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【武蔵小杉で産前産後ケア施設が開業】東邦大学看護学部・福島富士子元教授が語る”子育て支援政策”

財界オンライン 2023年5月30日 11時30分

少子化に拍車がかかる中、子どもを産んで育てる母親にとって切れ目のない支援が不可欠となっている。それを支える仕組みが「産前産後ケア」だ。3月に川崎・武蔵小杉で産前産後ケア施設を含む複合施設「コスギアイハグ」が開業。その監修に携わったのが、長年、子育て支援の政策に携わってきた東邦大学看護学部元教授の福島富士子氏だ。「日本は台湾や韓国などと比べて施設・設備面でも文化的な面でも後れをとる」と指摘し、日本のあるべき子育て支援政策を訴える。

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武蔵小杉に産前産後ケアを備えた複合施設が開業

 ─ 川崎市の用地提供の下、東レ建設を代表企業とした共同企業体による新たな複合施設「コスギアイハグ」が開業。福島さんは、このうちの「ウェルネスリビング棟」の産前産後ケア施設を手掛けましたね。

 福島 はい。4月1日に保育園や医療事業を手掛けてきた一般社団法人クレイドルと「ヴィタリテハウス」という産前産後ケア施設を開業しました。新しい命を迎えた母親とその家族が安心して育児をスタートできるように、アートや食事にもこだわった心地よい環境の中で、産後の体を癒すことができるアットホームな施設となります。

 施設には助産師をはじめとする育児の専門家が24時間体制で常駐しますので、母親に対する行き届いたケアや赤ちゃんのお預かりもできます。また、棟内のクリニックとも連携して必要に応じた診療や美容など総合的なバックアップができます。

 さらにコスギアイハグには農業を体験できるシェアリングファームの「トレファーム」もありますので、そこで採れた新鮮な野菜や旬の食材をふんだんに取り入れた産後の母親へのバランスの良い食事も提供します。

 今後、産前産後ケアセンターを中心に、クリニックやお子様の一時預かり、さらにはキッチンを主軸とした多目的スペースを完備し、子育てファミリーを中心に、地域の豊かな生活を総合的に支えるヘルスケア施設として様々な活動に取り組んでいきます。

 ─ 産後ケアも進化しているわけですね。

 福島 ええ。日本で第1号と言える産後ケア施設が世田谷の桜新町にある「世田谷区立産後ケアセンター」です。2008年にオープンしたのですが、センターに常駐するスタッフは全員が助産師。まさに日本での産後ケアセンターのモデル事業的な形でした。ただ当時は「日本に産後ケアセンターは馴染まない」と言われていました。

 それから4年後の12年に第2号として、私も監修してオープンしたのが埼玉県和光市の「わこう産前・産後ケアセンター」です。当時の安倍晋三首相も視察にいらっしゃいました。その前年は東日本大震災が発生した年。そこで母子の福祉避難所のようなものを意識しました。

 ─ 防災機能を備えたと。

 福島 はい。阪神・淡路大震災のとき、避難所となった体育館で母子が他の人たちと一緒に生活することが大変だったという教訓を受けてのものです。和光市もそれを意識して、母子の防災訓練も行っていました。そして、同市は日本でも初となる母子の福祉避難所として同センターを認定しました。

 和光市の事例を皮切りに、東京の文京区や大田区、私が教授を務めていた東邦大学などでも産前産後ケア施設が母子の福祉避難所としての認定を受けています。ただ、まだまだ不十分です。いざというときの非常時のために大学などを使うといった二次的な使い方をする場合、やはり平時から出入りしていることが重要になるからです。

 緊急時に初めて来たということになると、実際には機能しないことも起こり得ます。普段から地域の方々が出入りして、ミルクやおむつなど常備しておけば、いざというときに「あそこに行けば良いのだ」という意識が芽生えてきますからね。そういう施設は全国で見ても、まだまだ少ないと思います。




母子を主役にする施設づくり

 ─ それらを踏まえて、産前産後ケアの普及を図るためのポイントはどこにありますか。

 福島 私は以前から産前産後の切れ目のない支援が必要だと強調してきました。妊娠・出産時期のケアは主に医療機関で、子育てや虐待対策は主に福祉機関と分かれていることが多いのですが、産前産後の時期は担当機関が分散しているのです。

 一方で、母親にとっては妊娠・出産・子育てはつながっています。病院などで出産し、短期間で退院した後には日常生活と育児が待っているわけですが、出産直後の母親は女性ホルモンの劇的な低下によって倦怠感が著しく、精神的にも不安定な状態にあると言われています。

 赤ちゃんにとっても心理的健康を決定すると言われる愛着を形成する上で最も大事な時期でもあるのですが、ここがブツリと切れている。だからこそ、産前産後ケアのうちの産後ケアは母親となった女性の心身を癒し、親子の愛着を形成し、親としての自立を促し、社会復帰への援助を行うことになります。


武蔵小杉に開業した複合施設「コスギアイハグ」内にある産前産後ケア施設「ヴィタリテハウス」

 ─ 産後ケアが子育ての第一歩になるわけですね。

 福島 ええ。ですからこのヴィタリテハウスでは衣食住の暮らし方を強く意識しています。産後ケアという出発点に立ち、子育てを始める暮らしをスタートさせる。どんな保健指導を受けるべきかといった形式的なことではなく、何を食べて、何を着て、どんな所に住んだらいいのかといった子育てに関する暮らし方を感じていただくと。

 ですから、ヴィタリテハウスでは徹底的にくつろぎ、癒される空間づくりに力を入れました。母親が子どもと過ごす各部屋には現代美術作家の流 麻二果さんがこの施設のために描いたオリジナルの作品が飾られており、毎日の食事は料理研究家の植松良枝さんがプロデュースしてくれています。広々としたリビングルームを設け、お茶を飲むだけでも心が癒されます。

 これまでの産前産後ケアでは、どうしても我々の方から妊婦検診や保健指導をするといった一方的な考え方に偏りがちだったのですが、この施設では母子共に居心地がよく、何が満たされていて、何が足りないのかといったことを自分で感じていただくような設えにしています。

 ─ 主役を切り替えたと。

 福島 その通りです。母親がその足りないと感じる部分を私たちが支援させていただく、寄り添わせていただくというのが、この施設のテーマです。子育ての主役は母親ですから、施設で過ごす主役も母親にしなければなりません。ですから当初は我々の中でも葛藤がありました。

 母親の中にも、とにかくぐっすり寝たいという人もいるでしょう。しかしそれまでは母親がそう思っていても、決められた時間に起きて保健指導をしていたわけです。病院側がスケジュールを決めて、それに従ってもらっていたわけですね。そうではなく、ここでは母子を主役に切り替えました。




先を走る台湾や韓国

 ─ こういった産前産後ケアへの取り組みで理解は広がったと言えますか?

 福島 子育てをしたことがない世代の方々にはあまり理解ができないという部分があるようなのですが、今の30代や40代の若手の世代になると違います。ですから、こういった若い世代の方々による子育て支援を手掛ける起業家が増えているのです。

 そういった使命感のある若い方々に、どんどん参入してきてもらいたいですね。今の若い世代は自ら子育てをして、実体験としての課題認識を感じているわけです。子育てにはどんなサービスが必要なのか。それを身をもって体験しているのです。

 昨今、企業の男性社員の育休取得を奨励する動きが出てきていますが、仮に1カ月の休暇がとれて子どもにミルクをあげることくらいはできても、奥さんにご飯を作ってもらったり、家事のやり方を知らない男性も多い。それでは意味がありません。

 育児休暇制度が先にできたことは素晴らしいことではあるのですが、育児だけでなく家事もできるようにならなければなりません。ですから、父親の意識改革も求められるのです。そこでヴィタリテハウスがあるウェルネスリビング棟の1階にキッチンパークを作りました。

 ─ どんな狙いですか。

 福島 父親が学ぶ料理教室を開くなどして男性の家事に対する腕を磨いていただくものです。大きなキッチンを作り、そこで両親学級をやったりして、お父さんのための食事教室を開くのです。実はこういった施設は韓国や台湾にはたくさんあります。

 ─ 海外の事例とは。

 福島 例えば台湾は産後ケアの先進国です。もともと病院が産後ケア施設を設置したのが始まりなのですが、それが約25年前のこと。台湾ではお産したら1カ月ほど産後ケア施設に滞在するのが当たり前になっています。その結果、今では2人に1人の妊婦が使用しています。

 ─ 国が積極的にかかわってきていると?

 福島 それが違うのです。民間がやっています。台湾では分娩費用が安い。お産後3日で退院すると分娩費用が安くなるように制度設計されています。その結果、産後ケアにお金を使う文化にもなってきたのです。そういった文化は韓国や中国でも共通していて、日本だけが東アジアの中で遅れています。




大手企業などがバックアップする仕組みを

 ─ 今後、どのような対応をしていくべきなのでしょうか。

 福島 例えば、政府は「異次元の少子化対策」として、今後3年間で加速して取り組む政策のたたき台に、出産費用への保険適用を検討することを盛り込みました。今は出産が自由診療のため、分娩費用が60万~100万円と高額です。保険適用になれば、その費用負担は和らぐのではないでしょうか。

 私が12~13年前に韓国の子育て政策を視察しに行ったとき、産後ケア事業を展開している経営者から話を聞きました。彼らの中で共通していたのは「日本に進出したい」ということでした。日本は分娩費用が高く、産後ケアに充てる余裕がないということも既に調査していました。

 ─ 外資系企業の参入も増えてくるということでしょうか。

 福島 ええ。既に千葉県の習志野や市川などでも事例が出てきています。中でも韓国資本でヒットしているのが産後ケアホテル「マームガーデン葉山」です。母体の健康状態チェックや乳児の健康状態チェック、育児相談、授乳指導など、サービスが充実しています。

 ─ 日本企業も子育ての分野での工夫が求められますね。年間の出生数が80万人を割り込みました。今後の子育て政策の方向性はどうあるべきですか。

 福島 新たに「こども家庭庁」が設立されましたが、同庁の子育て政策の目玉になるのが産前産後ケアになるのではないでしょうか。時代も変わり、子育てに対する新しい発想をする若い世代が増えてきました。既存の企業にないアイデアを若手の人たちが持ち出すことができるようになれば変わると思います。

 そのためには、こういった若い人たちを大手企業や投資家がバックアップするような仕組みが必要です。志の高い企業の経営者や投資家と子育て支援に携わる人たちとでは、なかなか接点がありません。その意味では、企業人の方々に仲介役になっていただきたいと思いますね。

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