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みずほ信託銀行・梅田圭が語る「金利が付く時代」の信託の役割、「資産を次世代につないでいく」

財界オンライン 2024年3月11日 15時0分

「コロナ禍で、多くの方がご自身のライフプランを考える時間ができ、金融商品への興味も出てきたのではないか」─みずほ信託銀行社長の梅田圭氏はこう話す。「デフレではない」状況にまで辿り着いた日本。徐々に「金利が付く時代」が近づいてきている。その中で資産の運用・管理を手掛ける信託銀行の役割は重い。現役世代の資産を増やすことに加え、高齢世代の資産をいかに次世代につなぐか。梅田氏が考える今後の経営は。

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「千載一遇の好循環のチャンス」

「コロナ禍も含め、この3年で金融環境は大きく変わった」と話すのは、みずほ信託銀行社長の梅田圭氏。

 足元で、欧米を中心とするインフレ、日本の金融政策の動向、さらにはロシア・ウクライナ、イスラエル・パレスチナといった地政学リスクの高まりなど不透明な状況が続く。

 欧米の金融当局が利上げを進める中、日本銀行が金融緩和を継続しているという特異な状況下。信託銀行が影響を受けるとすれば株式や不動産といった領域。ただ、現在のところ悪影響は出ていないという。

 2023年12月19日の金融政策決定会合で、日銀は大規模金融緩和の維持を決めたが、徐々に「金利が付く時代」が近づいてきている。

 日本は今、「デフレではない状況」にまでようやく辿り着いた。今後、日銀が利上げをして緩やかなインフレとなり、そこに企業の賃上げが定着すれば「千載一遇の好循環のチャンスが訪れる」と梅田氏。

 また、これまで世界のマネーが向かっていた中国市場だったが、米国との対立、台湾侵攻の懸念などを受けて海外からの投資が減少。その中で海外マネーの向かう先として「相対的に日本が選ばれるようになってきている。今後、名目金利は上がり、実質金利もゼロを超えるとは思うが、他の先進国に比べると低水準にとどまるだろう。資産投資という観点では、相対的な優位性は損なわれないと見ている」と話す。

 ただ、日本における金利上昇は、不動産事業を営む信託銀行にとってはプラス影響ばかりではない。法人、個人ともに需要が減少することもあり得るから。これに対しては「確かに不動産は金利が上がるとバリュエーション(評価)は下がる。また、金利上昇と景気拡大に遅れて、どれだけ賃料が上がってくるか。上がるとなると、むしろインフレ耐性のある投資対象として不動産が注目される可能性がある」(梅田氏)


デジタル技術で不動産を小口化

 今、日本では政府が「資産運用立国」を掲げ、「新NISA(少額投資非課税制度)」を始め「貯蓄から投資へ」に向けた取り組みが進む。顧客の資産を運用、管理する信託銀行としての役割をどう考えているのか?

「お客様のうち、ご年齢が高い方々は、ご自身の資産形成を終え、後の世代にどう継承していくかに着目されている。ここに我々の役割がある」と梅田氏。

 株式や投資信託などを保有している人達が相続を迎える時、例えば投信であれば、多くの場合全て換金されてしまい、現金で相続人の手に渡っているのが現状。せっかく運用の成果が出ている状態で保有しているものが振り出しに戻ってしまうのだ。

 そこで、投資信託に「資産承継機能」を付け、相続発生時に遺言等で指定されている相続人が、投信のまま相続できるスキームを開発。これを24年度に商品化すべく準備を進めている。

 さらに、これを発展させて、被相続人が認知症を発症し、意思能力が低下した際、事前に指定した人に投信を引き継いだり、投信の売却代金を被相続人の生活や介護費用の引き落とし口座に送金することができるようにする特約のスキームも準備。

 また、17年8月に販売を開始した「選べる安心信託」という商品は23年9月に累計4500件を超えるヒット商品となっている。この商品は、相続・贈与などの信託機能に、「見守り」や「生活サポート」などの非金融サービスを付加したもの。特に22年度だけで1232件という販売実績を記録した。

 この要因について梅田氏は「コロナ禍で、多くの方がご自身のライフプランを考える時間ができ、金融商品への興味も出てきたのではないか」と分析。

 資産運用の時代を迎える中、次世代にいかに資産をつないでくかが重要な課題だということ。

 投資対象の多様化も重要。株式や投信に加え、個人も実物資産としての不動産に着目するケースが増えている。

 だが、個別の不動産物件は1件で数億円、数十億円という単位になるため、個人には手が届きにくい。そこでみずほ信託はこれまで、STO(Security Token Offering、有価証券の価値をデジタル化したもの)を活用して小口化、投資家につなげる取り組みを進めてきた。

「個人のお金がオルタナティブ投資にも回りやすくなる。今後、加速度的に発展していくと思う」(梅田氏)

 22年12月に第1号案件として越後湯沢の温泉旅館、第2号案件は東京の大規模マンション、月島リバーシティ21を小口化。リバーシティは、足元で国内最大の不動産STO(134億円)となっている。

 今後は不動産だけでなく、STOを活用してインフラやプライベートエクイティといったオルタナティブ資産に個人の資産をつなげる取り組みを検討中。

 企業にとっても不動産をどう活用していくかは課題。資本効率改善に向けて、不動産を売却して資産を軽くする企業も増えている。そこでみずほ信託は、各企業が保有、使用している不動産が、コストリターンに合っているかという分析をして、その結果で保有、売却の判断を促すという仕事を手掛けている。


「PBR1倍割れ」企業にどう対処するか?

 さらに今、企業を巡る課題として注目されているのが「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」問題。東京証券取引所が23年3月末、上場企業に対して「資本コストと株価を意識した経営」を要請したことをきっかけに大きくクローズアップされた。

 また、東証がプライム、スタンダード、グロースの3市場に再編されたことで上場基準が従来よりも厳しくなった。この基準に未達な企業もあり、みずほ信託に対して、これらの企業から「企業価値向上のために何に取り組んだらいいか?」という相談が増えている。

「足元で、上場基準未達の企業や、PBR1倍割れの企業における株主に対する対応が課題となっている。ここは大きなビジネスチャンスだと思っている」

 みずほ信託は元々、企業の財務や税務を含めた企業向けコンサルティングを強みにしてきた。特に昨年度からは、例えばPBR1倍割れ企業に事業ポートフォリオ見直しを提案したり、株主との対話でどういう戦略を取るかといったコンサルに注力している。

 この領域では、スタートアップが持つデジタル技術も活用して、企業に対するコンサルティングを進めている。例えば顧客体験調査を手掛けるエモーションテックとの連携で株主アンケートを分析、個人株主が考える企業の改善点を把握し、IR活動に役立てるといった取り組みや、AI(人工知能)で企業の課題解決を手掛けるエクサウィザーズとは、生成AIを活用して、株主総会等の想定問答を自動生成するサービスを展開する。

「証券代行業務では、事務をしっかり手掛けることは当然として、そこに付加価値をいかに提供できるかが問われている。株主情報の高度化は大きなテーマ」

 今後に向けては、株主名簿情報、議決権行使やアンケートの結果、その会社が持つ経営資料などを生成AIで分析することで、株主との対話を向上させるという構想も持つ。

 デジタル技術を活用して、信託業務の高度化を図ることができるかが問われる。


信託法制定100年を超え次の100年を見据えて

 日本で信託法・信託業法が制定されて、22年で100年。そして、みずほ信託で言えば、25年には創業100年を迎える。まさに「次の100年」を考える時期でもあるのだ。

 梅田氏は「今、信託銀行が担うマーケット、お客様から期待される領域が増えている。過去の100年の中で、元々は『貸付信託』や『金銭信託』に代表されるように個人の金融資産と企業向け融資をつなげてきた歴史がある」と話す。

 そして今は、少子高齢化、人的資本投資、さらには企業の価値向上、金融教育などといった社会課題解決に、信託銀行の力を生かそうとしている。「これらの取り組みは、信託のマーケットステータスを上げることにつながると考えている」

 信託銀行は、その名前が示す通り「信託」であり「銀行」であるという特殊な存在。ただ近年、みずほ信託などメガバンク系の信託銀行は融資業務の多くを商業銀行に寄せる形をとっており、「銀行」という色彩が薄れるのではないか?という見方も強かった。

 だが、このことはむしろ信託銀行の専門性、独自性を際立たせることにつながったという指摘も業界内では強い。「やはり『信託』と『銀行』という2つの機能を持ち合わせることによって、できる仕事もある」と梅田氏は強調。

 例えば、みずほ信託は不動産を強みとしているが、「単なる不動産仲介ではなく、ファイナンスや金融商品を組み合わせていく『創造力』を持っていることが、我々の力の源泉になっている。そこは大事にしていきたい」

 この仕事を担う「人」の役割はさらに重みを増す。「専門性を高めていきたいという思いを持つ人が多い業界であり、会社。ただ、それで自分の領域の仕事はやるけれども、それ以外には意見を言わないといった傾向があるということに課題認識があった」と話す。

 そこで梅田氏は21年7月頃から、「信託業務ステージアッププロジェクト」と名付けた企業風土改革を推進してきた。例えば信託銀行を含めた銀行業界では、打ち合わせ前の「前打ち合わせ」や「根回し」などに忙殺される傾向が強かったが、みずほ信託ではこれをなくそうと梅田氏は旗を振った。

「会議や打ち合わせで、まずは誰もが言葉を発していく。また上司はメンバーが言葉を発しやすい環境をつくる。そこで『ワイガヤ』が起き、専門性を磨くためにお互いが切磋琢磨していく。アイデアを出し合う中で、場合によっては口論が起きても構わないと。こうした『学習する職場』づくりを目指している。ジワジワよくなってきているという実感がある」と梅田氏。

 ただ、上から押し付ける施策だと、社員のモチベーションが上がらないこともあり得る。そこで、この取り組みに関しては、各部署に対して効果や成果の報告を求めていない。経営は土壌づくりや情報提供に徹して、あとは自発的に行動を起こしてくれることを辛抱強く待つ、という姿勢で取り組んでいるという。

 少しずつだが成果と言えるものが出てきている。

 例えば、みずほ信託では来年度から、「ひとり親家庭」の「居住支援ファンド」を立ち上げる方針だが、これは梅田氏がNPO法人の講演を聞いて感銘を受け、社員に「何かできないか?」と話したアイデアを社員が形にしたもの。

 厚生労働省の調査によると、ひとり親世帯の相対的貧困率は48%に上り、母子家庭の生活意識を聞くと85%が「苦しい」と答えているという現実がある。世帯収入水準も、父子世帯が606万円に対し、母子世帯は373万円。

 みずほ信託が立ち上げるファンドでは、社会貢献に関心の高い機関投資家や個人投資家を募集し、首都圏のマンションを取得。そのマンションの一部の住戸の家賃を安く設定して「ひとり親家庭」に貸し出す。投資利回りは主目的にしないものの、投資としても成り立つ仕組みとすることで、社会性と経済性の両立を図る。

「アイデアベースで出てきたものを現場がサービス化した。取り組みがいい方向に向かっている表れだと思う」

 みずほフィナンシャルグループ全体も、21年に発生したシステム障害を受けて企業風土改革に取り組んでいる最中。みずほ信託の取り組みは、それよりも早く着手したものだが、成果の出たものは、グループ全体にも共有するなど連携が進む。

「資産運用」の時代を迎えつつある中、みずほ信託が担う役割は重い。現役世代の資産を増やし、高齢世代の資産を次代につなぐ。そこにますます「知恵」を出すことが求められている。

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