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【倉本 聰:富良野風話】闘いの後で

財界オンライン 2023年4月8日 11時30分

WBCにかき廻されて何も手のつかない数日だった。殊にアメリカにわたっての準決勝・決勝。普段そんなに野球ファンの人間ではなかった筈なのに、今回の勝負にはまきこまれ、興奮した。大体、優勝に至るマイアミでの2戦。あんなシナリオを提出したら、マンガじゃないんだと突き返されるだろう。それほどコトがドラマチックに奇蹟的展開で進行した。

【倉本 聰:富良野風話】戦争

 今この奇蹟をふり返ると、ダルビッシュ有、大谷翔平という2大巨人の存在は勿論だが、彼らを含む若者たちの、何とも清々しい人間性に、久しぶりに心を鷲掴みにされた気がする。スポーツマンとしてのリスペクト、礼儀、人間性。一人でもあのメンバーの中に不純な心を持つ選手がまじっていたら、この感動は生まれなかったろう。

 そして何よりもこの快挙をもたらした栗山英樹監督の遠大な道のりへのシナリオに、心からなる敬意を表したい。

 今回のこの快挙への種まきは、今から11年前のドラフト会議に始まっている。

 メジャーに行きたかった大谷翔平という若者に、栗山監督と北海道日本ハムファイターズは26頁に及ぶ見事な建白書『大谷翔平君 夢への道しるべ』という心のこもったレポートを突きつけ、アメリカへ行きたいと焦る一人の青年の気持ちを、日ハム入団へと覆えさせてしまった。僕もこの建白書を読ませてもらったが、それを制作したチームの熱意と、それに応えた一人の高校生の真摯な決断に、今更のように感動させられた。

 それは大谷氏の希望の達成のために、直接メジャーへ入った場合と、日本のプロ野球を経由した場合の比較を、過去のデータを駆使して縷々説明したレポートなのだが、それを作成した球団の努力も素晴らしければ、それを理解し、大胆に翻意した、まだ高校生の決断も見事である。あの時のあの決断がなかったら、今回の感動は生まれなかったろう。

 この建白書の見事なところは、そこに球団側の企業としての利害が全くと言っていいほど姿を見せず、これから社会に出る若者のために、ひたすら純粋かつ客観的に事実としてのデータのみを書き記していることである。企業としてのこの態度は、全ての企業が見習うべきである。

 私的なことで恐縮だが、栗山監督とは同じ北海道の住人として、以前から多少の付き合いがある。彼が今回ヌートバー選手を見初めたように、初めて逢った十数年前から彼の人格に魅せられていた。僕より二廻りも齢下の筈なのに、僕など到底及ばない人間力と指導力を持った見事な人だった。

 彼の住んでいる栗山町に、自身で重機を操って作った栗の樹ファームという球場がある。かつてヒットした『フィールド・オブ・ドリームス』というケビン・コスナーの映画の中の、とうもろこし畑を開いて作った野球場を模して作ったものである。そうした夢とロマンこそが今回の快挙につながったのだろう。

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