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【政界】G7広島で期待以上の成果を上げた岸田首相が解散に慎重な真意

財界オンライン 2023年6月13日 18時0分

首相・岸田文雄の地元・広島で開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)は、ウクライナ大統領ゼレンスキーのサプライズ参加で国際的に大きな注目を集めた。そのため「ゼレンスキー・サミットだった」と指摘する声もある。そんな中でも議長国として岸田は面目躍如の成果を挙げたといえる。報道各社の世論調査で内閣支持率は軒並み上向き、6月21日に会期末を迎える終盤国会で不安材料は見当たらない。岸田は政権運営の主導権を確保し、衆院解散の判断に関しても自由度が高まったとみていい。

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必勝しゃもじは伏線?

 G7サミットの前評判は必ずしも高くなかった。米大統領のバイデンは米政府の債務上限引き上げ問題への対応に忙殺され、一時は欠席が取り沙汰された。さすがにそれはなかったが、サミット後に予定していたパプアニューギニアとオーストラリア訪問は見送った。近年、サミットの地位低下が指摘される中、局面を劇的に変えたのがゼレンスキーだった。

 開幕前日の5月18日、外務省はゼレンスキーが最終日の21日にオンラインで参加すると発表した。一方、初日の19日に予定されていたウクライナに関するセッションは「ウクライナ側の事情」でG7首脳だけで開催することになった。

 そのころ、ゼレンスキーは地域協力機構「アラブ連盟」の首脳会議に出席するためサウジアラビアにいた。「事情」とはこのことを指す。13~15日にはイタリア、ドイツ、フランス、英国を歴訪し、ロシアに対する大規模な反転攻勢に向けて軍事支援を訴えたゼレンスキー。訪日は一連の外交の延長線上にあった。ウクライナ政府がサミットへの対面参加を日本側に伝えたのは4月。日本政府関係者は「正式には開幕の数日前に決まった」と明かした。

 つまり、外務省がオンライン参加を発表した時点でゼレンスキーはサウジから日本に向かうことが確定していた。情報をつかんだ一部の海外メディアは5月19日に特報したが、岸田は同日夜になっても「ウクライナ政府はオンラインで参加すると発表している。私から付け加えることはない」と記者団をけむに巻いた。両政府の間で、ゼレンスキーが日本に無事到着するめどがつくまでは公表しない手はずになっていたからだ。

 岸田は3月にウクライナを極秘訪問した際、ゼレンスキーにオンライン参加を要請した。土産として渡した「必勝しゃもじ」は、サミットで首脳のワーキングディナー会場になった宮島の特産品。当時、岸田はゼレンスキーが広島に来るとは考えていなかっただろうが、いざ実現すると、しゃもじが伏線だったようにも思えてくる。訪日の効果はそれほど大きかった。

 5月21日、サミット会場のグランドプリンスホテル広島でG7首脳らが記念撮影に臨んだ。真ん中に立つ岸田の両脇にはバイデンとゼレンスキー。ハイライトとも言うべき光景に、外務省幹部は「歴史に残るサミットになった」と目を細めた。



新興国は両にらみ

 G7首脳とゼレンスキーによる最終日のセッションでは、各国がウクライナに対して外交、財政、人道、軍事支援を必要な限り提供することで一致した。岸田は「ロシアによる侵略を1日も早く終わらせるためには、G7がこれまで以上に結束し、ウクライナをあらゆる側面から力強く支援するとともに、厳しい対露制裁を継続することが不可欠だ」と表明した。ゼレンスキーは招待8カ国を加えた拡大会合にも出席し、予定の1時間を超えて議論が交わされた。

 閉幕後の記者会見で岸田は「ここ広島にゼレンスキー大統領をお迎えし、議論を行ったことは、力による現状変更のための核兵器による威嚇、ましてやその使用はあってはならないというメッセージを、緊張感を持って発信することになった」と強調し、ことあるごとに核の使用を示唆するロシアをけん制した。

 ロシアへの圧力を強化するには、G7だけでなく「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の協力が必要だ。ただ、今回その道筋がついたとは言い難い。

 サミットに招待した8カ国のうち、韓国とオーストラリアを除く6カ国はグローバルサウスに属する。中でも代表格のインドは、国境紛争を抱える中国に対抗するため日米欧との連携を強化する半面、ロシアと長年の友好関係を維持している。中露を含む主要20カ国・地域(G20)の今年の議長国でもある。

 モディ首相はサミット前、日経新聞との単独会見で「インドは安全保障上のパートナーシップや同盟に属したことはない」と語った。自国の利益に応じて相手と連携する「戦略的自律性」を重視するインドは、G7と中露のいずれかに一方的に肩入れする気はない。同様にインドネシアとブラジルも拡大会合で二極化への懸念を示した。ウクライナ問題を巡ってG7とグローバルサウスにはなお温度差がある。

 初日の世界経済に関するセッションで、G7首脳はクリーンエネルギー経済への移行に向けた取り組みや、特定の国への重要物資の依存の低減、信頼性のあるサプライチェーン(供給網)の構築などで緊密に連携することを確認した。

 しかし、G7が世界の国内総生産(GDP)に占める割合はかつての約7割から今や約4割まで低下している。世界第2位の経済大国・中国と全面対決するわけにはいかない。首脳声明でデカップリング(切り離し)を否定し、「中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意がある」とうたったのはそのためだ。

 米政府の債務上限引き上げ問題もサミットに影を落とした。バイデンは交渉状況を確認するため5月19日の夕食会を途中で退席。20日午前のセッションも欠席した。



及び腰の立憲

 G7サミットで露呈した課題がゼレンスキーの来日で後景に退いたためか、国内世論は岸田の手腕をおおむね好意的に評価した。

 読売新聞が5月20、21両日に実施した世論調査で、内閣支持率は56%に上昇し、8カ月ぶりに5割台を回復した。不支持率は33%だった。他社に比べて支持率が低めに出る傾向がある毎日新聞の調査(20、21両日)でも支持率は45%、不支持率は46%でほぼ並んだ。サミット効果はあったとみていいだろう。

 しかも、サミットから一夜明けた22日には東京株式市場の日経平均株価がバブル経済崩壊後の最高値を更新した。「ここで解散しないで、いつするんだ」(自民党幹部)と早期解散論が高まったのは無理もない。

「たびたび聞かれるが、重大な政治課題について結果を出すことに専念している。今は解散については考えていない」。同じ日、首相官邸で記者団から解散に関する見解を問われた岸田は判で押したように繰り返した。本心はわからないが、岸田に早期解散のメリットはあるだろうか。

 ポイントは今後の支持率の推移だ。早期解散論は、支持率は今がピークという前提に立っている。しかし、国会が閉会すれば野党は政権追及の場を失う。昨年夏の世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題のようなスキャンダルさえなければ、秋ごろまで支持率は大きく変動しないのではないか。

 内閣不信任決議案は岸田が解散に踏み切る動機になる。自民党総務会長の遠藤利明は「不信任案が出されれば、国民に信を問うことはある」と野党を挑発した。一方、立憲民主党代表の泉健太は「今、何か言及するものではない」と煮え切らない。4月の統一地方選で伸び悩み、日本維新の会に野党第1党の座を脅かされる現状では、衆院選で党勢を回復させるのは至難の業だからだ。

 不信任案が出なくても今国会で解散に踏み切る場合、岸田はそれなりの覚悟がいる。衆院議員の任期はまだ折り返し地点に達しておらず、解散の大義がない。来年9月の自民党総裁選から逆算した「自己都合解散」と有権者に見透かされたら、万全のタイミングから一転、政権に逆風が吹きかねない。

 読売新聞の世論調査では、衆院選の時期について「再来年秋の任期満了まで行う必要はない」が43%で最多だった。「できるだけ早く行う」は11%にとどまり、サミットへの評価と解散は結び付いていないことがうかがえる。

 岸田は5月17日、政府の「こども未来戦略会議」で、子育て支援の加速に必要な政策・予算・財源を検討し、6月に策定する「骨太の方針」に反映させるよう指示した。「次元の異なる少子化対策」は防衛力強化と並ぶ重要テーマだ。有権者は、岸田政権がそうした課題に本気で取り組むか、目を凝らしている段階ではないか。



足立区議選の衝撃

 G7サミットが終われば解散風が吹くのは誰しも想像していたことだ。それを見越して、自民党副総裁の麻生太郎は「勢いのあるうちにやってくれたら助かるなという選挙に弱い人の考えだ」(5月16日付北國新聞)と事前にクギを刺していた。

 政調会長の萩生田光一も5月24日のラジオ番組で「前回の選挙から2年も経過していない。もう少しやるべきことがある。一つひとつ結果を出していかなければいけない」と早期解散に慎重な考えを示した。

 解散時期を左右しそうなのが幹事長の茂木敏充の処遇だ。「今、解散すれば茂木が衆院選の指揮を執り、自民党が勝てば秋の党役員人事で続投が濃厚になる。茂木の力をそぎたい岸田があえてその道を選ぶだろうか」。ある与党関係者の指摘はうがちすぎとは言えないだろう。

 自民党にとって気がかりなデータもある。5月21日投開票の東京都足立区議選で、自民党は候補者19人のうち7人(うち現職5人)が落選し、13人当選の公明党を下回ったのだ。統一地方選で全国的には堅調だった自民党が都内では苦戦した。その傾向がなお続いていることになる。

 自民、公明両党は「10増10減」で5増えた都内の小選挙区を巡って激しいさや当てを演じた。しこりが残るうちに選挙戦に突入したら、全国政党化を目指す日本維新の会が割り込む余地が広がる。

 政権が軌道に乗り始めたからこそ慎重さが求められる。岸田はそれを十分自覚しているのだろう。たび重なる解散の否定はカムフラージュではない。(敬称略)

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