非臨床段階でIPを製薬企業に導出する
「昨年は、カタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏(共にペンシルベニア大学の研究者)がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品が注目され、エポックメーキングな年になった。mRNA医薬は正しい標的に対し、mRNAやDDS(ドラッグデリバリーシステム)などを正しく設計すれば成功確率は高く、短期間で効率的な研究開発が可能だ」
こう語るのは、NANO MRNA社長の秋永士朗氏。
次のパンデミックにどう備えるか? 塩野義製薬・手代木功の『覚悟』
新たな治療技術として注目されるmRNA医薬品。患者の細胞に働きかけ、狙ったタンパク質および、その断片をつくらせることで病気の治療につなげる医薬品だ。従来の低分子や抗体とは異なるメカニズムで作用し、狙う標的分子も多様なため、今まで治療薬が無く、開発が難しいと言われた疾患に対する創薬が期待されている。
mRNAを使ったコロナワクチン開発では、米ファイザーやビオンテック、モデルナが短期間で実用化。日本では、第一三共や武田薬品工業、アステラス製薬などがmRNA医薬品の開発を急いでおり、2030年の市場規模が約16兆円になるという予測も出ている。
通常、成功確率が2万~3万分の1と言われる新薬開発。創薬は、まずターゲットを決め、薬の候補となる化合物をつくり、新規物質の性状や化学構造を調べていく(基礎研究)。その後、動物実験を繰り返しながら、新規物質の有効性や安全性を研究(非臨床試験)。その段階をクリアすると、人間にとって有効で安全なものかを調べていく。フェーズ1~3まで3段階の臨床試験(治験)を経て、国の承認を得て、新薬として上市(発売)されるという流れ。
NANO MRNAが手掛けるのは、基礎研究と非臨床試験までのプロセスで、ここで得られたIP(知的財産)を製薬企業に買ってもらい、収益を上げるというビジネスモデル。臨床開発を行わないため、創薬標的からIP導出までのサイクルを早く回すことで、創薬の開発期間の短縮を図ろうとしている。
「製薬企業は臨床試験をやって承認を得るところまでやらないといけないが、とにかく臨床はお金がかかる。抗体医薬でフェーズ1までやるだけで20億円ほどかかるので、ベンチャーはどうしても資金が回らなくなる。そのため、当社は非臨床段階で、IPを製薬企業に導出するというモデルに転換した。だから、バイオベンチャーだが、製薬企業ではないし、唯一無二のIPジェネレーター(生成元)だと考えている」(秋永氏)
キーワードは〝分業と協業〟
同社は1996年にナノキャリアとして設立。2008年に東京証券取引所マザーズ市場(現・東証グロース)に上場するなど、ナノ粒子をつくる独自技術を活用し、新たな抗がん剤の開発を進めてきた。しかし、抗がん剤開発は資金面のネックもあって難航。近年はずっと成長戦略の見直しを続けてきた。
転機となったのが、2020年に核酸医薬に特化したアキュルナを吸収合併したこと。この時、吸収された側のアキュルナで社長をつとめていたのが秋永氏だった。アキュルナはmRNAなどの核酸(新しい細胞をつくるために不可欠な成分)に特化して創薬を進めてきた会社で、この知見が現在のビジネスモデルへつながっていく。
秋永氏は22年12月に社長に就任。翌23年から、mRNA創薬に特化したビジネスモデルに転換することを宣言。同年6月から社名を変更し、新たに再出発した。
【第一工業製薬】坂本隆司会長兼社長「規模を追うのではなく、独自性を追求する『ユニ・トップ』企業を」
同社がキーワードに据えるのが〝分業と協業〟。非臨床開発(ADDP)やmRNA製造(アルカリス)を担う武田薬品からスピンアウトしたアクセリードホールディングス、製薬企業が求める治療薬の情報を持ち事業開発を担うIPガイア、この3社連携によって医薬品開発体制を構築。新たなビジネスモデルにチャレンジする。
昨年11月には、花王とmRNA医薬品創薬に向けた共同開発で提携。花王が持つ独自の免疫制御技術を生かして、アレルギー疾患に向けたmRNA医薬品の創薬に取り組んでいる。
「花王から当社をパートナーとして選んでいただいたことの意味は大きい。花王の持つテクノロジーと当社の研究開発力を融合することで、既存の治療法では十分な効果を得られず、アレルギー疾患に悩む人々へ貢献することができれば」(秋永氏)
現在はアクセリードや東京医科歯科大学の位髙啓史教授と共に、変形膝関節症の治療薬開発が臨床試験開始の準備段階に入っている。日本における有病者数は約2530万人とされ、既存のヒアルロン酸やコンドロイチンなどの対症療法型の治療とは全く異なる医薬品を開発することで、すり減った膝軟骨の再生が期待されている。
「変形膝関節症の中でも約800万から1千万人が有症状患者と言われている。他にも、脳腫瘍の治療薬の開発を推進しており、社会の高齢化が進む中で、開発に取り組む意味は大きい。今後も当社が土台となって、様々なパートナー企業と共にmRNA医薬品の創出を目指し、創薬シーズと医療・開発ニーズをつなぐプラットフォーマーになりたい」と語る秋永氏。
mRNA医薬品の開発は世界中でまだ始まったばかり。大手製薬企業とは違った形で、ニッチなベンチャー企業の大きな挑戦が始まっている。
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「昨年は、カタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏(共にペンシルベニア大学の研究者)がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品が注目され、エポックメーキングな年になった。mRNA医薬は正しい標的に対し、mRNAやDDS(ドラッグデリバリーシステム)などを正しく設計すれば成功確率は高く、短期間で効率的な研究開発が可能だ」
こう語るのは、NANO MRNA社長の秋永士朗氏。
次のパンデミックにどう備えるか? 塩野義製薬・手代木功の『覚悟』
新たな治療技術として注目されるmRNA医薬品。患者の細胞に働きかけ、狙ったタンパク質および、その断片をつくらせることで病気の治療につなげる医薬品だ。従来の低分子や抗体とは異なるメカニズムで作用し、狙う標的分子も多様なため、今まで治療薬が無く、開発が難しいと言われた疾患に対する創薬が期待されている。
mRNAを使ったコロナワクチン開発では、米ファイザーやビオンテック、モデルナが短期間で実用化。日本では、第一三共や武田薬品工業、アステラス製薬などがmRNA医薬品の開発を急いでおり、2030年の市場規模が約16兆円になるという予測も出ている。
通常、成功確率が2万~3万分の1と言われる新薬開発。創薬は、まずターゲットを決め、薬の候補となる化合物をつくり、新規物質の性状や化学構造を調べていく(基礎研究)。その後、動物実験を繰り返しながら、新規物質の有効性や安全性を研究(非臨床試験)。その段階をクリアすると、人間にとって有効で安全なものかを調べていく。フェーズ1~3まで3段階の臨床試験(治験)を経て、国の承認を得て、新薬として上市(発売)されるという流れ。
NANO MRNAが手掛けるのは、基礎研究と非臨床試験までのプロセスで、ここで得られたIP(知的財産)を製薬企業に買ってもらい、収益を上げるというビジネスモデル。臨床開発を行わないため、創薬標的からIP導出までのサイクルを早く回すことで、創薬の開発期間の短縮を図ろうとしている。
「製薬企業は臨床試験をやって承認を得るところまでやらないといけないが、とにかく臨床はお金がかかる。抗体医薬でフェーズ1までやるだけで20億円ほどかかるので、ベンチャーはどうしても資金が回らなくなる。そのため、当社は非臨床段階で、IPを製薬企業に導出するというモデルに転換した。だから、バイオベンチャーだが、製薬企業ではないし、唯一無二のIPジェネレーター(生成元)だと考えている」(秋永氏)
キーワードは〝分業と協業〟
同社は1996年にナノキャリアとして設立。2008年に東京証券取引所マザーズ市場(現・東証グロース)に上場するなど、ナノ粒子をつくる独自技術を活用し、新たな抗がん剤の開発を進めてきた。しかし、抗がん剤開発は資金面のネックもあって難航。近年はずっと成長戦略の見直しを続けてきた。
転機となったのが、2020年に核酸医薬に特化したアキュルナを吸収合併したこと。この時、吸収された側のアキュルナで社長をつとめていたのが秋永氏だった。アキュルナはmRNAなどの核酸(新しい細胞をつくるために不可欠な成分)に特化して創薬を進めてきた会社で、この知見が現在のビジネスモデルへつながっていく。
秋永氏は22年12月に社長に就任。翌23年から、mRNA創薬に特化したビジネスモデルに転換することを宣言。同年6月から社名を変更し、新たに再出発した。
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同社がキーワードに据えるのが〝分業と協業〟。非臨床開発(ADDP)やmRNA製造(アルカリス)を担う武田薬品からスピンアウトしたアクセリードホールディングス、製薬企業が求める治療薬の情報を持ち事業開発を担うIPガイア、この3社連携によって医薬品開発体制を構築。新たなビジネスモデルにチャレンジする。
昨年11月には、花王とmRNA医薬品創薬に向けた共同開発で提携。花王が持つ独自の免疫制御技術を生かして、アレルギー疾患に向けたmRNA医薬品の創薬に取り組んでいる。
「花王から当社をパートナーとして選んでいただいたことの意味は大きい。花王の持つテクノロジーと当社の研究開発力を融合することで、既存の治療法では十分な効果を得られず、アレルギー疾患に悩む人々へ貢献することができれば」(秋永氏)
現在はアクセリードや東京医科歯科大学の位髙啓史教授と共に、変形膝関節症の治療薬開発が臨床試験開始の準備段階に入っている。日本における有病者数は約2530万人とされ、既存のヒアルロン酸やコンドロイチンなどの対症療法型の治療とは全く異なる医薬品を開発することで、すり減った膝軟骨の再生が期待されている。
「変形膝関節症の中でも約800万から1千万人が有症状患者と言われている。他にも、脳腫瘍の治療薬の開発を推進しており、社会の高齢化が進む中で、開発に取り組む意味は大きい。今後も当社が土台となって、様々なパートナー企業と共にmRNA医薬品の創出を目指し、創薬シーズと医療・開発ニーズをつなぐプラットフォーマーになりたい」と語る秋永氏。
mRNA医薬品の開発は世界中でまだ始まったばかり。大手製薬企業とは違った形で、ニッチなベンチャー企業の大きな挑戦が始まっている。
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