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【ANA・JAL】垣根を超えて「空港グランドハンドリング協会」を設立

財界オンライン 2023年9月25日 15時0分

飛行機が飛べない─。そんな日が現実になるかもしれない。コロナ禍の暗いトンネルを抜け、旅客数が急回復しているが、空港で航空機の誘導などを行うグランドハンドリングの人材不足が深刻化している。その背景には航空会社の戦略による〝しっぺ返し〟といった要因もある。現状を変えるために企業の垣根を超えた業界団体を設立。生産性の向上をはじめ、何よりも賃上げを含む労働環境や待遇改善を図ることが求められる。

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年収は約357万円

「これまで競争一辺倒だった各グランドハンドリング事業者が〝人材不足〟という共通課題に対して、手を取り合い、業界の発展や認知度の向上に尽くしていかなければならない」─。こう強調するのは空港グランドハンドリング協会代表理事・会長で、ANAエアポートサービス社長の小山田亜希子氏だ。

 3年半にわたるコロナ禍で旅客需要が〝蒸発〟した航空業界は大きく傷んだ。「飛行機に乗る人がいない」(関係者)という状況が生まれ、旅客便の運休が長く続き、ANAホールディングス(HD)や日本航空(JAL)など航空会社の経営も深い打撃を受けた。しかし、状況は徐々に好転。国内でも新型コロナの5類移行で夏休みの旅行者はコロナ前水準に回復しつつある。

 東京電力福島第1原発の処理水を巡る中国人旅行者の動向に先行き不透明感が漂う一方で、欧米人の訪日需要は旺盛。ところがここで大きな障壁が出てきている。それがグランドハンドリング業界の人手不足だ。

 グランドハンドリングとは空港で航空機を運航する際の支援業務を総称する職種。具体的には、乗客の搭乗に関わる旅客サービス、手荷物や貨物の預け入れ・機内清掃などに携わるランプサービス、運航サポートのオペレーションなど多岐にわたる。

 旅行者にとっても、航空会社にとっても、この地上におけるグランドハンドリングが機能しなければ飛行機を飛ばすことはできない。実際、グランドハンドリングの要員が確保できなかったために、「地方空港での国際線の復便が進んでいない」(旅行会社首脳)という事例もある。

 訪日客が増加する中で深刻化する人手不足に対し、業界で連携して対応し、生産性向上や労働環境の改善などに取り組むことを目的として設立されたのが空港グランドハンドリング協会。会員企業はANA、JALのほか、鴻池エアーHD、鈴与スカイHDなど50社。国内のグランドハンドリング事業者は約400社にのぼる。

 グランドハンドリングの人材不足はコロナ前から減少傾向にあった。そこにコロナが加わり、作業員数はコロナ前比で約1~2割減の約3万人に過ぎない。「コロナ禍によって『脆弱な業界』というイメージが定着」(国土交通省)してしまった上に、労働環境も厳しく、平均年収も約357万円と建設業やトラック運送業よりも低い。さらに年間時間外労働時間の上限規制が24年に迫ってきている。

 作業員を巡る労働環境の厳しさは激しさを増している。利用者による迷惑行為など「カスタマーハラスメント」が横行していることに加え、資格や車両の仕様など業界独特のルールなどもある。例えば、ANAとJALとでは地上作業のレギュレーション(規則)が異なるため、認定を受けた人員でなければ作業に当たれないという。

 そのため、大きな空港では各航空会社のグランドハンドリング事業者が作業に当たるため問題はないが、人材が不足している地方の小さな空港では、こうした制限が大きなハードルになっているのだ。こうした商習慣が根付いた背景には、「航空会社がグランドハンドリングの業務を関連会社として本体から切り離し、コスト削減を推進した方針の結果でもある」(グランドハンドリング会社幹部)。その意味では、航空会社の責任も大きい。

 協会ではグランドハンドリング業務に関する基礎的データの収集・整理、男女比の極端な偏りの解消に向けて取り組み、就航メリットを享受する主体間のリスク分担の実現、資格や車両仕様などにかかる業界ルールの整備、生産性向上、専門学校といった教育機関との連携などにも取り組んでいく考えだ。

 その中でもポイントになってくるのが賃金だ。各社の労使交渉によって決められるものの、協会としても前述した基礎的データを活用するなどして賃上げの必要性を訴えていく方針。そのためにも二次受け、三次受けの企業にも加盟してもらわなければならない。



賃上げを含む受託料の引き上げ

 国交省の有識者会議「持続的な発展に向けた空港業務のあり方検討会」の座長を務める慶應義塾大学商学部教授の加藤一誠氏は「JALとANAのような航空会社の垣根を越えた協会設立は評価できる」と語る。実際、両社は持続可能な航空燃料(SAF)の調達と確保や地域航空会社の維持・存続で手を携えるなど共同歩調をとるケースが増えており、今回のグランドハンドリングでも実現した形だ。

 一方で「インバウンドの8割は海外の航空会社が連れてくる。それを受け入れているのが日本のグランドハンドリング事業者だ。一方で、海外の航空会社を誘致しているのは自治体。誘致にお金を投じるよりも、空港で働く人たちのための交通アクセス整備や現場にお金が回るような仕組みを整えていくべきだ」と指摘する。

 航空会社がホスピタリティの重要性を強調するのであれば、グランドハンドリングにおいてもホスピタリティの「質」が求められる。人を惹きつけるためには「航空会社にも受託料を値引きしないといった努力が求められる」と加藤氏は訴える。

 ロボットなどの最先端機器の導入や機材の融通、規制緩和などで生産性向上は不可欠。そして肝腎なのは賃上げや正社員化といった労働環境の改善だ。もちろん、作業員自身のスキルアップも求められる。「縁の下の力持ち」とも言えるグランドハンドリングの魅力向上と待遇改善に向け、協会の役割は重い。

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