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河北医療財団理事長・河北博文氏の提言「ポストコロナではなく、コロナ前から抱える日本の課題の解決こそ」

財界オンライン 2023年10月5日 18時0分

「コロナ禍では日本が抱えていた課題が先送りにされただけ。これを真剣に考える必要がある」と話す河北氏。医療だけでなく、人々の絆、環境問題、「安い日本」、「休めない日本人」など、日本が抱える課題の解決なしには、医療問題を含め、活力を取り戻せないという考え方。日本が抱える「同質性」を乗り越え、若者達が生きがいを持って働くために必要なことは何なのか─。


2025年度の新病院開設に向けて

 ─ 河北医療財団では現在、東京・杉並区で河北総合病院のリニューアルに向けて計画を進めていますね。

 河北 はい。我々の2023年度の重点課題のうちの1つが「2025年度新病院開設に向けた計画推進」です。単なる建て替えではなく、我々財団全体の中核プロジェクトという位置づけです。

 河北総合病院のベッド数は407でしたが、新病院では390ベッドと17ベッド減ることになります。ただ、私の感覚では390でも多いかもしれないと考えています。ベッド数は減っても、病院としての診療機能は以前よりも向上させます。

 日本全体の病院で約150万ベッドあると言われていますが、病院自体の運営機能を向上させれば、おそらく100万ベッドほどで十分なのではないかと考えています。そのことを、我々自身の新病院で実践していきたいと思います。

 ─ 改めて、コロナ禍は3年半が経ちました。河北医療財団では、患者の積極的な受け入れを行って貢献してきましたね。また、医療の世界では国産コロナワクチンをなかなかつくることができない現状など、様々な課題も浮き彫りとなりました。この3年半の教訓をどう考えていますか。

 河北 これは議論をさせていただきたい点ですが、コロナ後の我々の課題は、コロナ前と違うのか?ということを考えなければいけないと思うんです。コロナ禍が一服したから何か特別に考えなければいけないのかというとそうではなく、3年間課題が先送りされただけではないかと。

 2019年まで、この社会には多くの課題がありました。それが3年間、コロナ禍で止まっただけで、コロナを経験したから新たに考えなければならないことは、わずかしかない。そのうちの1つが医療です。

 ─ 河北さんが考える、医療以外の課題は?

 河北 それ以外というのは、おそらく人間の「絆」だと思うんです。コロナ禍に入って、特に若い人達の自殺が増えました。これを本当に解決できるのか。

 また環境問題もあります。今年、我々は非常に暑い夏を経験していますが、これが一度切りで終わるかというと終わらない。我々みんなが真剣に取り組まなかったら、社会生活がおかしくなってしまうと思うんです。

 さらに今、我々は「安い日本」を経験しています。この1ドル=150円に近い円ドルのレートを、政治はもっと真剣に考えるべきだと思います。例えば、インバウンド(訪日外国人観光客)が回復したとみんな喜んでいますが、19年8月の平均為替レートは約106円でした。

 それが150円近くになって、インバウンドがどう行動を変えているかというと、彼らの出費は変わっていないにもかかわらず、日本で多くのモノを買っている。日本自体に価値があるのはもちろんですが、いいものを安く売ってしまっているんです。

 ─ 「安い日本」には多くの人が危機感を抱いていますね。私見で結構ですが、どのような方策があると考えますか。

 河北 例えば、日本人と海外から来る人の価格を二重にすることが考えられます。私は今から35年前に中国の北京と上海に行きましたが、現地の人に比べて、日本人は高い値段を支払いました。すでに中国は二重価格制を取り入れていたわけです。


日本人が持つ「同質性」という課題

 ─ 日本が輸入する場合の価格が上がり、それも物価高の一因になっていますね。

 河北 ええ。輸入価格が猛烈に高く、食料品、日用品が高くなっている。円安、円安と言われますが、日本にとって適正なドルとの交換レートがいくらなのか、国は国民ときちんと対話すべきです。我が国の国益を他の国に取られているという観点を持つ必要があります。

 また、全く違う視点の課題で言えば「休めない日本人」という問題があります。なぜ、夏はお盆の時に集中して休まなければならないのか。近年、政治は旗日をつくって3連休を増やしていますが、それは3連休がないと日本人は休まないからです。

 ただ、3連休は混みますし、いろいろなものの値段が高くなります。本来は旗日を増やすのではなく、もっと自由に休むことができる仕事の仕方を構築しなければいけません。

 ─ みんな一緒に休みと取るというのは日本人の同質性によるものでしょうか。

 河北 まさにそうです。なかなか自分で考えられず、他の人と同じでなければいけないと思ってしまっている。国民性の問題だと思います。

 今、日本は1年間で子供が約75万人しか生まれない時代になってしまいました。団塊の世代が約270万人ですから、4分の1です。その社会に活力を持たせるにはどうすればいいのか、これが最大の課題です。

 その時に「みんなが同じ」では活力は生まれません。いかに他の人と違うように物事を考えられるか、そういう人を育てる教育が必要です。

 教育機関の側も改革が求められます。今年に入って京都市内で3カ所の看護学校が閉鎖になりました。また今後、大学の閉鎖も相次ぐという見方がありますが、これらは人口減少と、学生達に対する大学の魅力がないからです。

 ─ 今は専門職大学など、実際の職業につながる教育を重視するところも増えてきました。

 河北 ええ。教育は継続が大切です。継続して習慣化する必要がありますが、今はそういうことが大切だと教えなくなってしまっています。

 米国にとって教育は「貿易財」です。ハーバード大学やスタンフォード大学は世界各国から人材を集めていますが、入学者はお金を払ってでも勉強がしたいわけです。教育に魅力がある国は栄えます。一方、日本の大学に行きたいという海外の若者がどれだけいるか。今の日本の大学、専門学校は「ぬるま湯」に浸かった状態です。

 ─ 河北さんはハーバード大学とシカゴ大学に留学した経験がありますが、当時から日本の同質性は感じていた?

 河北 帰国した時に一番感じましたね。まさに同質性の社会で、異質なものを全く認めない。

 今、世界的にIT大手の「GAFAМ」が席巻していますが、私は、日本人はインターネットのような「目に見えないもの」を動かすのが不得意なのではないかと思っています。一方で目に見えるものを製造していくのは得意ですから、頭の使い方が違うのだろうと思います。


日本の小児医療における「心の診療」の課題

 ─ 一方で今、河北さんが感じている日本の医療における課題は何だと思いますか。

 河北 先日、厚生労働省保険局長、医療課長宛に、公認心理師が行うカウンセリングを選定療養費の対象とするよう要望してきました。子供の診療に関して、もう少し社会保険の中で考えて欲しいという主旨です。

 これはまさに「目に見えないもの」なんです。日本では目に見える体の病気については、小児科医が一生懸命診ていますが、目に見えないいろいろな変化に対して非常に弱い。

 子供の成長段階は新生児期、乳児期、幼児期、学童期前半と後半、思春期、青年期とありますが、病気はどう変化するか。

 新生児、乳児、幼児、小学校の前半くらいまでは、ウイルスの感染など、ちょっとしたことでお腹が痛くなるといった体の病気が多くあります。

 ところが、その時期を過ぎると体の病気は激減します。その代わりに摂食障害など、「心の揺らぎ」のような症状が増える。それを後発性心理障害といいます。しかし、それに対応する小児医療はほとんどないというのが現状です。

 ─ 欧米には、そうした医療があるわけですね。

 河北 あります。日本では体は診察できるけれども、「心」を診察できていないのです。

 結局、なぜ子供に医療費がつかないかというと、高齢者への医療費が増えるからなんです。コロナ後の高齢者医療は変化せざるを得ないと見ています。救わなければならない状態の人は救う一方、そうではない人については自然の死を迎えるような医療が必要になるだろうと考えています。

 例えば、認知症になって、そこに脳血管障害が加わったら、患者さんは寝たきりで、我々にできることは限られます。ご本人も意識がない状態で、それを延命する医療をやってきたのが、これまでの日本です。今後はそこにお金を使うのではなく、死を迎えるまで過ごす終生期の医療が必要だと思うんです。

 ─ 家族の中で面倒を見ることができないという人も増えていますね。

 河北 それでも介護離職が再び増加傾向にあります。高齢者の介護のために、若者達が離職してしまうというのは社会問題だと思うんです。この課題に今後、どう対応していくか。

 先程、看護学校が閉鎖された話をしましたが、いわゆる「エッセンシャルワーク」の人達を、今後社会の中で確保できるかどうかという課題もあります。

 コロナ禍で外国の人達が日本に来るのが難しくなりましたが、結局はエッセンシャルワークに外国人ばかりを当てはめてしまった。これを日本人でも一生懸命、生きがいを持って働ける環境をつくらなくてはいけません。

 ─ 看護師になる人も減少しているんですね。仕事が重労働だからですか。

 河北 今は2交代、3交代で休めるようになっていますが、それ以上に魅力がないんです。今の若者達は、見知らぬ高齢者のお世話をするような仕事に就きたくないんです。そこにどう価値を持たせるかが課題です。

 今、看護師を1人採用するのに紹介会社に払う経費が80~100万円、介護人材には約120万円かかります。それを外国人に委ねようとしてきたのが日本です。そこには最新のテクノロジーを使って、働く人の負担を減らす仕組みを導入することが必要です。


国、地域とは何かをイスラエルに学ぶ

 ─ こうした大事な職業に人が来るようになるための方策をどう考えますか。

 河北 私案ですが、私は日本に必要なのは「徴用制度」だと思います。例えば18歳で高校を卒業したら、介護、農業、自衛隊の中から選択して2年間生活する。それによってまず、若い働き手が確保できます。

 そして、そうした人材を単に人手として使っては駄目なんです。例えば農業体験で土に触れたり、地元の人達と交流する中で、将来、その人にとって役に立つような教育をすることが大事です。介護にしても、心の問題から始めて、人をお世話することの大切さ、介護をする上での技術を教えていく。

 実は、私はこうした考え方をイスラエルの女性から教えてもらったんです。

 ─ イスラエルには徴兵制度がありますね。

 河北 そうです。女性が2年、男性が3年です。私が会った女性は高校を卒業した後、イスラエルで東京大学に相当する大学の工学部に入ることが決まりました。

 一方、兵役の2年間、彼女はジェット戦闘機パイロットの訓練を受け、そこで様々な工学の勉強を実地でしたわけです。それが将来の自分に非常に役立つと彼女は言っていました。

 彼女は兵役の2年間支給された給与を貯めて、兵役終了後に1年間の世界一周旅行に行き、その後大学に入りました。

 大学に何となく入って4年間を過ごす日本の大学生とは大きく違います。それが日本とイスラエルの社会の違いでもあります。日本では徴兵制度は無理ですが、徴用制度ならばできるのではないかと。

 ─ 国とは何か、地域とは何かを若いうちから考えると。

 河北 ロシア・ウクライナ戦争を見ても、まさにそうです。ウクライナ国民はロシアが攻めてきた時に、国に残って戦うという人達が続々と出てきました。日本に同じことが起きた時に、留まって戦おうという人がどれだけいるかです。
(以下次号)

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