「ボトムアップで、アイデアを出せる環境づくりを意識してきた」と話す庄野氏。住友商事時代、営業の本質を「受発注係」ではなく「課題を解決すること」だと痛感。その経験から、中興化成工業トップとして、フッ素樹脂などで、他社にはない商品・サービスの提供を心がける。社員には「課題解決型企業」であろうと啓発する日々。庄野氏が考える経営の姿とは─。
いい素材を調理する「シェフ」の役割
─ 中興化成工業は今年、創業60周年を迎えましたね。創業家による経営から、庄野さんが社長となるまで、様々な歴史があったかと思いますが。
庄野 そうですね。当社の創業者は木曽重義といいます。「筑豊の四天王」とも呼ばれ、石炭で財をなした人です。
とても先見の明があった人で、石炭産業が斜陽になると将来を見通して経営の多角化をはかり、いよいよ閉山となったときには、そのお蔭で雇用を守ることができました。創業家は従業員の雇用を大切にし2001年に最後の関連会社を中興化成工業本体に合併した時も整理解雇は行いませんでした。
この少し前、1999年に私は中興化成工業に入社しました。石炭事業時代から会社が保有していた不動産があり、このストックに頼る面がどうしてもありましたから、それを06年に分離して、創業家である木曽家が株式を持つ別法人にしました。現在は中興化成工業3代目社長で現相談役の木曽節文が、この不動産会社の社長です。
─ 本業は何かを見つめ直す時期でもあったと。
庄野 ええ。やはり我々は「ストック」より「フロー」だろうと。「我々の会社は福岡の中心に土地を持っているから」というような発想ではいけないと考えて、分離を提案したんです。
私は07年に社長に就任しましたが、直後に起きた08年のリーマンショックは厳しい経験でしたし、19年にエアバッグ事業を譲渡した時には、売上高、営業利益ともに大きく減少し、これも難しい選択でした。
─ この3年余のコロナ禍の影響はありましたか。
庄野 コロナは、当社の事業にはあまり影響しませんでした。むしろ「巣ごもり需要」でパソコンが売れ、半導体関連事業が伸びました。
半導体はやはり周期、サイクルがありますからね。当社のセグメントには食品、建築、電子部品、自動車、医療などがありますが、これらはあまり振れません。半導体も我々は装置の部材を手掛けていますから、装置の設備投資が続く限りは、大きく落ちることはありません。
─ その意味で、事業は安定していると言っていいですね。
庄野 ええ。半導体で言えば、日本でもラピダスやTSMCなどのデバイスメーカーの投資に世の中の関心が強いですが、日本の強みは半導体装置メーカーなんです。
そして、その装置を支えているのは部材です。素材産業の部材が強く、装置メーカーの強さを支えていると言っていいと思います。
まず、化学メーカーが優秀な樹脂を製造します。農業に例えると、いい農作物をつくるわけです。こうして作られたいい素材を、我々のような加工メーカー、調理役がきちんとしたキッチンで、素材の良さを生かした調理をするのです。
いわば、シェフが磨きに磨いた包丁を使って、全く汚れもつけないように調理をするわけですが、誰にでもできるかというと決してそうではありません。これは日本人、日本の製造業の強さだと思うんです。
─ 日本の文化的強さと言ってもいいかもしれませんね。
庄野 そう思います。海外出張に行って、日本に帰ってくると成田空港のガラスや床の綺麗さを実感します。また、日本の道路の多くは裸足で歩くこともできるぐらいゴミなどが落ちていませんが、海外ではそういう道路はありません。これが日本の清潔さ、気がつく、気を配るといった「気」の部分だと思います。
これは当社でも意識している部分です。例えば、クリーンルームで仕事をする人間を選ぶ際、優秀か、優秀でないかではなく、そういう性分の人間を選ぶようにしているんです。
─ どうやって見極めているんですか。
庄野 選抜を担当している社員に、駐車場を見に行かせるんです。車を綺麗にしている社員をチェックして、その人間をクリーンルームの仕事に回していこうと。車を綺麗にしている人間は、そういう性分なんです。
他にも、工場で宴会をした際に、乾杯した後、コップの下の雫を拭っている人間を全てメモしたこともありました。仕事はやはり適材適所だと思うんです。そういう性分でない人間を当てても、本人が苦労しますし、会社にとってもプラスにはなりません。適性を見抜いておけばお互いにプラスです。
トップダウンではなくボトムアップで
─ 庄野さんが07年に社長に就任してから、特に意識してきたことは何でしたか。
庄野 本業で勝負すること、そして組織づくりです。特にトップダウンというより、ボトムアップをする組織を意識してきました。そして社員がアイデアを出して、それを利潤に変えるという循環をつくることを常に考えてきたんです。
私自身は化学の専門家ではありません。アイデアは現場が持っていますから、それを出してもらうことができるような「場」をつくることが仕事だと考えています。
もう1つ、我々はBtoBの会社ですから、お客様は企業です。そのお客様の課題を聞き取ることを意識してきました。ただ、これは簡単なようで難しい。
─ どういう点に難しさがありますか。
庄野 我々の営業担当が勘違いしていて、6つの言葉しか使っていないケースがあったんです。「多い」、「少ない」、「高い」、「安い」、「早い」、「遅い」という言葉を言うのが営業だと思っているわけです。
私はこういう営業担当に対しては「これは営業ではない。受発注係じゃないか」と伝えています。私自身、商社時代に営業をしていて、お客様が何に困っているか、課題を解決することが自分達の仕事なんだということを痛感したこともありました。極端な話、お客様の愚痴をお聞きするわけです。
そして我々の技術、生産、営業の力で、その課題を解決するためのソリューションを考え、提案していくことが大事です。ですから私は、中興化成工業は「課題解決型企業」で行こうと決めました。そして、その課題を解決した後、商品を売るのではなく「責任」を売る姿勢をお客様に見せようということを社内に訴えたのです。
─ こうした仕事を担う人に必要な要素は何だと?
庄野 入口は「親切」であることです。「この人を何とかしてあげたい」という思いの強い人間を選んで、営業を担当してもらいました。
いくら頭がよくても、不親切だったり、上から目線の人間に、お客様は自分の課題、本音を話してはくれません。
そうした親切心を持った営業が聞き取ってきた課題に対して、我々の社内に数多くいる「工夫好き」が解決方法を提示するという形になれば、いい循環になります。工夫好きは、無愛想な人間も多いですから営業はできないかもしれませんが、お客様のために解決方法を考える職人気質なんです。やはりそこは適材適所だと思います。
上司は部下のことを「よく見る」ことが大事
─ 昔は「愛社精神」などと言われましたが、近年は「エンゲージメント」(働きがい)などと言われます。社員と会社との関係を今、どう考えますか。
庄野 従業員との関係は基本的には経営者の「片思い」だと思うんです。「従業員は喜んでいるだろうか」、「1人よがりになっていないだろうか」と自問自答する日々です。給与を上げたり、制度をつくったりした時には、果たして満足度は上がっただろうかと思うわけです。ですから、従業員が他社に移ったりすると、片思いの恋に破れたくらい切ない(笑)。
細かい例で言うと、当社では従業員本人ではなく、そのご家族など、大切に思っている人の誕生日に花を贈っています。「あなたが、あの人を支えてくれているおかげで、当社は運営できています」という思いを込めています。
─ 家族を含め、大事な人の支えがあってこその企業経営だということですね。
庄野 そうです。私も長い期間、サラリーマン生活を送ってきましたが(編集部注:庄野氏は住友商事出身)、昔 都々逸で聞いた「嫌なお方の親切よりも、好きなお方の無理がいい」という言葉が心に残っています。嫌な上司から「早く帰っていいよ」と言われるより、好きな上司から「悪いけど、あと2時間やってくれる?」と言われる方が、人間は幸せではないかと思っています。
例えばラグビーなどは激しいスポーツですが、嫌な人間から「やれ」と言われて、骨を折るようなプレーはできません。体を張ることができるのは、やはり好きだからです。ですから会社も、できるだけ好きになってもらう努力を、みんながすることが大事だと思うんです。
ですから管理職などには、できる限り部下を見ていてあげなさいということを言っています。私が商社で中国の担当をしている時、アメリカから中国市場の知識の少ない上司が赴任してきたことがありました。
その上司は当然、現地の事情はわからないわけですが、その人は我々が夜、接待に出た後、最後の1人が帰ってくるまで待っていてくれたのです。そうして、我々の愚痴を聞いて「そんなの気にするなよ」と声をかけてくれる人でした。
─ 部下のことを見てくれる上司だったわけですね。
庄野 そうです。自分達の仕事を知らない上司にボーナスの査定をされたくないですよね。その上司は、我々がどんな顔をして帰ってくるか、見てくれていたんです。市場のことはわからなくても、我々の話を聞き、誰が何を判断しているのかを見る眼力がありました。
こうした経験から、管理職以上の、将来経営を担う人間に必要な資質として、デザイン力、胆力、眼力、対内的対人能力、対外的対人能力の5つが大事だと考えています。
そしてポジティブさも大切です。当社では例えば「この角度がわからないので見積もれません」という言い方ではなく「この角度がわかれば見積もれます」と言いなさいと言っています。同じことを言っているわけですが、ポジティブな言い方に変えようと。
素材に「言うことを聞かせる」技術
─ 改めて、中興化成工業が手掛ける「フッ素樹脂」の良さ、可能性について聞かせて下さい。
庄野 世の中にある人工で作った素材の中では、あらゆる意味で一番タフです。
タフという時には、いろいろな定義があると思いますが、熱や強い薬品などでも溶けないですし、紫外線にも強い。「フォーエバー・ケミカル」と呼ばれるくらいです。
非常に強い分、加工が難しい素材でもあります。言うことを聞かないわけです。言うことを聞かない樹脂の言うことを聞かせるわけですから、そこに技術が必要なのです。
─ 他社が真似できないということは言えますか。
庄野 真似しにくいとは言えると思います。ですから我々は、フッ素樹脂の加工で培った、素材に「言うことを聞かせる技術」を他の素材で生かしていこうとしています。
一番ハードルの高い素材を加工しているわけですから、例えばシリコーンなど、他素材の場合、更に強みを生かせるのではないかと考えています。
我々以外にも技術を持った企業はあり、時には競合することもありますが、どちらかと言えば、お客様が持つ課題が違う場合が多いですから、お互いに違う課題を個別に解決しているという感覚があります。
─ 逆に、フッ素樹脂が抱える課題はありますか。
庄野 欧州などで、環境問題からフッ素樹脂も含むPFASの使用を制限する「欧州PFAS制限案」が検討されています(PFASは有機フッ素化合物の総称)。
それに対しては、PFASで問題になっているのは非常に一部のもので、フッ素樹脂は関係ないということを説明しています。即ち、問題があるのは「特定PFAS」であり、フッ素樹脂は分子量的にも別物であることを伝えると同時に、その特性からも体内には吸収されず、産業や社会に欠かせない樹脂であるというメッセージを出し続けているところです。
いい素材を調理する「シェフ」の役割
─ 中興化成工業は今年、創業60周年を迎えましたね。創業家による経営から、庄野さんが社長となるまで、様々な歴史があったかと思いますが。
庄野 そうですね。当社の創業者は木曽重義といいます。「筑豊の四天王」とも呼ばれ、石炭で財をなした人です。
とても先見の明があった人で、石炭産業が斜陽になると将来を見通して経営の多角化をはかり、いよいよ閉山となったときには、そのお蔭で雇用を守ることができました。創業家は従業員の雇用を大切にし2001年に最後の関連会社を中興化成工業本体に合併した時も整理解雇は行いませんでした。
この少し前、1999年に私は中興化成工業に入社しました。石炭事業時代から会社が保有していた不動産があり、このストックに頼る面がどうしてもありましたから、それを06年に分離して、創業家である木曽家が株式を持つ別法人にしました。現在は中興化成工業3代目社長で現相談役の木曽節文が、この不動産会社の社長です。
─ 本業は何かを見つめ直す時期でもあったと。
庄野 ええ。やはり我々は「ストック」より「フロー」だろうと。「我々の会社は福岡の中心に土地を持っているから」というような発想ではいけないと考えて、分離を提案したんです。
私は07年に社長に就任しましたが、直後に起きた08年のリーマンショックは厳しい経験でしたし、19年にエアバッグ事業を譲渡した時には、売上高、営業利益ともに大きく減少し、これも難しい選択でした。
─ この3年余のコロナ禍の影響はありましたか。
庄野 コロナは、当社の事業にはあまり影響しませんでした。むしろ「巣ごもり需要」でパソコンが売れ、半導体関連事業が伸びました。
半導体はやはり周期、サイクルがありますからね。当社のセグメントには食品、建築、電子部品、自動車、医療などがありますが、これらはあまり振れません。半導体も我々は装置の部材を手掛けていますから、装置の設備投資が続く限りは、大きく落ちることはありません。
─ その意味で、事業は安定していると言っていいですね。
庄野 ええ。半導体で言えば、日本でもラピダスやTSMCなどのデバイスメーカーの投資に世の中の関心が強いですが、日本の強みは半導体装置メーカーなんです。
そして、その装置を支えているのは部材です。素材産業の部材が強く、装置メーカーの強さを支えていると言っていいと思います。
まず、化学メーカーが優秀な樹脂を製造します。農業に例えると、いい農作物をつくるわけです。こうして作られたいい素材を、我々のような加工メーカー、調理役がきちんとしたキッチンで、素材の良さを生かした調理をするのです。
いわば、シェフが磨きに磨いた包丁を使って、全く汚れもつけないように調理をするわけですが、誰にでもできるかというと決してそうではありません。これは日本人、日本の製造業の強さだと思うんです。
─ 日本の文化的強さと言ってもいいかもしれませんね。
庄野 そう思います。海外出張に行って、日本に帰ってくると成田空港のガラスや床の綺麗さを実感します。また、日本の道路の多くは裸足で歩くこともできるぐらいゴミなどが落ちていませんが、海外ではそういう道路はありません。これが日本の清潔さ、気がつく、気を配るといった「気」の部分だと思います。
これは当社でも意識している部分です。例えば、クリーンルームで仕事をする人間を選ぶ際、優秀か、優秀でないかではなく、そういう性分の人間を選ぶようにしているんです。
─ どうやって見極めているんですか。
庄野 選抜を担当している社員に、駐車場を見に行かせるんです。車を綺麗にしている社員をチェックして、その人間をクリーンルームの仕事に回していこうと。車を綺麗にしている人間は、そういう性分なんです。
他にも、工場で宴会をした際に、乾杯した後、コップの下の雫を拭っている人間を全てメモしたこともありました。仕事はやはり適材適所だと思うんです。そういう性分でない人間を当てても、本人が苦労しますし、会社にとってもプラスにはなりません。適性を見抜いておけばお互いにプラスです。
トップダウンではなくボトムアップで
─ 庄野さんが07年に社長に就任してから、特に意識してきたことは何でしたか。
庄野 本業で勝負すること、そして組織づくりです。特にトップダウンというより、ボトムアップをする組織を意識してきました。そして社員がアイデアを出して、それを利潤に変えるという循環をつくることを常に考えてきたんです。
私自身は化学の専門家ではありません。アイデアは現場が持っていますから、それを出してもらうことができるような「場」をつくることが仕事だと考えています。
もう1つ、我々はBtoBの会社ですから、お客様は企業です。そのお客様の課題を聞き取ることを意識してきました。ただ、これは簡単なようで難しい。
─ どういう点に難しさがありますか。
庄野 我々の営業担当が勘違いしていて、6つの言葉しか使っていないケースがあったんです。「多い」、「少ない」、「高い」、「安い」、「早い」、「遅い」という言葉を言うのが営業だと思っているわけです。
私はこういう営業担当に対しては「これは営業ではない。受発注係じゃないか」と伝えています。私自身、商社時代に営業をしていて、お客様が何に困っているか、課題を解決することが自分達の仕事なんだということを痛感したこともありました。極端な話、お客様の愚痴をお聞きするわけです。
そして我々の技術、生産、営業の力で、その課題を解決するためのソリューションを考え、提案していくことが大事です。ですから私は、中興化成工業は「課題解決型企業」で行こうと決めました。そして、その課題を解決した後、商品を売るのではなく「責任」を売る姿勢をお客様に見せようということを社内に訴えたのです。
─ こうした仕事を担う人に必要な要素は何だと?
庄野 入口は「親切」であることです。「この人を何とかしてあげたい」という思いの強い人間を選んで、営業を担当してもらいました。
いくら頭がよくても、不親切だったり、上から目線の人間に、お客様は自分の課題、本音を話してはくれません。
そうした親切心を持った営業が聞き取ってきた課題に対して、我々の社内に数多くいる「工夫好き」が解決方法を提示するという形になれば、いい循環になります。工夫好きは、無愛想な人間も多いですから営業はできないかもしれませんが、お客様のために解決方法を考える職人気質なんです。やはりそこは適材適所だと思います。
上司は部下のことを「よく見る」ことが大事
─ 昔は「愛社精神」などと言われましたが、近年は「エンゲージメント」(働きがい)などと言われます。社員と会社との関係を今、どう考えますか。
庄野 従業員との関係は基本的には経営者の「片思い」だと思うんです。「従業員は喜んでいるだろうか」、「1人よがりになっていないだろうか」と自問自答する日々です。給与を上げたり、制度をつくったりした時には、果たして満足度は上がっただろうかと思うわけです。ですから、従業員が他社に移ったりすると、片思いの恋に破れたくらい切ない(笑)。
細かい例で言うと、当社では従業員本人ではなく、そのご家族など、大切に思っている人の誕生日に花を贈っています。「あなたが、あの人を支えてくれているおかげで、当社は運営できています」という思いを込めています。
─ 家族を含め、大事な人の支えがあってこその企業経営だということですね。
庄野 そうです。私も長い期間、サラリーマン生活を送ってきましたが(編集部注:庄野氏は住友商事出身)、昔 都々逸で聞いた「嫌なお方の親切よりも、好きなお方の無理がいい」という言葉が心に残っています。嫌な上司から「早く帰っていいよ」と言われるより、好きな上司から「悪いけど、あと2時間やってくれる?」と言われる方が、人間は幸せではないかと思っています。
例えばラグビーなどは激しいスポーツですが、嫌な人間から「やれ」と言われて、骨を折るようなプレーはできません。体を張ることができるのは、やはり好きだからです。ですから会社も、できるだけ好きになってもらう努力を、みんながすることが大事だと思うんです。
ですから管理職などには、できる限り部下を見ていてあげなさいということを言っています。私が商社で中国の担当をしている時、アメリカから中国市場の知識の少ない上司が赴任してきたことがありました。
その上司は当然、現地の事情はわからないわけですが、その人は我々が夜、接待に出た後、最後の1人が帰ってくるまで待っていてくれたのです。そうして、我々の愚痴を聞いて「そんなの気にするなよ」と声をかけてくれる人でした。
─ 部下のことを見てくれる上司だったわけですね。
庄野 そうです。自分達の仕事を知らない上司にボーナスの査定をされたくないですよね。その上司は、我々がどんな顔をして帰ってくるか、見てくれていたんです。市場のことはわからなくても、我々の話を聞き、誰が何を判断しているのかを見る眼力がありました。
こうした経験から、管理職以上の、将来経営を担う人間に必要な資質として、デザイン力、胆力、眼力、対内的対人能力、対外的対人能力の5つが大事だと考えています。
そしてポジティブさも大切です。当社では例えば「この角度がわからないので見積もれません」という言い方ではなく「この角度がわかれば見積もれます」と言いなさいと言っています。同じことを言っているわけですが、ポジティブな言い方に変えようと。
素材に「言うことを聞かせる」技術
─ 改めて、中興化成工業が手掛ける「フッ素樹脂」の良さ、可能性について聞かせて下さい。
庄野 世の中にある人工で作った素材の中では、あらゆる意味で一番タフです。
タフという時には、いろいろな定義があると思いますが、熱や強い薬品などでも溶けないですし、紫外線にも強い。「フォーエバー・ケミカル」と呼ばれるくらいです。
非常に強い分、加工が難しい素材でもあります。言うことを聞かないわけです。言うことを聞かない樹脂の言うことを聞かせるわけですから、そこに技術が必要なのです。
─ 他社が真似できないということは言えますか。
庄野 真似しにくいとは言えると思います。ですから我々は、フッ素樹脂の加工で培った、素材に「言うことを聞かせる技術」を他の素材で生かしていこうとしています。
一番ハードルの高い素材を加工しているわけですから、例えばシリコーンなど、他素材の場合、更に強みを生かせるのではないかと考えています。
我々以外にも技術を持った企業はあり、時には競合することもありますが、どちらかと言えば、お客様が持つ課題が違う場合が多いですから、お互いに違う課題を個別に解決しているという感覚があります。
─ 逆に、フッ素樹脂が抱える課題はありますか。
庄野 欧州などで、環境問題からフッ素樹脂も含むPFASの使用を制限する「欧州PFAS制限案」が検討されています(PFASは有機フッ素化合物の総称)。
それに対しては、PFASで問題になっているのは非常に一部のもので、フッ素樹脂は関係ないということを説明しています。即ち、問題があるのは「特定PFAS」であり、フッ素樹脂は分子量的にも別物であることを伝えると同時に、その特性からも体内には吸収されず、産業や社会に欠かせない樹脂であるというメッセージを出し続けているところです。