「英国は実力以上のポンド高を持ちこたえている」─。3年9カ月ぶりにロンドンを訪問した日本総合研究所会長の寺島実郎氏はこう語る。コロナ禍が徐々に落ち着く中、日本も英国も、もともと自国内にはらんでいた課題が炙り出されている点は同じ。しかし、英国は実力以上のポンド高となり、日本は実力以上の円安という為替水準だ。「産業力が弱くて円安になっているのではない。政策円安になっている」と指摘する寺島氏は日本が成長力を取り戻すことを訴える。
<日本活性化のカギとは何か?> 中小企業基盤整備機構理事長・豊永厚志が語る「4つの改革」
高福祉国家のシンボルが破綻
─ コロナ禍から4年近くが経ち、世界情勢も米中経済の減速などが懸念されています。寺島さんの現状分析とは。
寺島 先日、3年9カ月ぶりのロンドンを訪問しました。そこでは、この間に世界がどう変わったかを炙り出すような経験をしました。まずはロシアによるウクライナ侵攻から570日経過したわけですが、飛行機はロシアの上空を飛べず、日本から欧州へのフライトはアラスカ経由となり、片道約14時間かかるようになったのです。
私が最初にロンドンを訪問した1975年時は、アンカレッジで一度給油をするために着陸していました。つまり、アラスカ経由のフライトという、まるで原点回帰のような状況を余儀なくされているということです。
そして英国では、この間にエリザベス2世が亡くなり、「アフター・エリザベス」が現在の英国の1つのキーワードになっています。そこで感じたのは王室に対する捉え方が変わったことです。エリザベスが持っていたような国民の敬愛といった惹きつける力が今の王室にはありません。今後のイギリス王室はどうなるかが1つの論点になってきていると感じました。
─ コロナ禍での英国の対応はどのように評価を?
寺島 英国ではコロナ禍の3年半で約23万人が亡くなりました。日本の死者は現在約7万5000人です。人口が日本の約半分という国で23万人が亡くなっているのです。これは英国民にとってはショックだったと思います。というのも、英国は「ゆりかごから墓場まで」という高福祉が国家のシンボルで、国民に広く医療が行き渡っているというのが自国の売りだったからです。
英国では「National Health Service=NHS」という国民保健サービスがあったのですが、パンデミックに対してこれが破綻してしまったのです。この現実は英国民にとっては、ものすごく心に傷を残しました。
ところが英国人にもプライドがあるようで、米国よりはましだという議論が必ずと言っていいほど出てくるのです。米国は今日までにコロナ禍で約118万人が亡くなりました。人口当たりの致死率でも、世界1位が米国、2位が英国という皮肉なことになっているのです。
─ なぜ米国よりましだと主張しているのですか。
寺島 米国の医療は全てがお金次第だから、という点です。つまり、全国民のうち、6000万人以上の人が健康保険に入っていない中で、治療も受けられず、薬も手に入らないなどという状況になっています。
コロナの教訓をひと言で言うと、格差と貧困です。すなわち、医療にもお金次第という側面があるところを見せてしまったことです。こういった現状を踏まえ、次のパンデミックに向けて一体どのような仕組みを構築しておくべきかを考えなければならないということです。
アジア回帰を始めた背景
─ これは日本にも共通している課題ですね。
寺島 ええ。日本では「エッセンシャルワーカー」という労働者を英国では「キーワーカー」と呼んでいるのですが、行動規制が敷かれた中でも医療や物流などの現場で働く人々は社会的にも大きな支えとなりました。
しかし、彼らは相対的に所得が低く、その中でも感染のリスクを負いながら、私たちの生活の支えとなっているのです。そういう点でも、ただ数だけで議論ができない格差と貧困という問題を炙り出しました。高福祉国家である英国でNHSが破綻したショックは大きい。それが1つ目のテーマです。
そこにきて「ブレグジット」が2つ目のテーマになります。2020年1月31日に英国がEU(欧州連合)を離脱し、それから3年が経過しました。今の英国はどうなっているのか。実は多くの英国人がブレグジットは失敗だったと思っているのです。英国では流行り言葉のように、「ブレグレット」(英国の後悔)が使われています。
─ EUを巡る分断の構図は変わっていませんからね。
寺島 そうです。しかもブレグジットは、ある種のナショナリズムに駆り立てられて船頭に乗っかって一気に突き進んだという部分がありました。さらに来年には総選挙が予定されており、政権交代が起こることは必至であるというのが世論調査を見る限りの方向性です。
現野党である労働党は欧州回帰を主張している人が多いので、もしかしたらまたEUに戻りたいという選択肢を採り始めるかもしれません。ただ、労働党支持者が多いから欧州回帰の流れが見えてくるのかと思ったら、それは少し単純すぎます。
英国のブレグジット後の心理の中には、私が過去の著書で記した『ユニオンジャックの矢』があります。つまり、英国は大英連邦の中のネットワークで生きていくしかないという考え方です。もっと言えば、インド・太平洋回帰です。
1968年に英国は軍事的にスエズ運河の東側から引き下がり、アジア離れを引き起こしました。代わって、中東からアジアに軍隊を派遣したのが、新手のアングロサクソンである米国だったのです。
─ そこから米国の経済支配力が広がっていきました。
寺島 はい。その後、歴史は一巡りしてブレグジット後の英国がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に加入することになりました。TPPはアジアを中心とした貿易の自由化の仕組みです。ここに英国が入ってきたのです。一方の米国は離脱しました。しかも、TPPはもともとシンガポールが構想したものです。
私の言うユニオンジャックの矢とは、ロンドンを基点に、ドバイ、ベンガルール、シンガポール、シドニーをつなげたもので、かつての大英帝国の版図にあった所で、英国が構築しているネットワークの1つに挙げられます。ですから、英国が次なる展開をこのネットワークと関連させながら進めていこうとしているのではないかと思います。
こういった英国の動きが出てくる中で、今後重要になってくるのがクアッド(QUAD)です。この日米豪印4カ国による「アジア版NATO」とも言われているような仕組みに、英国が入りたがっている状況が見え隠れしてきているのです。
インドや中国との距離感
─ 英国のクアッド加盟を指摘する人もいますね。
寺島 ただ、私が釘を刺しておきたいのは、インドという大きなハードルがあることです。インドという国をどう見ていくかが、今の世界を見る上で重要なファクターになります。〝どこにでも現れるモディ(首相)〟と呼ばれ、上海協力機構にも入り、中国封じ込めのクアッドにも入っています。
さらには新たに6カ国が加わり、拡大したBRICSで、その一翼を占めつつも、ロシアとも一定の距離を保ちながら、グローバルサウスの接点としてのまとめ役を果たそうとしています。要するに影響力を最大化させていこうというのがインドの今のスタンスです。
そのインドのメッセージは分かりやすく言うと非同盟です。つまり、二極や米国一極という極構造で世界を分断してはいけないという考え方がインドの本音になります。これはインドの初代首相・ネルー以来の同国の精神になります。
─ つまり、インドは米側につくか、中国側につくかではない。第三の立場だということですね。では、英国は中国との距離をどうとっていますか。
寺島 それが3つ目のポイントです。この3年9カ月の間に一番大きな変化が起こったのは英国と中国との関係です。ついこの間まで両国は蜜月構造でした。キャメロン政権では中国の一帯一路のパートナーと言ってもいいくらい、中国に肩入れしていました。例えば、アジアインフラ投資銀行の総裁も英国人で、英国の原子力開発でも中国と手を組むと決めていました。
ところが、2020年のジョンソン政権時、中国が国家安全維持法で香港を縛り上げた。このあたりから英国の中国離れが加速し始めたのです。香港難民を受け入れる方向で動いてきています。その結果、中国との関係が一気にギクシャクしてきた。中国の封じ込めの側に英国が完全に回ったのがこの3年9カ月の大きな変化になります。
つまり、一番中国に近かった英国が中国離れをして、一方でフランスやドイツが中国との関係をギリギリ維持していこうという考え方を取っている。このあたりの大きな変化が世界の力学を変えてきているのです。
英国との比較で見た日本
─ そういった世界の力学が変化する中で、日本の立ち位置はどうあるべきですか。
寺島 これまで話してきた英国の変化を通じて日本とのコントラストを感じました。欧州とアジアにおける2つの米国の同盟国である英国と日本です。ところが、この2国の同盟国が「衰退」していると言われています。
確かに、2000年に米国の世界GDPに占める比重は30.11%。日本は14.6%、英国は4.9%でした。この3カ国で世界GDPの49.6%を占めていたのです。ところが22年には米国は24.7%、日本は4.2%、英国は3.1%までに低下してしまった。もはや3カ国は世界GDPの3分の1以下になってしまったということです。
その中で英国と日本のコントラストが鮮明に表れています。日本は経済産業の実力以上の円安です。購買力平価で考えても、物価水準で考えても、あるいは経済産業の実力ということで考えても、実力以上の円安、つまり実力以下の円水準に持っていっていることだけは確かなことになります。
一方の英国は実力以上のポンド高を持ちこたえているのです。長い目で見たらドルに対してポンドは安くなっていますが、考えて見たらポンドというものの持つ力を、実力以上に高くして持ちこたえているのです。
─ 日本は自ら円という通貨を安くしていると。
寺島 はい。このコントラストです。日本国民はガソリンが高くなった、食べ物が高くなったりして、物価高に苦しんでいますが、それは円安だからです。輸入インフレを受け、国民窮乏化政策ではないかと思ってしまうくらいの異様なまでの円安です。しかもこれは政治的円安と言っても良い状況です。
つまり、産業力を失っているから円安になっているのではなく、金融政策の歪みによって円安になっているのです。日本だけが、日米金利差が理由だと盛んに言っていますが、日本はそこから出られなくなっています。
一方の英国は実力以上のポンド高で突っ張っている。それが英国民にとってみれば、外国から入ってくるものがそれだけ安く手に入るわけですから、国民にとってはウェルカムです。ただそれに甘えすぎると産業力をさらに毀損してしまいますから、全てがバランスなのです。
英国との比較で見てみると、要するに日本国は、自らの手で自己意識を二流国、三流国にしてしまっているのです。今までは財政出動と異次元金融緩和でごまかしてきました。それがマイナス金利という異常な状況を生んでしまったのです。財政は「入るを量りて出るを制す」が当たり前です。このままではいけません。
世の趨勢として、まもなく金利が上がることは間違いありません。本来であれば、ステップ・バイ・ステップでやるべきだった財政の健全化を含めて、成長力を取り戻すための政策を今こそ実行しなければならないのです。
<日本活性化のカギとは何か?> 中小企業基盤整備機構理事長・豊永厚志が語る「4つの改革」
高福祉国家のシンボルが破綻
─ コロナ禍から4年近くが経ち、世界情勢も米中経済の減速などが懸念されています。寺島さんの現状分析とは。
寺島 先日、3年9カ月ぶりのロンドンを訪問しました。そこでは、この間に世界がどう変わったかを炙り出すような経験をしました。まずはロシアによるウクライナ侵攻から570日経過したわけですが、飛行機はロシアの上空を飛べず、日本から欧州へのフライトはアラスカ経由となり、片道約14時間かかるようになったのです。
私が最初にロンドンを訪問した1975年時は、アンカレッジで一度給油をするために着陸していました。つまり、アラスカ経由のフライトという、まるで原点回帰のような状況を余儀なくされているということです。
そして英国では、この間にエリザベス2世が亡くなり、「アフター・エリザベス」が現在の英国の1つのキーワードになっています。そこで感じたのは王室に対する捉え方が変わったことです。エリザベスが持っていたような国民の敬愛といった惹きつける力が今の王室にはありません。今後のイギリス王室はどうなるかが1つの論点になってきていると感じました。
─ コロナ禍での英国の対応はどのように評価を?
寺島 英国ではコロナ禍の3年半で約23万人が亡くなりました。日本の死者は現在約7万5000人です。人口が日本の約半分という国で23万人が亡くなっているのです。これは英国民にとってはショックだったと思います。というのも、英国は「ゆりかごから墓場まで」という高福祉が国家のシンボルで、国民に広く医療が行き渡っているというのが自国の売りだったからです。
英国では「National Health Service=NHS」という国民保健サービスがあったのですが、パンデミックに対してこれが破綻してしまったのです。この現実は英国民にとっては、ものすごく心に傷を残しました。
ところが英国人にもプライドがあるようで、米国よりはましだという議論が必ずと言っていいほど出てくるのです。米国は今日までにコロナ禍で約118万人が亡くなりました。人口当たりの致死率でも、世界1位が米国、2位が英国という皮肉なことになっているのです。
─ なぜ米国よりましだと主張しているのですか。
寺島 米国の医療は全てがお金次第だから、という点です。つまり、全国民のうち、6000万人以上の人が健康保険に入っていない中で、治療も受けられず、薬も手に入らないなどという状況になっています。
コロナの教訓をひと言で言うと、格差と貧困です。すなわち、医療にもお金次第という側面があるところを見せてしまったことです。こういった現状を踏まえ、次のパンデミックに向けて一体どのような仕組みを構築しておくべきかを考えなければならないということです。
アジア回帰を始めた背景
─ これは日本にも共通している課題ですね。
寺島 ええ。日本では「エッセンシャルワーカー」という労働者を英国では「キーワーカー」と呼んでいるのですが、行動規制が敷かれた中でも医療や物流などの現場で働く人々は社会的にも大きな支えとなりました。
しかし、彼らは相対的に所得が低く、その中でも感染のリスクを負いながら、私たちの生活の支えとなっているのです。そういう点でも、ただ数だけで議論ができない格差と貧困という問題を炙り出しました。高福祉国家である英国でNHSが破綻したショックは大きい。それが1つ目のテーマです。
そこにきて「ブレグジット」が2つ目のテーマになります。2020年1月31日に英国がEU(欧州連合)を離脱し、それから3年が経過しました。今の英国はどうなっているのか。実は多くの英国人がブレグジットは失敗だったと思っているのです。英国では流行り言葉のように、「ブレグレット」(英国の後悔)が使われています。
─ EUを巡る分断の構図は変わっていませんからね。
寺島 そうです。しかもブレグジットは、ある種のナショナリズムに駆り立てられて船頭に乗っかって一気に突き進んだという部分がありました。さらに来年には総選挙が予定されており、政権交代が起こることは必至であるというのが世論調査を見る限りの方向性です。
現野党である労働党は欧州回帰を主張している人が多いので、もしかしたらまたEUに戻りたいという選択肢を採り始めるかもしれません。ただ、労働党支持者が多いから欧州回帰の流れが見えてくるのかと思ったら、それは少し単純すぎます。
英国のブレグジット後の心理の中には、私が過去の著書で記した『ユニオンジャックの矢』があります。つまり、英国は大英連邦の中のネットワークで生きていくしかないという考え方です。もっと言えば、インド・太平洋回帰です。
1968年に英国は軍事的にスエズ運河の東側から引き下がり、アジア離れを引き起こしました。代わって、中東からアジアに軍隊を派遣したのが、新手のアングロサクソンである米国だったのです。
─ そこから米国の経済支配力が広がっていきました。
寺島 はい。その後、歴史は一巡りしてブレグジット後の英国がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に加入することになりました。TPPはアジアを中心とした貿易の自由化の仕組みです。ここに英国が入ってきたのです。一方の米国は離脱しました。しかも、TPPはもともとシンガポールが構想したものです。
私の言うユニオンジャックの矢とは、ロンドンを基点に、ドバイ、ベンガルール、シンガポール、シドニーをつなげたもので、かつての大英帝国の版図にあった所で、英国が構築しているネットワークの1つに挙げられます。ですから、英国が次なる展開をこのネットワークと関連させながら進めていこうとしているのではないかと思います。
こういった英国の動きが出てくる中で、今後重要になってくるのがクアッド(QUAD)です。この日米豪印4カ国による「アジア版NATO」とも言われているような仕組みに、英国が入りたがっている状況が見え隠れしてきているのです。
インドや中国との距離感
─ 英国のクアッド加盟を指摘する人もいますね。
寺島 ただ、私が釘を刺しておきたいのは、インドという大きなハードルがあることです。インドという国をどう見ていくかが、今の世界を見る上で重要なファクターになります。〝どこにでも現れるモディ(首相)〟と呼ばれ、上海協力機構にも入り、中国封じ込めのクアッドにも入っています。
さらには新たに6カ国が加わり、拡大したBRICSで、その一翼を占めつつも、ロシアとも一定の距離を保ちながら、グローバルサウスの接点としてのまとめ役を果たそうとしています。要するに影響力を最大化させていこうというのがインドの今のスタンスです。
そのインドのメッセージは分かりやすく言うと非同盟です。つまり、二極や米国一極という極構造で世界を分断してはいけないという考え方がインドの本音になります。これはインドの初代首相・ネルー以来の同国の精神になります。
─ つまり、インドは米側につくか、中国側につくかではない。第三の立場だということですね。では、英国は中国との距離をどうとっていますか。
寺島 それが3つ目のポイントです。この3年9カ月の間に一番大きな変化が起こったのは英国と中国との関係です。ついこの間まで両国は蜜月構造でした。キャメロン政権では中国の一帯一路のパートナーと言ってもいいくらい、中国に肩入れしていました。例えば、アジアインフラ投資銀行の総裁も英国人で、英国の原子力開発でも中国と手を組むと決めていました。
ところが、2020年のジョンソン政権時、中国が国家安全維持法で香港を縛り上げた。このあたりから英国の中国離れが加速し始めたのです。香港難民を受け入れる方向で動いてきています。その結果、中国との関係が一気にギクシャクしてきた。中国の封じ込めの側に英国が完全に回ったのがこの3年9カ月の大きな変化になります。
つまり、一番中国に近かった英国が中国離れをして、一方でフランスやドイツが中国との関係をギリギリ維持していこうという考え方を取っている。このあたりの大きな変化が世界の力学を変えてきているのです。
英国との比較で見た日本
─ そういった世界の力学が変化する中で、日本の立ち位置はどうあるべきですか。
寺島 これまで話してきた英国の変化を通じて日本とのコントラストを感じました。欧州とアジアにおける2つの米国の同盟国である英国と日本です。ところが、この2国の同盟国が「衰退」していると言われています。
確かに、2000年に米国の世界GDPに占める比重は30.11%。日本は14.6%、英国は4.9%でした。この3カ国で世界GDPの49.6%を占めていたのです。ところが22年には米国は24.7%、日本は4.2%、英国は3.1%までに低下してしまった。もはや3カ国は世界GDPの3分の1以下になってしまったということです。
その中で英国と日本のコントラストが鮮明に表れています。日本は経済産業の実力以上の円安です。購買力平価で考えても、物価水準で考えても、あるいは経済産業の実力ということで考えても、実力以上の円安、つまり実力以下の円水準に持っていっていることだけは確かなことになります。
一方の英国は実力以上のポンド高を持ちこたえているのです。長い目で見たらドルに対してポンドは安くなっていますが、考えて見たらポンドというものの持つ力を、実力以上に高くして持ちこたえているのです。
─ 日本は自ら円という通貨を安くしていると。
寺島 はい。このコントラストです。日本国民はガソリンが高くなった、食べ物が高くなったりして、物価高に苦しんでいますが、それは円安だからです。輸入インフレを受け、国民窮乏化政策ではないかと思ってしまうくらいの異様なまでの円安です。しかもこれは政治的円安と言っても良い状況です。
つまり、産業力を失っているから円安になっているのではなく、金融政策の歪みによって円安になっているのです。日本だけが、日米金利差が理由だと盛んに言っていますが、日本はそこから出られなくなっています。
一方の英国は実力以上のポンド高で突っ張っている。それが英国民にとってみれば、外国から入ってくるものがそれだけ安く手に入るわけですから、国民にとってはウェルカムです。ただそれに甘えすぎると産業力をさらに毀損してしまいますから、全てがバランスなのです。
英国との比較で見てみると、要するに日本国は、自らの手で自己意識を二流国、三流国にしてしまっているのです。今までは財政出動と異次元金融緩和でごまかしてきました。それがマイナス金利という異常な状況を生んでしまったのです。財政は「入るを量りて出るを制す」が当たり前です。このままではいけません。
世の趨勢として、まもなく金利が上がることは間違いありません。本来であれば、ステップ・バイ・ステップでやるべきだった財政の健全化を含めて、成長力を取り戻すための政策を今こそ実行しなければならないのです。