運転手の乗っていないタクシーを利用する時代がすぐそこまでやってきている。ホンダは2026年初頭にも自動運転車によるタクシーサービスを提供する。米国企業と連携し、国内で深刻化しているタクシーやバス、トラックの運転手不足に対応し、観光などで地方創生にも寄与したい考え。しかしながら、足元では様々な課題も浮き彫りになっている。夢のようなサービスは実現するのか……。
運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」
運転席のない車両で自由に移動
東京都内の会社で働くサラリーマン。営業で取引先の打ち合わせまで、あと30分と迫る中、手元のスマートフォンでアプリを起動して自社の住所と行き先を入力した。画面には「タクシーの到着まで5分」の表示。外に出てしばらくすると、スーッとボックス型のタクシー車両が近づいてきた。運転手はいない。
車内に乗り込んでメールをチェックしていると、10分後には取引先に到着。運賃の支払いはアプリ上で決済が済んでいるため、金銭の受け渡しはなく、そのサラリーマンはそのまま取引先のビルの中に入っていった。
2026年にはこんな時代が来るかもしれない。この運転手のいないタクシーを開発しているのがホンダだ。同社は米ゼネラル・モーターズ(GM)と同社の自動運転開発子会社のGMクルーズホールディングス(クルーズ)と共同で同年初頭から東京都内で自動運転車両を使ったタクシー事業を始める。
ホンダ社長の三部敏宏氏は「移動をもっと自由に、移動時間そのものをより有意義な時間に変える今までにない移動体験を提供していく」と強調する。既に車両の開発は済んでいる。3人ずつ対面で着席する6人乗りの「クルーズ・オリジン」だ。この車両の最大の特徴は何といっても運転席がないこと。
そして、特定の条件下で人が運転に関わらない自動運転「レベル4」の技術を搭載していることも特徴だ。ホンダはまずは数十台からスタートし、500台に増やしていく。あえて都内でスタートする理由は「自動運転の難易度が高い都内で成功すれば、国内のあらゆる地域やニーズに対応できる」(三部氏)と見込むからだ。3社は24年前半にタクシー事業を運営する合弁会社を設立する予定だ。
トヨタ自動車が「イー・パレット」というMaaS(次世代移動サービス)用の車両を開発しているが、移動販売やシャトルバスなどの用途を想定。一方のクルーズ・オリジンは個人利用を想定するため、一般的な乗用車と同程度。イー・パレットよりも一回り小さいサイズだ。
そのため、自家用車のようなプライベート空間として活用することもできるし、冒頭のようなビジネスパーソンの移動時間として有効活用することも想定。家族連れや観光客が自由に移動できるなど、幅広い層をターゲットとして日本で新しい移動体験を提供できると同社は踏む。
3社で役割は分かれている。ホンダがスライドドアなどの車体の上屋を手がけ、GMが自社開発のリチウムイオン電池「アルティウム」を含めたプラットフォームを担当。クルーズが自動運転技術を提供する。日本で使用する車両も含めて、生産はGMが米国内で生産する。
具体的なサービス開始のイメージとしては、「都心でも更にエリアを限定した所で始まるだろう」とホンダモビリティソリューションズ第一ソリューション部第一ソリューション課課長の岩城亮平氏は見通しを語る。
無人の自動運転が実現すれば様々なメリットが出てくる。まずは「タクシーやバスのドライバー不足など、日本が抱える社会的課題の解決にも貢献できる」(三部氏)ことだ。中でもタクシー会社で働く運転手は今年3月時点で約23万人。コロナ前の19年から2割も減少している。足元のインバウンドの増加により街中でタクシーを拾うことも難しくなり、駅前のタクシー乗り場は行列ができている。
また、過疎地域での高齢者や障がい者の交通手段の提供にもつながり、「モノを運ぶことも考慮している」(同)ため、トラック運転手の不足を補う側面もありそうだ。そして室内で音楽を流したり、家族で映画を見ながら好きな観光地を巡ることもできるようになるため、地方創生にもつながると言える。
ホンダにとっての採算性という部分では、乗車料金が新会社の収益となる。北米で先行して事業展開され、収益が出ていることから、日本でも初期投資は大きいものの収益性があると判断している。ただ、軌道に乗るまでは少し時間がかかりそうだ。
立ちはだかる壁の数々
そして、このビジネスの肝は自動運転技術だ。自動運転技術を提供するクルーズの技術はインフラとは連携しない自律型。高精度地図や遠隔監視システムを使用している。同社の配車サービスは米サンフランシスコやオースティン、フェニックスなどで有償提供されている。
その走行距離は既に800万マイル(1284万キロ=地球321万周)。世界でもトップクラスだ。運輸総合研究所会長の宿利正史氏は同社の自動運転技術に関して「自動運転にすることで、もっと安全にしようというコンセプトだ」と評価する。自動運転にしたら危ないという価値観から〝安全だから自動運転にする〟という考え方の転換だ。
しかしながら、道は険しそうだ。まずは、肝心のクルーズが米国で事故を起こし、全米で運行停止を余儀なくされている。また、国内に目を向けると、関係省庁と連携して緩和規定の活用や最終的な型式認証に向けた取り組みも必要だ。
何よりも運転手のいない車両が街中を走ることに、「どれだけの人々が受け入れるかという社会受容性の問題もある」(アナリスト)。しかし、自動運転の技術革新は確実に進む。三部氏は社内に向けて「単なるものづくりだけでは生き残っていけない」と発破をかけ、新たなチャレンジを鼓舞している。トヨタや日産自動車などに先駆けて日本初の事業に挑むホンダ。その挑戦魂が正念場を迎えている。
運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」
運転席のない車両で自由に移動
東京都内の会社で働くサラリーマン。営業で取引先の打ち合わせまで、あと30分と迫る中、手元のスマートフォンでアプリを起動して自社の住所と行き先を入力した。画面には「タクシーの到着まで5分」の表示。外に出てしばらくすると、スーッとボックス型のタクシー車両が近づいてきた。運転手はいない。
車内に乗り込んでメールをチェックしていると、10分後には取引先に到着。運賃の支払いはアプリ上で決済が済んでいるため、金銭の受け渡しはなく、そのサラリーマンはそのまま取引先のビルの中に入っていった。
2026年にはこんな時代が来るかもしれない。この運転手のいないタクシーを開発しているのがホンダだ。同社は米ゼネラル・モーターズ(GM)と同社の自動運転開発子会社のGMクルーズホールディングス(クルーズ)と共同で同年初頭から東京都内で自動運転車両を使ったタクシー事業を始める。
ホンダ社長の三部敏宏氏は「移動をもっと自由に、移動時間そのものをより有意義な時間に変える今までにない移動体験を提供していく」と強調する。既に車両の開発は済んでいる。3人ずつ対面で着席する6人乗りの「クルーズ・オリジン」だ。この車両の最大の特徴は何といっても運転席がないこと。
そして、特定の条件下で人が運転に関わらない自動運転「レベル4」の技術を搭載していることも特徴だ。ホンダはまずは数十台からスタートし、500台に増やしていく。あえて都内でスタートする理由は「自動運転の難易度が高い都内で成功すれば、国内のあらゆる地域やニーズに対応できる」(三部氏)と見込むからだ。3社は24年前半にタクシー事業を運営する合弁会社を設立する予定だ。
トヨタ自動車が「イー・パレット」というMaaS(次世代移動サービス)用の車両を開発しているが、移動販売やシャトルバスなどの用途を想定。一方のクルーズ・オリジンは個人利用を想定するため、一般的な乗用車と同程度。イー・パレットよりも一回り小さいサイズだ。
そのため、自家用車のようなプライベート空間として活用することもできるし、冒頭のようなビジネスパーソンの移動時間として有効活用することも想定。家族連れや観光客が自由に移動できるなど、幅広い層をターゲットとして日本で新しい移動体験を提供できると同社は踏む。
3社で役割は分かれている。ホンダがスライドドアなどの車体の上屋を手がけ、GMが自社開発のリチウムイオン電池「アルティウム」を含めたプラットフォームを担当。クルーズが自動運転技術を提供する。日本で使用する車両も含めて、生産はGMが米国内で生産する。
具体的なサービス開始のイメージとしては、「都心でも更にエリアを限定した所で始まるだろう」とホンダモビリティソリューションズ第一ソリューション部第一ソリューション課課長の岩城亮平氏は見通しを語る。
無人の自動運転が実現すれば様々なメリットが出てくる。まずは「タクシーやバスのドライバー不足など、日本が抱える社会的課題の解決にも貢献できる」(三部氏)ことだ。中でもタクシー会社で働く運転手は今年3月時点で約23万人。コロナ前の19年から2割も減少している。足元のインバウンドの増加により街中でタクシーを拾うことも難しくなり、駅前のタクシー乗り場は行列ができている。
また、過疎地域での高齢者や障がい者の交通手段の提供にもつながり、「モノを運ぶことも考慮している」(同)ため、トラック運転手の不足を補う側面もありそうだ。そして室内で音楽を流したり、家族で映画を見ながら好きな観光地を巡ることもできるようになるため、地方創生にもつながると言える。
ホンダにとっての採算性という部分では、乗車料金が新会社の収益となる。北米で先行して事業展開され、収益が出ていることから、日本でも初期投資は大きいものの収益性があると判断している。ただ、軌道に乗るまでは少し時間がかかりそうだ。
立ちはだかる壁の数々
そして、このビジネスの肝は自動運転技術だ。自動運転技術を提供するクルーズの技術はインフラとは連携しない自律型。高精度地図や遠隔監視システムを使用している。同社の配車サービスは米サンフランシスコやオースティン、フェニックスなどで有償提供されている。
その走行距離は既に800万マイル(1284万キロ=地球321万周)。世界でもトップクラスだ。運輸総合研究所会長の宿利正史氏は同社の自動運転技術に関して「自動運転にすることで、もっと安全にしようというコンセプトだ」と評価する。自動運転にしたら危ないという価値観から〝安全だから自動運転にする〟という考え方の転換だ。
しかしながら、道は険しそうだ。まずは、肝心のクルーズが米国で事故を起こし、全米で運行停止を余儀なくされている。また、国内に目を向けると、関係省庁と連携して緩和規定の活用や最終的な型式認証に向けた取り組みも必要だ。
何よりも運転手のいない車両が街中を走ることに、「どれだけの人々が受け入れるかという社会受容性の問題もある」(アナリスト)。しかし、自動運転の技術革新は確実に進む。三部氏は社内に向けて「単なるものづくりだけでは生き残っていけない」と発破をかけ、新たなチャレンジを鼓舞している。トヨタや日産自動車などに先駆けて日本初の事業に挑むホンダ。その挑戦魂が正念場を迎えている。