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【東京医科歯科大学と経営統合】東京工業大学・益一哉学長に直撃!

財界オンライン 2023年7月26日 15時0分

2024年度に東京医科歯科大学と統合し、「東京科学大学(仮称)」を誕生させることを決めた東京工業大学学長の益一哉氏は「日本は自らの意志で将来を切り拓いていかなければならない」と強調する。医学系と工学系の大学との統合はメリットがある一方で課題もある。また、益氏はこれまでの日本が外圧を受けて動き出したことはあっても、自らの強い意志で動いたことはないとの持論を持つ。いかに強い日本を取り戻すか。そして少子化が進む大学の生き残り策とは?

【東工大と東京医科歯科大の統合】 突き動かしたのは両トップの〝危機感〟


大学は何をしていたのか?

 ─ 少子化が進んでおり、大学運営も厳しさを増しています。その中で東京医科歯科大学との統合を決断しましたね。

 益 ええ。そもそも私は半導体を研究する研究者でした。1982年に東京工業大学で博士号を取得し、東北大学で18年間研究を重ねました。その後、2000年に教授として東工大に戻り、16年から部局長の立場になった頃から、大学の将来を考えるようになったのです。

 東工大に戻って来た頃は、大好きな半導体の研究もできるし、産業界とも楽しく仕事ができると考えていたのですが、気がつくと、その日本の半導体産業が30年の間に大変なことになっていた。大学自体をもっと良くしなければという思いを持ち始め、18年に学長になりました。

 ─ 世界の潮流に置いていかれるという危機感ですね。

 益 そうです。東工大は1881年に東京職工学校として設立されました。初代学長の正木退蔵と2代目の手島精一が明治の日本の勃興期において技術教育の必要性を感じて設立したのです。

 ですから、東工大の設立の理念は「人をつくって新しい産業をつくる」。これは工場で働く使い手のいい職工さんをつくるのではなく、人を育てて工業や工場をつくるという趣旨です。

 この設立の理念を照らし合わせると、日本は完全に立ち遅れてしまっていると。この30年間ずっと停滞し、GDPも伸びていない。私どもが関係している製造業も伸びていない。一方で、米国や世界のGDPは伸びている。製造業以外のGAFAMに代表されるIT産業やバイオ産業が伸びているわけです。

 ではその間、大学は何をしてきたのか。足元を見てみれば、日本に新しい産業が生まれてきていないではないか。東工大は何をやっていたのか。そういうことが私の全てのバックグラウンドになります。東工大が将来、どういう大学になりたいのかと考えたときに、昔から「産業を興せる大学になる」といっておきながら、30年間何も興していなかったという現実です。

 ─ まずは大学自身が変わらなければならないと?

 益 ええ。今後のゼロカーボンといった地球との共生を進めていくためには、新しい産業をつくり、新しい技術をつくらないといけません。そのためにはまずは自分たちが変わらなければならない。

 そういったときに東京医科歯科大学の田中雄二郎学長から「一緒にやりませんか」というお話をいただきました。

 大学業界では名古屋大学と岐阜大学が運営法人を統合させましたし、奈良教育大学と奈良女子大学も1つの法人に統合して2つの大学を運営することを決めています。あるいは北海道の小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学も統合しました。

 そういった流れの中で、危機感を共有して抜本的に自分たち自身が変わらないといけないと思える同志がいる。そうであればやっていけると思いました。

 田中学長には「1法人1大学になるくらいの本気度はありますか?」と尋ねたら頷かれました。違う角度におけるお互いの危機感があったからこそ、今回の統合に行きついたのです。



東京医科歯科大学の危機感

 ─ 田中学長も危機感を持っていたのですね。

 益 はい。東京医科歯科大学はコロナ禍で重症患者を最も多く受け入れました。

 田中学長によれば、「パンデミックという危機時にコロナ感染者を受け入れなくて、どうして社会のための病院か」という思いがあったそうです。そこは社会に対する自分たちの貢献と考えたわけです。

 ただ、それだけで良いのかとも思ったと言います。田中学長の言葉を借りれば、自分たちは今の医療を築き上げたという自負心はあるけれども、これからの医療を考えられる大学であるかと。その危機感です。

 一方の東工大は理工系の重工業や化学工業といった産業に強いけれども、従来型の日本の得意とした産業だけで良いのかという危機感を持っている。その危機感が新しい大学をつくってでも日本のために貢献したいという点で合致したわけです。

 ─ 両大学の統合は産業界でもインパクトがあります。

 益 ええ。日本の産業が全然伸びていないという点に対して、大学としては新しいものをつくり出せる人材を生み出していなかったという反省があります。

 先ほどの半導体にしても、世界で主導権がとれなかったのは技術偏重になっていたからです。良い物をつくれば売れると勝手に考えていた。ですから、パフォーマンスを追い求めてしまったわけです。しかし世界は半導体のビジネスモデルを変えていきました。DRAMからプロセッサーに変わり、ファウンドリービジネスに変わったのです。

 しかし、日本の経営者はそのビジネスモデルの変化に気がつかなかった。半導体は最先端を追い求めないといけないから、そこに注力し、投資をしていかないといけなかったわけですが、その投資の判断ができなかった経営者もいたわけです。そういった経営者を育てたのは誰だと言われれば、それは大学です。

 ─ 半導体産業での敗北は企業にも大学にも要因があると。

 益 2020年に「コロナ敗戦」という言葉が使われました。敗戦と言えば1945年の敗戦が75年前にありました。日本は太平洋戦争で敗北し、あれだけボロボロになっても日本人は「もう1回、世界に出る」と頑張った。ですから、もう1回グレートリセットし、このコロナ敗戦から立ち戻ればいいのではないかと。しかし、事はそう単純なものではありません。

 明治時代、日本は世界に追いつかないといけないと考えて富国強兵をスローガンにして世界に出ていきました。そこでの成功を経て世界での存在感を高めたわけですが、太平洋戦争で敗北した。しかし、焼け野原の状態から高度経済成長期を経て世界第2位の経済大国になった。ただ、この場合は朝鮮動乱という特殊な要因がありました。

 つまり私の持論は、これまで日本は自らの意思で挑戦したことがない国だということです。だからこそ、これからは従来のような外圧で成長するのではなく、自らの意志で「こうなりたい」という強い思いを持って自分たちの将来を切り拓いていかなければならないと思うのです。

 ─ そこは米国との大きな違いとも言えますね。

 益 そう思います。ですから、教育も新しいことに挑戦する人間を育てていかなければなりません。

 東工大はこれまでも、単に技術を学ぶ、自分の興味のあることだけを学ぶ人材を育てるのではなく、しっかりとした志を持った人材を育てていくと言っていました。それは開校したときからです。それを今こそ実行しなければなりません。


統合によるメリットとは?

 ─ では両大学の統合によるメリットは何ですか。

 益 1つはリベラルアーツ教育です。東工大では工学の中でも専門の違う人たちが同じリベラルアーツ教育を受けていますし、博士になったら学科の違う博士レベルの学生がいろいろな議論をしています。ここに東京医科歯科大学の医学部系の学生たちが入ってくれば、またかなり違ってくるでしょう。

 そしてもう1つが医工連携です。医療機器や医療材料の研究力は双方の強みを掛け合わせることで強化されると思いますし、医療情報ビッグデータやデータサイエンスなども期待されるでしょう。その中でも私が強調したいのは、まずは気合いが違いますということです(笑)。

 医学部と工学部では部門の壁のようなものがあるのではないかと言われたりもしますが、そこは全くなくしましょうと。自由でフラットな組織を構築し、研究環境と人間関係も自由でフラットなものにしていきましょうと。その下で新しい大学を築きましょうと強調しています。



143人の「女子枠」を導入

 ─ 全く新しい大学に生まれ変わるということですね。

 益 そういうことです。また、東工大が2024年4月入学の学士課程入試から、総合型選抜および学校推薦型選抜において女性を対象とした「女子枠」を導入したのも、その1つです。

 東京医科歯科大学との統合は自分たちの研究分野や教育、専門分野をどうするかという危機感であり、新しいチャレンジだと申し上げました。女子枠も同じことです。理工系だけを考えると、例えば米マサチューセッツ工科大学(MIT)の学部における女子学生比率は5割です。しかし、東工大は13%です。

 日本の理工系大学における女子学生比率は平均15~16%ほどで、そもそも低いのです。MITは博士課程でも女子学生が多いわけですから、当然女性の研究者も多くなります。

 現在のMITの学長も2人目の女性です。大学でも女性が活躍するのが当たり前になっているのです。

 やはりイノベーションを起こすために必要なのは多様性です。これは研究でも証明されています。イノベーションを起こすのは多様性であり、いろいろな人が切磋琢磨することが必要なのです。

 そう考えると、同質性の高い日本は世界から見れば周回遅れと言わざるを得ません。

 ─ 女子枠はその足掛かりになると言えますね。

 益 はい。しかも昨今はESGの流れが強くなっており、企業でも女性役員の比率を3割にするように言われています。そのためにも大学から女性を増やしていかねばなりません。我々ができることは女性が来てもしっかりと学べることができ、卒業した後の活躍の場を広げることです。我々はそこを努力しますので、女子学生も是非とも東工大を受けてくださいと。

 ─ どのくらいの人数を募集するのですか。

 益 全学員の女子枠の募集人員は143人になります。学士1028人のうちの約14%に相当します。

 この数字をいずれは5割にしたいと思っているのですが、まずは20%を超えることが、1つの閾値だと思っています。そのくらいになると、女性がいることが当たり前となり、どんどん増えていくと思います。

 多様性という観点で言えば、25%ぐらい異質なものが入ってくると、それは異質ではなくなるという境界条件があります。東工大の研究所でも外国人の教員や研究者を意識的に増やしたのですが、10%では当たり前という感覚にはならず、20%を超えたあたりから英語で話すことも当たり前になりましたからね。

 ─ 学生に対し、学長として伝えている言葉はありますか。

 益 「失敗を恐れずに挑戦するという大きな志を持とう」と言っています。東工大は志を持って挑戦する人材を育てる大学であるからです。それこそが東工大の志でもあります。

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