入居者120名待ち─。尼崎に入居希望者が絶えない人気介護施設がある。施設内は高級ホテルの雰囲気が漂い、すみずみまで掃除が行き届く。「家族をまとめるのも、会社をまとめるのも一緒。職員みんなで幸せになりたい。目指すは日本一の介護施設」と語るのはフジモトゆめグループ理事長・藤本加代子氏。ハーバード大でも質問が殺到する、今までにない「母性の経営」とは─。
専業主婦から経営者に
─ ご主人が急逝された後、眼科と塾の事業を引き継ぎましたが、その後介護施設をつくろうと思ったきっかけは?
藤本 私をすごく可愛がってくれた祖母が、10年間寝たきりで、寝たままお風呂に入れる老人ホームをつくりたいと思ったのがきっかけです。夫を亡くすことは、男性の場合で考えると、妻を亡くして自分の会社が潰れるかもしれないという倒産寸前状態です。専業主婦が夫を亡くすというのは、そういう状況です。
その地獄を味わって、どん底の悲しい気持ちを味わわないと、気づけないことがたくさんあったと今は思っています。
石井 大きなきっかけですよね。それが原動力になり、奮い立って、いま5Kという「きれい」「かっこいい」「給料が高い」「健康になる」「感謝される」という介護業界の改革をされ続けている藤本さんがいる。
─ 介護の仕事は高齢化社会を支える社会的意義の高い仕事ですが、一方で厳しい労働環境とも言われます。その業界で働くお二人は共通して「笑顔」の重要性を発信されていますね。
藤本 はい。私が経営理念としているのは「5つの笑顔」です。ご利用者様の笑顔。それからご家族様の笑顔。職員の笑顔。地域の笑顔。それで最後に法人の笑顔。経営において、この5つがバランスよくあることが大事だと考えています。
例えば職員の給与を高くすれば職員は笑顔になる。でもそこの笑顔が強すぎると、法人の笑顔がなくなる。いい塩梅で5つがバランスよく笑顔になることを常に考えています。
石井 介護の仕事は利用者の生活に寄り添うものですから、人間関係が非常に大切になります。私自身、昔は真面目人間であまり笑いもしなかったのですが、介護の仕事をするようになって面白い人間になったとよく言われます。私も笑顔や笑いについての重要性を知らせたくて、50の事例で構成した新著『好きになれば好かれる人になる』で書いたのですが、藤本さんとはこの部分で非常に意気投合しました。
私が、介護現場で笑顔や笑いが高齢者の皆様に最も大切だと確信した頃、書店で藤本さんの本を偶然読んで、ホントかなと思い施設を見学しに行きました。職員さんが利用者さんを笑顔にしておられたのを実際に見て、これこそがまさに生きる源だと実感しました。
藤本 笑顔は健康にも不可欠です。「終わり良ければ全て良し」という言葉の通りで、利用者様が私共の施設に入ってこられて、たとえ最後の1ヶ月でも1年でも、ここに入って幸せだなと感じていただけたら良い人生だったと思える。
マザーテレサも「人生の99%が不幸でも、残りの1%が幸せだったらその方の人生は幸せなものに変わる」と言っています。
だから私共の施設は綺麗にしたい、優しくしたい、食事も美味しくしたい、お風呂も立派にしたいと考えています。
それと、施設内を常に綺麗にしているのは、老人ホームに親を入れる家族の後ろめたさを取るためでもあるのです。どこかで本当は自分が看ないといけないけど、「ごめんね、お母さん」と思っていらっしゃる。それを、「お母さんいいな、こんな綺麗なとこに入れて。私もここに入りたいな、羨ましい」と思っていただければ家族の後ろめたさがなくなります。
石井 藤本さんのところのような介護施設が全国に広がれば、介護業界の改革につながると思います。私は、利用者様と職員の人間関係づくりの秘訣について藤本さんの力も借り、今後多くの方々に伝えていきたいです。
藤本 経営次第で施設のサービスを充実させることは可能です。職員の給料も高くしないと生き残れません。介護の仕事の商品は職員なので、お金をかけて商品を磨いていかないと。財源確保のためには、工夫して無駄を省くことが重要です。私共は今、介護ロボットもたくさん導入しています。ロボットを活用して今まで2人で介助していたのを、1人でできるようにすれば人手が減らせます。
私たちは、某大手企業や阪大とも連携して、介護ロボットの開発にも協力しているのですが、それが職員のモチベーションにもつながっています。ただの介護士ではなく、最先端の介護ロボットの開発の一助を担っていることを誇りに思って仕事をしてもらえています。
今後世界中で高齢化が進むので、介護は日本に学べ、介護は隆生福祉会に学べと言われ、職員たちが、世界の憧れになるようにと願っています。
ハーバード大で質問攻めとなる「母性の経営」とは
─ 藤本さんは、昨年経済同友会のシンポジウムでハーバード大学の先生とディスカッションされていました。そこでのお話を聞かせてください。
藤本 テーマは現代社会の分断の原因は何か?というものでした。宗教だとか、経営者のせいだとか、色々な話が出た時に、私の「母性の経営」をお話しました。
これは母親が家族の幸せを願うのと同じように、会社経営でも職員皆と一緒に幸せを目指すものなのです。子供を可愛がるように職員を可愛がり仕事をしているうちに、だんだん職員が自分の子供のように可愛くなってきます。これが母性です。
だから職員は定着して辞めないですよ、という話をしたら、ハーバードの教授たちが「考えられない」と驚かれましてね。
欧米企業では競わせたり、リストラしてまた偉い人を呼んできたり、社員を粗末にしていますよね。ところが、実はアメリカの会社トップも、社員に辞められたくないのに辞められてしまうと思っていることがわかったのです。だから我々が羨ましいと。
今まで静かだったその場が、私がその話をした後、皆さん次々手が挙がって質問されて。経済同友会の皆さん方も、「藤本さんがみんな持っていった」と(笑)。母性の経営は世界に通じるものなのだなと実感しました。
石井 母性の経営は世界では斬新でしょうね。
藤本 どこの国も一緒で、経営者はやはりベテラン社員に辞められるのは辛いのです。だから母性の経営の考え方を皆さんからとても褒められました。SDGsにもある、誰一人取り残さないという考え方です。
─ そこには藤本さんの専業主婦の経験が活きていますか。
藤本 そうですね。専業主婦は自分の家族を守るのが仕事です。子供を賢く世の中の役に立ついい子に育てる。夫の健康を管理して、夫が仕事しやすいように家のことは全部私に任せてね、だから安心して仕事してきてちょうだい、というのが専業主婦の仕事です。
夫が急に亡くなってから経営者として仕事をするようになって、だんだん職員が可愛くなってきて。もちろん、やんちゃな子もいますが、でもよく考えたらやっぱり可愛いと許せたりしてきて。家庭と一緒で、家族をまとめるのも、会社をまとめるのも一緒だと。皆で幸せになりたいという思いが母性の経営の根本思想です。
─ 具体的には?
藤本 「許す」「期待しない」ということです。相手と戦おうとせずに、前向きに考えることですね。期待をしていないから少しでも何かしてくれたら嬉しいので、すぐ褒めることができます。相手に期待をするとがっかりすることも多くあります。
─ 褒めてあげたいから期待しないと。
藤本 はい。自分自身でも、しょうもないことでも褒められるとやはり嬉しいです。この年齢の私が褒められて嬉しいのですから、そりゃ若い子でも褒めて欲しい、褒められたら嬉しいと思いますよ。注意されるとむかつくだけで反省なんかしません。
石井 母性の経営は時代の最先端を行っている気がします。これが日本中に広まればいいですね。
藤本 コロナのこの3年間、経済は止まっていました。今コロナが明けたら、もうどこの企業も人手不足。上場企業の方々と話しても、様々な某有名企業にもいい人が来てくれないと。某大手商社の方も、給料が高い外資系に行ってしまうと言って嘆いていました。
大阪万博で女性の活躍推進
─ 現在賛否両論ある大阪万博。女性リーダーとして藤本さんも関わっていますが、万博をどう考えますか。
藤本 前の万博を知っている方たちは万博を肯定します。私は大阪商工会議所が大阪を活性化した女性達を表彰する、サクヤヒメ表彰の第一期生です。その有志たちで一般社団法人万博サクヤヒメ会議というものを立ち上げて、万博を盛り上げたいと思っています。
私が20歳の時に前回の大阪万博があり、今でも大阪の誇りとなっていて、とても楽しい思い出としてあります。日本中からたくさん人が来て、「日本カッコイイな、大阪カッコイイな」と思ったんですね。
大きなイベントで関西は活気づくし、今の若い人たちにもそう思ってもらいたい。万博会場に、女性たちが元気になり、頑張るぞと思えるような象徴になるアートモニュメントを作ってもらうことを今考えています。
2030年のSDGsの最終年には、女性活躍から解き放たれて、女性活躍という言葉がなくなることを目指しています。
石井 介護業界も含めて是非女性の活躍が進むといいですよね。全世代、特に高齢者の方々は積極的に万博に来ていただき、もう一度青春を味わい、元気になってもらいたいものです。経済効果としても、国民のために必要なビッグイベントです。
専業主婦から経営者に
─ ご主人が急逝された後、眼科と塾の事業を引き継ぎましたが、その後介護施設をつくろうと思ったきっかけは?
藤本 私をすごく可愛がってくれた祖母が、10年間寝たきりで、寝たままお風呂に入れる老人ホームをつくりたいと思ったのがきっかけです。夫を亡くすことは、男性の場合で考えると、妻を亡くして自分の会社が潰れるかもしれないという倒産寸前状態です。専業主婦が夫を亡くすというのは、そういう状況です。
その地獄を味わって、どん底の悲しい気持ちを味わわないと、気づけないことがたくさんあったと今は思っています。
石井 大きなきっかけですよね。それが原動力になり、奮い立って、いま5Kという「きれい」「かっこいい」「給料が高い」「健康になる」「感謝される」という介護業界の改革をされ続けている藤本さんがいる。
─ 介護の仕事は高齢化社会を支える社会的意義の高い仕事ですが、一方で厳しい労働環境とも言われます。その業界で働くお二人は共通して「笑顔」の重要性を発信されていますね。
藤本 はい。私が経営理念としているのは「5つの笑顔」です。ご利用者様の笑顔。それからご家族様の笑顔。職員の笑顔。地域の笑顔。それで最後に法人の笑顔。経営において、この5つがバランスよくあることが大事だと考えています。
例えば職員の給与を高くすれば職員は笑顔になる。でもそこの笑顔が強すぎると、法人の笑顔がなくなる。いい塩梅で5つがバランスよく笑顔になることを常に考えています。
石井 介護の仕事は利用者の生活に寄り添うものですから、人間関係が非常に大切になります。私自身、昔は真面目人間であまり笑いもしなかったのですが、介護の仕事をするようになって面白い人間になったとよく言われます。私も笑顔や笑いについての重要性を知らせたくて、50の事例で構成した新著『好きになれば好かれる人になる』で書いたのですが、藤本さんとはこの部分で非常に意気投合しました。
私が、介護現場で笑顔や笑いが高齢者の皆様に最も大切だと確信した頃、書店で藤本さんの本を偶然読んで、ホントかなと思い施設を見学しに行きました。職員さんが利用者さんを笑顔にしておられたのを実際に見て、これこそがまさに生きる源だと実感しました。
藤本 笑顔は健康にも不可欠です。「終わり良ければ全て良し」という言葉の通りで、利用者様が私共の施設に入ってこられて、たとえ最後の1ヶ月でも1年でも、ここに入って幸せだなと感じていただけたら良い人生だったと思える。
マザーテレサも「人生の99%が不幸でも、残りの1%が幸せだったらその方の人生は幸せなものに変わる」と言っています。
だから私共の施設は綺麗にしたい、優しくしたい、食事も美味しくしたい、お風呂も立派にしたいと考えています。
それと、施設内を常に綺麗にしているのは、老人ホームに親を入れる家族の後ろめたさを取るためでもあるのです。どこかで本当は自分が看ないといけないけど、「ごめんね、お母さん」と思っていらっしゃる。それを、「お母さんいいな、こんな綺麗なとこに入れて。私もここに入りたいな、羨ましい」と思っていただければ家族の後ろめたさがなくなります。
石井 藤本さんのところのような介護施設が全国に広がれば、介護業界の改革につながると思います。私は、利用者様と職員の人間関係づくりの秘訣について藤本さんの力も借り、今後多くの方々に伝えていきたいです。
藤本 経営次第で施設のサービスを充実させることは可能です。職員の給料も高くしないと生き残れません。介護の仕事の商品は職員なので、お金をかけて商品を磨いていかないと。財源確保のためには、工夫して無駄を省くことが重要です。私共は今、介護ロボットもたくさん導入しています。ロボットを活用して今まで2人で介助していたのを、1人でできるようにすれば人手が減らせます。
私たちは、某大手企業や阪大とも連携して、介護ロボットの開発にも協力しているのですが、それが職員のモチベーションにもつながっています。ただの介護士ではなく、最先端の介護ロボットの開発の一助を担っていることを誇りに思って仕事をしてもらえています。
今後世界中で高齢化が進むので、介護は日本に学べ、介護は隆生福祉会に学べと言われ、職員たちが、世界の憧れになるようにと願っています。
ハーバード大で質問攻めとなる「母性の経営」とは
─ 藤本さんは、昨年経済同友会のシンポジウムでハーバード大学の先生とディスカッションされていました。そこでのお話を聞かせてください。
藤本 テーマは現代社会の分断の原因は何か?というものでした。宗教だとか、経営者のせいだとか、色々な話が出た時に、私の「母性の経営」をお話しました。
これは母親が家族の幸せを願うのと同じように、会社経営でも職員皆と一緒に幸せを目指すものなのです。子供を可愛がるように職員を可愛がり仕事をしているうちに、だんだん職員が自分の子供のように可愛くなってきます。これが母性です。
だから職員は定着して辞めないですよ、という話をしたら、ハーバードの教授たちが「考えられない」と驚かれましてね。
欧米企業では競わせたり、リストラしてまた偉い人を呼んできたり、社員を粗末にしていますよね。ところが、実はアメリカの会社トップも、社員に辞められたくないのに辞められてしまうと思っていることがわかったのです。だから我々が羨ましいと。
今まで静かだったその場が、私がその話をした後、皆さん次々手が挙がって質問されて。経済同友会の皆さん方も、「藤本さんがみんな持っていった」と(笑)。母性の経営は世界に通じるものなのだなと実感しました。
石井 母性の経営は世界では斬新でしょうね。
藤本 どこの国も一緒で、経営者はやはりベテラン社員に辞められるのは辛いのです。だから母性の経営の考え方を皆さんからとても褒められました。SDGsにもある、誰一人取り残さないという考え方です。
─ そこには藤本さんの専業主婦の経験が活きていますか。
藤本 そうですね。専業主婦は自分の家族を守るのが仕事です。子供を賢く世の中の役に立ついい子に育てる。夫の健康を管理して、夫が仕事しやすいように家のことは全部私に任せてね、だから安心して仕事してきてちょうだい、というのが専業主婦の仕事です。
夫が急に亡くなってから経営者として仕事をするようになって、だんだん職員が可愛くなってきて。もちろん、やんちゃな子もいますが、でもよく考えたらやっぱり可愛いと許せたりしてきて。家庭と一緒で、家族をまとめるのも、会社をまとめるのも一緒だと。皆で幸せになりたいという思いが母性の経営の根本思想です。
─ 具体的には?
藤本 「許す」「期待しない」ということです。相手と戦おうとせずに、前向きに考えることですね。期待をしていないから少しでも何かしてくれたら嬉しいので、すぐ褒めることができます。相手に期待をするとがっかりすることも多くあります。
─ 褒めてあげたいから期待しないと。
藤本 はい。自分自身でも、しょうもないことでも褒められるとやはり嬉しいです。この年齢の私が褒められて嬉しいのですから、そりゃ若い子でも褒めて欲しい、褒められたら嬉しいと思いますよ。注意されるとむかつくだけで反省なんかしません。
石井 母性の経営は時代の最先端を行っている気がします。これが日本中に広まればいいですね。
藤本 コロナのこの3年間、経済は止まっていました。今コロナが明けたら、もうどこの企業も人手不足。上場企業の方々と話しても、様々な某有名企業にもいい人が来てくれないと。某大手商社の方も、給料が高い外資系に行ってしまうと言って嘆いていました。
大阪万博で女性の活躍推進
─ 現在賛否両論ある大阪万博。女性リーダーとして藤本さんも関わっていますが、万博をどう考えますか。
藤本 前の万博を知っている方たちは万博を肯定します。私は大阪商工会議所が大阪を活性化した女性達を表彰する、サクヤヒメ表彰の第一期生です。その有志たちで一般社団法人万博サクヤヒメ会議というものを立ち上げて、万博を盛り上げたいと思っています。
私が20歳の時に前回の大阪万博があり、今でも大阪の誇りとなっていて、とても楽しい思い出としてあります。日本中からたくさん人が来て、「日本カッコイイな、大阪カッコイイな」と思ったんですね。
大きなイベントで関西は活気づくし、今の若い人たちにもそう思ってもらいたい。万博会場に、女性たちが元気になり、頑張るぞと思えるような象徴になるアートモニュメントを作ってもらうことを今考えています。
2030年のSDGsの最終年には、女性活躍から解き放たれて、女性活躍という言葉がなくなることを目指しています。
石井 介護業界も含めて是非女性の活躍が進むといいですよね。全世代、特に高齢者の方々は積極的に万博に来ていただき、もう一度青春を味わい、元気になってもらいたいものです。経済効果としても、国民のために必要なビッグイベントです。