憲法改正のポイントは「情報通信の秘密」
─ 日本の針路について伺います。岸田政権は防衛力強化の予算増額などで、5年間で総額43兆円と定めました。
佐藤 43兆円というのは、今まで日本の防衛費が抑えられてきたことを考えると、評価できる動きではあると思います。
ただ、そこには恐らく二つの問題があります。一つは、北朝鮮やロシア、中国など、日本周辺の環境を考えると、過去数十年間、本来整備しなければいけないものが、きちんと整備できていなかったということです。
日本は緊張が高まる中で防衛費を削減するという、イレギュラーな政策をとってきたため、積み残しの課題が数多くあります。その積み残した課題を解決するために、5年で43兆円とも言われる防衛費の中から、ある程度割く必要があります。ただ、これは良かったと思います。
元防衛大臣・小野寺五典「日本の防衛戦略には、この国を攻めさせないための〝抑止力〟と〝反撃能力〟が必要」
─ 今までなすべきことをやってこなかった反省も含めてですね。
佐藤 ええ。しかしながら、もう一つは、43兆円の使い方を見ると、新しい兵器の開発など、様々な新しい提案がされています。軍事システムの再構築に使えるお金ができたことは良かったと思うんですが、逆にその資金があることによって、恐らく防衛産業の強化に問題が生じるのではないかということです。
つまり、今までは予算が少ないが故に、それなりの効率化や最適化を図ってきたと思うんですが、そこに43兆円もの資金が入ってきたら、そんなことをする必要が無い。防衛費の調達が増えていくことが予想されると、防衛生産体制を大きく変革していく、というインセンティブが失われてしまいかねない。そこを懸念します。
理想的な姿は、新しい兵器開発をとにかく積極的に進めることと、この後、生産能力と供給能力のバランスが崩れる時が出てくるので、輸出に依存する選択肢を可能な限り追求することです。特に国際的な市場開拓を、今のうちに進めておくことが極めて重要だと思います。
─ その場合、法整備は今のままでいいのか。法整備と同時に、ゆくゆくは憲法までいくのか。その辺はどう見ますか。
佐藤 近年、あるいは直近では2023年には防衛装備移転三原則の運用指針の緩和を含めた、様々な提案がなされています。その見直し自体は、政治的制約の中で、可能な措置を追求すればいいと思います。
ただ、輸出に関するノウハウの蓄積であるとか、輸出先国との関係強化というのは、相手国との包括的な関係を構築することが必要です。その条件が整った先に、長期的に安定した装備移転が可能になってくる。その部分には、早急に取り組まなければいけない。つまり、三原則の緩和というのがいいと思いますし、運用指針の改訂も重要ですが、日本の方針を変えたら世界から引き合いがくるような単純なものではない、ということを自覚することです。
─ もう一つ、憲法改正まで行くかという点についてはどう考えますか。
佐藤 わたしは共同開発や生産などを含む防衛装備の生産体制や、装備移転をめぐる問題を考えていくと、憲法改正までいく必要はないと思います。
しかし、現行の指針の中で解釈されるように、殺傷兵器を輸出してはいけないとか、いわゆる第三国移転の問題を考えると、今の憲法が大きな制約要因になっているという意見も確かに存在します。これは議論として成り立つ話ではありますが、わたしはその立場はとりません。
《教えて!森本敏・元防衛大臣》ウクライナ戦争はいつまで続くのか?
むしろ、防衛技術開発等を考えると、憲法改正を議論する上で大きな問題なのが、9条だけではなくて、第21条の「通信の秘密」に関する問題だと思います。現在の防衛装備開発では、AI(人工知能)によるものを含め、データをどう活用するか、どう収集するかという点が重要になっています。さらに領域横断作戦では、情報収集や監視をどう効率的に行うかというのが、大きなポイントなんですね。
つまり、各種データを政府側が自由にやりとりすることを可能にするような体制を作る必要があり、各国はこの問題に積極的に取り組んでいます。これは、専守防衛戦略とも関係があります。ウクライナ戦争を参考にすれば、例えば、敵対勢力の動きを民間の情報カメラなどが捉えていたとしても、今の法律では犯罪があるということが合理的に実証できない限りは、それを政府側が自由に活用することを裁判所は許可しないでしょう。
─ 緊急事態の時にカメラを使えない?
佐藤 極端な例ではありますが、憲法改正して緊急事態における私権制限の規定が整備されないと、これまでの法解釈的には不安定さが残ります。
─ これは他の先進国は法整備をやっているんですか。
佐藤 ほとんどの国がやっているとは言いませんが、情報通信の秘密と情報データの利用は、ガイドラインを作ったりしてやっています。そこは日本としては、憲法改正してまでも緊急にやらなくてはいけないことだと思います。防衛装備の技術開発の条件などを考えると、こちらの方の緊急性が高いのではないかと思います。
わたしが思うのは、つくづく専守防衛というのは残酷な政策だということです。本土決戦をやる時にこんな国民を騙したような政策はないわけです。
専守防衛を維持し続けるのであれば…
─ それは相手が攻めて来てからやるのでは間に合わないということですね。
佐藤 ええ。間に合わないし、仮に相手が攻めて来た時に、今回のウクライナを見ても自衛隊で全ての対応を任せるのは困難でしょう。嫌がる人も多いですが、専守防衛が成り立つためには「普通の国民」も戦いに協力する覚悟が必要になります。
ウクライナが今回善戦している大きな理由に、スマートフォンなどの民間製品を通じたデータの活用があるんですね。また、民間人がある程度の軍事訓練を受けたり、軍事に関わる情報に接して、約30万人のサイバーアーミーがいると言われています。
海外への民間人の情報発信も含めて、様々な工夫が行われています。これが国際世論を動かしました。それこそ武器弾薬の使用についても、大多数の日本人は銃など触ったこともないわけです。
そうなると、敵が攻めてきた時にどうやって抵抗するの? というのは大きな問いかけになります。まさか竹槍で抵抗せよ、とはなりませんよね。つまり、専守防衛をやるのであっても、それなりの態勢を整えておかなければ、極めて危険なことになると思います。
今回のウクライナ戦争を機に、そういう軍事教練をすべきだとまでは言いませんけど、専守防衛の怖さを国民に教えてこなかったのは、政府の大きな落ち度だと思います。
あえて刺激的な言い方をすれば、普段から格闘術を含めた軍事的な訓練をやっておかないと、専守防衛は成り立たない。それが嫌で、しかし、専守防衛を維持し続けるのであれば、自衛隊の大規模化を考えるとか、それなりの対応を求めざるを得ないわけです。
─ これは国民の問題意識、国の在り方として、根本を問われているわけですね。
佐藤 やはり、今回、われわれがウクライナ戦争で教訓にすべきことは、日本はこれまで平和憲法の名前の下で安心して、専守防衛のための準備を何もしてこなかったということ。今も「専守防衛」という言葉だけが叫ばれて、やっていることは、敵が攻めてきたら降伏して、民族や国家の存続を危機に晒すことを受け入れようと呼びかけているか、そうでなければ、実質的に、竹やりで戦えと言っているだけです。
─ その意味では、戦後77年、日本の防衛戦略は思考停止で、眠ったままだと。
佐藤 仰る通りです。戦後77年、思考停止になるほど戦争が無かったというのは、極めて平和で素晴らしいことだと思います。しかし、ウクライナのあの惨状を目の当たりにしたら、現実には国連常任理事国であっても、相手に対して非人道的な軍事攻撃を整然と仕掛けて来る。
そういう状況があるんだということを前提に、われわれはこの後の専守防衛を考えていかなくてはならない。ですから、本当に今のままでいいのか、それとも、態勢を変えていかなきゃいけないのか。真剣に議論すべき時に来ていると思います。
【著者に聞く】『エネルギーの地政学』 日本エネルギー経済研究所 専務理事・小山 堅
─ 日本の針路について伺います。岸田政権は防衛力強化の予算増額などで、5年間で総額43兆円と定めました。
佐藤 43兆円というのは、今まで日本の防衛費が抑えられてきたことを考えると、評価できる動きではあると思います。
ただ、そこには恐らく二つの問題があります。一つは、北朝鮮やロシア、中国など、日本周辺の環境を考えると、過去数十年間、本来整備しなければいけないものが、きちんと整備できていなかったということです。
日本は緊張が高まる中で防衛費を削減するという、イレギュラーな政策をとってきたため、積み残しの課題が数多くあります。その積み残した課題を解決するために、5年で43兆円とも言われる防衛費の中から、ある程度割く必要があります。ただ、これは良かったと思います。
元防衛大臣・小野寺五典「日本の防衛戦略には、この国を攻めさせないための〝抑止力〟と〝反撃能力〟が必要」
─ 今までなすべきことをやってこなかった反省も含めてですね。
佐藤 ええ。しかしながら、もう一つは、43兆円の使い方を見ると、新しい兵器の開発など、様々な新しい提案がされています。軍事システムの再構築に使えるお金ができたことは良かったと思うんですが、逆にその資金があることによって、恐らく防衛産業の強化に問題が生じるのではないかということです。
つまり、今までは予算が少ないが故に、それなりの効率化や最適化を図ってきたと思うんですが、そこに43兆円もの資金が入ってきたら、そんなことをする必要が無い。防衛費の調達が増えていくことが予想されると、防衛生産体制を大きく変革していく、というインセンティブが失われてしまいかねない。そこを懸念します。
理想的な姿は、新しい兵器開発をとにかく積極的に進めることと、この後、生産能力と供給能力のバランスが崩れる時が出てくるので、輸出に依存する選択肢を可能な限り追求することです。特に国際的な市場開拓を、今のうちに進めておくことが極めて重要だと思います。
─ その場合、法整備は今のままでいいのか。法整備と同時に、ゆくゆくは憲法までいくのか。その辺はどう見ますか。
佐藤 近年、あるいは直近では2023年には防衛装備移転三原則の運用指針の緩和を含めた、様々な提案がなされています。その見直し自体は、政治的制約の中で、可能な措置を追求すればいいと思います。
ただ、輸出に関するノウハウの蓄積であるとか、輸出先国との関係強化というのは、相手国との包括的な関係を構築することが必要です。その条件が整った先に、長期的に安定した装備移転が可能になってくる。その部分には、早急に取り組まなければいけない。つまり、三原則の緩和というのがいいと思いますし、運用指針の改訂も重要ですが、日本の方針を変えたら世界から引き合いがくるような単純なものではない、ということを自覚することです。
─ もう一つ、憲法改正まで行くかという点についてはどう考えますか。
佐藤 わたしは共同開発や生産などを含む防衛装備の生産体制や、装備移転をめぐる問題を考えていくと、憲法改正までいく必要はないと思います。
しかし、現行の指針の中で解釈されるように、殺傷兵器を輸出してはいけないとか、いわゆる第三国移転の問題を考えると、今の憲法が大きな制約要因になっているという意見も確かに存在します。これは議論として成り立つ話ではありますが、わたしはその立場はとりません。
《教えて!森本敏・元防衛大臣》ウクライナ戦争はいつまで続くのか?
むしろ、防衛技術開発等を考えると、憲法改正を議論する上で大きな問題なのが、9条だけではなくて、第21条の「通信の秘密」に関する問題だと思います。現在の防衛装備開発では、AI(人工知能)によるものを含め、データをどう活用するか、どう収集するかという点が重要になっています。さらに領域横断作戦では、情報収集や監視をどう効率的に行うかというのが、大きなポイントなんですね。
つまり、各種データを政府側が自由にやりとりすることを可能にするような体制を作る必要があり、各国はこの問題に積極的に取り組んでいます。これは、専守防衛戦略とも関係があります。ウクライナ戦争を参考にすれば、例えば、敵対勢力の動きを民間の情報カメラなどが捉えていたとしても、今の法律では犯罪があるということが合理的に実証できない限りは、それを政府側が自由に活用することを裁判所は許可しないでしょう。
─ 緊急事態の時にカメラを使えない?
佐藤 極端な例ではありますが、憲法改正して緊急事態における私権制限の規定が整備されないと、これまでの法解釈的には不安定さが残ります。
─ これは他の先進国は法整備をやっているんですか。
佐藤 ほとんどの国がやっているとは言いませんが、情報通信の秘密と情報データの利用は、ガイドラインを作ったりしてやっています。そこは日本としては、憲法改正してまでも緊急にやらなくてはいけないことだと思います。防衛装備の技術開発の条件などを考えると、こちらの方の緊急性が高いのではないかと思います。
わたしが思うのは、つくづく専守防衛というのは残酷な政策だということです。本土決戦をやる時にこんな国民を騙したような政策はないわけです。
専守防衛を維持し続けるのであれば…
─ それは相手が攻めて来てからやるのでは間に合わないということですね。
佐藤 ええ。間に合わないし、仮に相手が攻めて来た時に、今回のウクライナを見ても自衛隊で全ての対応を任せるのは困難でしょう。嫌がる人も多いですが、専守防衛が成り立つためには「普通の国民」も戦いに協力する覚悟が必要になります。
ウクライナが今回善戦している大きな理由に、スマートフォンなどの民間製品を通じたデータの活用があるんですね。また、民間人がある程度の軍事訓練を受けたり、軍事に関わる情報に接して、約30万人のサイバーアーミーがいると言われています。
海外への民間人の情報発信も含めて、様々な工夫が行われています。これが国際世論を動かしました。それこそ武器弾薬の使用についても、大多数の日本人は銃など触ったこともないわけです。
そうなると、敵が攻めてきた時にどうやって抵抗するの? というのは大きな問いかけになります。まさか竹槍で抵抗せよ、とはなりませんよね。つまり、専守防衛をやるのであっても、それなりの態勢を整えておかなければ、極めて危険なことになると思います。
今回のウクライナ戦争を機に、そういう軍事教練をすべきだとまでは言いませんけど、専守防衛の怖さを国民に教えてこなかったのは、政府の大きな落ち度だと思います。
あえて刺激的な言い方をすれば、普段から格闘術を含めた軍事的な訓練をやっておかないと、専守防衛は成り立たない。それが嫌で、しかし、専守防衛を維持し続けるのであれば、自衛隊の大規模化を考えるとか、それなりの対応を求めざるを得ないわけです。
─ これは国民の問題意識、国の在り方として、根本を問われているわけですね。
佐藤 やはり、今回、われわれがウクライナ戦争で教訓にすべきことは、日本はこれまで平和憲法の名前の下で安心して、専守防衛のための準備を何もしてこなかったということ。今も「専守防衛」という言葉だけが叫ばれて、やっていることは、敵が攻めてきたら降伏して、民族や国家の存続を危機に晒すことを受け入れようと呼びかけているか、そうでなければ、実質的に、竹やりで戦えと言っているだけです。
─ その意味では、戦後77年、日本の防衛戦略は思考停止で、眠ったままだと。
佐藤 仰る通りです。戦後77年、思考停止になるほど戦争が無かったというのは、極めて平和で素晴らしいことだと思います。しかし、ウクライナのあの惨状を目の当たりにしたら、現実には国連常任理事国であっても、相手に対して非人道的な軍事攻撃を整然と仕掛けて来る。
そういう状況があるんだということを前提に、われわれはこの後の専守防衛を考えていかなくてはならない。ですから、本当に今のままでいいのか、それとも、態勢を変えていかなきゃいけないのか。真剣に議論すべき時に来ていると思います。
【著者に聞く】『エネルギーの地政学』 日本エネルギー経済研究所 専務理事・小山 堅