もし発電所を新設した場合にはどうなるか。そういったときのデータは存在しない。過去のビッグデータが存在しないからだ。しかし、グリッドはそういったデータをつくり出すことができる。代表取締役の曽我部完氏は「社会インフラのドメイン知識を持ったエンジニアがいる」ことを強みに挙げ、電力会社や海運会社、石油会社などの日々の計画を最適化する下支えする。情報学だけでなく、機械工学や物理学出身者を数多く登用しての提案だ。新しいスタイルのAI活用法を提案する同社のインフラ最適化ビジネスとは。
三菱総合研究所理事長・小宮山宏「生成AIは私たちの生活を一変させる。しかし社会の主役は”人”」
現実に起こっていないことをデータで再現するシステム
─ 新しいスタイルのAI(人工知能)を活用した社会インフラの最適化システムを事業として始めようと思ったきっかけから聞かせてください。
曽我部 もともとAIの技術開発をしていたのですが、ディープラーニング(深層学習)といった言葉に象徴されるように、当時のAIは予測や画像認識、音声チャットボットといったものがほとんどでした。人間の機能で言えば目や耳です。ただ、そういった事象を自動で認識してくれるよりも、将来どういった行動選択をしたらいいのかというところまでを教えてくれるAIがあれば、もっと喜ばれるのではないかと。
それをもっと具体的に落とし込めば、要は自動的に計画を立ててくれるのが最も喜ばれることではないかと思ったのです。しかも、大企業にはたくさんの人材がいて、各分野に部署があり、専門家もいますが、計画づくりは人がやっていたのです。
私たちはこの人が計画を立てて動かすところまでをシステムに置き換えることを実現しています。計画づくりは人がやっているとどうしても限界があります。それをアルゴリズム等を使うことで、最も効率的な動き方を導き出せるというわけです。
─ 電力・エネルギー、物流・サプライチェーン、都市交通・スマートシティーを注力分野としていますが、なぜ電力・エネルギーなのですか。
曽我部 インフラをどう最適化するかという社会課題に関心がありました。世の中で動いている鉄道や電力システム、工場やプラントなど、そういうのに関心のある社員が多く、インフラに関わる分野で仕事をしたいと思っていました。
振り返ってみると、日本のインフラのオペレーションは世界的にも素晴らしい。世界に誇れるオペレーションを実行しています。これだけ停電が起こらずに安定的に電気を供給している国は日本しかありません。荷物も必ず届きますし、社会の活動を支えている日本のインフラはすごくスマートにオペレーションされているということです。そこに貢献できることは、我々にとっても大きなモチベーションになります。
─ その技術の強さは、どんなところにあるのですか。
曽我部 世に言うAIにはデータが必要です。データを学習させて精度を高めていきます。しかし当社の場合は人工的にデータをつくり出すといったことをしています。シミュレーションのようなものをつくってしまうのです。ですから、基本的にはビッグデータは使いません。
しかも、データをつくってしまうだけでなく、問題を自動で解いてしまうこともできます。この両方ができるのが強みです。どうしてもビッグデータだと偏りがあり、起きていない現象等を起こすことができません。実際のデータしかありませんからね。それを我々は人工的につくってしまうということです。
そうすることによって様々なことが再現できます。例えば拠点を10カ所閉鎖した場合、どのようなことが起きるか、需要がこれだけ変動した場合にどんなことが起きるか。起きていない状況をつくり出せるのです。
商社3社が株主に名を連ねる
─ そういった状況をつくり出す側の信頼性ですね。
曽我部 はい。そのためには業務知識や分野に対する理解がないとできません。当社にはインフラの領域に得意な社員がいます。例えば発電所をつくったことがある社員や石油会社で働いていた社員などです。そういった人がエンジニアとして活躍しているので、産業界の知識を持っているエンジニアが活躍しているのです。
─ 何人いるのですか。
曽我部 社員は約100人ですが、そのうちの約7割がエンジニアです。新卒はほぼおらず、平均年齢は35~36歳です。そのほとんどが第一線で活躍していた人材になります。分野的にも製造業や機械プラント、鉄道系、石油等です。出身大学も情報工学ではなく、機械工学や物理学などの出身者が多いです。
─ 機械工学などが多いことのメリットは何ですか。
曽我部 情報学はデータを単なるデータとしか扱いませんが、機械工学や物理学は、どんな原理があってその現象が起こるのか、またはどんな原理でモノが動くのかを理解しています。IT系とは性質が違うのです。
─ グリッドという社名の由来を聞かせてください。
曽我部 電力システムなどに関わっていきたいという思いがありました。電力網をグリッドと言いますが、そこから社名を考えました。当社の企業理念は「インフラライフイノベーション」です。社会インフラと人々に関わり、イノベーションを通して世の中に貢献していこうと考えています。
─ 興味深いのは三井物産、伊藤忠商事、丸紅が株主に名を連ねていることです。
曽我部 ご縁があって、3社様が同じタイミングで出資されました。なかなか珍しいケースだと思います。3社にとっても、インフラ領域や我々の手掛ける領域にシナジーと関心があるということだと思います。それでご縁をいただいてご支援いただいています。
─ サプライチェーンでは人手不足が深刻です。曽我部さんの立場からどう解決しますか。
曽我部 当社は輸送の計画を立案するお手伝いをしています。海上輸送と陸上輸送の両方で取り組んでおり、海上輸送は船、陸上輸送はトラックです。
海上輸送では国内を船がグルグル動いていますが、重いものを運ぶために内航船が大量に運航されています。材料や液体、石油や石炭、鉄、セメント、化学品などですね。そういう内航船の運航計画を自動的に組み立てるお手伝いになります。
こういった運航計画は、これまでは全て人がやっていました。しかし、毎日刻一刻と状況は変わります。その中で何百隻という船が、どこに行って、どこで荷物を降ろして、どこで積むのか。そういったスケジュールが組まれるのですが、これを常に誰かが考えているのです。
守らなければならないルールもありますから、それを破らないように計画する。これが本当に手間がかかる。しかも安全に最適化してオペレーションしなければなりません。その大変な作業を自動化させるのです。それをアルゴリズムを使って解いているのが当社になります。
─ 生産性が上がると。
曽我部 その通りです。これまで人が張り付いてやっている複雑な作業をシステムに置き換えることができますから、船会社さんはもちろん、石油会社さんなど材料を動かしていらっしゃる会社さんからは、いろいろなことを頼まれます。
─ 陸上輸送ではどこと提携しているのですか。
曽我部 大手の運送会社と提携しています。毎日、大量のトラックを動かしていらっしゃる企業です。さらに当社には鉄道出身者もいますので、鉄道業界にもチャレンジしようと考えています。
社会人人生は日比谷花壇から
─ そんな曽我部さんの経歴はユニークで、最初は日比谷花壇に入社していますね。
曽我部 ええ。その後、清長という物流会社に入社しました。若い頃から起業を意識していました。そのときに扱うものは何でも良かった。ただ商売と関わるときに、人が幸せになるものを題材にしようと思っていましたので、その代表格はお花だなと。それで日比谷花壇に入社させていただいたのです。
─ 学びはありましたか。
曽我部 面白かったですね。入社3年目に、子会社をつくらせていただきました。イーフローラという会社なのですが、そこで経営も学ばせていただきました。そこで事業も軌道に乗せることができたので、今度は自分で事業を始めようということで、清長を設立したのです。
もともと同社は私の父が個人事業主として1人でやっていた広告宣伝の会社でした。ところが、私が会社を辞めたときに父が病気で亡くなったのです。そこでゼロから屋号をつくるよりは父が30年近くやった会社の屋号があったので、それを引き継いで大きくしようと考えました。ただ、事業は変えました。
─ お父さん自身も企業家魂があったのでしょうね。
曽我部 自分で何かを始めるという父の姿は子どもの頃から見てきました。ですから、仕事をするということは、そういうものなんだなと自然に思っていましたね。「独立しなさい」といったことを言われたことは一度もありませんでしたけどね。
再エネ関連事業からの出発
─ グリッドの設立は2009年です。これが2番目の会社になるということですか。
曽我部 そうです。当時は人工知能の技術はやっておらず、再生可能エネルギー関連の事業を手掛けていました。その頃はまだ再生可能エネルギーの時代ではありませんでした。これからそういう時代になるといった頃ですね。そこでチャレンジしていこうかと始めました。
その頃は、まだNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の時代でした。日本における最大の太陽光発電システムの容量が30 kw/hとか40 kw/hといった時代です。今で言うと、そこらにある建物の屋根にパネルが乗っかっているほどのレベルです。
ただ、この再生可能エネルギー事業もやめました。本格的にAI事業に軸足を移すためです。この事業自体は13年に自社の発電所がどのくらいの量を発電するのかを予測する研究を始めました。しばらく研究を続けて、ようやく事業化できそうだと判断し、16年にAIフレームワーク「ReNom(リノーム)」を開発するに至ります。これが先ほど申し上げた当社独自のAI技術になります。
─ ライバルが出てくる可能性はありますか。
曽我部 1社だけというよりは、何社かいた方が業界は盛り上がると思います。また、1社で何とかなる世界でもありません。その意味では、いろいろな方々と一緒にやっていくことができればと思っています。
─ その手応えはあると。
曽我部 当社が携わっている領域はインフラです。浮ついたままではいけません。社会インフラのベースの部分で仕事をしていますので、しっかり気を引き締めていかなければなりません。それだけ重たい責任があると思っています。ベンチャー企業ではありますが、派手なことをするよりは、しっかりとインフラに貢献することが大事だと。それこそが当社のミッションです。当社の事業ミッションに合ったような会社の在り方を求めていくことが大切なことだと思っています。
三菱総合研究所理事長・小宮山宏「生成AIは私たちの生活を一変させる。しかし社会の主役は”人”」
現実に起こっていないことをデータで再現するシステム
─ 新しいスタイルのAI(人工知能)を活用した社会インフラの最適化システムを事業として始めようと思ったきっかけから聞かせてください。
曽我部 もともとAIの技術開発をしていたのですが、ディープラーニング(深層学習)といった言葉に象徴されるように、当時のAIは予測や画像認識、音声チャットボットといったものがほとんどでした。人間の機能で言えば目や耳です。ただ、そういった事象を自動で認識してくれるよりも、将来どういった行動選択をしたらいいのかというところまでを教えてくれるAIがあれば、もっと喜ばれるのではないかと。
それをもっと具体的に落とし込めば、要は自動的に計画を立ててくれるのが最も喜ばれることではないかと思ったのです。しかも、大企業にはたくさんの人材がいて、各分野に部署があり、専門家もいますが、計画づくりは人がやっていたのです。
私たちはこの人が計画を立てて動かすところまでをシステムに置き換えることを実現しています。計画づくりは人がやっているとどうしても限界があります。それをアルゴリズム等を使うことで、最も効率的な動き方を導き出せるというわけです。
─ 電力・エネルギー、物流・サプライチェーン、都市交通・スマートシティーを注力分野としていますが、なぜ電力・エネルギーなのですか。
曽我部 インフラをどう最適化するかという社会課題に関心がありました。世の中で動いている鉄道や電力システム、工場やプラントなど、そういうのに関心のある社員が多く、インフラに関わる分野で仕事をしたいと思っていました。
振り返ってみると、日本のインフラのオペレーションは世界的にも素晴らしい。世界に誇れるオペレーションを実行しています。これだけ停電が起こらずに安定的に電気を供給している国は日本しかありません。荷物も必ず届きますし、社会の活動を支えている日本のインフラはすごくスマートにオペレーションされているということです。そこに貢献できることは、我々にとっても大きなモチベーションになります。
─ その技術の強さは、どんなところにあるのですか。
曽我部 世に言うAIにはデータが必要です。データを学習させて精度を高めていきます。しかし当社の場合は人工的にデータをつくり出すといったことをしています。シミュレーションのようなものをつくってしまうのです。ですから、基本的にはビッグデータは使いません。
しかも、データをつくってしまうだけでなく、問題を自動で解いてしまうこともできます。この両方ができるのが強みです。どうしてもビッグデータだと偏りがあり、起きていない現象等を起こすことができません。実際のデータしかありませんからね。それを我々は人工的につくってしまうということです。
そうすることによって様々なことが再現できます。例えば拠点を10カ所閉鎖した場合、どのようなことが起きるか、需要がこれだけ変動した場合にどんなことが起きるか。起きていない状況をつくり出せるのです。
商社3社が株主に名を連ねる
─ そういった状況をつくり出す側の信頼性ですね。
曽我部 はい。そのためには業務知識や分野に対する理解がないとできません。当社にはインフラの領域に得意な社員がいます。例えば発電所をつくったことがある社員や石油会社で働いていた社員などです。そういった人がエンジニアとして活躍しているので、産業界の知識を持っているエンジニアが活躍しているのです。
─ 何人いるのですか。
曽我部 社員は約100人ですが、そのうちの約7割がエンジニアです。新卒はほぼおらず、平均年齢は35~36歳です。そのほとんどが第一線で活躍していた人材になります。分野的にも製造業や機械プラント、鉄道系、石油等です。出身大学も情報工学ではなく、機械工学や物理学などの出身者が多いです。
─ 機械工学などが多いことのメリットは何ですか。
曽我部 情報学はデータを単なるデータとしか扱いませんが、機械工学や物理学は、どんな原理があってその現象が起こるのか、またはどんな原理でモノが動くのかを理解しています。IT系とは性質が違うのです。
─ グリッドという社名の由来を聞かせてください。
曽我部 電力システムなどに関わっていきたいという思いがありました。電力網をグリッドと言いますが、そこから社名を考えました。当社の企業理念は「インフラライフイノベーション」です。社会インフラと人々に関わり、イノベーションを通して世の中に貢献していこうと考えています。
─ 興味深いのは三井物産、伊藤忠商事、丸紅が株主に名を連ねていることです。
曽我部 ご縁があって、3社様が同じタイミングで出資されました。なかなか珍しいケースだと思います。3社にとっても、インフラ領域や我々の手掛ける領域にシナジーと関心があるということだと思います。それでご縁をいただいてご支援いただいています。
─ サプライチェーンでは人手不足が深刻です。曽我部さんの立場からどう解決しますか。
曽我部 当社は輸送の計画を立案するお手伝いをしています。海上輸送と陸上輸送の両方で取り組んでおり、海上輸送は船、陸上輸送はトラックです。
海上輸送では国内を船がグルグル動いていますが、重いものを運ぶために内航船が大量に運航されています。材料や液体、石油や石炭、鉄、セメント、化学品などですね。そういう内航船の運航計画を自動的に組み立てるお手伝いになります。
こういった運航計画は、これまでは全て人がやっていました。しかし、毎日刻一刻と状況は変わります。その中で何百隻という船が、どこに行って、どこで荷物を降ろして、どこで積むのか。そういったスケジュールが組まれるのですが、これを常に誰かが考えているのです。
守らなければならないルールもありますから、それを破らないように計画する。これが本当に手間がかかる。しかも安全に最適化してオペレーションしなければなりません。その大変な作業を自動化させるのです。それをアルゴリズムを使って解いているのが当社になります。
─ 生産性が上がると。
曽我部 その通りです。これまで人が張り付いてやっている複雑な作業をシステムに置き換えることができますから、船会社さんはもちろん、石油会社さんなど材料を動かしていらっしゃる会社さんからは、いろいろなことを頼まれます。
─ 陸上輸送ではどこと提携しているのですか。
曽我部 大手の運送会社と提携しています。毎日、大量のトラックを動かしていらっしゃる企業です。さらに当社には鉄道出身者もいますので、鉄道業界にもチャレンジしようと考えています。
社会人人生は日比谷花壇から
─ そんな曽我部さんの経歴はユニークで、最初は日比谷花壇に入社していますね。
曽我部 ええ。その後、清長という物流会社に入社しました。若い頃から起業を意識していました。そのときに扱うものは何でも良かった。ただ商売と関わるときに、人が幸せになるものを題材にしようと思っていましたので、その代表格はお花だなと。それで日比谷花壇に入社させていただいたのです。
─ 学びはありましたか。
曽我部 面白かったですね。入社3年目に、子会社をつくらせていただきました。イーフローラという会社なのですが、そこで経営も学ばせていただきました。そこで事業も軌道に乗せることができたので、今度は自分で事業を始めようということで、清長を設立したのです。
もともと同社は私の父が個人事業主として1人でやっていた広告宣伝の会社でした。ところが、私が会社を辞めたときに父が病気で亡くなったのです。そこでゼロから屋号をつくるよりは父が30年近くやった会社の屋号があったので、それを引き継いで大きくしようと考えました。ただ、事業は変えました。
─ お父さん自身も企業家魂があったのでしょうね。
曽我部 自分で何かを始めるという父の姿は子どもの頃から見てきました。ですから、仕事をするということは、そういうものなんだなと自然に思っていましたね。「独立しなさい」といったことを言われたことは一度もありませんでしたけどね。
再エネ関連事業からの出発
─ グリッドの設立は2009年です。これが2番目の会社になるということですか。
曽我部 そうです。当時は人工知能の技術はやっておらず、再生可能エネルギー関連の事業を手掛けていました。その頃はまだ再生可能エネルギーの時代ではありませんでした。これからそういう時代になるといった頃ですね。そこでチャレンジしていこうかと始めました。
その頃は、まだNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の時代でした。日本における最大の太陽光発電システムの容量が30 kw/hとか40 kw/hといった時代です。今で言うと、そこらにある建物の屋根にパネルが乗っかっているほどのレベルです。
ただ、この再生可能エネルギー事業もやめました。本格的にAI事業に軸足を移すためです。この事業自体は13年に自社の発電所がどのくらいの量を発電するのかを予測する研究を始めました。しばらく研究を続けて、ようやく事業化できそうだと判断し、16年にAIフレームワーク「ReNom(リノーム)」を開発するに至ります。これが先ほど申し上げた当社独自のAI技術になります。
─ ライバルが出てくる可能性はありますか。
曽我部 1社だけというよりは、何社かいた方が業界は盛り上がると思います。また、1社で何とかなる世界でもありません。その意味では、いろいろな方々と一緒にやっていくことができればと思っています。
─ その手応えはあると。
曽我部 当社が携わっている領域はインフラです。浮ついたままではいけません。社会インフラのベースの部分で仕事をしていますので、しっかり気を引き締めていかなければなりません。それだけ重たい責任があると思っています。ベンチャー企業ではありますが、派手なことをするよりは、しっかりとインフラに貢献することが大事だと。それこそが当社のミッションです。当社の事業ミッションに合ったような会社の在り方を求めていくことが大切なことだと思っています。