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「クラフトビールの認知度を高めたい」 ヤッホーブルーイング社長・井手直行のエンターテイメント戦略

財界オンライン 2024年3月25日 15時0分

「ビールを中心としたエンタメ事業で世界を平和にしたい」と語るのは、クラフトビール会社のヤッホーブルーイング社長・井手直行氏。右肩下がりのビール市場に対し、クラフトビール市場は年4~5%で成長。クラフトビール業界最大手の同社は19期連続増益だが、そこにはファンコミュニティの存在が大きい。企画するビールイベントには毎回数千から1万人が集結。なぜそんなにも人が集まるのか? その人気の理由を探る。


2023年10月酒税改正 ビールの競争激化の中で

 2023年10月の酒税改正により、ビールの税率は下がり350ミリリットルあたり6.65円の値下げ、逆に第三のビールの税率は上がって9.19円値上げとなった。年明け、大手ビール各社は割安感のあるビールにより注力するとの意気込みが語られた。

 コロナ禍では大手ビール会社の外食事業はかなりの痛手を受けたが、その中でも急伸しているのはクラフトビール会社最大手のヤッホーブルーイング。売上高は、現在アサヒビールを筆頭に大手4社、5位のオリオンビールに次ぐ6位であり、クラフトビール業界700社の中では首位。

 しかし、ビール業界全体の総量のうちクラフトビールが占める割合はまだ2%。日本の多くの飲食店では1銘柄しか置いていないことが多く、大手4社が独占状態である。

 対するアメリカではクラフトビールが25%(金額ベース)を占め、飲食店でも選択肢が多数あることが一般的。家でビールをつくるホームブリューイングが盛んなことも、米国のクラフトビール文化を醸成してきた。

 同じように日本でクラフトビール文化がなかなか広まらない理由は、酒税が高いことが主な要因。ビール製造会社は量産しなければ利益が取れない構造が背景にある。税は350ミリリットル換算で、アメリカが約8円のところ、日本は63.35円と、大きな開きがある。

 それでも少しずつクラフトビールは消費者に浸透してきており、ビール全体の消費総量は1~2%のマイナス成長の中、クラフトビールは年4~5%で成長。「3年でシェア5%までもっていきたい」とヤッホーブルーイング社長の井手直行氏は更なる拡大を目指す。


ファンを生むプロモーション

 コロナ禍でも右肩上がりの売上を支えたのは、創業時から地道な活動を通して継続しているファンづくり。「われわれは単なるビール会社ではなくエンターテイメント企業」と井手氏。

 同社の10種類ある商品価格帯は300円前後で大手ビールと比べ1.5倍ほど高い。各種ペルソナが明確であり、個性的な味わいも人気の理由。原料高をうけ価格転嫁で値上げも行ったが、代表商品「よなよなエール」は売上に変化はなく、価格が高くても買うというロイヤルカスタマーを育ててきた。

 ユニークなのは「学び」「交流」「共創」を主軸とした熱量高いファンを生むプロモーション。ファンと共に会社を創る思想だ。

「物が良くてもPRやマーケティングがきちんとできていないと売れない」と井手氏は語る。

 例えば同社は年間30回程ファンに向けてネット配信やイベントを企画。2018年には5000人を集めた。コロナでリアルイベントが制限されてからは、無料オンラインイベントを開催。オンラインではさすがに人が集まらないのではないかという不安とは裏腹に、1万人が参加する大イベントとなった。

 参加費は無料のためイベント収益はなかったが、自主的に購入した同社の商品を片手に社員やファン同士で交流。それが会社との信頼関係や商品への親和性を高め、絆を強めている。中にはイベントで知り合い結婚したカップルも多数。クラフトビールで個と個、会社、3者を繋いでいる。井手氏もイベントによく登場するため、ファンに社長の顔がよく見えることも信頼につながって、更なる結束力を強めている。


早期からのネット通販戦略 大手各社との協業も

 同社は星野リゾート社長の星野佳路氏が1997年に創業。2008年井手氏が社長を引き継いだ。

 一時は廃業寸前まで追い込まれ、売上を上げるために楽天市場でネットショップを出すことを決断。当時はビールをネットで売る企業はなく、ビール業界の流通は、卸売店や小売店を通して消費者に届くというビジネスモデルが一般的。直接消費者に届けるというネット販売はタブーでもあり、取引先からは批判的な声もあがった。

 井出氏自身ネットは大の苦手であり、人差し指でキーボードを押すところからスタート。本社長野から六本木の楽天市場大学に通い、ネットマーケティングを学んだ。2007年には楽天市場ビール洋酒ジャンルでトップ企業となり、楽天社長・三木谷氏の書籍でも最も成功した店舗と紹介された。

 早期からネットの流通販路を育てていたことも、その後のコロナ禍で売上を伸ばした要因として大きい。

 多様性の時代、大手各社も成長するクラフトビール市場を注視している。ヤッホーはキリンに製造委託を行い、量産化の面で提携。さらには合同でクラフトビールメーカー17社と共同イベントを開催。大手にとっては、イベントを通した消費者とのアナログコミュニケーションが新鮮で、学べることが多いと話す(関係者)。

 年明け、アサヒもヤッホーとの協業に乗り出した。アサヒ、ヤッホー、TORIKUMI(鳥取県)の競合3社が、お酒が飲めない人向けイベントを開催。世界的に広がる低アルコール志向の流れから、各社はアルコール0ではない〝低アル〟という新たな市場開拓を行う。

 ビール業界も、より個に刺さるマーケティングが求められる時代である。

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