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キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎「日本人には潜在的な力はある。もっとリスクを取って挑戦する若い世代を増やすべき」

財界オンライン 2023年8月19日 11時30分

「取り残されてきた課題を今こそ解決しなければならない」─。こう強調するのはキッコーマン名誉会長の茂木友三郎氏。昨年6月、茂木氏は経営者や労働組合幹部、学識者などの有志を集め、「令和国民会議(令和臨調)」を発足させた。世界各地でポピュリズムが台頭する中で、日本再生に向けて動き出すのは今しかないという同氏の危機感が背景にある。日本再生に向けた処方箋とは?

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潜在的にリスクを取ることを怖がっている

 ─ 茂木さんは以前から企業の生産性向上が大事と訴えてきました。今の日本の状況をどのように分析していますか。

 茂木 まず国際的に見ても、日本のステータスは残念ながら下がってきていると思います。

 1980年代はエズラ・ヴォーゲルが著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書きましたが、日米財界人会議でも日本の存在感は強かった。アジアでも断トツに豊かな国へと成長し、GDPでも世界2位にまで躍り出た。ですから、米国からの圧力もあったわけです。ところがそれが今は全く異なる様相となった。

 ─ それがよく「失われた30年」と言われます。

 茂木 理由はバブルが崩壊したからでしょう。バブルを起こしてしまったこと自体が大きな過ちでもありました。しかも、その崩壊があまりに激しくて、皆が慌てたわけです。要するに、バブル経済が発生し、そのバブル経済が崩壊した。それによって日本が本当におかしくなった。

 それ以来、皆が潜在的にリスクを取ることを怖がってしまうようになってしまったのです。これが一番大きな要因だと思います。もちろん、全ての企業や人がリスクを取らなくなったとは言いませんが、以前よりリスクを取らなくなっているのは事実だと思います。しかし、リスクを取らなければ経済は伸びません。

 ─ その点、米国は常にリスクを取ってきていますね。

 茂木 それが自由主義経済の良さでもあります。自由主義経済の良さを生かすのはリスクを取るということなのです。それによって自由経済の良さが生きて経済が伸びるわけです。ところが、バブル崩壊を経て、リスクを取るのが怖くなってしまったのです。

 しかも、当時の課長や部長が今の社長クラスの人たちです。この世代はバブル崩壊を経験していますから何となく慎重になってしまう。その結果、国全体が慎重になってしまい、リスクが取れなくなっているのです。

 ─ リスクを取らなければ価値は生まれませんね。

 茂木 ええ。国全体がバブル崩壊の後遺症をまだ引きずっているのだと思います。ただし、今の40代や50代の人たちが経営トップに就くようになると、変わってくるのではないかと思うのです。なぜなら、この世代の人たちはバブルを経験していないからです。

 この世代の人たちはバブルの時期を学生として過ごしていました。あるいは就職して間もない頃となります。そうすると、彼らが社長クラスになれば、またリスクを取るようになるのではないかと期待しています。

 しかし、リスクを取ってまた大失敗してしまう可能性はもちろんあります。しかし、とりあえず少しは挑戦してみようという気持ちになり得るのは今の40代や50代の人たちではないでしょうか。「リスクはあるかもしれないけど、とりあえずやってみよう」と。私は若い世代に心配と期待の両方を持っています。

 私は日本人には潜在的な力はあると思うのです。それがバブルで自信を失い、リスクを取ることに怖くなってしまった。まずはここから早く脱却しなければなりません。そして、もう一度、活力を取り戻さなければならないのです。


令和臨調発足の背景とは?

 ─ その中で「令和臨調(令和国民会議)」を発足させました。

 茂木 はい。いま世界を見渡すと、ポピュリズムの動きが随分と広がっています。フランスやスウェーデン、イタリアでもその動きが出てきています。

 なぜそういう動きが出てくるかというと、今まで解決されずに放置されていた問題が山積したままになっているという状況が背景にあるからです。だからこそ、強力なリーダーや元気の良い指導者を欲するポピュリズムが出てきているわけです。米国のトランプ政権もそうでした。

 ─ 時代が混沌としてくると、米国ではトランプ大統領を選び、イタリアではベルルスコーニ首相を選んだりと、特異な人を指導者に選ぶ傾向がありますからね。民主主義をどう考えれば良いのでしょうか。

 茂木 いろいろな問題が解決されずに、そのまま放置されていると、民主主義では解決できないのではないかと皆が考えてしまうわけです。とにかく問題を早く解決しなければならないのにかかわらずです。そこで民主主義では解決できないということになれば、パワフルで強力なファシストのような人が出てきてしまうのです。

 ─ それは歴史が証明しているところですね。

 茂木 ドイツのヒトラーが象徴的な事例でしょう。しかし、それでは困るわけです。だからこそ、民主主義に則って皆で話し合って解決できるようにしましょうと。これが令和臨調発足の主旨になります。



資本主義と共産主義のどちらが勝つか?

 ─ 一方で民主主義をとらない中国のような国も経済成長を続けています。

 茂木 中国に限らず、一党独裁の国で経済成長している国はベトナムなどいくらでもあります。かつてのソビエト連邦も共産主義でありながらも、あれだけの大きな国になりました。一時は米国とも競い合ったほどです。ですから、私が米国に留学した頃は、資本主義と共産主義のどちらが勝つかということをテーマに議論したほどです。

 ─ 1950年代後半から60年代初頭ですね。

 茂木 そうです。資本主義が勝つためには、どうすれば良いかを真剣に考えていました。つまり、それだけ当時のソ連の経済は強かったということになります。米国よりも経済成長するくらいの勢いがあったわけです。

 ソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功で、米国をはじめとする西側諸国の政府や社会が衝撃を受けたスプートニク・ショックはまさにそうでした。私が米国留学を経て、帰国途中にイギリスに立ち寄った際、ボストーク1号に乗っていた宇宙飛行士のガガーリンがロンドンでパレードをやっていました。

 ─ 西側諸国の人々まで熱狂していたのですね。

 茂木 はい。要するに、当時のソ連の経済成長の勢いが凄まじく、市場経済が社会主義経済にやられてしまうのではないかという心配があったわけです。それではどうすれば良いのか。資本主義経済が勝つためには企業の役割が大きいと考えた。これは企業が儲け主義だけに走ったらいけないということです。

 社会福祉などの社会問題についても十分配慮する必要がある。それが企業の役割でもあると。こうして米国の自由主義経済の方がソ連の社会主義経済よりも優れているということを示すためには、企業が社会的責任を果たさなければいけないという考え方ができてきたのです。

 ─ それを米国のビジネススクールでも教えていたと。

 茂木 ええ。ビジネススクールではそれが1年生の必修科目になりました。私が2年生のときにでき、講座名は「Conceptual foundation of business enterprise」でした。訳せば「企業の存在意義」です。企業はどういう存在なのか。企業が社会に存在する意義はどこにあるのか。こういったことを議論していました。

 ─ そう考えると、今は民主主義の危機とも言えますね。

 茂木 このまま問題を放っておくと、ポピュリズムないしはポピュリズム的な動きが出てくるリスクがあると。今の日本ではそういう傾向はありませんが、ポピュリズムの台頭は民主主義の危機でもあります。ですから、日本の民主主義を守るためにも、残されたままになっている問題を解決するべく努力しようということが背景です。


3つの部会が果たすべき役割

 ─ どのような組織で問題解決を図っていくのですか。

 茂木 民間の経営者と労働組合の指導者、学識者などが参加しています。経営者と労働組合の立場を超えて一緒にやろうと。そこに学識経験者の方々にも加わってもらいました。皆で協力し合って議論し、問題解決のための努力をしようということで昨年6月に令和臨調が立ち上がりました。

 令和臨調は3つのテーマについて部会を設置しています。「統治構造」部会、「財政・社会保障」部会、そして「国土構想」部会です。各部会で議論し、それぞれの部会から提言を出していく予定です。

 ─ まずは1つ目の統治構造部会のテーマとは。

 茂木 主なものは政治改革です。政治改革については今までにいろいろ議論され、改革が実行されたものもありますが、それらを検証すると共に、新たな改革を提言していきたいと思います。

 ─ 2つ目は財政問題にかかわる部会になりますね。

 茂木 そうですね。テーマは財政と社会保障です。中でも日本の財政問題は危機的です。大きな財政赤字を抱えており、これを早急に解決しなければなりません。楽観的なことを言う人もいるようですが、それでは困ります。今のうちに何をすべきか。その問題解決を行っていくべきだというのが我々の問題意識です。これは早い時期に提言が出ると思います。

 ─ そして最後の3つ目が国土構想部会になります。

 茂木 日本全体で人口が減っており、地方分権といっても、町がなくなってしまう可能性があるところも出てきています。そこでもう一度、この人口減少の中で、国土構想についてじっくり考えてみようというのが、この部会のテーマになります。

 ─ 消滅可能性都市と言われたりしていますね。

 茂木 ええ。1年間で人口が50万人減れば県が1つ減ってしまう計算になります。それが現実に起こっているのです。これは大きな問題です。ですから、地方と国の関係も、今までのような関係では考えられない状況になっているということです。

 ─ この問題は結婚や子育て、教育など様々なテーマが絡み合うものになりますね。

 茂木 そうですね。いろいろな要素を多面的に捉えて考えていかないといけません。各部会には、いくつかの班に分かれて、より詳細に研究しています。日本に残された問題をどうしたら解決できるか。それを皆で考えていこうということです。

 今年の4月、令和臨調と同じ志を持った超党派の「日本社会と民主主義の持続可能性を考える超党派会議」が立ち上がり、筆頭代表世話人に小渕恵三元首相のご息女である小渕優子議員が就任されました。

 この会には与党の議員だけでなく、野党各党の議員も入っています。立憲民主党、日本維新の会、国民民主党です。民間だけだと、どうしても議論だけで終わってしまいますので、政治家が入ることで、より提言の質が上がり、何よりも実行の可能性が出てきます。

 (次回に続く)

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