「絶対的な安全性や高い信頼性を有する新幹線システムなど日本の鉄道技術をもっと売り込んでいくべき」と運輸総合研究所会長の宿利正史氏は語る。世界的に知られる日本の新幹線。既に台湾に輸出・実用化され、今はインドで建設中である。質の高い日本の交通インフラ導入に期待する国は多いが、ライバル国も存在する。宿利氏は「将来はインドなどと連携して新幹線システムを他国に輸出することも考えて良い」と話す。人と人、国と国をつなぐ宿利氏の〝交通インフラ外交〟のポイントとは?
運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」
台湾に続く新幹線輸出国
─ 日本の成長戦略の1つとして鉄道の輸出があります。10月に開業したインドネシアの高速鉄道には、中国が資金と技術の両面で協力しました。日本には「新幹線」がありますが、その強みとは。
宿利 日本の新幹線の最大の強みは、世界最高水準の安全性と信頼性です。また、高速・高頻度・大量輸送を実現している点も大きな強みです。
私は2014年に設立された国際高速鉄道協会の理事長を務めていますが、この協会の役割は、JR東海、JR東日本、JR西日本、JR九州、台湾高鉄などの新幹線に関係する企業が一緒になって、日本の新幹線システムを世界に広めて、国際標準とすることです。
既に台湾には日本の新幹線システムが輸出されて、07年から開業し大成功していますが、次はインドです。インドではデリー、アーメダバード、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバード、バラナシ、ハウラなどの大都市間を8本の高速鉄道で結ぶ計画がありますが、そのうちの最初のムンバイ―アーメダバード間500キロの路線が日本の新幹線方式で現在建設中です。
─ アーメダバードと言えば、モディ首相の出身地ですね。
宿利 そうですね。この区間では、最高時速320キロで運転する計画です。JR東日本が東北新幹線で最高時速320キロの営業運転を行っていますが、それに匹敵する速度です。同社が使っている「E5系」の車両を導入する予定です。
開業すれば、現在在来線の特急で5時間以上かかっている両都市間の移動時間が約2時間に短縮されますから、インドの発展に大きく貢献します。完成時期はまだ確定していませんが、現在急ピッチでインフラ部分の建設工事が進んでいます。
─ 新興国が日本の新幹線技術に期待しているということですね。
宿利 はい。多くの国が日本の新幹線を高く評価しています。一方で、新幹線システムの輸出を進める上で、ライバルとなるのが欧州や中国です。中国では、自国の高速鉄道の技術は自ら開発したと言われているようですが、もともと日本の新幹線技術が多く採用されています。1972年の日中国交正常化を経て、1979年から日本は、30年余の長きにわたって中国に対して無償で鉄道技術協力を続けてきました。
私は、国土交通省での勤務の後半に日中鉄道技術協力に携わりました。2009年に東京で開催された日中鉄道技術協力30周年の盛大な祝賀会をよく覚えています。中国は一方で日本の新幹線技術を学びつつ、他方でドイツやフランスの欧州方式の高速鉄道の技術も取り入れて、高速鉄道技術を習得し、高速鉄道の整備を進めてきました。
実際に中国の高速鉄道は、最初は、日本の新幹線E2系をベースとしたものと、ドイツ(ICE)やフランス(TGV)の高速鉄道をベースとしたものが混在して運行されていました。肝心なのはベースとなる技術ですから、中国がすべて自ら技術開発したという言い方は事実ではありません。
インドネシアでの教訓
─ 鉄道の輸出は政治的な絡みがありますが。
宿利 その通りです。高速鉄道のような大規模なプロジェクトは特にそうです。歴史を遡れば、1978年、改革開放路線を打ち出し、来日して東海道新幹線に乗った鄧小平は、その素晴らしさに驚き、日本の新幹線技術のような高い鉄道技術の中国への導入を希望しました。
その後、日本は川崎重工業を中心とする日本連合が、中国への技術移転を前提として新幹線車両を受注し、中国の工場で大半の車両を作ることになりました。そこで中国は日本の新幹線技術を学んだということです。
韓国は、日本の新幹線技術を導入せず、フランス方式の高速鉄道(TGV)を導入しました。日本の新幹線技術自体の優位性は明らかであるものの、政治的な事情や日本側の官民一体の取り組みの不備もあり、フランス方式の導入に決まったという経緯があります。
─ 日本の新幹線技術は、台湾に輸出され、実用化されましたが、インドネシアで負けてしまいましたね。
宿利 そうですね。最終段階で中国に逆転されてしまいました。今年の10月2日に開業したジャカルタとバンドン近郊の間の約140キロの路線がそうです。高速鉄道の営業距離としてはとても短いものです。
インドネシアの高速鉄道を巡っては、安全性、信頼性など質の高さを前面に押し出した日本と、早期完工とインドネシア政府に財政支出や政府保証を求めない事業方式を打ち出した中国による一騎打ちとなりました。
もともと、日本のJICA(国際協力機構)により調査(フィージビリティ・スタディ)が行われ、報告書もまとまり、インドネシア側も日本の新幹線方式で整備することを考えていたと思います。
しかし、2014年10月に大統領が現在のジョコ氏に代わって、突如、中国方式に乗り換えたのです。その際のインドネシア側の言い分は、日本の方が条件が悪いからというものでした。
政権が代わると、前政権の方針が変更されることは、他国においてもままあることです。インフラ輸出を通じてインドネシアに対する影響力を拡大しようとしていた中国の戦略に、結果的に屈した形になりました。
日本の強さをどう打ち出すか?
─ それでも今後の日本の外交を考えると、鉄道インフラの輸出は大事になりますが。
宿利 ええ、私は非常に重要だと考えています。しかし、日本のように、質の高い鉄道を誠実にしっかり整備しようとすると、建設費はどうしても高くなってしまいます。これに対して、建設費の安さを前面に押し出してくる国もあります。できるだけ自国の負担を少なくして高速鉄道を作りたい国にとっては、初期コストの高い日本の提案より、安い他国の提案の方が魅力的に見えることもあるでしょう。
インドネシアの事例では、中国が受注しましたが、その後の経過は、建設コストが膨らみ、その結果としてインドネシア政府の財政負担が生じ、開業時期も当初予定より4年も遅れることになりました。
─ この課題に対して、どう取り組むべきだと考えますか。
宿利 私が常々相手国の政府関係者に言っているのは、肝心なことは、高速鉄道という言わば「一生もの」の買い物をするときには、目先の初期費用が安いか高いかで決めるのではなく、30年先、50年先まで使ったときに、結果としてどちらがトータルで安くなるか、をよく考えて判断してくださいということです。
故障が多かったり、事故が起きたりすれば、トータルの費用は当然高いものになります。一方で、日本の新幹線を見れば分かるように、事故は起きず、故障せず、長く信頼して使うことができる。長い目で見て、どちらが賢い選択であるかは明らかです。
また、日本は人材の育成なども含めて、責任を持って相手国の立場に立って仕事をします。決してハードを売りっ放しというようなことはしません。鉄道はオペレーションやメンテナンスを担うしっかりした専門の人材がいないと、安全で確実な運行はできません。そういう人材の育成まできちんとやる。それも日本の鉄道システムを導入するメリットです。
─ これについては、外国は認識してくれているのですか。
宿利 道半ばです。根気よく説明を続けたり、実績を積み重ねていかなければなりません。さらに、日本には駅周辺の整備や沿線の開発についての豊富な経験があります。他の国の場合は、そういうことまではやらず、鉄道を建設して終わりです。日本は、その先のことまでしっかり協力します。
─ そこをインドは理解してくれたということですね。
宿利 はい。インドの高速鉄道を巡っては、当初フランスが相当先行していたようですが、モディ首相と当時の安倍首相との間の強い信頼関係が、新幹線システムの導入決定に大きな影響を与えたと思います。
また、インドはこれまでに、日本の技術によって二度の大きな社会変革を成し遂げたことも大きな理由です。
1回目は、自動車です。スズキは、1981年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグを設立し、インドの国民車となる小型車「マルチ・スズキ」を作りました。これにより、インドは、市民が日常的に自動車を使う社会へと大きく変革しました。
2回目は、「デリー・メトロ」です。日本は、1990年代後半から、デリーの地下鉄整備について円借款により協力を行いました。これにより、デリーという大都市の市民生活が大きく変わり、女性を含め市民が、渋滞に巻き込まれることなく、安全で確実に通勤・通学できる都市へと変革しました。今では、デリー・メトロの総延長は、約400キロになっています。
─ 東京の地下鉄の総延長は300キロでしたね。
宿利 ええ。東京は、東京メトロと都営地下鉄を合わせて300キロです。デリーの地下鉄は、二十数年で世界のトップレベルになったわけですが、背景には日本の地下鉄技術があります。日本の建設工事の工期の確実さ、事故を起こさないための安全管理、規律正しく質の高い工事等が高く評価され、技術移転が円滑に行われました。また、日本から学んだ整列乗車のマナーも定着しています。
2016年2月に、インドのジャイシャンカル現外務大臣(2016年当時外務次官)は、こうした2回の社会変革の積み重ねがあったからこそ、インドは今回の高速鉄道の整備について、「インドの3回目の社会変革(トランスフォーメーション)を日本の新幹線によって実現したい」と私に語ってくれました。
メトロは、デリーだけではなく、今ではアーメダバードやムンバイ、コルカタ、チェンナイ、バンガロールなどでも大規模に整備が進んでいますが、これらは外国の技術支援を受けずにインドが自力で整備しています。
インドと組んで次を狙え!
─ インド人の技術力も大変なものですね。
宿利 そうですね。今後日本の新幹線技術を吸収して自分のものにする力をインドは持っていると思います。
我々は、他国に技術協力をすれば、いずれその国が自らの技術として身につけるということを当然意識していなければならず、日本のODAの基本的な考え方は相手国の自立を支援することです。
これからの時代に大切なことは、日本企業が日本の技術や規格を身に付けた他国の企業と一緒に、別の国、つまり第三国に鉄道を輸出していくというビジネスモデルを早く確立することだと考えています。
例えば、日本の鉄道システムの中核を構成する車両や信号は、日本国内でしか作れない段階では、日本から輸出するしかないでしょうが、インドは、それらをいずれインド国内で作る「メイク・イン・インディア」という政策を掲げています。
そうであるならば、日本は、インドと良好なビジネス関係を構築し、インドに合弁会社を設立するなどして技術移転を進め、その合弁会社を製造拠点として、他の第三国に輸出していけば良いのです。日本で作るのももちろん結構ですが、今後事業をグローバルに拡大しようと考えているのであれば、将来をにらんで、戦略的に他国のパートナーと手を組んで新たなビジネス・ステージを目指すことも同時に大事だと思います。(了)
運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」
台湾に続く新幹線輸出国
─ 日本の成長戦略の1つとして鉄道の輸出があります。10月に開業したインドネシアの高速鉄道には、中国が資金と技術の両面で協力しました。日本には「新幹線」がありますが、その強みとは。
宿利 日本の新幹線の最大の強みは、世界最高水準の安全性と信頼性です。また、高速・高頻度・大量輸送を実現している点も大きな強みです。
私は2014年に設立された国際高速鉄道協会の理事長を務めていますが、この協会の役割は、JR東海、JR東日本、JR西日本、JR九州、台湾高鉄などの新幹線に関係する企業が一緒になって、日本の新幹線システムを世界に広めて、国際標準とすることです。
既に台湾には日本の新幹線システムが輸出されて、07年から開業し大成功していますが、次はインドです。インドではデリー、アーメダバード、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバード、バラナシ、ハウラなどの大都市間を8本の高速鉄道で結ぶ計画がありますが、そのうちの最初のムンバイ―アーメダバード間500キロの路線が日本の新幹線方式で現在建設中です。
─ アーメダバードと言えば、モディ首相の出身地ですね。
宿利 そうですね。この区間では、最高時速320キロで運転する計画です。JR東日本が東北新幹線で最高時速320キロの営業運転を行っていますが、それに匹敵する速度です。同社が使っている「E5系」の車両を導入する予定です。
開業すれば、現在在来線の特急で5時間以上かかっている両都市間の移動時間が約2時間に短縮されますから、インドの発展に大きく貢献します。完成時期はまだ確定していませんが、現在急ピッチでインフラ部分の建設工事が進んでいます。
─ 新興国が日本の新幹線技術に期待しているということですね。
宿利 はい。多くの国が日本の新幹線を高く評価しています。一方で、新幹線システムの輸出を進める上で、ライバルとなるのが欧州や中国です。中国では、自国の高速鉄道の技術は自ら開発したと言われているようですが、もともと日本の新幹線技術が多く採用されています。1972年の日中国交正常化を経て、1979年から日本は、30年余の長きにわたって中国に対して無償で鉄道技術協力を続けてきました。
私は、国土交通省での勤務の後半に日中鉄道技術協力に携わりました。2009年に東京で開催された日中鉄道技術協力30周年の盛大な祝賀会をよく覚えています。中国は一方で日本の新幹線技術を学びつつ、他方でドイツやフランスの欧州方式の高速鉄道の技術も取り入れて、高速鉄道技術を習得し、高速鉄道の整備を進めてきました。
実際に中国の高速鉄道は、最初は、日本の新幹線E2系をベースとしたものと、ドイツ(ICE)やフランス(TGV)の高速鉄道をベースとしたものが混在して運行されていました。肝心なのはベースとなる技術ですから、中国がすべて自ら技術開発したという言い方は事実ではありません。
インドネシアでの教訓
─ 鉄道の輸出は政治的な絡みがありますが。
宿利 その通りです。高速鉄道のような大規模なプロジェクトは特にそうです。歴史を遡れば、1978年、改革開放路線を打ち出し、来日して東海道新幹線に乗った鄧小平は、その素晴らしさに驚き、日本の新幹線技術のような高い鉄道技術の中国への導入を希望しました。
その後、日本は川崎重工業を中心とする日本連合が、中国への技術移転を前提として新幹線車両を受注し、中国の工場で大半の車両を作ることになりました。そこで中国は日本の新幹線技術を学んだということです。
韓国は、日本の新幹線技術を導入せず、フランス方式の高速鉄道(TGV)を導入しました。日本の新幹線技術自体の優位性は明らかであるものの、政治的な事情や日本側の官民一体の取り組みの不備もあり、フランス方式の導入に決まったという経緯があります。
─ 日本の新幹線技術は、台湾に輸出され、実用化されましたが、インドネシアで負けてしまいましたね。
宿利 そうですね。最終段階で中国に逆転されてしまいました。今年の10月2日に開業したジャカルタとバンドン近郊の間の約140キロの路線がそうです。高速鉄道の営業距離としてはとても短いものです。
インドネシアの高速鉄道を巡っては、安全性、信頼性など質の高さを前面に押し出した日本と、早期完工とインドネシア政府に財政支出や政府保証を求めない事業方式を打ち出した中国による一騎打ちとなりました。
もともと、日本のJICA(国際協力機構)により調査(フィージビリティ・スタディ)が行われ、報告書もまとまり、インドネシア側も日本の新幹線方式で整備することを考えていたと思います。
しかし、2014年10月に大統領が現在のジョコ氏に代わって、突如、中国方式に乗り換えたのです。その際のインドネシア側の言い分は、日本の方が条件が悪いからというものでした。
政権が代わると、前政権の方針が変更されることは、他国においてもままあることです。インフラ輸出を通じてインドネシアに対する影響力を拡大しようとしていた中国の戦略に、結果的に屈した形になりました。
日本の強さをどう打ち出すか?
─ それでも今後の日本の外交を考えると、鉄道インフラの輸出は大事になりますが。
宿利 ええ、私は非常に重要だと考えています。しかし、日本のように、質の高い鉄道を誠実にしっかり整備しようとすると、建設費はどうしても高くなってしまいます。これに対して、建設費の安さを前面に押し出してくる国もあります。できるだけ自国の負担を少なくして高速鉄道を作りたい国にとっては、初期コストの高い日本の提案より、安い他国の提案の方が魅力的に見えることもあるでしょう。
インドネシアの事例では、中国が受注しましたが、その後の経過は、建設コストが膨らみ、その結果としてインドネシア政府の財政負担が生じ、開業時期も当初予定より4年も遅れることになりました。
─ この課題に対して、どう取り組むべきだと考えますか。
宿利 私が常々相手国の政府関係者に言っているのは、肝心なことは、高速鉄道という言わば「一生もの」の買い物をするときには、目先の初期費用が安いか高いかで決めるのではなく、30年先、50年先まで使ったときに、結果としてどちらがトータルで安くなるか、をよく考えて判断してくださいということです。
故障が多かったり、事故が起きたりすれば、トータルの費用は当然高いものになります。一方で、日本の新幹線を見れば分かるように、事故は起きず、故障せず、長く信頼して使うことができる。長い目で見て、どちらが賢い選択であるかは明らかです。
また、日本は人材の育成なども含めて、責任を持って相手国の立場に立って仕事をします。決してハードを売りっ放しというようなことはしません。鉄道はオペレーションやメンテナンスを担うしっかりした専門の人材がいないと、安全で確実な運行はできません。そういう人材の育成まできちんとやる。それも日本の鉄道システムを導入するメリットです。
─ これについては、外国は認識してくれているのですか。
宿利 道半ばです。根気よく説明を続けたり、実績を積み重ねていかなければなりません。さらに、日本には駅周辺の整備や沿線の開発についての豊富な経験があります。他の国の場合は、そういうことまではやらず、鉄道を建設して終わりです。日本は、その先のことまでしっかり協力します。
─ そこをインドは理解してくれたということですね。
宿利 はい。インドの高速鉄道を巡っては、当初フランスが相当先行していたようですが、モディ首相と当時の安倍首相との間の強い信頼関係が、新幹線システムの導入決定に大きな影響を与えたと思います。
また、インドはこれまでに、日本の技術によって二度の大きな社会変革を成し遂げたことも大きな理由です。
1回目は、自動車です。スズキは、1981年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグを設立し、インドの国民車となる小型車「マルチ・スズキ」を作りました。これにより、インドは、市民が日常的に自動車を使う社会へと大きく変革しました。
2回目は、「デリー・メトロ」です。日本は、1990年代後半から、デリーの地下鉄整備について円借款により協力を行いました。これにより、デリーという大都市の市民生活が大きく変わり、女性を含め市民が、渋滞に巻き込まれることなく、安全で確実に通勤・通学できる都市へと変革しました。今では、デリー・メトロの総延長は、約400キロになっています。
─ 東京の地下鉄の総延長は300キロでしたね。
宿利 ええ。東京は、東京メトロと都営地下鉄を合わせて300キロです。デリーの地下鉄は、二十数年で世界のトップレベルになったわけですが、背景には日本の地下鉄技術があります。日本の建設工事の工期の確実さ、事故を起こさないための安全管理、規律正しく質の高い工事等が高く評価され、技術移転が円滑に行われました。また、日本から学んだ整列乗車のマナーも定着しています。
2016年2月に、インドのジャイシャンカル現外務大臣(2016年当時外務次官)は、こうした2回の社会変革の積み重ねがあったからこそ、インドは今回の高速鉄道の整備について、「インドの3回目の社会変革(トランスフォーメーション)を日本の新幹線によって実現したい」と私に語ってくれました。
メトロは、デリーだけではなく、今ではアーメダバードやムンバイ、コルカタ、チェンナイ、バンガロールなどでも大規模に整備が進んでいますが、これらは外国の技術支援を受けずにインドが自力で整備しています。
インドと組んで次を狙え!
─ インド人の技術力も大変なものですね。
宿利 そうですね。今後日本の新幹線技術を吸収して自分のものにする力をインドは持っていると思います。
我々は、他国に技術協力をすれば、いずれその国が自らの技術として身につけるということを当然意識していなければならず、日本のODAの基本的な考え方は相手国の自立を支援することです。
これからの時代に大切なことは、日本企業が日本の技術や規格を身に付けた他国の企業と一緒に、別の国、つまり第三国に鉄道を輸出していくというビジネスモデルを早く確立することだと考えています。
例えば、日本の鉄道システムの中核を構成する車両や信号は、日本国内でしか作れない段階では、日本から輸出するしかないでしょうが、インドは、それらをいずれインド国内で作る「メイク・イン・インディア」という政策を掲げています。
そうであるならば、日本は、インドと良好なビジネス関係を構築し、インドに合弁会社を設立するなどして技術移転を進め、その合弁会社を製造拠点として、他の第三国に輸出していけば良いのです。日本で作るのももちろん結構ですが、今後事業をグローバルに拡大しようと考えているのであれば、将来をにらんで、戦略的に他国のパートナーと手を組んで新たなビジネス・ステージを目指すことも同時に大事だと思います。(了)