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【政界】保守層つなぎ留めへ政策てこ入れ 2024年6月がターニングポイントに

財界オンライン 2023年12月14日 15時0分

経済対策と所得減税を掲げて政権を再浮揚させようとした首相・岸田文雄の目算は完全に外れ、政権が追い込まれた感すら出ている。「国民に還元する」と宣言した経済対策にはほころびが目立ち、通常国会の会期末に当たる2024年6月がターニングポイントになるとの見方も。支持層の政権離れを防ごうと、岸田は保守色の強い政策推進にも打って出た。来秋の自民党総裁選までに「岸田降ろし」も起きかねない状況の中で、岸田のリーダーとしての力量が試されている。

【政界】肝煎りの総合経済対策で一大論議 真価問われる岸田首相の正念場

一意専心と「ブレ」

「まずは経済対策、先送りできない課題に一意専心取り組む。それ以外のことは考えていない。従来から申し上げている通りだ」。年内の衆院解散が見送られると報道された11月9日、記者団から改めて解散について問われた岸田の答えは、まさにこれまで通りだった。自民、公明両党にも「何も聞いていない」と首をかしげる向きは多く、発信源は誰だろうかと永田町が多少ざわついた。

 ただし客観的には、政権の再浮揚が年末までに果たせる見通しも立たない中で、「とてもいま解散できるような状況ではない」という大方の見方が追認されたに過ぎない。

 起死回生をかけて岸田が掲げた所得減税策があまりにも不評で、各種世論調査による内閣支持率は一時の下げ止まりから再下落を始めている。これまで30%台で何とか踏みとどまってきた政権寄りのメディアでも、相次いで「危険水域」の20%台に突入した。

 敵の野党は相変わらずまとまりを欠いている。「選挙をしても、そこまで負けないのでは」(与党関係者)との指摘も一部にあるものの、やはりそこまでリスクは取れないというおびえの方が圧倒的に大きい。ぎりぎりまで年内解散の可能性を探ろうとしていた岸田だったが、「そろそろ空気を読め」と流れを作られてしまったのが実態だろう。

 10月に始まった臨時国会の所信表明演説で「経済」を連呼し、当面は物価高対策に集中するかに見えた岸田だが、窮地が続く中、またも「ブレ」をのぞかせている。

 1つ目は、憲法改正について、臨時国会の答弁で「先送りできない重要な課題だ」と経済対策と同格の表現を使い始めたことだ。さらに「党内の議論を加速させるなど、責任を持って取り組む決意だ」と踏み込んだ。

 2つ目は、皇族数の減少に伴う安定的な皇位継承の問題である。岸田は首相として答弁を求められた国会で「自民党総裁としてあえて申し上げれば」と異例の言葉を添え、「自民党も国会での議論に資するよう、活発な議論を率先して行っていく決意だ」と強調した。

 2つの唐突な決意表明の背景には、やはり、支持率を挽回する狙いがあると目されている。「自民支持者の心が岸田内閣から離れている」という分析が出ているからだ。

 11月の共同通信の世論調査によると、自民支持層のうち、内閣支持と答えたのは約53%どまりで、半分近くが岸田を支持していなかった。さらにこのところ、自民支持率そのものも下落傾向が続く。

「支持率が下がった大きな要素はLGBT理解増進法の成立だ。安倍政権を支えた岩盤保守層が離れてしまった」(自民党衆院議員・高鳥修一)という保守派の論理にはやや極端のきらいがあるとしても、最大派閥・安倍派を中心とする保守層が岸田を見放しつつある、と懸念する自民党関係者は少なくない。

 そこで岸田が急にてこ入れを始めたのが、保守層に関心の高い憲法・皇室問題というわけだ。


改憲論議の行方

 憲法改正について、岸田は首相就任当初に「総裁任期中に改憲を実現したい」と述べたが、実際は故・安倍晋三ほどの熱意を持っていないというのが定説だった。

 自民は、かつて安倍が提唱した改憲4項目(9条への自衛隊明記、緊急事態条項の創設、参院の合区解消、教育の充実)に関する案をまとめている。先の通常国会では、大規模災害や戦争が起きた際の対応を憲法に規定するかどうかについて、自民、公明、日本維新の会など4党1会派が、緊急事態に備えて衆院議員任期を特例で延長できる緊急事態条項を追加すべきだという考えで一致した。

 これまで与野党の綱引きから距離を置いて見守るばかりだった岸田だが、安倍派幹部である自民政調会長・萩生田光一らを使って、党内でも改憲論議の体制を改めて強化する構えだ。保守層へのアピールと同時に、野党のうち保守寄りの維新などに秋波を送ることで、野党分断を深める意図もある。

 とはいえ、野党第1党の立憲民主は慎重な姿勢を崩しておらず、維新などが苦境に立つ岸田の足元をみてくる可能性もある。なにより、物価高騰に悩む庶民にとって、改憲で目先の生活が良くなるという感覚は乏しいだろう。国政選挙の際の世論調査で、優先課題に「憲法改正」を挙げる人は常に少数派だ。岸田の努力は、肝心な国民全体に対して訴求力を欠くことになるかもしれない。

 皇位継承問題への取り組みにしても、保守層のつなぎ留めに力点を置きすぎている感は否めない。一昨年、政府の有識者会議が示した報告書は、結婚した女性皇族の身分を維持することと、旧宮家の男系男子(父方が皇族である男子)を皇族に復帰させるという案だった。

 現行の定めでは、天皇になれるのは男系男子だけで、皇族が減る中でも保守派はその維持を主張している。皇室の行方を左右する重大な問題であるのは確かだが、憲法改正と同様、岸田がそれを進めることで国民感情が好転するかどうかは見通せない。

 保守派の意に沿わないであろう懸案も、新たに舞い込んでいる。生殖機能をなくす手術を受けることを性別変更の条件とする、性同一性障害特例法の要件を、最高裁大法廷が「憲法違反であり、無効だ」と最終判断を下した。

 政府はなんらかの法改正を迫られ、公明党や野党の一部は特例法の要件改正を求めている。しかし、LGBTなど性的少数者に対応するための改正には、自民の保守派が反発しかねない。岸田が板挟みに陥る可能性もある。



還元と国債

 岸田は保守層に限らず、このところ政権内を統制できなくなってきたように映る。もともと前首相・菅義偉のような中央集権型の政治家ではなく。ある程度、鷹揚に官僚や与党に判断を委ねるスタイルではあった。それでも、所得減税を巡る一連の迷走は、政府・与党の一致結束からはほど遠い。

 岸田は所得減税について「過去の税収増を国民に還元する」と訴えてきた。ところが11月8日の衆院財務金融委員会で、財務相・鈴木俊一は、岸田と全く異なる見解を示した。

「過去2年の税収増は、政策的経費や国債償還などに使った。減税をするのなら国債を発行しなければならない」

 つまり還元ではなく、新たな借金による減税ということだ。財政を預かる財務省としては当たり前の言い分には違いないが、岸田もこれを否定できず、一国の首相として言葉の軽さが改めて浮き彫りになった。これでは「迷走政権」の印象を拭えるはずがない。

 人事の面でも、9月の内閣改造がわずか2カ月で「失敗」の烙印を押されつつある。昨年岸田を苦しめた「辞任ドミノ」の再来である。

 10月25日、自民党参院議員で文部科学政務官の山田太郎が、女性との不適切な関係を週刊文春にすっぱ抜かれて辞表を提出した。性行為の対価に現金を支払ったとの報道は「事実無根だ」と否定したが、改造後初めての政務三役の辞任だった。

 岸田は改造の際、外相・上川陽子ら女性閣僚の登用をアピールしていたが、新たな副大臣・政務官が「女性ゼロ」の異様な顔ぶれとなり、批判を浴びた経緯がある。山田の後任には参院議員の本田顕子が就いたが、女性軽視のイメージは回復しなかった。

 組閣や改造において、時の首相が閣僚の人選に力を入れるのに対し、副大臣・政務官は自民の各派閥の力関係と当選回数に応じた「順送り人事」の色彩が濃い。閣僚より注目度が低く、スキャンダルがないかを調べる身体検査も甘いのだ。


改造の後遺症

 そして辞任劇は続いた。東京都江東区長選のインターネット広告を巡る公職選挙法違反事件に関与したとして、地元選出の衆院議員で副法相の柿沢未途が「私が広告利用を勧めた」と認め、10月末に辞任した。与野党は衆院予算委員会で柿沢に答弁を求めたが、柿沢は国会に来ないまま辞表を提出してしまった。

 さらに上司の法相・小泉龍司が「辞表を出すことを事前に知らなかった」と答弁し、無秩序さを露呈するおまけまでついた。東京地検特捜部が柿沢の捜査を進めている。

 さらに11月に入ると副財務相・神田憲次が、過去に4回の固定資産税滞納と資産の差し押さえを受けていたことが発覚し、事実上更迭された。またも「文春砲」だった。神田は2012年に大量当選したいわゆる安倍チルドレンで、同期の不祥事が多かった「魔の1期生」の生き残りでもある。

 昨年の辞任ドミノが閣僚4人だったのに比べ、この3人は格下の副大臣・政務官で、本来その「クビ」は閣僚より政権への打撃が少ないはずだ。ところが、山田が前述のように岸田内閣の「女性問題」のイメージを増幅させたことに加えて、柿沢は公選法、神田は徴税と、政務三役としての担当分野でそれぞれ不祥事を起こした。その結果、閣僚辞任並みの強い印象を世間に与えてしまっている。

 自民党内には「他にも不祥事を抱えて危ない政務三役がいる」と懸念の声が絶えない。女性活躍枠のこども政策担当相・加藤鮎子や、万博担当相・自見英子も週刊誌に狙われている。

 当初言われていた「黄金の三年間」は霧散し、むしろ岸田は「解散できずに退陣した菅政権の末期に似てきた」とささやかれ始めた。24年6月はターニングポイントの一つだろう。通常国会の会期末にあたる時期で、春闘の賃上げ実現や所得減税の実施が重なって支持率が上向けば、岸田が秋の総裁選前に衆院を解散する最後のチャンスが訪れるかもしれない。

 G7広島サミットの浮揚効果で昨年の支持率低迷を乗り切った成功体験から、岸田周辺にはまだどこか楽観的な空気も漂っている。「来年は来年の風が吹く」かどうかは誰にも分からない。(敬称略)

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