そこを逸脱しません。ですから、そのポジションの人をすぐに外し、同じ条件ですぐに入れることができるんです。日本は「育てていく」ことが中心ですから難しいものがあります。
終身雇用は、ロイヤリティを維持するための良さもありますから、それを認識しながら、ポジションによって報酬や待遇が違うという日本型のジョブ型雇用が一つの道ではないでしょうか。そうしないと、日本のよさが失われますし、労働市場がありませんから人の手当もできなくなります。
エンゲージメント、つまり会社側と従業員双方の「共感」を強くしていく必要があります。お互いに共感を持ち、同じ目的に向かっていく。その中で、従業員それぞれの役割があるという形です。
「両利きの経営」実現へ
企業文化を変える
─ 島村さんはこれまで、既存事業の深化と、新規事業の探索を同時に実践する「両利きの経営」を進めてきましたね。
島村 「両利きの経営」は流行り言葉のようになっていますが、既存事業をブラッシュアップしながら新しい領域に出ていくということですから、恐らくどの会社もやっていることなんですよ。ただ、やり方がそれぞれ違うと。
この「両利きの経営」は学んでやるのではなく、ごく自然に古いものを進化させ、新たな成長のためのネタづくりをしていくことだと思うんです。当社では既存事業を「コア事業」とし、新たな成長に向けた事業を「戦略事業」として取り組みました。
チャールズ・オライリーは、それを見て「両利きの経営」だと評してくれたわけですが、付け加えて「ポートフォリオを変えたり、新規事業を探すのはどの会社もやっているけれども、それが変化に対応して継続して、自律的に変革していかなければいけない。それができるかどうかが『両利きの経営』を成功させられるかのキーだ」と言っていました。
─ 島村さんが意識して取り組んでいたことは何ですか。
島村 何か特徴的なことをやったのかと言えば、企業カルチャーを変えることに集中的に取り組んだことでしょうか。
難しい話をするのではなく、我々経営陣が、とにかく現場に行って、直接対話をしていました。トップがメッセージを出しても、現場に伝わるまでに伝言ゲームのように内容が変わってしまいます。ですから、直接我々経営チームの言葉として伝える必要がありました。社長になって3年間は年間50カ所ほどを周り、140回ほどのミーティングを行いました。
─ 実際にはどういう反応がありましたか。
島村 最初は否定的でした。「新しい社長は何を言うのかな」、「早く終わってくれないかな」という雰囲気でした。大人数を集めると、どうしてもそうなりますから、それとは別に少員数でのミーティングを各地で3回ほど実施しました。
それを繰り返しているうちに「チャッティング」(雑談)から「ダイアローグ」(会話)になってきます。人間の尊厳を認識し、お互いが対等の立場で話すことができるようになります。その次のレベルが「ディスカッション」(議論)です。
よく「ディスカッションをしている」と言いますが、実際には単なるチャッティングで終わっていることも多い。そのレベルを上げていかなければ、本当のディスカッションにたどり着かないと思います。
─ 社長在任の6年間でかなり手応えはありましたか。
島村 ええ。3年経った時にエンゲージメントサーベイを行ったところ、10数項目が全てプラスになりました。我々がやり続けたことが、大きな効果につながったことが嬉しかったですね。業績はコストダウンすれば上がりますが、人の気持ちはお金では変えられません。
グローバルでも「何のために仕事をするのか」、「何のためにAGCは存在しているのか」ということに立ち戻ると、国籍に関係なく腑に落ちるんです。自らの存在価値を見つめ直したことが、成果を得られた最大の要因ではないかと思います。
─ 日本企業が成長するために必要なことは?
島村 よくイノベーションと言われますが、実はイノベーションって、案外我々が気が付かないところに転がっているのではないかと。画期的なことを想像しがちですが、少しつなぎ合わせ方を変えて、違った価値を生み出すことだったりするのではないでしょうか。あまり難しく考えずにやっていくことも大事ではないかと思います。
「賃上げ」機運が高まる中で…
─ 今、日本では賃上げを巡る機運が盛り上がっています。一方で、中小企業などからは難しいという声も出ていますし、生産性の向上がないままの賃上げは単にコストアップになってしまうという懸念もあります。この問題をどう捉えていますか。
【あわせて読みたい】あの『素材の会社!』AGC会長【島村琢哉】の『両利きの経営』!社会が求める素材を開発し、提供し続ける!
島村 これまでの当社を含め、多くの日本企業は、この30年間ほぼ賃上げができていませんでした。しかし、改めて考える必要があるのは、会社は「人」が成長させていくものだということです。そこに投じられる資金は「費用」というよりは「投資」だと思うんです。
ただ、ベースアップで基礎的な部分が上がると最初は嬉しいものですが、3カ月くらい経つと普通になってしまってありがたみを忘れてしまうものです。その意味では、成果が出た時に、そのパフォーマンスがあったからボーナスが上がるという方がやりがいにつながるのではないかと感じることもあります。
─ 賃上げの実感をいかに持ってもらうかも大事だということですね。
島村 ええ。ただ、私の東南アジアでの勤務経験からすると、基本的にはCPI(消費者物価指数)、物価上昇率分は最低限、給与を上げるということが前提になっています。それにプラスアルファして、生活改善給が支給されるというのが一般的です。
日本の場合は、この30年間ほぼ物価が上がっていなかったわけですが、上がってきたのであれば、その分最低限賃金が上がらないと同じ生活レベルを維持できません。ですから、企業としては、賃上げをしていかなくてはなりません。
そうすると費用も増えますから、生産性を向上する、あるいはビジネスのスタイルを変えるなどして、利益率を上げていく努力が求められます。日本企業の大きな課題は利益率が低いことにありますから、これをもう一度考えなければいけません。
─ なぜ、日本企業はなかなか変わることができないのだと考えますか。
島村 多くの企業が、昔の成功体験をまだ持ち続けているからではないかと思います。高度経済成長の時代には、大量生産、規模の経済で成長をしてきた日本の構造が染み付いてしまっている部分がある。
ところが、その大量生産の役割は中国、東南アジアなど海外に移っています。そうすると我々自身が仕事のやり方を考え、ポートフォリオの転換などをやっていかないといけないのです。
とはいうものの、ポートフォリオの転換は口で言うのは簡単ですが実際には難しい。どうしても過去のやり方に縛られてしまいますし、ではこれから何をやるのかということに、多くの経営者は悩んでいると思います。
特に日本の経済成長は中小企業が支えていますが、彼らは給与は上げられず、製品の値上げができず、後継者がおらず、人が集まらずという形で、いくつもの苦しみを抱えています。
─ この課題をどのように解決すべきだと。
島村 今の規模のままで課題を解決しようとするから無理があるのではないかと思います。小さな会社が一体となって、一つの大きな組織にしていく。その中で人の手配や資金の課題などを解決していくことも一つのアイデアではないでしょうか。
─ その一つの組織に魅力があれば、資金も集まるということになりますね。
島村 そうです。そうした再編によって根本的に仕組みを変えていかなければ大変なことになってしまいます。
製品価格値上げをどう考えるか?
─ 日本社会は「空気」が支配していると言われます。安く作って安く売ることにこだわって、他社が値上げしても我慢してシェアを取ろうという空気があります。これを変えていく必要がありますね。
島村 ええ。私のインドネシアでの経験からお話すると、当社は現地で建築用パイプの原料となる塩ビを取り扱っています。塩ビ製造にはエチレンを使いますが、エチレンは市況品ですからアップダウンがあります。そこで毎月のようにパイプメーカーと価格の交渉をするんです。
ある時、メーカーの担当者に「これだけエチレン価格が下がったら、あなた達のパイプの価格も下げなければいけなくなるから大変だね」と言ったことがあります。そうしたら彼は「パイプの価格を一度下げたら、上げるのは難しい。だから、原料価格が下がった時には、自分達は必死に価格維持に取り組むんだ」というんです。
そうすると、原料が下がった時に、ある程度利益をプールできますから、原料が上がった時には、その分を吸収できるわけです。このように日々、交渉が行われ、価格に弾力性があるんです。
─ 日本のパイプメーカーだったら製品価格を下げてしまうところですね。
島村 確かに、一度価格を下げると中々上がりません。このことは日本の全ての領域で共通することです。
例えば、米国では為替の影響もありますが、物価上昇により、ラーメン1杯が2000円を超えたり、日本ではリーズナブルな外食チェーン店が高級レストランのような値段になっていたりする。日本も、物価上昇に合わせて給与を上げていくということを、社会の基本にしていかなければ駄目ではないかと思います。
─ やはり、日本はこの30年間で3%程度しか従業員の給与を上げられなかったということが大きいんでしょうか。
島村 そうだと思います。可処分所得は増えませんが、製品の価格が安いことで、何とか生活ができてきたのです。ただ、安い製品を提供している企業の利益は少ない。
これは卵が先か鶏が先かという話ではありますが、経営者は将来に対して不安を持っているのだと思います。だからこそ、利益が少なくても、確実に売っていく道を選んでいる。
─ 日本は雇用に手をつけなかった一方で、非正規雇用が増えています。非正規で働く人達の中には、先々に不安を抱いている人も多い。
島村 昔であれば、会社に入社すれば終身雇用を提供することで、それを担保にして仕事への熱意や帰属意識を確保するというギブ・アンド・テイクが成立していましたが、今はそうではなくなってしまいました。雇用される方は不安なわけです。
─ 今、職務や役割で従業員を評価する「ジョブ型雇用」が議論になっていますが、これまでの日本的な「メンバーシップ型」とは変わってきます。この問題をどう考えますか。
島村 難しいですね。ただ、若い世代はジョブ型に対して抵抗感がなくなってきています。企業としての魅力がないと、人が集まってこなくなる時代です。
─ まだ日本人は能力で賃金を査定されるということに慣れていない感じもあります。
島村 日本人の難しいところですね。「平等」と「公平」は違いますが、日本人は比較的同じものと捉えてしまう人が多い。
例えば「平等」はどんな人にも対応を一緒にするのではなく、条件や機会を平等にするものです。例えば昇格にしても、同期を同じように昇格させていくような昔の日本のやり方は間違った平等主義です。今の若者からは、それに対する不満も出てきています。
解決策としてジョブ型の導入は当然考えられることですし、そこに向かわざるを得ないとは思います。ただ、日本はメンバーシップ型で何十年も勤めている人が、まだまだ多くいますから、そこにジョブ型はなかなか馴染まない。
米国などは「ジョブディスクリプション」で、その人の権限と責任の領域が明確になっており、そこを逸脱しません。ですから、そのポジションの人をすぐに外し、同じ条件ですぐに入れることができるんです。日本は「育てていく」ことが中心ですから難しいものがあります。
終身雇用は、ロイヤリティを維持するための良さもありますから、それを認識しながら、ポジションによって報酬や待遇が違うという日本型のジョブ型雇用が一つの道ではないでしょうか。そうしないと、日本のよさが失われますし、労働市場がありませんから人の手当もできなくなります。
エンゲージメント、つまり会社側と従業員双方の「共感」を強くしていく必要があります。お互いに共感を持ち、同じ目的に向かっていく。その中で、従業員それぞれの役割があるという形です。
「両利きの経営」実現へ
企業文化を変える
─ 島村さんはこれまで、既存事業の深化と、新規事業の探索を同時に実践する「両利きの経営」を進めてきましたね。
島村 「両利きの経営」は流行り言葉のようになっていますが、既存事業をブラッシュアップしながら新しい領域に出ていくということですから、恐らくどの会社もやっていることなんですよ。ただ、やり方がそれぞれ違うと。
この「両利きの経営」は学んでやるのではなく、ごく自然に古いものを進化させ、新たな成長のためのネタづくりをしていくことだと思うんです。当社では既存事業を「コア事業」とし、新たな成長に向けた事業を「戦略事業」として取り組みました。
チャールズ・オライリーは、それを見て「両利きの経営」だと評してくれたわけですが、付け加えて「ポートフォリオを変えたり、新規事業を探すのはどの会社もやっているけれども、それが変化に対応して継続して、自律的に変革していかなければいけない。それができるかどうかが『両利きの経営』を成功させられるかのキーだ」と言っていました。
─ 島村さんが意識して取り組んでいたことは何ですか。
島村 何か特徴的なことをやったのかと言えば、企業カルチャーを変えることに集中的に取り組んだことでしょうか。
難しい話をするのではなく、我々経営陣が、とにかく現場に行って、直接対話をしていました。トップがメッセージを出しても、現場に伝わるまでに伝言ゲームのように内容が変わってしまいます。ですから、直接我々経営チームの言葉として伝える必要がありました。社長になって3年間は年間50カ所ほどを周り、140回ほどのミーティングを行いました。
─ 実際にはどういう反応がありましたか。
島村 最初は否定的でした。「新しい社長は何を言うのかな」、「早く終わってくれないかな」という雰囲気でした。大人数を集めると、どうしてもそうなりますから、それとは別に少員数でのミーティングを各地で3回ほど実施しました。
それを繰り返しているうちに「チャッティング」(雑談)から「ダイアローグ」(会話)になってきます。人間の尊厳を認識し、お互いが対等の立場で話すことができるようになります。その次のレベルが「ディスカッション」(議論)です。
よく「ディスカッションをしている」と言いますが、実際には単なるチャッティングで終わっていることも多い。そのレベルを上げていかなければ、本当のディスカッションにたどり着かないと思います。
─ 社長在任の6年間でかなり手応えはありましたか。
島村 ええ。3年経った時にエンゲージメントサーベイを行ったところ、10数項目が全てプラスになりました。我々がやり続けたことが、大きな効果につながったことが嬉しかったですね。業績はコストダウンすれば上がりますが、人の気持ちはお金では変えられません。
グローバルでも「何のために仕事をするのか」、「何のためにAGCは存在しているのか」ということに立ち戻ると、国籍に関係なく腑に落ちるんです。自らの存在価値を見つめ直したことが、成果を得られた最大の要因ではないかと思います。
─ 日本企業が成長するために必要なことは?
島村 よくイノベーションと言われますが、実はイノベーションって、案外我々が気が付かないところに転がっているのではないかと。画期的なことを想像しがちですが、少しつなぎ合わせ方を変えて、違った価値を生み出すことだったりするのではないでしょうか。あまり難しく考えずにやっていくことも大事ではないかと思います。