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塩野義製薬会長兼社長CEO・手代木功「医薬品の全原料を国内で製造できるかどうか。この国家的課題に取り組んでいきたい」

財界オンライン 2024年2月14日 11時30分

新型コロナ感染症治療薬「ゾコーバ」の研究開発に力を入れ、国内企業として初の実用化に漕ぎつけた塩野義製薬。コロナ禍が落ち着きを見せる中で、手代木氏は「医薬品の知的財産や供給、医療体制の問題など、いろいろな変数が解決しきらないうちに、今回の危機は収まりつつあるように見える」と危惧。日本の創薬産業をいかに成長させ、国民皆保険を含む社会保障改革のロードマップをどう描くべきか。

【2024年をどう占うか?】答える人 塩野義製薬会長兼社長CEO・手代木功

24年は次のアクションプランにつなげる重要な年

 ─ コロナ禍が落ち着きを見せつつあります。その中で国内企業として初の新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」を開発した手代木さんにとって、コロナ禍の約3年間をどう見ていますか。

 手代木 100年に一度と言われていたパンデミック(世界的大流行)が、グローバル化によって地球が小さくなったことにより、今後は10年に一度、あるいは5年に一度の周期で発生するかもしれないという危機感を感じます。これを人類がどう受け止めるかが大事になります。COVID-19の感染規模がこれだけ大きくなってしまった中で、もう一度同様のパンデミックが発生したら、いま以上に地球自体も傷みますし、人間も傷む。

 さらにグローバル・サウスといわれる南北問題などがパンデミックでさらに強調され、LMICs(低・中所得国)との分断がさらに深まっていくことが考えられます。ワクチン1つを取っても、しっかりと行き渡った国とそうではない国がありますし、医薬品の知的財産の問題や供給の問題、現場の医療体制の問題など、いろいろな変数がまだ解決しきらないうちに、今回の危機は収まりつつあるように見えています。

 ─ 曖昧なままで済ませてはいけないということですね。

 手代木 そうですね。今回表面化したこれらの問題に対して何も手を打たず、次のパンデミックでも同じようなことが起こったら人類は学びが無いですよね。そうならないためにも今後、これらの様々な課題にどう対処していくべきなのか、皆で真剣に考えていくことがとても重要ではないかと思います。

 今回のイスラエルのハマスの問題にしても、どのくらい紛争が長引いてしまうのか分かりませんが、何となく人類がかつての世界大戦も含めて、同じことを繰り返しているように感じます。つまり、これまでの歴史の反省が活かされなかったように感じられるのです。

 そうなると、次のパンデミックに対する対策でも有効な手を打てるのか心配です。人類は過去にスペイン風邪を経験していますが、それでも今回のCOVID-19パンデミックは起こりました。次のパンデミックにもしっかり手を打てるのでしょうか。

 また、ワクチンを100%届けきれていない、つまり予防が十分しきれない地域の方々に対しては、どのように対処するのか。診断薬もいるでしょうし、治療薬もいる。供給や分配を国や地域を越えて、本当にフェアにやれるのかどうかが課題になります。

 その意味では、24年はコロナ禍によって炙り出された様々な課題を忘れることのないように総括し、次のアクションプランにつなげる非常に重要な1年になるのではないかと思います。


抗ウイルス剤や抗菌薬だけでは患者や医療現場は救えない

 ─ その中で塩野義製薬は感染症薬メーカーとして治療薬やワクチンの開発に尽力してきました。自社の役割をどのように考えていますか。

 手代木 細菌感染症に対しては自社の抗生物質により、もしかすると明日お亡くなりになるかもしれないという患者様の命を救ってきたという自負はあります。人類は抗生物質などをかなりうまく活用してきたのではないかと思います。ただ、医療も進化し、その抗生物質を使い過ぎたという反省に立って、今後も適正使用は考えていかなければならないと思います。

 当社は抗HIV薬(抗エイズ薬)「ドルテグラビル」、抗インフルエンザウイルス剤「ゾフルーザ」、新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」、既存の抗生物質が効かない薬剤耐性感染症の治療薬「フェトロージャ」など、継続的に抗ウイルス剤や抗菌剤の治療薬の研究開発に取り組んでいます。

 しかし、コロナ禍の3年間で学んだことは、抗ウイルス剤や抗菌薬の治療薬だけでは患者様や医療現場のニーズには応えきれないということです。当社が17年にワクチン開発に参入したのは、ウイルスに感染した後の治療薬だけでなく、ウイルスに罹りにくくする予防のニーズにも応えたいという目的でした。そして今は、予防・治療だけではなく、診断薬の開発も大きなテーマとして考えています。

 ─ ウイルス感染の治療や予防の領域だけではないと。

 手代木 はい。感染症治療のバリューチェーンを横串で考えると、予知、予防、診断、治療、重症化抑制という流れがあり、これを何とかしようと動いたのがコロナ禍の3年間でした。

 しかし、ウイルスに罹った後の後遺症で苦しんでおられる患者様やワクチンで副反応が出てしまった方々に、当社は製薬会社としてどういうものを追加で提供できるのか、そこまで目が届いていなかったのです。

 医薬品の供給問題には国全体の課題がたくさん詰まっており、個社でできる範囲を超えている部分もたくさんあります。しかし、個社としてやれることも、もっとあるだろうと考えると、感染症メーカーとしてどういうものをご提供したらニーズに応えられるかと。それを我々が持っている製品の中で、できることがもっとあるのではないかと思っています。

 特に23年の後半から鎮咳薬・去痰薬や鎮痛薬など、感染症の対症療法で処方される薬の供給不足が顕著になってからは、感染症メーカーとしてもっと責任を果たせるのではないかと考えました。そこで、例えば感染症という疾患を先程の予知、予防、診断、治療、重症化抑制というトータルケアで横串で考えることに加えて、ペイシェント・ジャーニー(患者が医療サービスを受けることで経験するあらゆる接点の工程)という縦串としても捉えることで、患者様がウイルスや菌に感染してから治るまでに必要な医薬品をできる限り供給するための努力が必要だと思っています。

 ─ 製薬メーカーとしての使命と役割とも言えますね。

 手代木 はい。今のような緊急事態の状況も喉元過ぎれば熱さ忘れるのが人間です。緊急事態の風潮に乗って投資し、将来、それが使われなくなったら企業として大変な目に遭うリスクも考えられます。しかし、当社は感染症メーカーとして、感染症のペイシェント・ジャーニーという視点で、これからも困り事を解決していきたいと考えています。

 また同時に、感染症メーカーとしての我々は、医療現場の先生方や患者様に育てていただいた会社でもあります。ですから、今回の鎮咳薬や去痰薬や鎮痛薬などの供給不足については「もっとあなたに頼りたい」というメッセージをいただいていると捉えています。そこで我々も鎮咳薬(咳止め薬)の「メジコン」を24年以降は今のフルキャパシティーの2.2倍まで生産能力を拡大するといった手を打ちましたし、それで足りないようであれば、もっと追加しようと動いています。



医薬品を巡る経済安全保障

 ─ 医薬品を巡っては経済安全保障という観点でも、その重要性が指摘されました。

 手代木 その通りです。医薬品の元となる全原料を国内で製造できるかどうかという問題です。これは医薬品以外でもワクチンでも同じことが言えます。これらの原料のほとんどは海外に依存しているのです。ですから、日本の医薬品のサプライチェーン(供給網)は非常に脆弱と言えます。

 そこで、もし薬の原料が国内に入ってこなくなったらどうするのか。そういった危機に備えて、我々は日本の皆様が生きていく上で最も重要でエッセンシャル(必要不可欠)な薬とは何かを洗い出しています。

 ─ 危機管理を平時から行っておくわけですね。

 手代木 ええ。そのエッセンシャルな薬の中で、頑張れば最初から最後まで日本で造れるのか、頑張っても造れないのかを見極め、抗生物質であれば年間使用量の3分の1くらいなら何とか造れるようにしておこうと。そして、何かあったときには、少なくとも4~5カ月分は国内でもゼロから薬をつくれる能力を持っておくことが必要ではないかと考えています。

 ここまで円安になってくると、海外からの原料の価格もそれなりに上がっていますし、日本の物価上昇と各国の物価上昇のレベルも全然違います。輸入元として多い中国やインドでも現地の物価は上がっていますから単価も上がります。単価が上がったものを輸入しようとすれば、円安で更に上がるわけです。それであれば、モノによっては日本でゼロから造っても国際競争力があるかもしれません。

 もっと言えば、過去の円高時に地産地消をやめて国外に製造拠点を移転させ、日本の製造業を空洞化させてしまったという一番弱いところを突かれている可能性もあります。もう一度、初心に戻り、本当に製造業は日本ではコストが高いのかどうかということを考え直しても良いのではないかと思います。


社会保障改革のロードマップを

 ─ 医薬品を輸出産業化するとも言えますね。

 手代木 はい。日本の医薬品の品質は高いわけです。原料の入手からサプライチェーン全体をこの国で完結することができれば、完成品を輸出していくことも可能でしょう。国の経済安全保障や社会保障制度の持続性、国が富むという観点で言えば、外貨を稼ぎ、その儲けを含めて国に税金として納めさせていただくことは正しいわけですからね。

 ─ 日本の経済再生にも寄与する話ですね。一方で、社会保障制度をどうすべきかという国家的な課題もある中で薬価の在り方も議論されています。

 手代木 まずは概念論が大事だと思っています。国民皆保険が制度としてどうあるべきかということです。これまで通りでは将来立ち行かなくなることを国民は、うすうす認識しているのではないでしょうか。このままの制度で続けていくことは難しいと。そうであれば、まずはロードマップを国には示して欲しいと思います。

 なぜなら、国民には国民それぞれの人生における計画があるからです。5年後にこんなことが起こる、10年後にはあんなことが起こるという計画です。ですから、ロードマップがあれば安心できます。今年突然に「こんなことをします」と言われても困ってしまいますからね。

 ロードマップを示していただきながら、そのゴールとしては、この国を私たちの子どもや孫に胸を張って、いい国にいるでしょうと言えるような国にすることです。世界の中でこれだけ尊敬され、競争力もあって、もっと伸びる余地のある国になったねと。

 一方で今の若い人たちには何となく、あと先を考えず、今この瞬間だけを充実させて生きようとする刹那性を感じます。その背景には、中長期的な視点で若い人たちが夢を持って、この国で頑張っていきたいという希望を持てないということがあると思います。明日は更に良くなるということに対して、なかなか夢を持てないのかもしれません。

 ─ 大きな意味で言えば、政官学財それぞれがそういったことを考えて連携していかなければなりませんね。その中で企業としては、どのような立ち位置で今後に臨みますか。

 手代木 当社では、とにかく提案には物語、「ストーリー」が大事だということを従業員に言い続けています。つまり、提案者本人が話として、なぜこれをやらなければいけないのか。これをやることの意味は何なのか。何を目指しているのかということを、仮に素人の方が聞いても「その話は面白いよね」という反応をするようなストーリーが語れない提案では経営会議に通らないのです。

 一方で、ストーリーが良くて経営会議を通過した提案については記録を残すだけにし、稟議書はなくしました。稟議書は2年前から廃止したのですが、その理由は1億円以上の決裁には稟議書が必要だけど、9900万円の決裁は不要、というような画一的な観点で稟議書の有無を図るのはおかしい、という考えからです。

 誰が考えても同じ結論になるようなものは金額の大小にかかわらず、組織長で決裁すれば良く、記録だけをとっておけば済む話だろうということで、この運用を始めました。もちろんこれは、言われた側からすれば怖い話です。会社にとって、それぞれの提案がどんな意味を持つかをしっかり考えることが求められ、決裁されなければ実行することはできないからです。


見られている「緊張感」と見てもらっている「幸せ」

 ─ 全体を俯瞰して物事を考えるようになりますね。

 手代木 そうです。その代わり、実行したことについての結果だけは、透明性を持ってトレースできるようにしています。当社では「T&T(Transparency=透明性とTraceability=追跡可能性)」と呼んでいます。この2つさえあれば、権限は全て移譲すると言っているのです。

 ─ 当事者意識を呼び起こすということになります。

 手代木 おっしゃる通りです。私はこれを人事としての「ガイディング・プリンシプル」の実践と位置付けています。何を大切にしながら我々のミッションを達成していくかという行動の判断基準を設けたわけです。社員は自分の行動が見られているという「緊張感」と、見てもらっているという「幸せ」を感じることができます。そもそも人間は、この2つを感じながら生きるべきだと思うのです。見てもらっているという感覚は、やはり幸せにつながります。

 また、見守る方もその人に対して愛がないと見ません。見てもらえているからこそ人間は緊張し、しっかりとした行動をとることができると思うのです。ですから、人事の要諦は何かというと、もちろん愛なのですが、見られている緊張感と見てもらっている幸せを感じたときに、人間は真っすぐになるのではないかと思います。

 ─ そのバランスが大事だということですね。

 手代木 はい。それはストーリーと同じです。社員一人ひとりにエンパシー(共感)を感じてもらい、シンパシー(感情の共有)を感じてもらい、レスポンシビリティ(業務遂行責任)を持ってもらうことが大事です。これをどう従業員一人ひとりに持っていただくかです。

 そのためには、会社としてのミッションやプランがなければ理解されません。まだまだ当社がそれをできているとは言えませんが、方向性としては、それを全ての従業員に理解してもらって、お客様などと話をするときに「やはりこの会社は違うな」と言われるような人になっていただく必要があります。

 そこから次のビジネス、あるいは次の次のビジネスにつながっていくのではないでしょうか。

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