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東映社長・吉村文雄「世界に向けて『ものがたり』を発信。変化に負けず新たな価値創造をしていきたい」

財界オンライン 2023年9月26日 15時0分

コロナ禍が始まってから3年半、大きな打撃を受けた映画興行。生活様式が変わり、映像配信サービスが一般に普及したことで、映画の楽しみ方そのものが大きく変わってきた。現在映画業界2位の東映は、この大きな変化に対し、新たな価値提供で客足を取り戻している。4月に就任した東映新社長・吉村文雄氏は「家で映画を楽しめる時代にわざわざ映画館に足を運ぶということ。それに見合うだけの価値提供をしていく」と力をこめる。実写およびアニメ作品の海外展開を見据え、国によるバックアップや労働環境の改善・改革を推し進めていく必要があると強く訴える。


コロナ禍における大きな変化

 ─ コロナ禍が始まってから3年半が経ちましたが、当初は映画業界にも大きな影響がありましたね。

 吉村 はい。コロナ期間中に国内の配信事業者やネットフリックス、アマゾンプライムビデオなどの外資系グローバルプラットフォームのユーザーが飛躍的に伸びました。これにより映画の楽しみ方が大きく変わりました。家の中でお金を払ってドラマや映画を観る習慣が一般的に広まったというのが、コロナ禍に起きた変化です。

 そのような背景から、映画館に足を運んでいただくことも減り、映画興行自体かなり落ち込みました。映画業界の業績を戻すことはかなり難しいのではないかとも囁かれていました。

 しかし、コロナ禍が明けて、興行は非常に良い状況になっています。

 コロナ前の2019年が国内興収が史上最高だった年で、2600億円。今年はおそらく、この調子だと2300億円ぐらいと予想され、かなり復調しているという気はします。

 ─ ネット配信サービスの普及によって、ビジネス形態もかなり変わってしまいましたね。

 吉村 映画館に行くということは、お金を払って時間を割いて、わざわざ足を運んで観るということなので、それに見合う作品かどうかというのは、お客さんにとって一つの判断基準になりますね。

 例えばIMAX(高精細度な映画設備)のような大きなスクリーンで、いい音響、いい映像で観たくなる作品がたくさん出てきています。

『トップガン マーヴェリック』が良い例です。いずれは配信サービスで観られるかもしれないが、話題性のあるうちにお金を払ってでも観たいという人が劇場へ詰め掛けると、ああいう100億円を超すヒットになるのでしょう。

 逆に、映画館で観る程でもないという判断をされてしまうと、映画興行の成績は厳しくなります。

 ─ やはりコンテンツの中身が大事だと。

 吉村 そうですね。あとはイベント性の高い作品も需要があります。ちょうどいま、弊社で配給しているアニメ『劇場版アイドリッシュセブンLIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』という作品があります。アニメのキャラクターによるライブコンサートという設定ですが、映画館がライブイベント会場と化す作品です。

 これに入場者プレゼントを週替わりで付けたり、実際に歌を歌っている声優さんをイベントに招いてライブビューイングを行ったりして、イベント性を高めて収益を上げています。

 だいぶ前からこのライブビューイングは定着してきていて、舞台やイベントを映画館で生中継する興行形態も定常化しています。

 非日常を体験するためにわざわざ映画館に足を運ぶということ。それに見合うだけの価値が提供できるかどうかが肝要であると思っています。


日本のアニメが人気なワケ

 ─ 日本のアニメが受け入れられている根本にあるものは何でしょうか。

 吉村 日本のアニメは、漫画文化がベースにあり、作品に多様性があります。あらゆるジャンルの作品が揃っているのです。海外のアニメはどうしてもファンタジーに偏りがちです。また、日本の漫画文化は裾野が広く、作家の層が厚い。アニメ化されるような人気作品は熾烈な競争を勝ち抜いてきただけあってクオリティが高いんです。

 さらに、実写映画は海外で展開するにあたって、外見のギャップに課題があると昔からいわれてきました。欧米の人はアジア人だけが出演している作品をなかなか観ない。

 一方でアニメ作品はそういったハードルを割とクリアしやすくて、ある種の無国籍感が受け入れ易さの要因かと思います。

 ─ 表現方法が世界の垣根を超えると。他国のアニメのレベルはどうなのでしょうか。

 吉村 かなり追い上げてきています。特に中国に関しては目を見張るものがあります。絵を描くアニメーターの技術は格段に進歩していますし、いま中国アニメで面白い作品がたくさん出てきています。製作費の面でいうと、ライバルどころか、向こうのほうが資金力があります。日本の優秀なスタッフを中国の会社が引き抜くというのも、随分前からある話です。

 ─ 日本の良さをまた掘り出していく必要がありますね。

 吉村 そうですね。とはいっても、実写もアニメもそうですが、日本では国が産業として全面的にバックアップをしているという状況にはありません。

 急成長している韓国は、国を挙げてコンテンツ産業に投資をし、人材育成にもお金をかけています。その産業が発展するように労働環境の改善にも国として積極的に関わっているのです。

 一方日本国内では、アニメは世界に打って出られる日本産業だ、ジャパニメーションだ、という言い方をよくされますが、実際には国を挙げて何か政策を掲げたり、予算をつけたりということはまだ少ないのが現状です。

 特にアニメーション業界では、現場で働く方々の労働環境が悪く、いくら働いても収入が増えないという問題があります。実写作品も含め、業界全体として待遇改善をしていかないと、持続性や将来性は保てないと思っています。先のことも考えるとこれは急務ですので、当社では取り組みを進めています。

 ─ 今後の展望は?

 吉村 現在、東映と東映アニメーションは、それぞれ実写とアニメという分野で独立しながら補完し合っています。この関係は今後も継続しながら、東映グループ全体で「ものがたり」を作り続けていきたい。

 制作現場をもう一回きちんと整備しようという故・手塚治前社長の方針を受け継いで、東京と京都の撮影所にも投資をし、撮影所のリニューアルを進めていきます。

 また、今秋には、現在準備中のLEDウォールを使用したバーチャルプロダクション(VP)を稼働させる予定です。

 VPを活用することでロケ地への移動、天候などの物理的な制限を気にすることなく撮影ができるため、労働時間の削減が可能となります。今後、海外も含めて作品展開を拡大させていきますので、そこに向けて人材の育成、働き方の改革を進めることが私の役割だと思っています。


イベント、デジタルを経て代表取締役に

 ─ 吉村さんの東映入社は1988年ですね。最初に配属された部署はどんな部署でしたか。

 吉村 関西の営業支社です。イベントの部署に配属されました。特撮モノのキャラクターショーなどを担当している部署です。着ぐるみのショーを売るというビジネスは当時東映がほぼ独占していました。

 また、1990年代は博覧会も多く、市政100周年というタイミングもあり、各地でいろいろなイベントやパビリオンの運営を受託してきました。

 ─ イベントの可能性は今後も広がりそうですね。

 吉村 ええ。今でもキャラクターショーは人気ですし、そこから派生した舞台や公演、さらには催事・物販や美術展、博物展も伸びています。

 また、コロナ禍を経て商品事業も伸びています。東京駅の地下には「仮面ライダーストア」というキャラクターショップがあり、売上は非常に好調です。それを全国の百貨店さんなどにポップアップストアで出店するといった取り組みも成長が期待されているところです。

 ─ 常に新しい取り組みをすることが大事だと。

 吉村 はい。例えば2002年には業界で一番早く映像配信の有料サービスを始めていました。子ども向けの特撮番組を月額500円で観られる、今でいうサブスクリプションのサービスを始めていたのです。ただ、ボロボロの赤字でした(笑)。

 携帯電話向けの着メロ・着うたという音楽の配信サービス事業も手掛けていました。

 こうした配信ビジネスの豊富な経験値のおかげで、外資系配信事業者のサービスが普及し始めた際に、どこよりもスムーズに対応し、配信ビジネスの拡大につなげることができたと思っています。

 当社は収益を上げる可能性があるのなら、何でも挑戦していこうという風土の会社です。映像配信のみならず新しいメディアが次々と生まれていますが、当社はこれからも時流に合わせてアイデアをひねっていこうと思っています。

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