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【政界】肝煎りの総合経済対策で一大論議 真価問われる岸田首相の正念場

財界オンライン 2023年11月19日 11時30分

首相・岸田文雄肝煎りの総合経済対策が11月2日、閣議決定の運びとなった。物価高などに対応するため、最近の税収増を国民に「還元」すると宣言したのは9月末。対策を盛り込んだ2023年度補正予算案は今月中に成立する見込みだが、目玉となる所得税の定額減税は来年6月開始となり、即効性に疑問の声が出ている。さらに対策決定の過程で岸田の迷走ぶりが際立ち、自民党幹部から公然と批判が出る始末だ。衆院解散の時期を先送りしてきた岸田を取り巻く環境は一層厳しさを増している。

【政界】「減税」の意欲とかみ合わない歯車 3年目を迎えた岸田政権の解散戦略も岐路に

身内からの批判

 臨時国会が召集され、10月23日に所信表明演説に臨んだ岸田の表情は、これまでと少し違っていた。普段はめったに表情を崩さない岸田は衆院本会議場の演壇に登ると時折、笑みを浮かべた。演説も単調に読み上げることが多い岸田だが、この日は「経済、経済、経済」と声を張り上げる場面も何度か見られた。

 この前日、衆院長崎4区と参院徳島・高知選挙区の補欠選挙が行われた。事実上の与野党一騎打ちとなった2補選は、いずれも自民党が有していた議席で、選挙前は「2勝が当たり前」(自民党幹部)との雰囲気だった。

 しかし選挙戦に入るとムードは一転。「全敗」の空気も漂う中、ふたを開ければ衆院で勝ち、参院で敗れ1勝1敗だった。首の皮が一枚つながった岸田の安堵が翌日の表情に出たのかもしれない。

 だが、岸田に対する目は自民党内からも厳しくなっている。10月25日の参院本会議での代表質問で、自民党参院幹事長の世耕弘成が吠えた。

「支持率が向上しない最大の原因は、国民が期待するリーダーとしての姿が示せていないということに尽きるのではないか」

「首相の決断と言葉には、いくばくかの弱さを感じざるを得ない」

 代表質問は文字通り党を代表して行うもので、記者会見などとは異なり国会の議事録に公式に残る。その中で露骨に自らのリーダーを批判することは極めて異例だ。同僚議員からは「目立ちたがり屋の世耕のスタンドプレー」との声も出たが、世耕は悪びれる様子がない。

 世耕は27日の記者会見で「エールを送る趣旨だ。(26日の)政府与党政策懇談会の際も総理から握手をしてこられ、『引き続きよろしく』と言われた。謝罪や釈明をするような話では全くない」と語った。岸田周辺は「怒りこそ表に出さなかったが、岸田は世耕に相当頭に来ている」と明かすが、政権基盤の弱い岸田を象徴する一幕となった。


迷走した減税対策

 そんな党内の混乱の中、岸田は10月26日の政府与党政策懇談会で総合経済対策の概要を発表した。今後3年間を経済対策の「変革期間」と位置づけて集中的に取り組む考えを示した。

 大きな柱は物価高に対する減税と給付措置だ。減税は、所得税と住民税の定額減税で、子供などの扶養家族を含め1人当たり所得税3万円、住民税は1万円とし、給付は、所得税と住民税が課税されない低所得世帯に1世帯あたり7万円とする。

 減税は会社員の場合、企業が給与から税金を天引きする源泉徴収の際に実施。来年1月召集の通常国会での税制改正法成立を経て開始は来年6月の予定だ。給付は先行して今年12月から実施する。減税と給付を合わせた総額は5兆円規模になる見通しだ。

 これらの措置は1年間限定の方針で、定額減税の実施は半年以上も先になる。年末に行われる与党の税制調査会の結論を得て国会での関連法成立が必要なため、どうしても時間がかかってしまうが、長く続く物価高対策としては遅いとの印象を与える。「減税措置で家計負担が減った」と実感するには中途半端との印象もある。

 経済対策では、高騰するガソリン価格抑制のための緩和措置を来年4月末まで、電気・ガス料金の抑制措置は来春まで継続する方針なども盛り込んだ。だが、こうした中身の問題よりも深刻なのは、経済対策が固まるまで、政府が迷走している印象を与えたことだ。この間の経緯をいま一度振り返る。

 発端は、国連総会出席のため訪れていた米ニューヨークで現地時間9月20日に行った岸田の記者会見だった。経済対策について「来週前半に柱立てを示し、政府与党での検討を本格化させる」と述べつつ、具体的な内容は皆無だった。

 帰国後の25日には「成長の成果である税収増などを国民に適切に還元するべく経済対策を実施する」と表明した。「還元」とは減税を想定しているとの見方が有力だったが、岸田は「減税」と明言せず、補正予算案の編成にも触れなかった。

 この後、岸田は内容を小出しで表明した。なかなか中身が分からず期待がしぼんだのか、報道各社が10月中旬までに行った世論調査の内閣支持率は、毎日新聞25%、時事通信26.3%、朝日新聞29%、共同通信32.3%、読売新聞34%、産経新聞35.6%で、政権発足後の最低記録となった。

 そんな中、政府は10月13日、臨時国会の岸田の所信表明演説を先の2補選の投票直前の20日に行うことを国会に提案した。ここで経済対策をアピールし、劣勢が伝えられていた補選を有利に運ぼうとする狙いがあったのは見え見えだった。当然、野党は反発した。すると、政府はあっさりと20日案を引っ込め、補選投票翌日の23日に先送りした。政府が一度提案した演説の日程を変更することは異例で、「ぶれた」との印象を与えた。

 ちぐはぐな対応はさらに続いた。10月17日、自民、公明両党の政調会長が個別に経済対策を岸田に提言した。いずれも給付の必要性に言及しつつ、「減税」は盛り込まなかった。自民党幹部は「『減税は首相の決断』とアピールするためだった」と話す。現に岸田は20日にようやく減税策検討を与党政調会長に指示。しかし、23日の所信表明演説でもなお「減税」の表現を避け、26日にようやく「定額減税4万円、低所得者への給付7万円検討」を表明したという次第だ。

 税を巡っては、岸田に苦い思い出がある。昨年12月の防衛費増税だ。政府は、防衛力強化のため防衛費を2023~27年度の5年間で43兆円に大幅増額する方針を掲げた。その際、岸田は27年度以降に毎年度必要な約4兆円分のうち、歳出削減などで不足する1兆円分を増税で賄うと表明した。

 トップダウンによる突然の表明は岸田の独断専行に映った。積極財政派を中心に自民党内からも反発が高まると、岸田は23年度に続き、24年度の実施も見送ると表明せざるを得ず、いまだに増税の時期は決まっていない。より慎重になった岸田は今回、丁寧に物事を運ぼうとしたが、それがアダとなり、小出しの発表とのイメージが強くなった点は否めない。



過去の悪夢

 税を巡る迷走は、時に政権に大打撃を与える。1998年の橋本龍太郎政権がそうだった。

 当時の日本は不況にあえいでいた。97年4月に消費税率が3%から5%に上げられた直後、アジア通貨危機や山一証券の破綻が起きた。そこで橋本が打ち出したのが、今回の岸田と同じ「定額減税」で、98年2月から計2回、所得税と住民税の定額減税を実施した。納税者1人あたり5万5000円、扶養者はその半額で、総額4兆円規模だった。

 それでも景気回復の兆しが見えず、橋本は参院選真っ最中の7月3日、記者会見で「恒久的な税制改革」に意欲を示した。恒久減税の実現を明言したと受け止められ、期待値が高まった。

 ところが、橋本は5日のテレビ番組で「恒久減税という言葉は使っていない」と否定したかと思えば、8日の記者会見で「99年からの所得税の恒久減税」に言及。12日投開票の参院選で自民党は改選61議席を下回る44議席と惨敗し、橋本は退陣に追い込まれた。

 政府高官は「今回は税収増の還元であり、深刻な不況だった橋本政権とは状況が全く異なる」と、25年前との違いを強調する。とはいえ、岸田の迷走ぶりは橋本と重なるところがある。


解散時期も迷走

 岸田は衆院解散を巡っても迷走を続ける。6月の通常国会閉会直前、岸田は「今国会中の解散は考えていない」と明言した。首相があえて打ち消さなければならないほど「解散風」が吹いたわけだが、岸田周辺は「選択肢として解散を検討していたことは間違いない」と証言する。

 次の解散風は9月に吹いた。内閣改造・自民党役員人事の時期がなかなか決まらなかった。岸田が解散のタイミングを絡めて熟考していた、と岸田周辺は語る。だが岸田は改造後、解散について「今は考えていない」と打ち消した。岸田本人が表では1回も明言していないにもかかわらず、岸田は解散風を吹かす「オオカミ少年」と受け止められつつある。

 衆院議員の任期は10月30日で4年の任期の折り返しである2年を過ぎた。文字通り常在戦場の時期に入ったことになり、次の焦点は「追い込まれつつある岸田」がいつ解散に踏み込むか、だ。年内の解散は補正予算の成立が11月下旬の見込みであることなどを考慮すると、かなり窮屈となる。来年1月召集の通常国会冒頭の解散という選択肢もあるが、2024年度予算の成立時期に影響を及ぼす。つなぎ予算でしのいだとしても、1~2月の選挙で経済対策の基本である本予算の成立が4月以降にずれ込めば、岸田の経済対策の本気度に疑問符がつきかねない。

 次のタイミングは、順調に来年3月中に24年度予算が成立し、定額減税のための関連法も成立するであろう4月以降となる。6月に実施される定額減税を材料に選挙で信を問うことはあり得る。この時期は同年9月に岸田の自民党総裁の任期満了を迎える直前ともなる。

 いま以上に「岸田で選挙が戦えるのか」がクローズアップされる可能性があり、衆院選前に「岸田おろし」が加速しかねない。

 自民党幹事長の茂木敏充は今年10月発売の月刊誌で「『私も出る』となれば、今度は『令和の明智光秀』になってしまう」と語り、岸田が総裁選再選を目指して出馬する場合、自身は立候補しない考えを示した。

 前回総裁選で岸田に敗れたデジタル相の河野太郎は相変わらず党内の人望が高まらず、経済安全保障担当相の高市早苗は、後見人だった元首相の安倍晋三が凶弾に倒れたことで出馬に必要な推薦人20人の確保さえ危うい。岸田派の座長である林芳正が岸田を追い落として立候補することも考えにくい。

「ポスト岸田」の低迷を利用し、解散がないまま岸田が総裁選を無風で勝ち上がり、その勢いで解散を断行するシナリオも浮かぶが、そんな「バラ色の未来」が訪れる保証は何もない。むしろ追い込まれた岸田が解散の時機を逸し、内閣支持率がじり貧になっていく方が現実味がある。岸田が最後の砦としているのが来年の春闘だ。今年の春闘は大手企業の賃上げ率が3.99%となり、約30年ぶりの高水準となった。最低賃金も今年初めて1000円を突破した。

 連合への接近を強める岸田は来年の春闘でさらなる賃上げを実現させたい考えで、「減税でデフレ脱却を確実にし、来年さらに賃上げが実現すれば雰囲気も変わってくる」と周囲に語るが、果たして岸田の目算通りに進むかは見通せていない。

(敬称略)

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