手間暇かけた手作りで高付加価値化を進める居酒屋業界最大手のワタミ社長・渡邉美樹氏。コロナ禍ではアルコール提供禁止により一時休業を余儀なくされ、大打撃を受けた居酒屋業界。今年5月にコロナが5類へ移行してからインバウンド需要も加速し、3年ぶりに活気が戻ってきた。一部居酒屋を焼肉業態へと転換するなど、時代の変化対応に努めてきたワタミ。渡邉氏が狙うのは、自社生産のオーガニック食材を使用するなど付加価値を重視した経営戦略の転換。業界の逆風に立ち向かう新たな戦略とは─。
コロナ明けの居酒屋は…
「仕事終わりに一杯いきませんか」コロナ以降、会社内でのこのようなオープンな会話は姿を消した。2019年緊急事態宣言と共に、アルコール提供が禁止され大きな打撃を受けた居酒屋業界。業界全体の店舗数は2019年比で約3割減、売上高63%までしか戻っていない状況(ワタミ調べ)。
会社での宴会と2次会以降の利用文化はコロナ禍が明けても戻る気配は少ない。大手ビールメーカー関係者も「業務用の売上はいまだ厳しい。人々はもうコロナ前の飲酒習慣には戻らないと見ている」と漏らす。
そんな中、今年10月、「鳥メロ」「ミライザカ」「焼肉のワタミ」などの外食チェーンを経営するワタミは、新総合居酒屋「和民こだわりのれん街」をオープン。ワタミといえば祖業は居酒屋だが、コロナ禍以降は居酒屋を「焼肉のワタミ」に業態を変化させ生き延びてきた。
今年7月以降、同社での居酒屋事業はやっと明るい光の筋が見えてきており、2019年比で約103%とほぼコロナ前水準に戻った。うち宴会売上は対138%(7月)、インバウンド売上で対120%(9月)まで回復。居酒屋事業に大きく期待ができることから、ワタミは新業態の居酒屋出店で巻き返しに出る。
新居酒屋はアナログ戦略
原料値上げによる物価高に賃金上昇が追いつかず、消費者の家計は苦しく、より強い目的を持った消費活動しかできないのが現状。コロナ後の外食・飲酒離れや、若者のアルコール離れに対し、利益率の高いアルコールで稼ぐという居酒屋のビジネスモデル自体を見直す時がきている。
こういった世の中の大きな流れに対し、飲酒目的の顧客を惹き付けるのではなく、食事の質を強みにしていくワタミの考え。顧客単価を上げるための付加価値を「手間暇かけた手作り」とし、現在の客単価2800円を3200円まで上げる目標を掲げた。30年前居酒屋、「和民」では店で鳥一匹丸々捌くなど、食事の美味しさには特にこだわっていた。
しかし店数が増え、冷凍加工技術の進化とともに、次第に業務用冷凍品を駆使した効率重視のオペレーションへと変化していった。現在多くの居酒屋チェーン店でも、業務用冷凍品を解凍して提供するというのが業界の常識。さらに人手不足の今、どの店でも冷凍品はなくてはならない存在。都内某所の個人居酒屋でも「冷凍品を上手に駆使しなければ人が足りず店が回らない」との悲鳴が上がる。
そのような業界全体の主流に対し、ワタミは冷凍品を止め、素材の良さを生かすために、店内仕込みを復活させるという経営判断で、大きく舵を切った。
渡邉美樹社長は「チェーン店であっても手作りを売りにして差別化を図る。業界の常識を覆す」と力を込める。
厨房で手作りとなると、人手は増え原価は上がる。調理技術向上のための教育投資もかかる。そこまでして手間がかかる経営に戻すのは一体なぜなのか?
「コロナを機に居酒屋の利用用途は大きく変わった。気軽な社交場としての利用習慣がなくなったアフターコロナは、物価高もあって、社交場以上の価値を提供する必要がある。強い目的格を持った利用場所として存在するために、飲酒ではなく食に力を入れる。ロボットは入れず、顧客とのアナログ交流を付加価値とする」と渡邊氏は話した。現在多くの飲食店ではタッチパネルでのオーダー等でDX化が進む中、アナログに価値を置く戦略である。
食材にもこだわる循環型居酒屋を提案
ワタミは22年前から有機農業を立ち上げ、日本最大600ヘクタール農園を持つ。300ヘクタールの土地にいる300頭の牛で日本では0.2%しかない放牧型牛乳の生産を行うのも特徴。
しかし、農業事業は長らく赤字。それでも第一次産業を自社で抱え続ける理由は、渡邉氏自らの店長時代の原体験がある。「なぜこんなに野菜を洗わないといけないのかと疑問に思った。化学肥料を使わない安全な野菜を提供したい」と渡邉氏。
新しい総合居酒屋では、自社生産のオーガニック、グラスフェッドの食材を使用し、店舗で出るゴミもリサイクル。秋田にある自社の風力発電を使い、自然エネルギーを使った循環型の独自産業で全てを賄う。SDGsに配慮した居酒屋で、今以上に若年層の支持を強めることができるか─。
社員のモチベーションを活性化
今年の夏、ある若手社員の提案で、社内でオーガニックの野菜販売とグラスフェッドアイスクリームの販売数を競い、1位のチームが渡邉氏と会食ができるという企画を開催。Z世代の若手社員でも、100人中94人のお客にアイスクリームを販売するなど驚異的な実績を出した。
「成果を上げた社員が、入社して18年で初めて私と話をして涙ぐんでいた。社員のモチベーション向上のため、手紙やメール、会議を通じて定期的に発信しているが、アナログのコミュニケーションというのはやはり意味が違うと実感した」(渡邊氏)
今後横展開を行う新居酒屋でも、アナログコミュニケーションを付加価値とする戦略。人に投資し商品価値を上げ、居酒屋のイメージを「酒場」から「食事を楽しむ場」へと脱却する狙い。渡邉氏の業界常識突破への新たな挑戦である。
コロナ明けの居酒屋は…
「仕事終わりに一杯いきませんか」コロナ以降、会社内でのこのようなオープンな会話は姿を消した。2019年緊急事態宣言と共に、アルコール提供が禁止され大きな打撃を受けた居酒屋業界。業界全体の店舗数は2019年比で約3割減、売上高63%までしか戻っていない状況(ワタミ調べ)。
会社での宴会と2次会以降の利用文化はコロナ禍が明けても戻る気配は少ない。大手ビールメーカー関係者も「業務用の売上はいまだ厳しい。人々はもうコロナ前の飲酒習慣には戻らないと見ている」と漏らす。
そんな中、今年10月、「鳥メロ」「ミライザカ」「焼肉のワタミ」などの外食チェーンを経営するワタミは、新総合居酒屋「和民こだわりのれん街」をオープン。ワタミといえば祖業は居酒屋だが、コロナ禍以降は居酒屋を「焼肉のワタミ」に業態を変化させ生き延びてきた。
今年7月以降、同社での居酒屋事業はやっと明るい光の筋が見えてきており、2019年比で約103%とほぼコロナ前水準に戻った。うち宴会売上は対138%(7月)、インバウンド売上で対120%(9月)まで回復。居酒屋事業に大きく期待ができることから、ワタミは新業態の居酒屋出店で巻き返しに出る。
新居酒屋はアナログ戦略
原料値上げによる物価高に賃金上昇が追いつかず、消費者の家計は苦しく、より強い目的を持った消費活動しかできないのが現状。コロナ後の外食・飲酒離れや、若者のアルコール離れに対し、利益率の高いアルコールで稼ぐという居酒屋のビジネスモデル自体を見直す時がきている。
こういった世の中の大きな流れに対し、飲酒目的の顧客を惹き付けるのではなく、食事の質を強みにしていくワタミの考え。顧客単価を上げるための付加価値を「手間暇かけた手作り」とし、現在の客単価2800円を3200円まで上げる目標を掲げた。30年前居酒屋、「和民」では店で鳥一匹丸々捌くなど、食事の美味しさには特にこだわっていた。
しかし店数が増え、冷凍加工技術の進化とともに、次第に業務用冷凍品を駆使した効率重視のオペレーションへと変化していった。現在多くの居酒屋チェーン店でも、業務用冷凍品を解凍して提供するというのが業界の常識。さらに人手不足の今、どの店でも冷凍品はなくてはならない存在。都内某所の個人居酒屋でも「冷凍品を上手に駆使しなければ人が足りず店が回らない」との悲鳴が上がる。
そのような業界全体の主流に対し、ワタミは冷凍品を止め、素材の良さを生かすために、店内仕込みを復活させるという経営判断で、大きく舵を切った。
渡邉美樹社長は「チェーン店であっても手作りを売りにして差別化を図る。業界の常識を覆す」と力を込める。
厨房で手作りとなると、人手は増え原価は上がる。調理技術向上のための教育投資もかかる。そこまでして手間がかかる経営に戻すのは一体なぜなのか?
「コロナを機に居酒屋の利用用途は大きく変わった。気軽な社交場としての利用習慣がなくなったアフターコロナは、物価高もあって、社交場以上の価値を提供する必要がある。強い目的格を持った利用場所として存在するために、飲酒ではなく食に力を入れる。ロボットは入れず、顧客とのアナログ交流を付加価値とする」と渡邊氏は話した。現在多くの飲食店ではタッチパネルでのオーダー等でDX化が進む中、アナログに価値を置く戦略である。
食材にもこだわる循環型居酒屋を提案
ワタミは22年前から有機農業を立ち上げ、日本最大600ヘクタール農園を持つ。300ヘクタールの土地にいる300頭の牛で日本では0.2%しかない放牧型牛乳の生産を行うのも特徴。
しかし、農業事業は長らく赤字。それでも第一次産業を自社で抱え続ける理由は、渡邉氏自らの店長時代の原体験がある。「なぜこんなに野菜を洗わないといけないのかと疑問に思った。化学肥料を使わない安全な野菜を提供したい」と渡邉氏。
新しい総合居酒屋では、自社生産のオーガニック、グラスフェッドの食材を使用し、店舗で出るゴミもリサイクル。秋田にある自社の風力発電を使い、自然エネルギーを使った循環型の独自産業で全てを賄う。SDGsに配慮した居酒屋で、今以上に若年層の支持を強めることができるか─。
社員のモチベーションを活性化
今年の夏、ある若手社員の提案で、社内でオーガニックの野菜販売とグラスフェッドアイスクリームの販売数を競い、1位のチームが渡邉氏と会食ができるという企画を開催。Z世代の若手社員でも、100人中94人のお客にアイスクリームを販売するなど驚異的な実績を出した。
「成果を上げた社員が、入社して18年で初めて私と話をして涙ぐんでいた。社員のモチベーション向上のため、手紙やメール、会議を通じて定期的に発信しているが、アナログのコミュニケーションというのはやはり意味が違うと実感した」(渡邊氏)
今後横展開を行う新居酒屋でも、アナログコミュニケーションを付加価値とする戦略。人に投資し商品価値を上げ、居酒屋のイメージを「酒場」から「食事を楽しむ場」へと脱却する狙い。渡邉氏の業界常識突破への新たな挑戦である。