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【値上げできない中小企業の現実】松久グループ(東京商工会議所顧問)・神谷一雄代表に直撃!

財界オンライン 2023年5月9日 18時0分

約55年にわたって東京商工会議所の議員を務めてきた松久グループ代表の神谷一雄氏は「経済人も言うべきことを言うべきとき」と訴える。東商の議員として東商120周年記念式典に当時の天皇皇后両陛下のご臨席を実現させ、エイズ問題にも取り組んだ。そして中小企業の活性化を実現するため、事業承継税制にも汗をかいた。神谷氏を突き動かした経済人としての信念とは何だったのか?

【記者座談会】値上げできている企業、値上げできない企業の差とは?

大企業と中小企業が共存共栄できる仕組みづくりを

 ─ 神谷さんは1967年に東京商工会議所議員に初当選して以来、商工会議所の活動に積極的に参加し、国への政策提言や東商の組織改革にも携ってきましたね。足元の中小企業の景況感をどう分析していますか。

 神谷 最近の原材料やエネルギー価格、物流費の高騰の影響は中小企業がもの凄く受けています。人件費が上がり、物価も上がってきていますが、大企業は力があり、内部留保もある。ですから、給料を上げたりして何とか対応することができますが、中小企業はそれができない。政府も大企業と中小企業が互いに共存共栄する体制づくりを真剣に考えなくてはなりません。

 中小企業が泣かされ、大企業だけが有利になるような状況は何としても改善しなければいけませんし、中小企業も存続できるような仕組みが求められます。これには構造的に解決すべき問題があります。

 ─ その構造的な問題とは。

 神谷 大企業では部長や工場長が前任者より実績を上げないと自分は出世できないという思考に縛られている。いかに自分の代で収益を上げるかに力を入れてしまうわけです。そのような心理状況があって下請けにもコストを削減するように要請してくることになります。上層部の経営陣がダメだと言っても、下部の現場ではそういう商習慣が当たり前になっていると。

 ─ 経営者にしても似たような状況がありますね。

 神谷 ええ。前任者より成績を上げて株価を上げたいというのが日本のシステムとして根付いてしまっているのです。ですから「下請けイジメはダメだ」と声をかけても、なかなか現場に浸透していかない。担当者にとって自分たちが10万円儲けることができたから下請けの工費を5万円上げようという発想にはならないのです。

 やはり政府がここを是正すべきだということをしっかり強調し、調査団を派遣して実態を調査するなど、本気で取り組まなければ産業の裾野を支える中小企業はどこも立ち行かなくなってしまいます。もちろん、中小企業も自ら声に出す勇気を持たなければなりません。

 例えば、当社でも電気代などのコストが上昇していることを受けて、取引先の製品の価格を2割上げてくださいとお願いするようにしています。ただ、これは現場の部長ではどうしても言えません。取引を行っているからです。そこで当社の本部の人間が客観的に値上げをお願いする理由が分かるデータを持ってお願いをするようにしました。

 ─ 値上げをお願いする側の努力も求められるのだと。

 神谷 はい。我々もこれだけコストが跳ね上がってしまうと、値上げを認めてもらうしかありません。そして値上げが受け入れられなければ諦めるしか仕方がない。それぐらい腹を決めていかないと戦えません。取引先の企業も我々の製品がなければ作れないわけですから、ここは共存共栄の考えが必要です。




 ─ 中小企業にとっても正念場を迎えていると言えますね。さて約55年間、東商の議員を務めてきた神谷さんにとって印象深い取り組みは何でしたか。

 神谷 何といっても1995年に行われた東商120周年記念式典です。東商は日本資本主義の産みの親と言われた渋沢栄一らの手によって設立され、明治以降の日本の近代化や経済発展に大きな役割を果たしてきました。その記念すべき式典に当時の天皇皇后両陛下のご臨席を賜ることができたのです。

 私はその下準備で動きました。元首相の中曽根康弘さん(故人)に120周年式典の意義を説明し、経済活性化のためには経済人が力を合わせていく必要があると伝えました。そのためにも天皇皇后両陛下のご臨席が何よりも重要だということも伝えたのです。

 ─ 中曽根さんはどのような反応をしたのですか。

 神谷 中曽根さんは「分かった」と言ってくれまして当時の宮内庁長官の藤森昭一さんに電話をしてくれました。「今から神谷が相談しに行く。彼の要請を聞いてやって欲しい」と。

 藤森さんと面会した私は「東商の120周年式典を行いたいのですが、是非ともこの記念すべき式典に天皇皇后両陛下にご臨席を賜れないでしょうか」と。それを聞いた藤森さんは「事情は分かりましたが、商工会議所の式典に天皇陛下がご臨席したことは一度もありません。渋沢さんの時代でさえ、明治天皇も大正天皇もご臨席になっていません」という返事でした。

 ─ そう言われた神谷さんは、どう返したのですか。

 神谷 切々と説得を続けましたね。「東商は中小企業の経営者約10万人の会員で成り立っています。従業員や家族を含めれば何百万人もの人たち含まれています。雇用の面や大企業をはじめとした取引先との関係で日本の産業界は成り立っている。経済の根底をどれだけ中小企業が担っているか。天皇皇后両陛下にご臨席いただければ、どれだけの中小企業の経営者たちが励まされるか」と。

 私は断られて当たり前の気持ちで面会に臨んでいました。ですから言いたいこともしっかり言わせていただいた。藤森さんも「神谷さんは、物事をはっきり言いますね」と苦笑いしていましたね。それでも藤森さんは関係各所を説得するために動いてくださいました。

 結果として95年3月4日の記念式典には天皇皇后両陛下がご臨席してくださいました。天皇皇后両陛下がお越しになるということで、10万人の東商会員のうち約2万8000人の中小企業の経営者たちが出席し、天皇皇后両陛下から励ましのお言葉をいただきました。会員も大変喜び、式典は盛況でした。




 ─ 中小企業の経営者を奮い立たせた出来事だったのですね。神谷さんはエイズ問題にも積極的に取り組みましたね。

 神谷 ええ。87年に東商会頭に就いた石川六郎さん(当時、鹿島建設会長)と一緒に取り組んだ政策です。エイズは81年に米国で初めて感染者が報告されて以降、世界中がエイズに震撼し始めていました。日本でも85年に感染者が見つかり、パニックの様相を呈していました。

 そこで私はまずは若い人たちに正確な知識を普及させ、しっかり予防させることを最優先の取り組みとして東商が行うべきだと石川さんに提言したのです。石川さんからは「よし、やろう。神谷さん、座長をやってくれないか?」と言われました。

 ─ 当時、内容的に誰もやりたがらないテーマでしたね。

 神谷 そうです。石川さんの鶴の一声で東商に「エイズ問題懇談会」が設置され、私が座長になりました。でも当初は他の議員から「これは東商の扱う議題ではない」といった反対の声もありましたね。それでも石川さんは、エイズ問題は経済問題にも直結すると考えたのです。

 要は若い人たちがどんどん海外に出て行って活動をしている。その仕事での駐在先や出張先で、いろいろな人に接触する。仕事をして病気にかからないためにも予防知識を持たなければ企業も若くて優秀な人材を失ってしまうことになるというわけです。

 私もエイズを一から勉強し、米国の視察も行いました。85年にはエイズ問題に積極的に取り組んでた米国人女優のエリザベス・テイラーさんと共催して東京でエイズのチャリティ晩餐会も開催しました。そういった草の根の活動を通じて社会のエイズに対する関心が高まりました。

 ─ 他の経済人が関与しないテーマにも取り組んだのですね。中小企業の支援策としては、思い出に残る取り組みとは?

 神谷 事業承継税制があります。事業承継税制とは中小企業の株式やその他の事業用資産が世代間で承継される際に、大きな税負担を伴うことがないように相続税や贈与税の廃止を図って中小企業の事業存続をバックアップするというものです。

 経済産業省の中小企業庁が財務省に折衝していたのですが、財務省からすれば「親からもらった財産を道楽で使うケースが起こり得る。また、ゼロから起業する人に対し、親から承継した人を特別に税制優遇することは不平等だ」というわけです。

 ─ どう折り合いをつけたのですか。

 神谷 これは政治決着を図るしかありませんでした。そこで、私は公明党の太田昭宏さんなどにも働きかけました。太田さんは中小企業の振興に力を入れており、事業承継税制を支持していたからです。太田さんにもそのメリットを訴えてきました。

 事業承継という形で親から譲り受けた財産を2代目がベンチャー企業への投資や新しい技術開発への投資に振り向けたりすれば、新しい産業が出てくることになります。それが日本の生きる糧になるはずです。

 一方で、もしそこで税金をかけてしまえば、税金を払うためにせっかく親から受け継いだ建物や土地、財産を売ってしまうことになりかねません。そうすれば中小企業が沈滞しかねない。そうしないためにも事業用資産の相続税をゼロにすることが重要であり、それが事業承継の大事なポイントになったのです。

 太田さんはその後、公明党代表となり、事業承継税制の実現に向けて動いてくれました。2008年の麻生太郎内閣時に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が制定され、翌年には同法に基づき相続税の納税猶予制度と贈与税の納税猶予制度が始まったという経緯です。




 ─ 経済人も言わなければならないことを自ら言うという覚悟が求められますね。

 神谷 そう思います。例えば安全保障に関しても、日本の隣国は核を持ち始めています。日本はこのまま米国の傘の下で生きて行けるのか。そういうことも考えて独裁国家の持つ核と向き合っていかなければなりません。そこはもう少し経済人が声を上げても良いと思うのです。

 こういったことは政治家もあまり大きな声で言えません。なぜなら小選挙区制を敷いているため、政治家にとっては選挙での票が失われることにつながりかねないからです。結果として、政治家も地元ばかりに目が向き、天下国家を論じる視点がなくなってしまっているわけです。

 ─ 経済力についてもGDPで日本は中国に抜かれて世界3位となってしまいました。

 神谷 ええ。全ては少子化の問題に行き着きます。だからこそ、人口の多い中国に競争でも劣ってしまうわけです。そこまで裕福でなければ、たとえ人口が増える国でも問題はありませんでしたが、今は世界全体のレベルも上がってきていますから脅威になっているわけです。

 他の国に負けないためにも日本は少子化対策に早急に手を付けていかなければなりません。それを政治家が単独でできないのであれば経済人が声を上げたりしていかないといけない。国を守るという覚悟を国民一人ひとりが持たなければならないのです。

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