「日本企業は、変わるいいタイミング」と指摘する。2023年に賃上げが実現し、「成長と分配の好循環」が実現しそうな機運が高まる。ここで「人への投資」や国内投資を進め、この流れを確かなものにできるかが問われる。ただ、日本には課題も山積。高齢者の医療費は増大する一方で「給付」が過剰でないかという議論もある。翁氏は「将来も安心な社会保障の実現には、給付面の改革が必要」として根本議論の必要性を説く。
2024年は「改革の年」に
─ 金融環境、地政学リスク、コロナ禍と混沌とした状況ですが、2024年の世界及び日本経済をどう見通しますか。
翁 欧米はインフレで金利を引き上げ続けてきましたから、今年はその影響がさすがに出てくると見ています。米国は金利引き下げ局面になるでしょうし、欧州は経済状況がよくありません。ですから、世界経済全体としては少しスローダウンするのではないかと見ています。
日本はコロナ禍からの回復が遅く、インフレ傾向はあるものの、金融緩和を継続しています。24年は、1%強程度の成長をすると見ています。
ただ、今年は不確実性が高い年だと思います。台湾の総統選挙もありましたが、今後世界各国で選挙が行われます。何より、秋の米大統領選挙がどうなるかで世界が大きく変わる可能性があり、多くのリスクがある。
また、ロシアのウクライナ侵攻が続き、中東でも紛争が泥沼化しつつあるなど、地政学リスクは引き続き高く、その意味でインフレ圧力はまだあります。
─ 厳しい環境下ですが、日本の経営者はどういうスタンスで臨むべきだと考えますか。
翁 日本企業は、変革するいいタイミングだと思います。2023年に賃上げが実現し、物価と賃金の好循環に入る可能性も出てきています。
また、人手不足が深刻になっていて、それゆえに人への投資、DX(デジタルトランスフォーメーション)をしっかり進める必要がありますし、サプライチェーンの組み換え、GX(グリーントランスフォーメーション)も含め、国内投資を進める機会でもあります。
そして東京証券取引所の「資本コストと株式を意識した経営」という要請をきっかけに「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」問題がクローズアップされました。経営改革、ビジネスモデル変革で市場の期待に応え、同時に賃金を上げて、従業員が働きがいを持てる企業になって初めて、しっかり成長できるということです。まさに改革の年になるのではないかと見ています。
─ 賃上げに関して、中小企業の中にはなかなか上げにくいところもあると聞きます。
翁 確かに中小企業は大企業に比べて厳しいですが、アンケート調査を見ると、人手不足が深刻化する中で、賃金を上げていくと答えているところが多くなっています。中小企業こそ、潜在的能力を活かして、いい人材を採用していかねばなりませんから、賃金を上げる方向になることを期待しています。ここは分かれ目になると思います。
女性活躍、非正規問題をどう考えるか?
─ 翁さんは「令和臨調」(令和国民会議)の運営幹事も務めていますね。日本にとって「失われた30年」からの転換期の今、再生に必要なことは?
翁 一言で言えば「人への投資」で生産性を上げていくことだと思います。そして国内投資をしっかり進めていく。
終身雇用制は変貌しつつありますが年功序列型賃金など高度経済成長期の仕組みがまだ残っています。ジョブ型を含めそれぞれの企業に合った形の人事制度に変えていかないと、いい人材を採用できなくなります。デジタル人材などはジョブ型でなくては採用が難しくなっている。
ジョブ型とメンバーシップ型のハイブリッドの人事制度を導入する企業も増えてきています。女性活躍を含め、多様な人材が活躍できる経済にしていくことが非常に重要です。
─ 少子高齢化で働く人が少なくなるという問題がありますが、対策をどう考えますか。
翁 少子化対策もしっかりやっていく必要があります。児童手当などは出てきていますが、一方で、日本社会には性別役割分担意識が根強くあります。徐々に男性育休を取得する動きも出てきていますが、男性も女性も、潜在能力を発揮できるような働き方を柔軟に選べる企業にしていくことが大事です。
男性も女性も家事や子育てをしながら、社会や企業に貢献できるような社会を目指す。そのためには企業経営者を中心に意識改革をしていかなければ問題は解決しないと思います。
そして賃上げです。特に若年層の賃金はまだまだ低いですから、そうした方々の可処分所得が増えるような積極的労働市場政策が必要です。成長分野に行きたい人が移動でき、非正規の方々の年収が増え、将来不安が少しでも減るようにしていくことが少子化問題解決のためには非常に大事だと思います。
─ 日本では非正規が非常に増えていますが。
翁 自ら非正規での働き方を選んでいる方々はいいのですが、不本意非正規が増えていることは問題だと思います。やはり一度非正規になってしまうと、正規社員になれないというケースが多く、そうした方々が不安を抱えておられます。
また、女性の非正規の方は「年収の壁」問題があり、多くの方が106万円以下で就業調整をしていて非常にもったいない。アンケート調査によると、サービス業などでは7、8割の方が「壁」さえなければもっと働きたいと回答されています。
やはり1980年代に作られた第3号被保険者(厚生年金に加入している第2号被保険者に扶養されている人で、かつ年収が130万円未満の人)は、共稼ぎが増えた今、このままでいいのか、議論も進めていかなければいけないと思います。女性の潜在能力が生かされていないのが日本の最も残念な点のひとつですが、逆に言えば可能性のあるところだとも思います。
医療分野の給付に無駄はないか?
─ 令和臨調では社会保障制度における医療・介護の給付について提言していますね。
翁 はい。例えば医療分野で、給付がすべて今のまま必要なのか、無駄があるのではないかということを感じている国民は多いのです。その点をしっかり議論していく必要があります。
医療提供体制や、保険の収載の範囲の問題もあります。例えばOTC(一般用医薬品)の問題があります。湿布薬やビタミン剤、風邪薬は薬局でも購入できる一方、医療機関でも処方してもらえます。薬局で高い価格で購入している人がいる一方、保険対象で購入している人もいるという不公平もあります。
また、一度保険収載された医薬品は、その後、効果が認められなくなって、次の効果の高い新薬が出たとしても保険対象のままなのです。価値の高い医療にシフトするうえでも、例えば効果が小さくなった医薬品を保険の対象から外していくことも必要になるのではないでしょうか。
他にも、一定期間内に処方箋を繰り返し使用できる「リフィル処方箋」という仕組みもありますが、殆ど使われていません。
こうしたことを進めていくだけでも、かなりの給付の見直しができるはずです。そうした対応をしてもやはり高度化・高齢化に伴う医療費増はあります。その増加をどう負担していくか、の検討に入るには、必要なところに必要なだけの給付になっているか、デジタル化でより効果的効率的にできないか、といった点の国民の納得感が必要になるのではないかと思っています。
─ 経営の厳しい病院も増えていますが、再編や連携についての考え方は?
翁 まず大事なのは、かかりつけ医師の「プライマリ・ケア」(身近で何でも相談にのってくれる総合的な医療)の医師が、1人の医師だけでなく医療機関間や、看護師、薬剤師といった多職種チームで連携して、24時間365日、地域で対応できる体制を作ることが必要です。高齢者が増える中、こうした強化策はますます大事になります。
また、病院の数は多いですが、高度な救急医療ができる病院を、しっかり地域に位置づけていくことは非常に大事で、プライマリ・ケアとの連携も必要です。機能分化と連携が今後のキーワードだと思います。
金利が付く時代の金融機関の心構え
─ 日本でも「金利が付く時代」が近づいてきた感があります。金融機関はどのような心構えで臨むべきだと。
翁 金融機関にとってはプラス、マイナス両面があります。金融機関は低金利の中で利ざやが稼ぎにくい状況でしたが、金利が付くことは大きなプラスに寄与していくと思います。
マイナス面は、20年以上の国債など期間の長い債券を保有している中小金融機関は多くありますから、金利リスクが顕在化しかねません。すでにメガバンクや地方銀行などでは外国債券の損失が顕在化しています。急に金利が上昇することは考えにくいですが、やはりリスク管理が非常に大事になってきます。
─ 今後チャンスが出てくるというのも事実ですね。
翁 そうですね。取引先に関して言えば、いよいよ本当に事業再生を支援していくということです。コロナ禍では銀行の融資で繋いでいましたが、コロナ禍が明けたら、デジタル化の進展など、それまでとは違う世界が広がっていたわけです。
デジタル化が進む中で、いかに自らのビジネスモデルを変えていくのかが、どの企業にとっても課題になっています。金融機関には、この事業再構築をサポートすることが求められるということだと思います。
─ 「生成AI(人工知能)」などの新たなテクノロジーと金融の関係は?
翁 今後はさらに急激に状況は変わっていくと思います。すでにフィンテックによってキャッシュレスは大きく進みましたし、プラットフォーマーは顧客情報を得てeコマースと金融をうまく結びつけた事業を展開しています。
また、金融機関は生成AIを活用して生産性を上げ、付加価値もさらに上げる時代になってきているということだと思います。他にも、金融と情報がいろいろなところでつながって価値を生んでいきます。例えば決済情報などをうまくつないで、中小企業の生産性を上げていくという課題もあると思います。
─ 24年から「新NISA(少額投資非課税制度)」も始まり、国民の間では資産運用に対する関心が高まっています。
翁 政府は「資産運用立国」を掲げています。金利が付く時代、インフレになると預金に置いていては価値が目減りするということになります。
1月から新NISAがスタートし、資産運用業への新規参入も促し、これらの投資家の透明化や情報開示など、インベストメントチェーンをつなげる議論が行われてきています。
また、家計の金融資産も、新NISAで少しずつ動き始めていますが、金利が付く時代に移行する中で、預金だけでなく、投資にも関心を持つことが大事です。長期・分散・積立というやり方であれば、長期的には多くの場合、資産が増えていきます。老後が不安だという方も多いわけですが、こうした形で若い頃から資産形成に取り組むことが必要ではないかと思います。
新しい資本主義の2つのキーワード
─ 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げてきました。翁さんは「新しい資本主義実現会議」のメンバーでもありますが、今後どう進める必要があると考えていますか。
翁 いろいろな考えの方がおられますが、「新しい資本主義」はこうであるという共通理解があるとすれば、私は2つのキーワードがあると思っています。1つは「二兎を追う」戦略ということで、成長戦略によって、企業価値向上と同時に、社会課題を解決することです。もう1つは「成長と分配の好循環」で企業の成長の果実を賃金で従業員にも報いていくことだと思っています。
賃金を上げながら企業価値を上げて、サステナビリティを意識した経営をして成長していくという方向で議論されていると思います。同時に、ジョブ型、リスキリング、成長分野への労働移動の円滑化という労働市場改革も重要ですが、徐々に「人への投資」という考え方が進みつつあると実感しています。
─ コロナ禍もあり、財政出動もあったわけですが、財政健全化に対する考え方は?
翁 財政を長期的に健全化していくことは大事だと思っています。国債に依存しすぎることはリスクが高いと思います。金利が上がると利払い費として財政に直接影響しますし、将来的にはより海外に消化を頼らなくてはならなくなるでしょう。
その意味でも「ワイズスペンディング」が非常に重要だと考えています。財政支出全体を見直し、社会的リターンが高く、成長にもつながるような財政支出ができるようにしなくてはなりません。それが将来世代に対する私達の責任だと考えて議論する必要があります。
2024年は「改革の年」に
─ 金融環境、地政学リスク、コロナ禍と混沌とした状況ですが、2024年の世界及び日本経済をどう見通しますか。
翁 欧米はインフレで金利を引き上げ続けてきましたから、今年はその影響がさすがに出てくると見ています。米国は金利引き下げ局面になるでしょうし、欧州は経済状況がよくありません。ですから、世界経済全体としては少しスローダウンするのではないかと見ています。
日本はコロナ禍からの回復が遅く、インフレ傾向はあるものの、金融緩和を継続しています。24年は、1%強程度の成長をすると見ています。
ただ、今年は不確実性が高い年だと思います。台湾の総統選挙もありましたが、今後世界各国で選挙が行われます。何より、秋の米大統領選挙がどうなるかで世界が大きく変わる可能性があり、多くのリスクがある。
また、ロシアのウクライナ侵攻が続き、中東でも紛争が泥沼化しつつあるなど、地政学リスクは引き続き高く、その意味でインフレ圧力はまだあります。
─ 厳しい環境下ですが、日本の経営者はどういうスタンスで臨むべきだと考えますか。
翁 日本企業は、変革するいいタイミングだと思います。2023年に賃上げが実現し、物価と賃金の好循環に入る可能性も出てきています。
また、人手不足が深刻になっていて、それゆえに人への投資、DX(デジタルトランスフォーメーション)をしっかり進める必要がありますし、サプライチェーンの組み換え、GX(グリーントランスフォーメーション)も含め、国内投資を進める機会でもあります。
そして東京証券取引所の「資本コストと株式を意識した経営」という要請をきっかけに「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」問題がクローズアップされました。経営改革、ビジネスモデル変革で市場の期待に応え、同時に賃金を上げて、従業員が働きがいを持てる企業になって初めて、しっかり成長できるということです。まさに改革の年になるのではないかと見ています。
─ 賃上げに関して、中小企業の中にはなかなか上げにくいところもあると聞きます。
翁 確かに中小企業は大企業に比べて厳しいですが、アンケート調査を見ると、人手不足が深刻化する中で、賃金を上げていくと答えているところが多くなっています。中小企業こそ、潜在的能力を活かして、いい人材を採用していかねばなりませんから、賃金を上げる方向になることを期待しています。ここは分かれ目になると思います。
女性活躍、非正規問題をどう考えるか?
─ 翁さんは「令和臨調」(令和国民会議)の運営幹事も務めていますね。日本にとって「失われた30年」からの転換期の今、再生に必要なことは?
翁 一言で言えば「人への投資」で生産性を上げていくことだと思います。そして国内投資をしっかり進めていく。
終身雇用制は変貌しつつありますが年功序列型賃金など高度経済成長期の仕組みがまだ残っています。ジョブ型を含めそれぞれの企業に合った形の人事制度に変えていかないと、いい人材を採用できなくなります。デジタル人材などはジョブ型でなくては採用が難しくなっている。
ジョブ型とメンバーシップ型のハイブリッドの人事制度を導入する企業も増えてきています。女性活躍を含め、多様な人材が活躍できる経済にしていくことが非常に重要です。
─ 少子高齢化で働く人が少なくなるという問題がありますが、対策をどう考えますか。
翁 少子化対策もしっかりやっていく必要があります。児童手当などは出てきていますが、一方で、日本社会には性別役割分担意識が根強くあります。徐々に男性育休を取得する動きも出てきていますが、男性も女性も、潜在能力を発揮できるような働き方を柔軟に選べる企業にしていくことが大事です。
男性も女性も家事や子育てをしながら、社会や企業に貢献できるような社会を目指す。そのためには企業経営者を中心に意識改革をしていかなければ問題は解決しないと思います。
そして賃上げです。特に若年層の賃金はまだまだ低いですから、そうした方々の可処分所得が増えるような積極的労働市場政策が必要です。成長分野に行きたい人が移動でき、非正規の方々の年収が増え、将来不安が少しでも減るようにしていくことが少子化問題解決のためには非常に大事だと思います。
─ 日本では非正規が非常に増えていますが。
翁 自ら非正規での働き方を選んでいる方々はいいのですが、不本意非正規が増えていることは問題だと思います。やはり一度非正規になってしまうと、正規社員になれないというケースが多く、そうした方々が不安を抱えておられます。
また、女性の非正規の方は「年収の壁」問題があり、多くの方が106万円以下で就業調整をしていて非常にもったいない。アンケート調査によると、サービス業などでは7、8割の方が「壁」さえなければもっと働きたいと回答されています。
やはり1980年代に作られた第3号被保険者(厚生年金に加入している第2号被保険者に扶養されている人で、かつ年収が130万円未満の人)は、共稼ぎが増えた今、このままでいいのか、議論も進めていかなければいけないと思います。女性の潜在能力が生かされていないのが日本の最も残念な点のひとつですが、逆に言えば可能性のあるところだとも思います。
医療分野の給付に無駄はないか?
─ 令和臨調では社会保障制度における医療・介護の給付について提言していますね。
翁 はい。例えば医療分野で、給付がすべて今のまま必要なのか、無駄があるのではないかということを感じている国民は多いのです。その点をしっかり議論していく必要があります。
医療提供体制や、保険の収載の範囲の問題もあります。例えばOTC(一般用医薬品)の問題があります。湿布薬やビタミン剤、風邪薬は薬局でも購入できる一方、医療機関でも処方してもらえます。薬局で高い価格で購入している人がいる一方、保険対象で購入している人もいるという不公平もあります。
また、一度保険収載された医薬品は、その後、効果が認められなくなって、次の効果の高い新薬が出たとしても保険対象のままなのです。価値の高い医療にシフトするうえでも、例えば効果が小さくなった医薬品を保険の対象から外していくことも必要になるのではないでしょうか。
他にも、一定期間内に処方箋を繰り返し使用できる「リフィル処方箋」という仕組みもありますが、殆ど使われていません。
こうしたことを進めていくだけでも、かなりの給付の見直しができるはずです。そうした対応をしてもやはり高度化・高齢化に伴う医療費増はあります。その増加をどう負担していくか、の検討に入るには、必要なところに必要なだけの給付になっているか、デジタル化でより効果的効率的にできないか、といった点の国民の納得感が必要になるのではないかと思っています。
─ 経営の厳しい病院も増えていますが、再編や連携についての考え方は?
翁 まず大事なのは、かかりつけ医師の「プライマリ・ケア」(身近で何でも相談にのってくれる総合的な医療)の医師が、1人の医師だけでなく医療機関間や、看護師、薬剤師といった多職種チームで連携して、24時間365日、地域で対応できる体制を作ることが必要です。高齢者が増える中、こうした強化策はますます大事になります。
また、病院の数は多いですが、高度な救急医療ができる病院を、しっかり地域に位置づけていくことは非常に大事で、プライマリ・ケアとの連携も必要です。機能分化と連携が今後のキーワードだと思います。
金利が付く時代の金融機関の心構え
─ 日本でも「金利が付く時代」が近づいてきた感があります。金融機関はどのような心構えで臨むべきだと。
翁 金融機関にとってはプラス、マイナス両面があります。金融機関は低金利の中で利ざやが稼ぎにくい状況でしたが、金利が付くことは大きなプラスに寄与していくと思います。
マイナス面は、20年以上の国債など期間の長い債券を保有している中小金融機関は多くありますから、金利リスクが顕在化しかねません。すでにメガバンクや地方銀行などでは外国債券の損失が顕在化しています。急に金利が上昇することは考えにくいですが、やはりリスク管理が非常に大事になってきます。
─ 今後チャンスが出てくるというのも事実ですね。
翁 そうですね。取引先に関して言えば、いよいよ本当に事業再生を支援していくということです。コロナ禍では銀行の融資で繋いでいましたが、コロナ禍が明けたら、デジタル化の進展など、それまでとは違う世界が広がっていたわけです。
デジタル化が進む中で、いかに自らのビジネスモデルを変えていくのかが、どの企業にとっても課題になっています。金融機関には、この事業再構築をサポートすることが求められるということだと思います。
─ 「生成AI(人工知能)」などの新たなテクノロジーと金融の関係は?
翁 今後はさらに急激に状況は変わっていくと思います。すでにフィンテックによってキャッシュレスは大きく進みましたし、プラットフォーマーは顧客情報を得てeコマースと金融をうまく結びつけた事業を展開しています。
また、金融機関は生成AIを活用して生産性を上げ、付加価値もさらに上げる時代になってきているということだと思います。他にも、金融と情報がいろいろなところでつながって価値を生んでいきます。例えば決済情報などをうまくつないで、中小企業の生産性を上げていくという課題もあると思います。
─ 24年から「新NISA(少額投資非課税制度)」も始まり、国民の間では資産運用に対する関心が高まっています。
翁 政府は「資産運用立国」を掲げています。金利が付く時代、インフレになると預金に置いていては価値が目減りするということになります。
1月から新NISAがスタートし、資産運用業への新規参入も促し、これらの投資家の透明化や情報開示など、インベストメントチェーンをつなげる議論が行われてきています。
また、家計の金融資産も、新NISAで少しずつ動き始めていますが、金利が付く時代に移行する中で、預金だけでなく、投資にも関心を持つことが大事です。長期・分散・積立というやり方であれば、長期的には多くの場合、資産が増えていきます。老後が不安だという方も多いわけですが、こうした形で若い頃から資産形成に取り組むことが必要ではないかと思います。
新しい資本主義の2つのキーワード
─ 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げてきました。翁さんは「新しい資本主義実現会議」のメンバーでもありますが、今後どう進める必要があると考えていますか。
翁 いろいろな考えの方がおられますが、「新しい資本主義」はこうであるという共通理解があるとすれば、私は2つのキーワードがあると思っています。1つは「二兎を追う」戦略ということで、成長戦略によって、企業価値向上と同時に、社会課題を解決することです。もう1つは「成長と分配の好循環」で企業の成長の果実を賃金で従業員にも報いていくことだと思っています。
賃金を上げながら企業価値を上げて、サステナビリティを意識した経営をして成長していくという方向で議論されていると思います。同時に、ジョブ型、リスキリング、成長分野への労働移動の円滑化という労働市場改革も重要ですが、徐々に「人への投資」という考え方が進みつつあると実感しています。
─ コロナ禍もあり、財政出動もあったわけですが、財政健全化に対する考え方は?
翁 財政を長期的に健全化していくことは大事だと思っています。国債に依存しすぎることはリスクが高いと思います。金利が上がると利払い費として財政に直接影響しますし、将来的にはより海外に消化を頼らなくてはならなくなるでしょう。
その意味でも「ワイズスペンディング」が非常に重要だと考えています。財政支出全体を見直し、社会的リターンが高く、成長にもつながるような財政支出ができるようにしなくてはなりません。それが将来世代に対する私達の責任だと考えて議論する必要があります。