「まずは今の状況は耐えていくしかない」─。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が共同開発したロケット「H3」の初号機が失敗したことを受けて小宮山氏は今の心情をこう語る。日本の〝潜在力〟をどう掘り起こしていくか? 小宮山氏は資金の使い方の見直しを提言。日本の科学技術を担うのは「人」。その人材育成には「選択と集中」と悪平等にはならない「分配」のバランスある決断と実行が必要だと訴える。
《日本を代表するアパレルチェーン》アダストリア・福田三千男会長を直撃!
覚悟を決めて次のステップへ
─ JAXAと三菱重工の共同開発による大型ロケット「H3」初号機の打ち上げが失敗しました。受け止めは。
小宮山 とにかく焦ってはいけません。まずは落ち着いて問題を把握し、覚悟を決めて次のステップに進んでいくしかないのではないでしょうか。
もともとロケット開発に関する国の予算も減っていましたし、他国との国際競争の観点からの焦りもあったのでしょう。そして今回の失敗にヒューマンエラーはなかったのか、組織内や組織間の情報のやりとりに問題はなかったのかといった、技術以外の問題も含めて精査し、1つひとつ問題を解決していくほかないと思います。
─ 誰のせいかと責任追及しても意味がないと。
小宮山 冷静に、科学的に、徹底的に原因究明をするということです。米航空宇宙局が打ち上げスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故が起こった後も、絶対に事故を起こしてはならないと最長約2年もの間、プロジェクトを停止させた経験もしています。
─ 耐えながら耐えながら次に進んでいくことが大事だと。
小宮山 そうです。まずは今の状況を耐えていくしか他にありません。でも悔しくて涙が出そうですけどね。H3のニュースが報道されたとき、私はある機械系メーカーとの議論の場にいたのですが、その場もすっかり意気消沈してしまいました。
同社の取締役の方からは「エンジンを開発した三菱重工には最優秀なエンジニアがたくさんいるはずなのに…」という声も出ていました。実際、JAXAや三菱重工の組織内がどんな状況になっているかはうかがい知れません。いずれにしても、両者の置かれた状況は厳しいでしょう。しかしここで焦ってはいけません。焦れば焦るほど、益々失敗してしまいかねませんからね。
─ 科学技術を担う人材育成はどうあるべきですか。
小宮山 私はお金の使い方の点検が必要だと思います。奨学金もその1つ。家庭の事情から大学に通えない学生がいて、今後益々増えていきます。そういった若者の中から未来を担う人材が出てくるんです。意欲があるのに、進学を諦めるような学生をゼロにしなくてはなりません。そのための奨学金など、将来の日本を考えたら安いものです。
それから私が以前から訴えてきたのが、日本学術振興会から出ている大学院生に向けた奨学金の在り方です。これを日本に来たいと思っている海外の学生がもらえるようにしていくべきだと思っています。
具体的には、科学研究費(科研費)につければ良いと思っているんです。科研費をとった人たちが、現地で奨学金を約束して海外の学生をとれるようにする。欧米はそうしているんです。
「来ていいよ」と言ったって奨学金が約束されなければ海外の学生は来ません。科研費をもらっているような研究者は意欲も能力も高いはずですから、そういう人が留学生をとれる環境を作りたいですね。
意欲のある人に行き届く仕組み
─ 海外にも門戸を開いていくべきだということですね。
小宮山 そうですね。一方で、大学で働く教員に無条件で渡す校費があるのですが、今はこれが減ってきています。ですから、どうしても科研費などの競争的な経費からお金を充てないと、研究ができなくなってきているという現状があります。
もちろん、競争的資金には意欲と能力のある研究者の競争心を刺激するという意味があります。一方で、ある程度のお金を多くの人がもらっていないと、研究力の総合的な基盤が弱くなってしまいます。そこで私は科研費の中で、200~300万円と金額が低いランクの「基盤研究c」の採択率を、現状の3割未満から6割くらいに上げるべきではないかと思うのです。
平等と言って全員に配ってしまうと、悪平等になってしまいます。ですから、科研費に応募してくるくらいの研究意欲のある人たちには、過半数がもらえるようにすべきではないかと。
大きなお金が必要ではない、ちょっとしたお金でやれる、価値ある研究はたくさんあります。「選択と集中」も必要ですが、意欲のある人にお金が行き渡るという意味での「バラマキ」も必要なのです。
─ 誰がそれを判断すれば良いのでしょうか。
小宮山 科学技術振興機構(JST)の仕組みならできると思います。実はいま、国の研究費の大幅な増額が実現しているのです。その配り方をうまくやって、お金を生かして欲しい。
10兆円ファンドのような少数大学への選択と集中と、科研費やセンターオブイノベーションなどのように意欲のあるところに広く配ろうというお金のバランスが必要です。
昨年4月にJST理事長に就任した橋本和仁さんが、今が最大で最後のチャンスだと言っておられるのはそういう意味でしょう。期待しています。全体を引き上げることも大事だし、トップ大学にも頑張ってもらわなければなりませんからね。
─ 日本にも人材がいると。
小宮山 ええ。ですから「選択と集中」か「バラマキ」かという二項対立の不毛な議論はもうやめましょう。両方とも必要なんです。でも、悪平等のバラマキはいけないし、「選択と集中」だって悪くなり得ます。
ですから要は正しいバランス感覚です。どこにどう分配するかをしっかり考えていくことが大切になります。
《日本を代表するアパレルチェーン》アダストリア・福田三千男会長を直撃!
覚悟を決めて次のステップへ
─ JAXAと三菱重工の共同開発による大型ロケット「H3」初号機の打ち上げが失敗しました。受け止めは。
小宮山 とにかく焦ってはいけません。まずは落ち着いて問題を把握し、覚悟を決めて次のステップに進んでいくしかないのではないでしょうか。
もともとロケット開発に関する国の予算も減っていましたし、他国との国際競争の観点からの焦りもあったのでしょう。そして今回の失敗にヒューマンエラーはなかったのか、組織内や組織間の情報のやりとりに問題はなかったのかといった、技術以外の問題も含めて精査し、1つひとつ問題を解決していくほかないと思います。
─ 誰のせいかと責任追及しても意味がないと。
小宮山 冷静に、科学的に、徹底的に原因究明をするということです。米航空宇宙局が打ち上げスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故が起こった後も、絶対に事故を起こしてはならないと最長約2年もの間、プロジェクトを停止させた経験もしています。
─ 耐えながら耐えながら次に進んでいくことが大事だと。
小宮山 そうです。まずは今の状況を耐えていくしか他にありません。でも悔しくて涙が出そうですけどね。H3のニュースが報道されたとき、私はある機械系メーカーとの議論の場にいたのですが、その場もすっかり意気消沈してしまいました。
同社の取締役の方からは「エンジンを開発した三菱重工には最優秀なエンジニアがたくさんいるはずなのに…」という声も出ていました。実際、JAXAや三菱重工の組織内がどんな状況になっているかはうかがい知れません。いずれにしても、両者の置かれた状況は厳しいでしょう。しかしここで焦ってはいけません。焦れば焦るほど、益々失敗してしまいかねませんからね。
─ 科学技術を担う人材育成はどうあるべきですか。
小宮山 私はお金の使い方の点検が必要だと思います。奨学金もその1つ。家庭の事情から大学に通えない学生がいて、今後益々増えていきます。そういった若者の中から未来を担う人材が出てくるんです。意欲があるのに、進学を諦めるような学生をゼロにしなくてはなりません。そのための奨学金など、将来の日本を考えたら安いものです。
それから私が以前から訴えてきたのが、日本学術振興会から出ている大学院生に向けた奨学金の在り方です。これを日本に来たいと思っている海外の学生がもらえるようにしていくべきだと思っています。
具体的には、科学研究費(科研費)につければ良いと思っているんです。科研費をとった人たちが、現地で奨学金を約束して海外の学生をとれるようにする。欧米はそうしているんです。
「来ていいよ」と言ったって奨学金が約束されなければ海外の学生は来ません。科研費をもらっているような研究者は意欲も能力も高いはずですから、そういう人が留学生をとれる環境を作りたいですね。
意欲のある人に行き届く仕組み
─ 海外にも門戸を開いていくべきだということですね。
小宮山 そうですね。一方で、大学で働く教員に無条件で渡す校費があるのですが、今はこれが減ってきています。ですから、どうしても科研費などの競争的な経費からお金を充てないと、研究ができなくなってきているという現状があります。
もちろん、競争的資金には意欲と能力のある研究者の競争心を刺激するという意味があります。一方で、ある程度のお金を多くの人がもらっていないと、研究力の総合的な基盤が弱くなってしまいます。そこで私は科研費の中で、200~300万円と金額が低いランクの「基盤研究c」の採択率を、現状の3割未満から6割くらいに上げるべきではないかと思うのです。
平等と言って全員に配ってしまうと、悪平等になってしまいます。ですから、科研費に応募してくるくらいの研究意欲のある人たちには、過半数がもらえるようにすべきではないかと。
大きなお金が必要ではない、ちょっとしたお金でやれる、価値ある研究はたくさんあります。「選択と集中」も必要ですが、意欲のある人にお金が行き渡るという意味での「バラマキ」も必要なのです。
─ 誰がそれを判断すれば良いのでしょうか。
小宮山 科学技術振興機構(JST)の仕組みならできると思います。実はいま、国の研究費の大幅な増額が実現しているのです。その配り方をうまくやって、お金を生かして欲しい。
10兆円ファンドのような少数大学への選択と集中と、科研費やセンターオブイノベーションなどのように意欲のあるところに広く配ろうというお金のバランスが必要です。
昨年4月にJST理事長に就任した橋本和仁さんが、今が最大で最後のチャンスだと言っておられるのはそういう意味でしょう。期待しています。全体を引き上げることも大事だし、トップ大学にも頑張ってもらわなければなりませんからね。
─ 日本にも人材がいると。
小宮山 ええ。ですから「選択と集中」か「バラマキ」かという二項対立の不毛な議論はもうやめましょう。両方とも必要なんです。でも、悪平等のバラマキはいけないし、「選択と集中」だって悪くなり得ます。
ですから要は正しいバランス感覚です。どこにどう分配するかをしっかり考えていくことが大切になります。