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日興リサーチセンター理事長・山口廣秀「日銀はまずYCCを撤廃すべき。次にマイナス金利の引き上げを」

財界オンライン 2023年10月26日 15時0分

「今の日銀の物価に対する見方は慎重過ぎるのではないか」─。日銀が目標にしている物価目標2%を上回る状況に「高齢社会の日本では人々から強い不満が出てくるのではないか」という山口氏の懸念。インフレに悩む欧米が高い政策金利を取る中、日銀の政策変更が時期を失したものになりかねないという難しい状況にある。いずれにせよ、10年債の金利などで「市場の自由に委ねる形が大事」という山口氏の認識。日本の成長を図るには何が大事か。


日銀の物価に対する見方は慎重過ぎる

 ─ 今の世界経済を見ると、米国のインフレ、中国経済の低迷など、様々な不透明要因があります。現状をどう見ますか。

 山口 世界経済は今、非常に難しい状況に立ち至っていると思います。元々、グローバリゼーションの後退、それと同時に経済のブロック化、国際的な安全保障環境の悪化もあり、経済の供給面にかなり強い下押しの圧力がかかっています。

 つい数年前までのディスインフレ、あるいはデフレの時代から、供給不足に伴うインフレの時代に変わってきているというのが、大きな流れについての私の認識です。

 地域別に見ると、欧米の景気はともに減速しています。ただ、減速していても、底堅いということで、金融引き締めにも関わらず、物価がなかなか下がっていません。

 一方、中国は何よりも不動産バブルの崩壊が大きいと思います。景気ははっきりと後退していると思いますし、この先も金融機関やノンバンクの不良債権問題も加わって、さらに景気後退が進むと見ています。

 ─ そうした情勢に囲まれる中、日本経済の現状は?

 山口 日本はコロナ禍からの脱出が他の主要国に比べて遅かったこともあり、今何とか持ち直しつつあるということだと思います。ただ、今申し上げた欧米、中国の状況を考えると、タイムラグはあっても、いずれ日本も景気後退に向かう可能性が高いと思っています。

 物価の状況を見ると、出発点は輸入インフレでした。しかし、時間の経過とともに実際には国内要因による物価上昇にもなってきています。物価を押し上げる力が国内全般に波及しています。ですから、景気後退に向かうことがあっても、物価上昇は続くといった難しい状況になるのではないかと見ています。

 ─ その意味では、日本銀行による金融政策が非常に重要になってきますね。

 山口 日銀の物価に対する見方は慎重過ぎるのではないかと思っています。私自身は、国内の物価は上昇圧力が高まってきているという見方です。上昇のスピードは次第にダウンしていくとは思いますが、日銀が目標にしている物価目標2%を上回る状況は、今後も続くのではないかとみています。

 そうなると日銀が目標にしている2%程度にはなかなか落ち着いていかない。仮にそういう状況になってくると、高齢社会の日本では、人々から相当強い不満が出てくるのではないかということを懸念しています。

 ─ こうした情勢の中、日銀はYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)の修正を行いましたね。

 山口 ええ。ただ、あのような政策対応では十分ではないとみています。今お話した物価についての見方からするとYCCは撤廃すべきです。既に遅きに失した感じはありますが…。

 それでも撤廃すべきですし、状況によってはマイナス金利政策についても見直す余地が出てくるのかもしれません。

 難しいのは、海外情勢を考えると景気がいずれ下押ししていくだろうということです。そうなると、日銀の政策変更が時期を失した不適切な政策になりかねないという問題があります。ですから、日銀は今、非常に難しい状況に立たされています。こうなっているのは、振り返ってみるとそもそも後手に回ったことが原因です。

 ─ 金融政策の正常化に向けて、早めに手を打つべきだと。

 山口 ええ。もっと早く手を打つべきだったろうと思います。遅きに失した感はありますが、やらないよりはいいということもあります。まずはYCCを撤廃し、物価が日銀の思ったように下がってこないとすれば、10年債の金利が市場の自律的な反応によって上昇することで、物価の上昇への市場の反応がはっきりと表に出てくる。これが望ましいのではないかと思います。

 ─ 10年物国債の動きがカギを握るということですね。

 山口 大きいですね。もちろんYCCですから、日銀は全てのイールドカーブをコントロールしているつもりだと思いますが、キーになっているのは10年債の金利です。

 ですから、引き締めが必要な状況になるとすれば、時間を経ずに市場金利は上昇するはずですが、それでよいのではないか。仮に、逆に物価が上昇していかないとすれば、金利は低下していくかもしれませんが、それもそれでよいではないかということです。

 10年債の金利について、市場の自由に委ねる形にしていくことは、それ自体としては金融の引き締めでも、緩和でもないということだと思います。

 ただ、そのことが日銀から人々にうまく伝えられていないのが現状です。一方で金利が自由に動くことによって、市場が景気や物価に対してどういう見方をしているのかが、日銀にもはっきりと伝わるようになります。日銀にとって非常に重要な情報源だと思います。

 ─ その意味で日銀としては市場との対話が重要ですね。

 山口 YCCは、その性質上日銀と市場とのコミュニケーションを封じています。景気、物価に対する市場の見方が金利を通してあらわれてくることが大事で、それを日銀が政策を判断するうえでの重要な材料にしていくことが重要です。


「企業は守らないが雇用は守る」

 ─ 日本の成長に向けて、民間企業の役割は非常に重要ですが、一方で国、財政の役割との関係でどう捉えていますか。

 山口 成長との関連で最近、政府の役割が重視されるようになってきていると思います。特にESG(環境・社会・ガバナンス)、気候変動対応については、民間企業の行動だけに任せていては、適切な対応ができないかもしれません。その意味では政府が主導して対応を考える、あるいは企業行動に対して政府が関与していくことが必要だと思います。

 また、日本経済を活性化するためにはイノベーションが欠かせません。そのためには企業のリスクテイクがどうしても必要ですが、今は企業の姿勢は消極的に見えます。そうした観点からは政府が企業のリスクテイクの背中を押していくことが非常に重要になります。

 ただし、日本経済の力、潜在成長力を高めていくためには、やはり企業の自由な行動を基本原則として大切にしていく。それを前提にして政府が規制改革や労働市場の流動化といったことを進めていくということだと思います。

 ─ この時、既得権益との衝突は避けて通れませんね。

 山口 ええ。私は、政府が既得権益との調整を上手にこなしていくことで、経済全体の新陳代謝を促していくことが重要だと考えています。そこで大切なのは「企業は守らないけれども、雇用は守る」という原則をしっかり頭に置き、それを明らかにしていくことが必要です。

 これによって初めて、新陳代謝が促されるようになり、労働市場の流動化とも絡んで、労働者が次の職場に移動することができる。これが可能になれば、経済全体も活性化されるのではないでしょうか。

 ─ 日本企業の9割は中小企業ですが、業績が厳しいところも多く新陳代謝の必要性も言われていますが政治のリーダーシップも問われます。

 山口 そう思います。企業がどんどん倒産することは望ましくありません。ただ、地方などでも賃金を上げないと人が集まらない状況になっています。その結果として倒産に追い込まれる企業も出てくるかもしれません。

 その際には、「雇用を守る」という考え方に立って対応していくべきだろうと思います。日本経済が中小企業に支えられていることは事実ですし、中小企業のない日本経済は想定できませんから、しっかり頑張ってもらう必要があります。一方で新陳代謝も必要だということです。

 ─ 金融機関の意識改革も必要になりそうです。

 山口 金融機関も、そうした意識を持ちながら企業と接することが必要です。地域を守ることが、全ての企業を守ることになってしまっては新陳代謝は進みません。金融機関も企業や産業の新陳代謝を促していくことが、元気な地域経済をつくることにつながるのだという意識を持つべきだと思います。

 また金融機関自身にもイノベーションが必要です。すでに、預金を集め、貸出をするというタイプの伝統的な仕事はメガバンクを中心に見直しが行われていると思いますが、地域金融機関も自ら新しい仕事を求めていく姿勢が大事です。

 地域商社やコンサルティングの仕事を進めている銀行もありますし、提携を通じて規模を大きくし、それをベースにリスクを取っている銀行も出ていますから、いい動きだと思います。

 ─ 日本には「自助・共助・公助」という原則がありますが、大事になるキーワードは?

 山口 私は自助だと思います。国も企業も個人も、自ら助くるものを助く、これが重要です。高齢者や弱者などをどう救うのかという立場に立てば、共助や公助も大事ですが、大きな基本は自助だと思います。


日本と中国との間にある対話のパイプとして

 ─ 日本にとって「引っ越しのできない関係」である中国は今、経済的に厳しい状況ですが、関係をどう考えますか。

 山口 今、日中間が緊張した状況にあるのは間違いないと思います。日本はやはり、米国との同盟関係、民主主義諸国との関係を大事にしていくのが基本だと思います。

 ただ、日本にとって中国は一衣帯水の隣国ですから、日本の対中関係については米国とは違うニュアンスが必要だと思います。例えば半導体など経済安全保障上、機微に触れるものは厳しい対応をしていく必要がありますが、それ以外のものはむしろ取引を拡充させていくべきで、そうした柔軟性をはっきりと示す必要があります。この点、中国側にもしっかり理解してもらわなければなりません。

 ─ 山口さん自身、中国との対話には力を入れておられるそうですね。

 山口 ええ。「東京―北京フォーラム」という、今年で19回目を迎える会合に関係しています。この会合は2012年に起きた尖閣諸島問題の時にも絶えることなく続いてきました。こうした対話のチャンネルは非常に重要です。まさに「継続は力なり」です。

 今年は日中平和友好条約締結45周年です。10月に北京で開催する会合は成功させたいですし、事務方同士の打ち合わせでは中国も同じ思いです。

 このフォーラムは、日本側の最高顧問が福田康夫元総理、実行委員長が武藤敏郎・元財務事務次官です。中国側は、国際伝播集団総裁、国務院新聞弁公室主任がトップで、ともに大臣級です。

 習近平主席は、この会合で日本側がどのような主張をしてきたかに強い関心を有していると聞いていますから、我々も日本の考え方を、相手方にとって多少耳障りなことであっても、きちんと伝えていくことが大事だと思っています。

 ─ 自由主義と覇権主義という価値観の違いはどう乗り越えようと?

 山口 大変だと思います。しかし中国は世界第2の経済大国となり、民主主義国家との付き合いなしには経済が維持できない状況にあります。そのことは中国自身がよくわかっていると思いますし、我々も中国の存在なしには自分達の経済を維持できないこともまた事実です。相互依存の関係にあることを認識し合いながら、信頼関係を結んでいくことが重要です。

 ─ 中国は改革開放以来、初めてバブル崩壊に遭遇しているわけですが。

 山口 バブルは回避するのが難しい性質のものです。中国では、企業にしろ消費者にしろ、借り入れの残高が非常に大きくなっています。特に地方政府の債務規模が大きい。この借り入れが減ってこないことには、実はバブルは終息しません。今、中国は苦しい状況にあり、これが世界経済に影を落とす可能性が高まっていると思います。また、中国に日本としてアドバイスできることがあれば、それを惜しむべきではありません。

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