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森トラスト・伊達美和子社長の哲学「変化の時こそ戦略が問われる。時に逆張りの発想でチャンスを掴んでいく」

財界オンライン 2023年9月15日 19時0分

「体力があったからこそ、コロナ禍を耐えることができた」と話すのは森トラスト社長の伊達美和子氏。オフィス事業、ホテル事業を主力とする森トラストだが、コロナ禍にあっても「いずれ需要は戻ってくると見ていたので不安感はなかった」と振り返る。その後、日本企業のオフィスには7割ほどの人が戻り、国内外の観光客がホテルを訪れる状況で、業績もコロナ前を回復する勢い。今後に向け伊達氏が見据えているものとは。

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3年余のコロナ禍をいかに乗り越えたか?

 ─ 3年余のコロナ禍は、オフィスのあり方の見直しなど様々な変化があったと思います。教訓をどう捉えていますか。

 伊達 教訓としては、やはりいかに体力を維持していくかに尽きたと思います。我々に体力があったから3年、もしくはさらに長引いたとしても耐え得るであろうと思っていましたから。そして必ずいつかは需要も戻ってくると考えていましたから、不安感はさほどなかったですね。

 もう一つは、ポートフォリオを分散していたことと、そのバランスが取れていたことが大きかったですね。この考え方は今後も変わらないと思います。

 ─ 森トラストは大きくはオフィスとホテルやリゾート事業を手掛けていますが、それぞれ状況は違いましたね。

 伊達 ええ。不動産開発事業という意味では同じだったかもしれませんが、比較的安定的で、急激な変化は起きづらいオフィス事業と、将来性はあるけれどもボラティリティ(変動性)が高いホテル事業とを、バランスよく投資し続けていたんです。

 また、ホテル事業の中でも都心とリゾート、エリアを分散していました。都心はビジネス、リゾートは観光が中心です。コロナ以前はインバウンド(訪日外国人観光客)が好調でしたが、投資先としてはインバウンドに偏るのではなく、ドメスティック(国内観光客)のニーズのある場所も意識的に開発していました。お客様のニーズがどちらかに偏っても対応できる場所を戦略的に選び投資していたのです。

 ─ 米国での不動産投資も進めていますね。

 伊達 2016年、私が社長に就任した後から、米国投資を積極的に進めてきました。この投資が安定的であったことと、コロナ禍に入りながらも、立地の良さから強い引き合いもあり、高額で売却できたことも貢献していますね。現状の為替から見ると、一部の資産をドルで保有していることもポジティブだと思います。

 投資という観点では円安は少し厳しいですが、日米で金利差がありますから、この部分をうまく使いながら、バランスが取れるところを探しているという面はあります。


地方の歴史的建造物をホテルとして再生

 ─ 変化の激しい時ですが、そこにチャンスを見出していくと。

 伊達 そうですね。もちろん右肩上がりは順調で楽しいわけですが、そういう時には競合がどんどん増えていきます。しかし、変化の時こそ、それぞれの戦略が分かれてきますから、場合によっては逆張りの発想でチャンスを掴むこともできるのではないかと思っています。

 私にとっては、かつてのホテル事業が逆張りだったと思います。他社があまりホテルに興味を持っていない時代に開発計画を立て、敷地の価格が上がる前に取得することができていますから、今後も計画的に投資を続けることができます。

 グレードは規模や立地にもよりますが、今後もミドルからラグジュアリークラスのホテルを展開していくことになると思います。

 ─ 奈良県は歴史的遺産がありながら、宿泊施設が少ないことで知られていましたが、先鞭を付けましたね。

 伊達 ええ。県では外資系ホテルの誘致を望まれていたというのもあり、2020年に「JWマリオット・ホテル奈良」を開業しました。その後、10軒ほど新たな開発が進んだと聞いていますから、呼び水になったのではないかと思います。

 そして今年8月、奈良公園内に「紫翠 ラグジュアリーコレクションホテル 奈良」を開業しますが、予約段階からかなり引き合いがあり好調です。特別な場所にある歴史的な建物を活用したホテルということで、皆さん注目して下さっているなと感じています。

 ─ インバウンドはコロナ禍による入国制限などでかなり縮みましたが、徐々に戻りつつありますね。

 伊達 元々、2030年に6000万人という政府の目標がありますが、観光業のグローバルリーダーの方々から見ると、保守的に見えているようです。

 その理由は、19年段階で14億人に達した世界旅行者が18億人に成長すると言われており、さらにアジア太平洋地域の中間層が増加してきます。その中での日本のステータスは非常に優位ですから、まだまだ成長の余地は大きいと。

 問題は、それに対して航空の減便、人手不足、ホテルの不足など、インフラが足りるかどうかです。そして建築費が高騰している今、どこまで対応できるのかが課題となっています。

 さらに、観光地では二次交通(拠点となる空港や鉄道の駅から観光地までの交通)が不足しています。観光客の方のストレスだけでなく、住んでいる方々の生活に支障を来すという「観光公害」が発生してしまう。この悪循環が解決されないまま、需要だけ増える可能性もあります。

 ─ 人手不足は日本全体の課題になっていますね。

 伊達 国内の観光人材を見ると、19年に59万人だったものが、コロナ禍によって46万人にまで減少してしまいました。この産業に戻ってきていただく手立てが業界として必要だろうと思います。

 ただ、おそらくイメージが悪いのです。長時間労働であったり、コロナ禍のような環境になると離職せざるを得ず、職業として不安定だと思われたり。不人気な就職先になってしまっている。労働環境の改善には業界全体として、本気で取り組んでいく必要があります。

 加えて外国人人材の積極的受け入れも求められますし、DX(デジタルトランスフォーメーション)などデジタルを活用して人の働き方、考え方を変えていくことで、人にしかできないものと、仕組みによって改善するものとを分けていくべきだろうと思います。

 一方で、働き手の給与所得を上げていくためには、付加価値のある商品を積極的に投入することを考える必要があります。1人当たりの生産性を増やすからこそ、付加価値が上がっていきますから、生産性イコールコスト管理だけでなく、価値創造と適正なプライシングも大事になります。

 今、都心のホテルの宿泊価格が高くなったと言われますが、ラグジュアリーホテルの価格帯は世界水準に届くかどうかという状態です。それぞれの層に合った単価が維持できるようにマーケットを構成していく必要があり、そして、それに見合った付加価値を提供することも問われます。

 ─ 地方でのホテルの状況はどうですか。

 伊達 例えば、当社では長崎市南山手の旧居留地にある歴史的建造物をホテルとして再生し、「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」として開業する計画が進行中です。

「旧マリア園」という1898年建設のレンガ造りの修道院だった建物です。世界遺産でもある「グラバー邸」に近く、長崎港を臨む立地です。また新たな宿泊体験をしていただくことができます。

 また、長野県軽井沢の「万平ホテル」の改築も手掛けています。24年に創業130年を迎える歴史的ホテルですが、1936年に建築された本館「アルプス館」を含む建物の補強と改修を進めています。

 ─ 歴史的建造物を活用するという需要は、いろいろな地域でありそうですね。

 伊達 そうですね。経済同友会の講演で各地に赴く機会が多いのですが、それぞれの地域の方とお話をすると、その地域の特長が見えてくるんです。ただ単に従来型のシティホテルをそのまま地方につくると特徴がなくなってしまいますから、いかにユニークなものをつくり、他にない体験を提供できるかが重要だと思っています。

 ホテルと、その地域独特のよさを一体化して体験する機会を提供できるからこそ、価値があると思うんです。例えば長崎に開業予定の「インディゴ」というブランドは、その部分を重要視しています。「ネイバーフッドストーリー」、つまり土地独自の風景、文化、歴史や物語がありますが、それらをインテリア、サービス、食事に表すことが、今後ますます大事になると思います。

 都心では、東京銀座の「東京エディション銀座」も今年、開業予定です。それぞれのエリアで、まだまだニーズのある場所はあると思いますから、そうした場所で開発していきたいですし、その先のものも探し続けると思います。


コロナ後のオフィスが持つ価値とは何か

 ─ オフィスはリアルとリモートのハイブリッドを模索する企業も多いですが、現状をどう見ていますか。

 伊達 日本は7割くらいがオフィスに戻ってきていると言われています。また、今、消費意欲が強く、47兆円もの貯蓄を活用して皆さんが消費する中で、イベントなど「外」に向かっているのが日本の状況です。その状況下で、7割出社からさらに増えるのか、ハイブリッドが進むのかは見ていくべき点だと思います。

 ─ 対面であることのメリット、効能は?

 伊達 対面の中で生まれる、実務的な報告だけではないプラスアルファのニュアンス、情報があると思います。そこで様々な判断など、何かが生まれるということは必ずあると思います。

 実際、我々も徐々にテレワークからオフィスに復帰して現在に至りますが、私の個人的感覚でも、コミュニケーションソフトを使って情報交換は十分にできていたものの、徐々に生産性が悪くなっていたと感じました。

 どうしても「活字のるつぼ」になるといいますか、やり取りに時間がかかるなという印象がありました。直接会って、すぐに解決する方が早いと思っています。当社の出社率は7割で、週に1.5日までテレワーク可という形にしています。

 ─ 今年5月には本社を「東京ワールドゲート」に移転しましたね。働き方は変わりましたか。

 伊達 私自身としてはハイブリッドワークという新たな働き方を反映した快適な空間ができたと感じています。私の執務室からは比較的全体が見える状態になっているんです。

 デザインやレイアウトも、緑、家具、照明、座席の配置など、程よく分散しています。例えば、ある時、オフィス内を歩いていたら、立ったまま会議ができるスペースで集まって話しているグループがいたのですが、見ると私がチャットで指摘したことを話し合っている最中でした。私がたまたま通りかかっただけですが、これは直接話した方が早いなと思い、その場でリアル会議を始め、すぐに解決しました。オープンな空間だからこそできたと思います。

 本社を移転すると、やはり雰囲気は変わりますね。フリーアドレスのメリット、デメリットはありますが、他の部署の人と話す機会が増えるという効果もあったようです。

 ワンフロアになったという効果もあります。旧本社では5フロアに分かれていましたから、それぞれのフロアを移動するのは難しかったですが、ワンフロアになることでお互いに行き来しやすくなりました。


新しいビジネスを模索し続ける今

 ─ 今、社内を活性化させるために、社内に向けて発している言葉は?

 伊達 最近は「自主性」をテーマにしていました。コロナ禍の前半は、「これをやろう」、「あれをやろう」という形で矢継ぎ早に手を打つと同時に、DXを含め新しいことにチャレンジしていこうと各部署に伝えてきました。

 そして後半は、DXを通して、新しい事業にどう取り組むか仕組みをみんなでつくっています。結果的に、それぞれの組織が違うやり方を始め、動き方も変わってきていると感じます。

 新しいオフィスにみんなが集まるようになってきましたから、この後、さらに一歩進めた対話に持っていきたいと思っています。

 例えばDXについては、社内でずっと話し合っていますが、単にデジタル化すればいいわけではなく、デジタルを活用しながら業務を見直し、その先に新しいビジネスを見つけ出そうというテーマで、みんなに模索してもらっているんです。

 大事なのは、過去を踏襲しただけの継続は衰退であり、変革あってこそ成長があるということだと思います。

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