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日本損害保険協会・新納啓介会長「変化の激しい時代、個人・企業の選択、挑戦を保険という形で後押ししていく」

財界オンライン 2023年8月11日 7時0分

「自然災害が頻発し、損害規模も大きくなっているが、それを乗り越えて使命を果たしていかなければならない」─日本損害保険協会会長に就いた新納啓介氏はこう話す。自然災害に加え、サイバー攻撃などの新たなリスク、ロシア・ウクライナ戦争のような国際紛争が起きる先の見えない時代。「個人・企業が難しい選択を迫られる時を、保険として下支えしていく」と話す新納氏が目指すものとは。


様々な大規模災害の節目となる年に

 ─ 経済状況を見ると、株価は比較的高いものの、欧米のインフレを受けて金融環境の先行きは不透明です。さらにロシア・ウクライナ戦争など地政学リスクもあるなど予断を許さない状況ですが、協会長就任の抱負から聞かせて下さい。

 新納 協会長への就任ということで、大変に身の引き締まる思いです。特に今、様々な環境変化があり、今まで想像もしていなかったような国際紛争なども起きています。

 このような時代の大きなうねりの中で、業界を代表するポジションに就くわけですから、気合を持って努力して参りたいと思っています。

 私が協会長を務める1年がどんな年かというと、関東大震災(1923年)から100年、鹿児島県豪雨(1993年)から30年、西日本豪雨(2018年)から5年など、それぞれの節目を迎える年です。

 今後、この節目に開催されるイベントに参加するなど、様々な場面で情報を発信していくことを検討中です。この発信においては、あらゆる手段を活用していきたいと考えています。

 私がリアルのイベントに登壇して話をすることもありますし、ウェブサイト、YouTubeなど動画、TwitterなどSNSを含め、あらゆる媒体をフル活用して発信をしていきたいと思います。

 また、災害などのリスクは地域単位で起き、それぞれ内容が違います。ですから協会の支部を通じて、地域に根ざした発信も進めていきます。私自身、任期の間に全国10カ所の支部を全て回りたいと思っています。

 今年度は協会として第9次中期基本計画の最終年度に当たりますから、その総仕上げと共に、第10次の計画を策定するタイミングでもあります。このミッションに対しても、リーダーシップを取りながら、取り組んでいきたいと思っています。

 ─ 不透明感が漂う経済環境の先行きをどう見ていますか。

 新納 米国を中心とする海外の経済・金融情勢は、日本の損害保険業界、広く金融業界、我が国の経済に影響がありますから、米国、欧州の動きを注視していきたいと思います。その上で機動的に動けるような備えも必要になります。

 足元ではインフレの影響が出始めています。損保業界は特に、考えの中に入れておかなければならない大きな要素です。例えば自動車にしても修理の単価が上がりますし、部品価格も上がってきています。それは火災保険にも言えることです。

 この状況をしっかりと見ながら、会員各社が安定的、持続的に保険を提供できるように、価格面、補償条件などのバランスを取っていきたい。特にお客様がお求めやすい保険価格にするためにも、DXなどで効率化を図り、極力価格を抑えていくという努力も含めて、取り組んでいく必要があると考えています。


サイバー攻撃など新たなリスクへの備えを

 ─ 近年は自然災害の激甚化が進んでいます。業界全体で支払いも増加していますが、どのように対応しますか。

 新納 我々、損保業界の最大の使命は、持続的、安定的に保険という商品をお届けして、国民の生活、経済活動を下支えし、健全な環境を整えることです。ですから、自然災害が頻発し、損害規模も大きくなっていますが、それを乗り越えて使命を果たしていかなければなりません。

 まず必要なことは、適正な保険料です。これは「損害保険料率算出機構」が過去のデータに基づいて算出するわけですが、この全てを商品価格に転嫁しないような努力を、会員各社に続けてもらいたいと思っています。

 また、事故を未然に防ぐための取り組みや、防災・減災への取り組みを、もう一段推進し、健全な業界を築いていくための努力も必要です。

 さらに、甚大な損害が起きた時に、いち早くお客様に保険金をお支払いするために、データを業界で共通化するような仕組みを構築することも大事です。これらの取り組みを長期目線でブラッシュアップしていくことで、いざという時にお役に立つ損保業界であり続けることにつなげられると思います。

 ─ 業界全体でDXにはどのように取り組んでいますか。

 新納 事故の防止、あるいは防災・減災に向けて、各社各様にDXに取り組んでいます。当社自身も様々な努力をしていますが、損保業界にとってますます必要なものだと思います。

 これは「お客様のため」という観点で言えば、さらに進化させていくことが必要です。または、今進めている取り組みを、幅広い世代のお客様に伝わるように、SNSを始めとした多くの媒体を通じてお伝えしていく。これもDXの1つだと思います。

 ─ 近年はサイバー攻撃など、新たなリスクも登場していますね。

 新納 ええ。こうしたサイバーなど新しいリスクは、まだまだ認知を進めていかなければいけない領域だと思います。例えば、大企業のみならず、中小企業を含めた企業の皆様にも、サイバーリスクへの備えに対する優先順位を上げていただくため、我々はもっと努力、発信していかなくてはいけません。

 付保率で見ると、米国に比べて日本ではまだサイバー保険の活用が少ないですから、その意味でもまだ開拓の余地があるのではないかと思っています。

 ロシア・ウクライナ戦争を反映して、サイバーリスクへの意識は以前より高まってはいるのですが、企業としてはコストをかける優先順位の中で、保険がどのレベルに来るかというと、まだ足りない。これは我々がもっと努力しなければいけません。


日本から世界への発信を

 ─ 人口減少が続く中、自動車保険の先行きをどう見ていますか。

 新納 自動車保険は多くの種類がありますから、1つの形が全てのお客様にフィットするわけではありません。補償内容よりも保険料を重視されるお客様もいらっしゃれば、何がなんでも分厚い補償を望むというお客様もいらっしゃるわけです。

 我々が取り組むべきは、そうした多様なお客様のニーズに応えることができるような商品の開発です。あるいは、各社で出されている商品の内容を正しくわかるようにお伝えしていくことも重要になります。

 ─ 改めて、この3年半にわたるコロナ禍を業界として、どう総括しますか。

 新納 損保業界だけでなく、多くの方が経験したことのない3年半でした。この事態にどう対応するかについては、会員各社が様々な試行錯誤を重ねながら、働き方改革も含めてやってきたことだと思います。

 その中で迅速に対応できたことと、まだ課題を残していることと様々ありますが、1つは非対面でお客様と接点が持てるようになりました。

 これはコロナ禍がなければ、今の状態に到達するには、もっと時間がかかっていたのではないかと思います。

 対面を望まれるお客様もいらっしゃいますが、非対面で、お客様の都合がいい時にデジタルで接点を持つというのは、それを好まれる方にとっては非常にプラスになったと思います。

 ハイブリッド型で、対面でお会いすると同時に、デジタルで様々なご案内をしたり、保険金を請求していただくといった仕組みの進化もできました。これを後戻りさせずに進めることが大事だと認識できたのは、コロナ禍で多くの方がご苦労をされた中での、数少ないいい面だったと思います。

 ─ コロナは分類が5類となって以降、人々の活動も正常化しつつありますね。

 新納 コロナが落ち着いて、インバウンド(訪日外国人観光客)もどんどん日本に入ってきています。

 経済を盛り上げることも損保の役割ですが、インバウンドの方々が安心、安全に日本で過ごしてもらうための下支えをすることも重要になります。

 外国人の方々向けには、現在協会のウェブサイトは英語、中国語、韓国語がありますが、それを拡充して、ポルトガル語、ベトナム語を追加して、インバウンドの方々が過ごしていただく一助にしていただければと思っています。さらに、様々な関連団体と協力しながら、インバウンドの方々によりリアルに情報が伝わるような取組みも進めていきたいと考えています。

 私の実体験として、当社が前回、協会長会社を務めた時、私は北陸担当の執行役員として石川県金沢市に駐在し、北陸3県を見ていました。金沢はインバウンドの方々が多い地域ですから、その地域に合った発信の仕方を、北陸の協会の支部のみんなと一緒に考えて取り組んだことがありました。こうした経験も生かしていきたいと思っています。

 ─ 逆に日本から海外に対する発信については、どんな考えを持っていますか。

 新納 先日、日本でG7(主要国首脳会議)が開催されましたが、保険業界でも、世界最大規模の保険国際会議であるIAIS(保険監督者国際機構)の年次総会が、初めて日本で開催される年でもあります。

 金融庁とも歩調を合わせながら、アジアの中の保険先進国、リーダーとして、今後、保険がさらに発達していくための発信をしていければと考えています。

 他にも、ベトナムで開催されるAIS(ASEAN=東南アジア諸国連合=保険サミット)にも、損保協会として初参加する予定ですし、日本保険学会も加盟しているAPRIA(アジア太平洋保険学会)日本大会にも協会として初登壇し、防災・減災の取り組みを紹介していきます。


若年層との接点をいかに持っていくか

 ─ 損保業界だけでなく、生命保険業界なども悩んでいますが、若年層との接点をどのように模索していますか。

 新納 例えば防災・減災の分野では各地域で小学生向けの防災教育プログラム「ぼうさい探検隊」に取り組んでいますが、非常に広がってきていることを実感しています。

 この活動の継続に加え、リスクへの備えをさらに広める余地があるのではないかと思います。自然災害自体を避けて通ることは難しいですが、それが訪れた時に、事前にどういう対応を取っていただくか、事後にどう過ごしていただくかといったことがわかっているだけでも影響度を抑えることができます。

 その備えの一つが保険ですが、今後ますます自然災害が増えていきそうな流れの中では、この取り組みをさらに強化していく必要があります。

 また今、国として若いうちから金融リテラシーを身に付けて欲しいという考えから、2024年度中にも「金融経済教育推進機構」が設立される見通しですが、我々損保で言えば、自然災害などリスクについて知っていただき、備えてもらうための活動をさらに強化する必要があると考えています。

 ─ 改めて、将来の損害保険は日本において、どのような役割を果たすものとして存在したいと考えますか。

 新納 変化が激しい世の中で、今後もそのスピードは増すことはあっても、スローダウンすることはないのではないかと思っています。

 そうした変化の中で個人、企業が何かを推し進めていく時に、非常に難しい選択を迫られる場面を保険という形で下支え、後押ししていくことが、ますます重要になると思っています。

 これまでも我々が持ってきた使命ですが、さらにバージョンアップさせていく。地域の自治体とも一緒になって、防災・減災に取り組んだり、万が一の時に保険金を素早くお支払いするといった形で活躍することで、我々の存在意義、存在価値が増してくると考えます。

 ─ これからの損保業界を担うであろう若者達へのメッセージを聞かせて下さい。

 新納 自然災害が頻発し、非常に難しく混沌とした、将来が見えづらい時代です。だからこそ、皆様に安心・安全をお届けするということが、さらに大切になってくると思います。

 今の若年層は、社会の様々な問題に対してアクションを起こしたい、参画したいという人たちも多いのではないかと思いますが、そういう「志」のある方が活躍できるフィールドが業界にはたくさんあります。日本だけでなく、世界に向けて安心・安全を届けることができる業界だと思っています。

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