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【政界】支持率再浮上に向けた環境整備か?処理水や万博でスイッチを入れた岸田首相

財界オンライン 2023年9月25日 18時0分

岸田文雄首相のエンジンにスイッチが入ったようだ。8月下旬以降、東京電力福島第1原発事故に伴う処理水の海洋放出、反発する中国への反論、高騰するガソリン、電気・ガス代への補助継続、2025年大阪・関西万博の予定通りの実施宣言と、自身が前面に出て様々な課題の解決に向けた決意を示す場面が増えた。9月末で自民党総裁選まで1年となる中、再選に向けて国民の評価が決して高まっていないことへの焦りの裏返しのようだ。

【政界】マイナカードで支持率は続落する中 岸田首相の『淡々としたやる気』

支持率は下げ止まりか

 岸田は8月23日夜、皇居を臨むパレスホテル内のフランス料理店で、元首相の森喜朗らとの会食に臨んだ。森は岸田を前に、こう助言した。

「大事な局面だ。思い切ってやればいい」

 岸田と同じ早稲田大学出身で、森と近い元農林水産相の山本有二が持ち掛けた会合を終えた森と岸田は、互いにご機嫌のまま会場を後にした。

 森は早大の後輩である岸田にとって、今や後見人のような存在になっている。政調会長の萩生田光一や官房長官の松野博一ら「5人衆」を中心とする集団指導体制が固まった自民党最大派閥の安倍派を実質的に牛耳る森の言葉に、岸田は意を強くしたという。

 そんな岸田の内閣支持率は、ここにきて下げ止まり感が出ている。TBS系のJNNが9月3日に公表した世論調査によると、内閣支持率は前月比1.6ポイント増の38.7%で、不支持率は同0.6ポイント減の58.1%だった。

 日本経済新聞とテレビ東京が8月27日に公表した世論調査では前月比2ポイント増の42%で、不支持率は1ポイント減の50%。同時期の読売新聞と日本テレビ系NNNの内閣支持率は35%で前月と同じく過去最低水準のままだったが、不支持率は2ポイント減の50%だった。他の調査も多少の増減はあるが、15ポイントの下落もあった6~7月の調査と比べれば、「かなり落ち着いた」(自民党幹部)との見方が出ている。

 2年前の発足当初は高い支持率を誇った岸田内閣だが、昨年7月の安倍晋三元首相暗殺後、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党議員との関係にかかわる問題や、賛否が分かれた元首相の国葬の実施で、不支持率が支持率を上回る傾向となった。

 統一地方選や衆参補欠選挙で手堅く勝利を収めた今年の春ごろからは再び支持率が不支持率を逆転。広島で開催したG7サミット(先進7カ国首脳会議)で支持がさらに広がるかと思いきや、当時首相秘書官だった長男・翔太郎の首相公邸での不適切な写真流出などがあって再び不支持率が上回った。

 とはいえ、前任の菅義偉内閣が新型コロナウイルスの感染拡大に伴う国民の不満を主要因に、不支持率を下回った支持率が回復しないまま退陣に追い込まれたのとは対照的だ。


「やる気モード」に

 軌を一にするように最近の岸田は、やたらと気合が入っている。

「このままではラチが明かない。全部オレがやる」

 処理水の海洋放出が8月24日に始まった後、岸田は周辺にこう語った。中国は科学的知見に基づかず、大半の放射性物質を除去し、残存するトリチウムも基準値以下となっている処理水を「核汚染水」と表現し、日本の水産物の全面輸入禁止に踏み切った。

 中国側から日本への嫌がらせの電話も相次いだが、不動産不況に象徴される景気悪化で国内に不安要因を抱える中国当局は「反日カード」として利用するかのように沈静化を図ろうともしない。

 30年以上続くとも言われる処理水の海洋放出では、批判を緩める気配のない中国との長期戦を強いられる。岸田はリーダーとして自身が前面に出て発信を強化しようと考えているようだ。

 岸田は8月31日には東京・豊洲市場を視察した。戻った官邸で関係閣僚会議を開き、中国に輸出していたホタテなどの水産物の販路を新規開拓することや、影響を受ける事業者向けの緊急支援策を打ち出し、9月4日に207億円を拠出すると表明した。

 閣僚会議の後、農林水産相の野村哲郎が記者団に対し、処理水を「汚染水」と発言する不手際もあった。岸田は直ちに「全面的に謝罪し、撤回するよう指示を出した」と記者団に表明。これを受け、野村は同日中に発言の全面的な撤回と謝罪を述べた。失言者本人の謝罪よりも先に首相として遺憾の意を表明するというケースは珍しい。それだけ火消しに躍起になったといえる。

 さらに岸田が前のめりになっているのが、2025年開催の大阪・関西万博だ。水産事業者向けの対策を発表した同じ8月31日、岸田は大阪府知事(日本維新の会共同代表)の吉村洋文、大阪市長の横山英幸(同常任役員)、経団連会長の十倉雅和らを官邸に集め、こう言い放った。

「万博の準備は、まさに胸突き八丁の状態にある。極めて厳しい状況に置かれていることを改めて直視し、正面から全力で取り組んでいかなければならない」

 さらに、こう続けた。

「万博の成否には、国際社会の日本への信頼がかかっている。私は首相として、万博成功に向けて政府の先頭に立って取り組む決意だ」

 建設業界の人手不足や資材価格の上昇などで、パビリオンの建設は開幕まで600日を切っても遅々として進まず、万博の開催自体が危ぶまれ始めている。そんな状況下で、慎重な物言いの岸田にしては、かなりはっきりとした表現で危機感をあらわにした。所管の経済産業省だけでなく、財務省などからも局長級の万博事務局への派遣を表明した。

 自民党内には、万博の誘致に熱心だったのが大阪市長だった松井一郎ら維新幹部だったこともあり、冷笑的な見方があった。「維新が誘致したのだから、失敗した場合も維新の責任だ」と語る大阪選出の自民党議員さえいる。

 とはいえ、万博は国家事業で、最終的には政府が責任を負う。仮に中止や延期になった場合、岸田政権のマイナスに作用することは間違いない。

 岸田は安倍や菅と比較して、維新とのパイプは細い。ただ、水面下では維新の国会議員の仲介で吉村、横山と官邸幹部が接触した。特に大阪で激しく対立する両党は恩讐を超えて万博成功に向けた協力を確認した形で、それに岸田が乗り、決意表明につながった。



続く野党の混迷

 様々な局面で決意を前面に出す岸田だが、そうはいってもマイナンバーカードのひも付けを巡る問題もあり、抜本的な支持回復の妙案は見当たらない。ところが、次期衆院選で戦う相手の野党は、維新を除き、岸田政権以上にほころびが目立つ状態が続く。

 春の統一地方選で躍進した維新の勢いは持続している。各社の世論調査では、維新の政党支持率が現在野党第1党の立憲民主党を上回ることが常態化している。

 維新は衆院選の準備を着々と進めており、これまで回避していた公明党の現職がいる大阪・兵庫の計6選挙区でも対抗馬の擁立を決めた。維新幹事長の藤田文武は8月9日の記者会見で「(秋の)臨時国会が始まる前に立憲民主党の数を超えたい。160人強まではいきたい」と述べた。9月はじめの時点で約135人の擁立を決めており、藤田の予告は実現しそうな勢いだ。

 一方の立民は、代表の泉健太が150人の当選を目指すと公約している。立民の現職は96人。これ以外の新人や元職の次期衆院選候補は60人程度が決まっており、合計約160人の候補をそろえた。現時点で候補者の数では維新を上回っているが、党勢の低迷もあって今後さらに飛躍的に数を増やせるかどうかは甚だ疑わしい。

 そもそも現有勢力の1.5倍という泉の目標を実現できる好材料は見当たらない。メリットとデメリットが交錯する共産党との選挙協力はあいまいなままで、衆院選後の泉退陣は既定路線にさえなりつつある。野党第1党が入れ替わる可能性は極めて大きいが、さすがに自公で過半数を割ることはないだろう。

 岸田は連立与党を組む公明党との関係修復でも自身がリードしている。東京の衆院選小選挙区を巡る自公の協力関係は5月、「信頼関係は地に落ちた」(公明党幹事長の石井啓一)として、いったん解消した。

 自民党幹事長の茂木敏充はその後も関係修復に動かず、公明党からの支援を求める自民党内の声に押される形で岸田は公明党代表の山口那津男に関係修復を打診。8月31日に次々回の衆院選で公明党が東京での現有1議席に加え、2議席目を獲得できるよう自民党が努力することを確認し、9月4日に再び党首会談で正式合意した。

 この交渉を終えた岸田は周囲に「本来、幹事長(茂木)の仕事じゃないか」と不満を吐露した。茂木もそうだが、岸田も公明党と特別親しい関係にあるわけではない。それでも総合的判断で自らが与党間の関係修復に乗り出さなければいけない状況になっていた。


ポスト岸田の不在

 茂木のふるまいに象徴されるように、自民党内を見渡しても、相変わらず「ポスト岸田」の有力候補は見当たらない。各社の世論調査では元幹事長の石破茂、デジタル担当相の河野太郎、元環境相の小泉進次郎らの名前が上位に連なるが、いずれも自民党議員からの支持は広がっていない。

 茂木は、副総裁の麻生太郎と良好な関係を築き、岸田を支える立場にはある。ただ、国民の認知度が低く、自身が会長として率いる茂木派内でさえ、参院を中心に敵が多い。

 保守派に根強い人気がある経済安全保障担当相の高市早苗は総裁選に必要な20人の推薦人確保さえ危うい。女性初の首相として森らが期待を寄せる元経済産業相の小渕優子は、宰相の座をつかむには時期尚早だ。

 安泰に見える岸田だが、デジタル社会の実現に欠かせないマイナカードの普及と一体化した健康保険証の廃止は、国民になかなか理解してもらえない。

 岸田が「国民が責任を背負うべきだ」と強い信念のもとに進める防衛力強化のための増税は、2024年度実施は先送りの方針だが、岸田は今年中の増税時期決定の選択肢を残している。

「次元の異なる少子化対策」では、24年度からの3年間で追加予算3.5兆円を要するが、財源確保の具体策は「年末までに結論」としている。

 足元の物価対策を含め、こうした課題に明快な答えを出すことができるかどうかが岸田再浮上のカギとなるだろう。

(敬称略)

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