コロナ禍を経て都市は、オフィスはどうあるべきか─。2023年は森ビルにとって六本木ヒルズ20周年、虎ノ門ヒルズの完成、そして麻布台ヒルズの竣工というエポックな年。コロナ禍を経て、働き方が変わる中、「やはり新しいものを生み出すにはリアルが大事」と森ビル社長の辻慎吾氏。人と人とが対話する中で、新たなものを創り出していく。そのための「場」がオフィスだということ。辻氏の考える、これからの街づくりは。
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20年経っても街の「鮮度」を保つ
─ 2023年は森ビルにとって、2つの大きな再開発が竣工を迎える年ですが、「六本木ヒルズ」が誕生して20年という節目の年でもありますね。
辻 ええ。六本木ヒルズは22年12月、23年3月と立て続けに商業での1日の過去最高売り上げを更新し、1日の人出も最高は22年のクリスマスイブでした。一般的に、20年も経てば街の力は落ちていくものですが、六本木ヒルズが記録を更新しているというのは嬉しい話です。
全く行ったことのない新しい街ができるわけですから、街の「鮮度」はオープンの時が一番です。そこを頂点に鮮度は落ちてくるわけですが、六本木ヒルズの場合、お客様、来街する方々との「絆」というのは上がっているんです。
─ 森ビルは、その「絆」をつくる取り組みをしている?
辻 そうです。そうして1回訪れて「いいな」と思うと、また来て下さる。高級ブランドのお店はいろいろなところにありますが、街をきちんと運営していれば、「六本木ヒルズで買おうか」という形で絆が上がっていくんです。
街の鮮度も、お店を入れ替えたり、季節ごとのイベントを開催することで上げていく。そこに絆が上がっていけば、足し算で街の魅力が上がっていきます。六本木ヒルズは、街の鮮度を保ちながら、人々との絆を深めるという取り組みを戦略的に進めてきました。
それは森稔(森ビル元会長)が牽引してディベロップメント(開発)を進める段階から、その後の「タウンマネジメント」まで、一括で進めるという考えがあったからです。ディベロップメントからタウンマネジメントまでを一気通貫で取り組んだ街は世界的にもなかったんです。
─ 1つの街として運営する仕組みを構築したと。
辻 そうです。その後もいろいろな街づくりを進めてきましたが、改めて六本木ヒルズという街は強いなと感じます。新しい街ができると六本木ヒルズが比較対象に上がることも多いですし、六本木ヒルズの取り組み自体に注目していただけることも増えています。
─ オフィス、住宅、ホテル、文化施設がコンパクトに複合した街が必要だというコンセプトでしたね。
辻 そうです。それが元々の森ビル、そして、森稔の発想でした。そうした街が、多くの方に支援していただいて、使ってもらえるんだということが初めてわかったのが六本木ヒルズだったのではないでしょうか。その後にできた街は多くが複合開発になっています。
─ 辻さんは六本木ヒルズの開発にも携わってきましたが、この20年間で嬉しかったことは何ですか。
辻 例えばイベントを開催した時に、ガラーンとしているのが一番嫌なんです。ですが、六本木ヒルズでは様々なイベントに本当に多くの人が参加してくれます。しかも、この街には外国人が多いですが、そういう方々も来てくれて賑わっている。
典型的なのは盆踊りですが、外国人を含む来街者だけでなく元々、再開発に一緒に取り組んだ方々が主催者となっていますから、地元の方も来ます。
六本木ヒルズはテーマパークではなく「街」なんだというのが最初からの考え方です。テーマパークは夢の世界で、非日常を味わいますが、この街には「日常」があります。その中に様々なイベントがありますが、我々が何かを仕掛けた時に多くの方が来てくれて、それが話題になって、さらに多くの方が来てくれるというのは見ていて楽しいし、嬉しいですね。
新しいものを生み出すのはリアルの空間
─ 足元ではインバウンド(訪日外国人観光客)が増えていますが、3年半のコロナ禍をどう総括しますか。
辻 世界中の人たちが、一斉に同じ体験をするというのは、今までにほとんどないことでした。それによってリモートワークが浸透、テクノロジーが進化して、働き方、住まい方を見直していこうというムードになりました。これがある地域だけで起きていたら、こうはならなかったと思うんです。
この全世界の人が同じ経験をしたというのは、何かが変わる時の大事なポイントではないかと思います。その中で、健康や自分の生活に対する人々の意識は上がっていきました。
─ 確かに人々の意識はコロナで大きく変わりましたね。
辻 ええ。そして私がコロナで感じたこととして最近いつも言っていることがあります。
「働き方が変わる」と言われた中で「オフィスがいらなくなる」という人がいました。また、「リモートワークが中心になって、オフィスを解約している企業が増えている」などとも言われましたが、実はそうしたことはほとんど起きていません。少なくとも、当社の物件に関しては、コロナ前とほとんど状況は変わっていません。
確かにコロナ前と働き方は変わりましたが、何かを議論しながら新しいものを創ろうとする時には、みんなが集まる場が必要です。クリエイティブな仕事、新しいものを生み出すことはリモートだけではできません。
─ 相手の表情を見たりしながら議論をする必要があると。
辻 そうです。例えば20人で会議をする時、リモートだと小さな画面に20人の顔が並びます。話はできますが、表情がわからない。リアルで会えば「何か別のことを考えているな」などといったことがわかりますよね。何よりも、議論をするというのはリモートでは難しい。
確かに、米大手IT企業などは最近まで100%リモートでした。しかし、オフィス自体は全く減らしていません。それはオフィスの使い方が変わってきているからです。
オフィスに1人ひとりの席があって、そこで仕事をするというより、みんなで打ち合わせや会議をしやすくするために設えも変えている。階段状の打ち合わせスペースや、コーヒーを飲みながらリラックスして会議ができるスペースがあるなど、様々な工夫がなされています。今後、リアルとリモートの併用で、ますます変わっていくと思いますね。
─ 人と人との議論や対話には五感を働かせることが重要だということですね。
辻 世の中の多くの経営者は、リモートでは重要な仕事は進まないと考えています。ですから外資系のIT企業も、どうやったら社員が会社に来るかを一生懸命に考えている。
世の中で何かが変わると、多くの場合変わるものばかり追いかけるようになります。テクノロジーの進歩も同様ですが、そればかり追いかけていると最後、行き場がわからなくなる。
しかし、人間の「会いたい」という出会いを求める気持ちや、音楽をライブで聞きたいという感覚など、人間の本質は変わりません。その人達が生活し、働く、それを受け入れる都市の本質も、おそらく変わりません。
ですから、選ばれる都市も変わらないのだと思うんです。今回のコロナ禍では、そういうことを強く感じました。
─ コロナ禍は自らの仕事を見つめ直す機会になったと。
辻 何が大事なことなのかといった本質的なことを理解する機会になったと思いますね。
オフィスや街を訪れた人同士が仲良くなって、そこから新しいものが生まれたりするわけです。そういう偶然が必要ですし、そのための場や機会をつくるのが我々の役目です。
そして、わたしたちは場を提供するだけなく、「仕掛け」をつくろうとしています。
2.4ヘクタールを「緑」に
─ 23年秋には開発を進めてきた「麻布台ヒルズ」が竣工しますね。約300人の地権者と共に進めてきた街づくりですが、改めてこの街への思いを聞かせて下さい。
辻 この街のコンセプトは「モダンアーバンビレッジ」、「グリーン&ウェルネス」ですが、街づくりの基本的な考え方に「グリーン」や「ウェルネス」を置いている街はないんです。
グリーンでは8ヘクタールの敷地に2.4ヘクタールの緑をつくっていますが、大きな公園をつくるようなものです。わかりやすく言うと、東京・丸の内の1街区が1~1.5ヘクタールですから、それよりも広い。
また、これからの街には豊かな健康が重要になるということでウェルネスを掲げました。これらはコロナ前につくったコンセプトですが、コロナ禍と今の環境問題を受けて、結果的に最先端のテーマとなりました。
これらは人々が生きていく、生活していくことを都市がサポートする時に、最も大事な部分だと考えたのです。
─ 六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズともまた違うテーマを持たせたと。
辻 六本木ヒルズは「文化都心」です。もちろん屋上緑化など緑も取り入れていましたが、打ち出すテーマとして、都市に文化がないと世界から人が集まらないという考えがありました。特に外国人には、その感覚が強い。森美術館を20年間運営し、他にも多くの文化イベントを開催してきたんです。
「アークヒルズ」にはサントリーホールがあり、六本木ヒルズには森美術館がある。こうしたことで、森ビルは文化に対して取り組んでいるというご評価を得ることができました。
虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズにも文化施設はあり、それは継続していますが、麻布台ヒルズでは、最も大事な「グリーン」
「ウェルネス」をきちんと打ち出そうということで、メインのコンセプトにしました。
─ 2.4ヘクタールを緑にするというは大胆ですね。
辻 麻布台ヒルズで最も高い複合ビルを約330メートルの高さにしたのは、下のスペースを緑のために開けたいからです。それが森稔が提唱した「ヴァーティカル・ガーデンシティ」(立体緑園都市)です。
また、我々は住宅をつくり続けてきたことで、人々の生活に関するノウハウも蓄積しています。麻布台と虎ノ門で、今まで森ビルがつくってきた住宅と同じボリュームに相当する住宅をつくりました。
外国人向けも含め、都心の高級住宅のマーケットが十分にあるのかについては議論があり、一つのチャレンジでしたが、実際にマーケットはありました。
─ 麻布台ヒルズにはインターナショナルスクールが入るのも特徴ですね。
辻 インターナショナルスクールには校舎に加え運動場や体育館も必要ですから、8ヘクタールといった大規模な開発でなければ入れることができません。
東京の弱点の1つは、都心部からインターナショナルスクールへの距離が遠いことだと言われます。それを外国人が最も多く住んでいる港区の真ん中に持ってくるというのは、東京にとっても大きなことだと考えています。
─ 麻布台ヒルズは約300人の権利者と35年にわたって取り組んできた再開発ですね。様々な利害が錯綜する中、続けさせたものは何ですか。
辻 諦めるということを考えていないということだと思います。「森ビルさんは失敗しませんね」とよく言われますが、実は失敗は数多くしています。しかし、成功したものしか見えていないんです。我々はやめない、諦めない。諦めなければ、全て出来上がってきます。
地元の方々と共同事業でやっており、その方々は我々を信じてくれています。その思いを裏切らないということです。
街が出来上がって20年、50年、100年と、その都市に残っていきます。多くの人が使う場になっていきますが、その社会的責任がありますから、必要とされるものをつくりたいという想いがあります。
そして、面白い街をつくりたいという想いは森稔の時代から変わりません。社員も、そういう想いを持った人間が集まっているんです。
─ 建物だけでなく、目に見えない資産をつくる仕事とも言えそうですね。
辻 そうかもしれません。新しい街ができていくと、エリアの姿が変わり、エリア同士がつながっていきます。
アークヒルズだけだったところに六本木ヒルズができ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズというコンセプトの違うヒルズができて、それを足し合わせることでエリアに経済圏・文化圏ができている。
ホテルも、六本木ヒルズにはグランドハイアット、虎ノ門ヒルズ森タワーにはアンダーズがあり、虎ノ門ヒルズステーションタワーにはハイアット系のホテル虎ノ門ヒルズ、そして麻布台ヒルズにはアマン系のジャヌ東京とバラエティに富んだホテルが入ります。
住宅も、麻布台であれば緑の中に住みたい人が集まるでしょうし、文化施設や商業施設が充実している場所に住みたいという人は六本木を選ぶでしょうし、ビジネス中心の虎ノ門に住みたい人もいるでしょう。特徴ある住宅が凝縮されていますから、エリアとして強くなります。
しかも環状2号線が開通したことで、例えば虎ノ門から羽田空港まで車で18分くらいで行くことができるようになるなど、利便性が向上しました。これも街の強さにつながります。
欧米の金融危機をどう見ていくか?
─ 利上げによって米国で銀行が破綻、欧州でクレディスイスが危機に陥って救済合併されるなど金融は転換期にあります。今後の金利動向も懸念されますが、今後をどう見ますか。
辻 日本の金融政策でも日本銀行がYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)やゼロ金利の撤廃を行わなければいけないということは、よく言われています。それはいずれやらなければいけないことだと思うんです。
我々はビジネス上、金利がゼロの時でも、中期経営計画の中に金利の上昇シナリオを織り込んでいるんです。足元では金利が上がっていませんから、予備費のような形になっています。
日本は物価目標2%を掲げていますが、ちゃんと経済成長すれば、金利はゼロではなく上がってきます。ただ、日本が今のアメリカのように5%水準の金利になるかといったら違う。ですから、そこまでの金利上昇は想定していないということです。
─ 日本での金利上昇を、どのように想定していますか。
辻 今までの経営計画では、オフィスの賃料は上がらないと想定してきました。しかし、金利が上がるとすると、モノの値段も上がっていきます。金利だけが上昇すると経済を潰すことになりますから。
そして金利が上昇していく時にはオフィス賃料も上がっているはずです。その時には金利、モノの値段など経済全体が回っているわけですから、それをきちんと見極めた上で経営をしていけば、今の我々の財務基盤も含めて大丈夫だと見ています。
ただ、アメリカ経済の状況はよく見ておかないといけません。そこまで恐れてはいませんが、リセッション(景気後退)に陥る可能性があります。あれだけ一気に金利を上げれば、当然反動が来ます。実際、シリコンバレーバンクなど複数の銀行が破綻しているわけですから。ただ、リーマンショックとは違う感じがしています。
─ 日本は人口減、少子高齢化が進んでいますが、この中で街をつくることの意義は?
辻 人口減は経済にとってマイナスです。ではどうやって増やすかというと海外の人に来てもらわなければなりません。ですから世界の人から選ばれる都市にならないといけない。
その中で世界の諸都市と国際都市間競争をしているわけです。そこで勝っていかなければ、誰も来なくなる。そうなると人口が減るだけでなく、日本人すら海外に出ていってしまう。そういう危機感を持つべきで、政・官・民が同じ認識を持ち、どうやったら都市として選ばれるかを考える必要があります。
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20年経っても街の「鮮度」を保つ
─ 2023年は森ビルにとって、2つの大きな再開発が竣工を迎える年ですが、「六本木ヒルズ」が誕生して20年という節目の年でもありますね。
辻 ええ。六本木ヒルズは22年12月、23年3月と立て続けに商業での1日の過去最高売り上げを更新し、1日の人出も最高は22年のクリスマスイブでした。一般的に、20年も経てば街の力は落ちていくものですが、六本木ヒルズが記録を更新しているというのは嬉しい話です。
全く行ったことのない新しい街ができるわけですから、街の「鮮度」はオープンの時が一番です。そこを頂点に鮮度は落ちてくるわけですが、六本木ヒルズの場合、お客様、来街する方々との「絆」というのは上がっているんです。
─ 森ビルは、その「絆」をつくる取り組みをしている?
辻 そうです。そうして1回訪れて「いいな」と思うと、また来て下さる。高級ブランドのお店はいろいろなところにありますが、街をきちんと運営していれば、「六本木ヒルズで買おうか」という形で絆が上がっていくんです。
街の鮮度も、お店を入れ替えたり、季節ごとのイベントを開催することで上げていく。そこに絆が上がっていけば、足し算で街の魅力が上がっていきます。六本木ヒルズは、街の鮮度を保ちながら、人々との絆を深めるという取り組みを戦略的に進めてきました。
それは森稔(森ビル元会長)が牽引してディベロップメント(開発)を進める段階から、その後の「タウンマネジメント」まで、一括で進めるという考えがあったからです。ディベロップメントからタウンマネジメントまでを一気通貫で取り組んだ街は世界的にもなかったんです。
─ 1つの街として運営する仕組みを構築したと。
辻 そうです。その後もいろいろな街づくりを進めてきましたが、改めて六本木ヒルズという街は強いなと感じます。新しい街ができると六本木ヒルズが比較対象に上がることも多いですし、六本木ヒルズの取り組み自体に注目していただけることも増えています。
─ オフィス、住宅、ホテル、文化施設がコンパクトに複合した街が必要だというコンセプトでしたね。
辻 そうです。それが元々の森ビル、そして、森稔の発想でした。そうした街が、多くの方に支援していただいて、使ってもらえるんだということが初めてわかったのが六本木ヒルズだったのではないでしょうか。その後にできた街は多くが複合開発になっています。
─ 辻さんは六本木ヒルズの開発にも携わってきましたが、この20年間で嬉しかったことは何ですか。
辻 例えばイベントを開催した時に、ガラーンとしているのが一番嫌なんです。ですが、六本木ヒルズでは様々なイベントに本当に多くの人が参加してくれます。しかも、この街には外国人が多いですが、そういう方々も来てくれて賑わっている。
典型的なのは盆踊りですが、外国人を含む来街者だけでなく元々、再開発に一緒に取り組んだ方々が主催者となっていますから、地元の方も来ます。
六本木ヒルズはテーマパークではなく「街」なんだというのが最初からの考え方です。テーマパークは夢の世界で、非日常を味わいますが、この街には「日常」があります。その中に様々なイベントがありますが、我々が何かを仕掛けた時に多くの方が来てくれて、それが話題になって、さらに多くの方が来てくれるというのは見ていて楽しいし、嬉しいですね。
新しいものを生み出すのはリアルの空間
─ 足元ではインバウンド(訪日外国人観光客)が増えていますが、3年半のコロナ禍をどう総括しますか。
辻 世界中の人たちが、一斉に同じ体験をするというのは、今までにほとんどないことでした。それによってリモートワークが浸透、テクノロジーが進化して、働き方、住まい方を見直していこうというムードになりました。これがある地域だけで起きていたら、こうはならなかったと思うんです。
この全世界の人が同じ経験をしたというのは、何かが変わる時の大事なポイントではないかと思います。その中で、健康や自分の生活に対する人々の意識は上がっていきました。
─ 確かに人々の意識はコロナで大きく変わりましたね。
辻 ええ。そして私がコロナで感じたこととして最近いつも言っていることがあります。
「働き方が変わる」と言われた中で「オフィスがいらなくなる」という人がいました。また、「リモートワークが中心になって、オフィスを解約している企業が増えている」などとも言われましたが、実はそうしたことはほとんど起きていません。少なくとも、当社の物件に関しては、コロナ前とほとんど状況は変わっていません。
確かにコロナ前と働き方は変わりましたが、何かを議論しながら新しいものを創ろうとする時には、みんなが集まる場が必要です。クリエイティブな仕事、新しいものを生み出すことはリモートだけではできません。
─ 相手の表情を見たりしながら議論をする必要があると。
辻 そうです。例えば20人で会議をする時、リモートだと小さな画面に20人の顔が並びます。話はできますが、表情がわからない。リアルで会えば「何か別のことを考えているな」などといったことがわかりますよね。何よりも、議論をするというのはリモートでは難しい。
確かに、米大手IT企業などは最近まで100%リモートでした。しかし、オフィス自体は全く減らしていません。それはオフィスの使い方が変わってきているからです。
オフィスに1人ひとりの席があって、そこで仕事をするというより、みんなで打ち合わせや会議をしやすくするために設えも変えている。階段状の打ち合わせスペースや、コーヒーを飲みながらリラックスして会議ができるスペースがあるなど、様々な工夫がなされています。今後、リアルとリモートの併用で、ますます変わっていくと思いますね。
─ 人と人との議論や対話には五感を働かせることが重要だということですね。
辻 世の中の多くの経営者は、リモートでは重要な仕事は進まないと考えています。ですから外資系のIT企業も、どうやったら社員が会社に来るかを一生懸命に考えている。
世の中で何かが変わると、多くの場合変わるものばかり追いかけるようになります。テクノロジーの進歩も同様ですが、そればかり追いかけていると最後、行き場がわからなくなる。
しかし、人間の「会いたい」という出会いを求める気持ちや、音楽をライブで聞きたいという感覚など、人間の本質は変わりません。その人達が生活し、働く、それを受け入れる都市の本質も、おそらく変わりません。
ですから、選ばれる都市も変わらないのだと思うんです。今回のコロナ禍では、そういうことを強く感じました。
─ コロナ禍は自らの仕事を見つめ直す機会になったと。
辻 何が大事なことなのかといった本質的なことを理解する機会になったと思いますね。
オフィスや街を訪れた人同士が仲良くなって、そこから新しいものが生まれたりするわけです。そういう偶然が必要ですし、そのための場や機会をつくるのが我々の役目です。
そして、わたしたちは場を提供するだけなく、「仕掛け」をつくろうとしています。
2.4ヘクタールを「緑」に
─ 23年秋には開発を進めてきた「麻布台ヒルズ」が竣工しますね。約300人の地権者と共に進めてきた街づくりですが、改めてこの街への思いを聞かせて下さい。
辻 この街のコンセプトは「モダンアーバンビレッジ」、「グリーン&ウェルネス」ですが、街づくりの基本的な考え方に「グリーン」や「ウェルネス」を置いている街はないんです。
グリーンでは8ヘクタールの敷地に2.4ヘクタールの緑をつくっていますが、大きな公園をつくるようなものです。わかりやすく言うと、東京・丸の内の1街区が1~1.5ヘクタールですから、それよりも広い。
また、これからの街には豊かな健康が重要になるということでウェルネスを掲げました。これらはコロナ前につくったコンセプトですが、コロナ禍と今の環境問題を受けて、結果的に最先端のテーマとなりました。
これらは人々が生きていく、生活していくことを都市がサポートする時に、最も大事な部分だと考えたのです。
─ 六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズともまた違うテーマを持たせたと。
辻 六本木ヒルズは「文化都心」です。もちろん屋上緑化など緑も取り入れていましたが、打ち出すテーマとして、都市に文化がないと世界から人が集まらないという考えがありました。特に外国人には、その感覚が強い。森美術館を20年間運営し、他にも多くの文化イベントを開催してきたんです。
「アークヒルズ」にはサントリーホールがあり、六本木ヒルズには森美術館がある。こうしたことで、森ビルは文化に対して取り組んでいるというご評価を得ることができました。
虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズにも文化施設はあり、それは継続していますが、麻布台ヒルズでは、最も大事な「グリーン」
「ウェルネス」をきちんと打ち出そうということで、メインのコンセプトにしました。
─ 2.4ヘクタールを緑にするというは大胆ですね。
辻 麻布台ヒルズで最も高い複合ビルを約330メートルの高さにしたのは、下のスペースを緑のために開けたいからです。それが森稔が提唱した「ヴァーティカル・ガーデンシティ」(立体緑園都市)です。
また、我々は住宅をつくり続けてきたことで、人々の生活に関するノウハウも蓄積しています。麻布台と虎ノ門で、今まで森ビルがつくってきた住宅と同じボリュームに相当する住宅をつくりました。
外国人向けも含め、都心の高級住宅のマーケットが十分にあるのかについては議論があり、一つのチャレンジでしたが、実際にマーケットはありました。
─ 麻布台ヒルズにはインターナショナルスクールが入るのも特徴ですね。
辻 インターナショナルスクールには校舎に加え運動場や体育館も必要ですから、8ヘクタールといった大規模な開発でなければ入れることができません。
東京の弱点の1つは、都心部からインターナショナルスクールへの距離が遠いことだと言われます。それを外国人が最も多く住んでいる港区の真ん中に持ってくるというのは、東京にとっても大きなことだと考えています。
─ 麻布台ヒルズは約300人の権利者と35年にわたって取り組んできた再開発ですね。様々な利害が錯綜する中、続けさせたものは何ですか。
辻 諦めるということを考えていないということだと思います。「森ビルさんは失敗しませんね」とよく言われますが、実は失敗は数多くしています。しかし、成功したものしか見えていないんです。我々はやめない、諦めない。諦めなければ、全て出来上がってきます。
地元の方々と共同事業でやっており、その方々は我々を信じてくれています。その思いを裏切らないということです。
街が出来上がって20年、50年、100年と、その都市に残っていきます。多くの人が使う場になっていきますが、その社会的責任がありますから、必要とされるものをつくりたいという想いがあります。
そして、面白い街をつくりたいという想いは森稔の時代から変わりません。社員も、そういう想いを持った人間が集まっているんです。
─ 建物だけでなく、目に見えない資産をつくる仕事とも言えそうですね。
辻 そうかもしれません。新しい街ができていくと、エリアの姿が変わり、エリア同士がつながっていきます。
アークヒルズだけだったところに六本木ヒルズができ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズというコンセプトの違うヒルズができて、それを足し合わせることでエリアに経済圏・文化圏ができている。
ホテルも、六本木ヒルズにはグランドハイアット、虎ノ門ヒルズ森タワーにはアンダーズがあり、虎ノ門ヒルズステーションタワーにはハイアット系のホテル虎ノ門ヒルズ、そして麻布台ヒルズにはアマン系のジャヌ東京とバラエティに富んだホテルが入ります。
住宅も、麻布台であれば緑の中に住みたい人が集まるでしょうし、文化施設や商業施設が充実している場所に住みたいという人は六本木を選ぶでしょうし、ビジネス中心の虎ノ門に住みたい人もいるでしょう。特徴ある住宅が凝縮されていますから、エリアとして強くなります。
しかも環状2号線が開通したことで、例えば虎ノ門から羽田空港まで車で18分くらいで行くことができるようになるなど、利便性が向上しました。これも街の強さにつながります。
欧米の金融危機をどう見ていくか?
─ 利上げによって米国で銀行が破綻、欧州でクレディスイスが危機に陥って救済合併されるなど金融は転換期にあります。今後の金利動向も懸念されますが、今後をどう見ますか。
辻 日本の金融政策でも日本銀行がYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)やゼロ金利の撤廃を行わなければいけないということは、よく言われています。それはいずれやらなければいけないことだと思うんです。
我々はビジネス上、金利がゼロの時でも、中期経営計画の中に金利の上昇シナリオを織り込んでいるんです。足元では金利が上がっていませんから、予備費のような形になっています。
日本は物価目標2%を掲げていますが、ちゃんと経済成長すれば、金利はゼロではなく上がってきます。ただ、日本が今のアメリカのように5%水準の金利になるかといったら違う。ですから、そこまでの金利上昇は想定していないということです。
─ 日本での金利上昇を、どのように想定していますか。
辻 今までの経営計画では、オフィスの賃料は上がらないと想定してきました。しかし、金利が上がるとすると、モノの値段も上がっていきます。金利だけが上昇すると経済を潰すことになりますから。
そして金利が上昇していく時にはオフィス賃料も上がっているはずです。その時には金利、モノの値段など経済全体が回っているわけですから、それをきちんと見極めた上で経営をしていけば、今の我々の財務基盤も含めて大丈夫だと見ています。
ただ、アメリカ経済の状況はよく見ておかないといけません。そこまで恐れてはいませんが、リセッション(景気後退)に陥る可能性があります。あれだけ一気に金利を上げれば、当然反動が来ます。実際、シリコンバレーバンクなど複数の銀行が破綻しているわけですから。ただ、リーマンショックとは違う感じがしています。
─ 日本は人口減、少子高齢化が進んでいますが、この中で街をつくることの意義は?
辻 人口減は経済にとってマイナスです。ではどうやって増やすかというと海外の人に来てもらわなければなりません。ですから世界の人から選ばれる都市にならないといけない。
その中で世界の諸都市と国際都市間競争をしているわけです。そこで勝っていかなければ、誰も来なくなる。そうなると人口が減るだけでなく、日本人すら海外に出ていってしまう。そういう危機感を持つべきで、政・官・民が同じ認識を持ち、どうやったら都市として選ばれるかを考える必要があります。